ポケットモンスターインフィニティ

















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第九章 反逆の旗を掲げ
第74.5話 蟷螂の斧
 隕石が衝突したかのような、深く大きな穴の中央には、淡い月明かりを浴びて光る、剣を象った超巨大な摩天楼の金属塊。
 さながら洪水を待つ方舟のように、厳かに鎮座し続けるその麓には、およそ千人程のポケモントレーナー達がニョロボン、ラフレシア、レントラー、ロズレイド等……各々強力な相棒を引き連れて剣の城を囲んでいた。
 その中央、客人を出迎えるように大きく口を開ける観音開きの鉄扉の前に、三人の男があるいは無表情で、あるいは困ったような顔で、あるいはくだらなそうに欠伸をしながら立ち尽くしていた。

「……これまでは警察庁やマスメディア の方々の記憶を封鎖して、オルビス団の存在を秘匿してきたが……当然だ、あそこまで大々的な宣戦布告をしてしまえば最早それも意味を為さない」

 隣に無感情に立ち尽くす蒼鋼の巨兵、メタグロスを侍らせ周囲を睥睨するのは紫の長髪に同じ色のコートを羽織った長身の青年、エドガー。
 ただ主から下った命を実行する、この状況ですら何の感慨も抱かずに、首領の性分に呆れて笑う。

「うーん、すっごい多いもんね〜! 警察だけじゃない、歳も性別も服装もバラバラな人たちがいるってことは……フフ、ボクたちヴィランを懲らしめに来た正義のヒーローの皆さまってとこかな!」

 黒いハンチングのつばを軽く指で弾き、無邪気な笑顔で笑うのは、白いシャツに赤円の描かれた黒い上着を羽織った銀髪の少年レイ。
 腰を低く身構える漆黒の化狐ゾロアークのふさやかな毛を優しく撫でながら、無数に対峙するトレーナー達を見渡していた。

「っあー……数だけはいっちょまえに多いじゃねえかぁ。張り切った群れバトルかってんだよぉー、めんっどくせえなぁ……」

 粗雑に扱っているのかところどころが破けた青いジャケットを肩に掛けている青年が、間延びした声でさぞや退屈そうに大きな欠伸をこぼしている。
 同意を示すように彼の相棒、三つ首の凶竜は気だるげに頷いている。

「君達は包囲されている! 内乱罪は重い、これ以上罪を重ねる前に大人しく投降しなさい! ……などと、言って聞くような輩ではないだろう」
「私達はジムバッジを八個集めた選りすぐりのポケモントレーナー達よ、簡単に勝てるなんて思わないことね!」

 勢揃いしたオルビス団の幹部達を前に、口々に叫ぶポケモントレーナー達を見ても彼らが怯むことはない。

「おーいおい、随分すくねえなぁ……。なんだぁー、日和って逃げ出しちまった、ってかあ?」

 今のエイヘイ地方を鑑みると、立ち向かう意思があればこれ以上に集まってもおかしくはない。アイクがつまらなそうに地面に寝転がると、やれ、とサザンドラを仰ぎ見た。

「さっさと片付けて、おれは寝るぜぇ。おーら撃てぇ、りゅうせいぐんだぁ」

 凶竜が三つ首を天に掲げて咆哮を轟かせれば、夜空に無数の火の玉が現れ……それは宇宙の彼方より飛来した巨大な隕石群。無造作に全てを蹴散らす大技に、人々はその表情を途端に青ざめさせていく。

「うそ、でしょ……。エイヘイ地方ではチャンピオンしか使えない、ドラゴンタイプ最強の技なのに……」
「ひ、ひ、怯むな! スタンさんは恐れず最強の男に立ち向かったんだ、我々警察官が戦わずに誰がこの地方を守るんだ!?」
「こっちだってバッジを八個集めて、ポケモンリーグ参加の資格を得たポケモントレーナーなんだよ! 舐められたままで終われるかよ!」

 彼らは未だに力の差を理解していないのか、あるいは理解した上で誰かの為に立ち向かおうとしているのか……実際に幹部の力を目の当たりにして逃げ出す者がいたものの、半数以上が必死に恐怖を堪えて踏み留まっていた。

「終わらせてやる! グライオン、ハサミギロチンであのむかつくヤローをぶった切れ!」
「チルット、おいかぜでサポートしてあげて!」

 立ち向かうトレーナーの一人が繰り出した指示に、その隣の小柄な少女も補助を行う。
 風に乗って飛翔し、翳した巨大な両の鋏がサザンドラの首を捉えるが……竜鱗に阻まれてしまい届かない。

「レベル差ありゃあ効かねえっつーのー。だーからむぅだだってぇのによぉー……。ほんっとにばっかばかしい奴らだぁ」
「……さて、どうするレイ。私のメタグロスならば相性が良い、君が望むというならば、私も力を貸してあげようじゃないか」
「しょうがないなあアイクくんってば……。お願いエドガーくん、さすがにゾロアークだけじゃ全部は防げないからさ」
「構わないさレイ、私も君には普段世話になっているからね。メタグロス、サイコキネシス」

 ゾロアークとメタグロスも、サザンドラ同様に逃げずに立ち向かってくる無数のポケモン達を軽くいなしながら指示を飛ばした。
 メタグロスの眼が蒼く輝き……地表目掛けて凄まじい勢いで隕落してくる竜星群が、突然その速度を下げて遂には空中で停止する。
 誰がやったんだ、お前か、あんたか、と人々が次々に最強の大技を止めた主を探していると、意気揚々と、声高らかに、ハンチングの少年が一歩歩み出た。

「アハッ、みんな誰が今のりゅうせいぐんを止めたんだって探してるね! こんな大技を止めれるくらい強いなら、幹部にだって勝てるかもって!」
「……黙れ、貴様らのような平和を脅かす輩が居るからいつまでも犯罪は減らないのだ! ヘルガー、かえんほうしゃ!」
「わ、あぶなーい! フフ、でもごめんね、届かないんだっ。おいでゾロアーク」

 随分と愉しげに嗤う少年の言葉になぞ聞く耳は必要ない、取り囲む警官の一人が怒りと共に技をぶつけるが……立ちはだかるようにレイの前に現れた化け狐が爪を翳すと、その炎は容易く切り裂かれ四散してしまう。

「みんなごめんね、うちのアイクくんってばバカだから、りゅうせいぐんはやめてって言ってたのに聞いてくれなくて」
「我々を馬鹿にしているのか、技も使わずに……!」
「……フフ、ごめんね。おわびに良いことを教えてあげるよ! 今サザンドラのりゅうせいぐんを止めたポケモンはボクたち最高幹部の一人、エドガーくんのサイコキネシスなんだ!」

 その言葉に、残った数百人達が唖然として、同時に理解してしまう。こんなモンスターを相手に勝ち目など無い、戦うだけ無駄なのだ、と。

「ついでにボクの力も見せてあげよっか。やっちゃってゾロアーク、ナイトバースト!」

 レイが指を空へと掲げて鳴らした指の音に合わせてゾロアークが高く跳躍すると、隕石の一つに着地してその腕の先に漆黒の闇を生み出した。
 闇は超広範囲に球となって拡散していく。頭上を覆う無数の隕石を何かがひしゃげる音と共に飲み込んで行き……やがて闇が晴れた後には、無惨に砕け散った礫が雨のように降り注ぐだけであった。

「アハ、驚いてる驚いてる。これで分かってくれたかな、ボクたち最高幹部がどんなに強いか! せっかく数の暴力に出たのに残念だけどさ、キミたちはもう負けてるんだよ? だって……勝とうなんて目をしてる人がたったの一人もいないんだからさあ!」
「それでも……負けるわけにはいかないんだ! お前達オルビス団を止めなければ」
「うーん……なんでそうまでして止めたいの?」
「そんなの決まっている!」

 足を恐怖に震わせながらも、人々は口々に理由をあげていく。
 死にたくないから、家族が居るから、これだけの被害を出しているのが許せないから、真面目に働いてきた自分達が馬鹿みたいで腹立つから……様々な理由があるが、レイはそのひとつひとつを聞き分けた上で、一つの提案をする。

「だったらさ、テレビでも言ったけど……ボクの部下になればいいんだよ! なんなら家族も連れてきなよ、みんなまとめてこのボクが、オルビス団最高幹部レイがゾロアークに誓って護ってあげるからさ! けど……安心して、ボクは大切な部下は誰一人傷付けさせない! 今りゅうせいぐんを止めたのがその証拠だよ!」

 所詮は悪人が耳障りの良い言葉をでたらめに言っているだけに過ぎない。普通の感性ならばそう一蹴されたであろう馬鹿馬鹿しい発言に……しかし、これだけの力の差を見せ付けられてしまって、冷静な判断を行える者はそう多くは無かった。

「……そう、だよな。たしかに今、りゅうせいぐんからおれ達を守ってくれた」
「さっきまでゾロアークを撫でていたし……相棒に誓うなら、大丈夫なのか……?」
「待て、待つのだ、諸君らは使命を忘れている! 我々が果たすべきは正義の名の下に悪を糾すること、何を罷り間違えれば悪に下る!」
「……あんた達警察は今までオルビス団にしてやられて、何も解決してくれなかったじゃないか! いつもいつも、血税を払ってやってんのに肝心な時に役に立たねえ!」
「……そうよ、そうじゃない、アナタ達が早く解決しないからこうなったんでしょ!? これ以上善良な市民に犠牲になれって言うの!?」

 警察庁が今までオルビス団に対して大きな動きを見せなかったのは、記憶も情報も操作されて、存在を認知出来なかったからだ。それは先程エドガーが呟いていた、頭では理解している。
 それでも……彼らには納得出来なかった。どうして早く動けなかったのかと怒りをぶつざるを得ない。そうして誰かを悪に定めなければ……皆、自我を保てなかったのだから。

「あなた達警察が頼りにならないからこうなってるんじゃない、私達はオルビス団の仲間になるわ! こんなの……勝てっこない、逆らったって死ぬしかないじゃない!?」
「おれもだ、おれも一緒にいく! おれはどうなってもいい、だけど……だから、家族やポケモン達だけは助けてくれ!」
「……すみません、隊長。私達もオルビス団に下ります。この世界を、人々を守りたい、だけど……。こんなの、諦めるしか無いじゃないですか……」

 レイの発言に焚き付けられて、目の前で見せ付けられた力の差に絶望していた人々は彼らに縋るしかなかった。

「……くっだらねえ。雑魚がいくら増えたってなぁー、穀潰しにしかならねえってのによお」
「アイクくん、キミもう帰って良いよ。居る意味無いでしょ、ボスに言われてた最低限、迎撃の仕事はこなしたんだから」
「おーう、そうさせてもらうぜえ。あばよお、レイ。あー……めんどかったぜえー」
「全く……」
「さ、ボクの部下になったみんな、おいで! もうダイジョーブだよ、あとで剣の城を案内してあげるから、今は後ろで待っていてもらえるかな?」

 救いを求めるように、必死に我先にと縋りついてくる人々を宥めるように優しく声を掛けると、彼らは安心したのか少し落ち着きを取り戻して剣の城の入口付近に固まっていった。

「……っ、いつだって悪の組織は平穏に暮らす人々のジャマしやがる! 俺達も行くぞ、グライオン!」
「ぜったい負けない、あたしたちもやろうチルット!」
「ご協力感謝します、残った皆様。共に悪辣非道な犯罪者を糾し、共に平和を取り戻しましょう!」

 空色のシャツの青年が、オレンジのキャミソールの少女が、警官隊の隊長と思わしき人が。残されたポケモントレーナー達がそれでも大義を胸に必死になって立ち向かう。ただ一つ、悪を払って平和を取り戻す為に。

「……さて、りゅうせいぐんに怯えまた一定が逃げ出したからな。後片付けをしようじゃないか、メタグロス、レイ」
「そうだねエドガーくん! あんなに英雄気取りなかっちょいい人たちの想いを踏み躙るのは気が引けるけど……いっくよーゾロアーク! たかが二、三百人じゃあ暇つぶしにもならないけど、なるべく傷付けないように追い返そうか!」

 エドガーも、レイも、多勢を相手に怯む気配は微塵も無い。
 メタグロスの瞳が蒼く輝き、ゾロアークの眼が紅く煌めき……圧倒的な力で行われる、無慈悲な蹂躙が始まっていった。

■筆者メッセージ
レイ「クク、アハハハハ!」
エドガー「どうしたのだ、レイ。上機嫌じゃないか」
レイ「フフ……だって見た!?りゅうせいぐんを全部止められた時、アイクくん少し嫌そうな顔してたよ!」
エドガー「君はよく見ているな……私には彼の顔は平素の通り分を弁えないふてぶてしい表情にしか見えなかったよ」
アイク「エドガーちゃぁん、てぇめえ、聞こえてんだよぉ。人をおちょくってっとお、ぶっ飛ばすぜえ?」
エドガー「相変わらずの地獄耳だ。怠惰な性分に似合わないみみっちさ、苛々させられるよ」
レイ「二人とも、気持ちは分かるけどケンカはダメだってば! はあ、怒るからね?」
エドガー「……すまない、君の手を煩わせたいわけじゃあないのだ」
アイク「……ったくよぉ、めんどくせぇなあ」
レイ「よし、じゃあケンカは終わり!食堂でご飯にしよっか!」
エドガー「ああ、私は先に行っているよ」
アイク「おれは後でいくわー」
レイ「……もー。仲良くしようよー」
せろん ( 2018/09/25(火) 14:05 )