ポケットモンスターインフィニティ - 第九章 反逆の旗を掲げ
第72話 誰が為の戦い
 ……ルークさんの言っていた通りだ。六対六のフルバトル、普通のバトル以上に体力も、集中力も消費が激しくなる。まだ一体しか倒せていないというのに、もう疲労が体にのし掛かってきた。

「だけど……みんなはオレよりずっと頑張ってるんだ、だから!」

 ゲンガーと視線を交わして頷き合う。腰に装着されたモンスターボールの中からみんなも応援してくれている。
 この程度の疲労はなんてことはない、大きく息を吸い込んで、吐き出すと紅白球を突き出し大きく叫ぶ。

「行くぞツルギ、オレ達の信じる力を、オレ達の全てをぶつけてお前に勝つ!」
「お前達の全てか……たかが知れるな」

 彼は小さく溜め息を吐いた後に、腰に装着されたモンスターボールを無造作に掴み取る。そして腕を薙いで乱暴に放り投げると、中心から二つに避けた紅白球の内から紅蓮の閃光が迸る。

「俺はお前のような口だけの臆病者とは違う。見せてやろう、強さを求めて戦い続け、手に入れた……俺の力をな」

 光は収まることを知らずに拡大し、数メートルもの長さへと延びて巨大な影を象っていく。気圧されている間にも光の粒子が弾け散り、ついにその容貌がこの地上へと顕現した。

「来い、ギャラドス」

 中東の龍の様に長大な全身は堅牢な蒼鱗に覆われ、額には三叉の角。長い一対のヒゲを蓄えており、鋭利な背鰭が背中に幾つも生えている。
 それはきょうあくポケモンギャラドス。世界中の文献で怒りによって都市を滅ぼす姿が散見され、悉くを灰塵に還すまで止まらないと言われる……恐怖の象徴とまで呼ばれた破壊の化身。

「……っ、やっぱり出てきたか。一度現れれば、全てを焼き付くすと言われる程強いきょうあくポケモン……ギャラドス」

 かつてオルビス団幹部エドガーと対峙した時に、彼は言った。「ポケモンを自分の力としか見ていない人間も居る」と。ツルギの言う現実、強さだけを求める者が持つ力……それこそがこのバトルで幾度と身を持って体感させられた強さであり、今目の前に立ち塞がる暴龍だ。
 ギャラドスが吠える。地の底から響き渡るかのような、身体の芯まで痺れる凄まじい威圧を放つ咆哮が世界に轟き……地鳴りと紛う程の震動が暫く続いた後に、龍が眼前で怯えるゲンガーを一睨した。
 凍り付くかのように全身を支配する寒気、その眼には恐怖が映し出されていたが……。

「特性“いかく”だ。まずい、ゲンガーが怯えて……あ、おい、ライチュウ!」

 ギャラドスの特性はグレンのウインディと同じく“いかく”だ、その威圧感は凄まじい。自分だって気を引き締めなければあまりの殺気に怖じ気づいてしまう程で……だが、腰に飾られたモンスターボールがひとりでに開いた。
 黄色い頬に橙色の身体、先端に稲妻のついた長い尾。やや大柄な電気鼠が勝手に飛び出したかと思えば、制止を聞かずに飛び出した彼は声高く鳴いて空へ電気を打ち上げる。
 それは彼なりの応援なのだろう、何を話しているかは分からないが、言葉を交わした後にゲンガーは力強く頷くとおずおずと眼前の龍を睨み付けた。

「……ありがとうライチュウ」

 ライチュウは得意気な笑顔で頷いて、やり遂げたと言わんばかりに紅白球の中へと戻っていく。

「……行くぞゲンガー、シャドーボールだ!」

 戦いが始まる。今だって震えてしまう程に怖い、だけど……初めての友達であるジュンヤと、一緒に戦うみんなの為に逃げたりはしない。
 手のひらに漆黒の影が集まり、弾丸となって放たれたそれはギャラドスの長い胴に当たると弾けて……。

「効いてないのか……!?」
「アクアテールだ」

 しかし、ギャラドスは眉間を動かすことすらなく無表情で佇んでおり、何の感情も抱かず無慈悲で暴虐な龍尾を振り下ろしてきた。……これは、本当は最終手段だ。だがゲンガーに強い意思で促されれば、オレが躊躇うわけにはいかない。

「ああ、分かるよ、お前の気持ち。少しでも仲間の役に立ちたいっていうんなら……オレに止めるつもりはないさ」

 そして尾が眼前に迫ってきたと同時に、ジュンヤは声高く叫んだ。

「ギャラドス、ちょうはつ」
「ゲンガー、みちづ……!」

 思わず、言葉を失ってしまった。此方の目論みは読まれていた、先手を打たれてしまった……!
 ギャラドスが嘲るように咆哮をあげると、一瞬ゲンガーの判断が鈍ってしまい、“みちづれ”自身が倒れる際に相手の魂までをも連れ去り、まさしく道連れにして戦闘不能にする技の発動が封じられてしまった。ちょうはつは相手の心を乱して補助技を使えなくする技、ゲンガーは慌てて漆黒の弾を放つが意にも介さず……。

「ゲンガー!?」

 激流を纏った尾の激突に、首の皮一枚で繋がっていただけのゲンガーに耐えられるはずが無かった。吹き飛ばされるとそのまま湖に水没してしまい……。

「ゲンガー、戦闘不能!」

 審判が叫ぶと同時に浮上したゲンガーは全身の力が抜けて肉体が徐々に薄れはじめている。

「よく頑張ってくれたなゲンガー、お前のおかげでローブシンを倒せたんだ。ありがとう、今はゆっくり休んでくれ」

 暖かく穏やかな赤い光が闘いに果てた戦士を包んでいく。モンスターボールの中へと吸い込まれたゲンガーは紅い半球の内側からはにかみながらこちらの顔を覗いてきて。

「うん、大丈夫、お前はよく闘ってくれたよ。すごいかっこよかったぜ」

 それを聞いて、彼はようやく心からの安堵を得て瞼を伏せた。この闘いの行く末を主と、信じられる仲間に託して。
 ジュンヤがモンスターボールを腰に装着し、次を構えよう手を伸ばしたところでツルギが嘲るように口を開いた。

「いつかにお前は言ったな。弱いポケモンなどいない、信じればどこまでも強くなれる、俺は間違っている……と」

 冷厳に見下ろすギャラドスは主の声に何も言わずに耳を傾け、ツルギの瞳は声色とは裏腹に酷く冷たく、言葉は重くのし掛かってくる。

「俺は強さのみを求め続けてきたからこそ、今此処に立っている。今までぬるい理想を掲げて来ただけのお前が……易々と俺の力に届く思うな」
「……どうして」

 ぽつり、と俯きながら呟いたジュンヤは、顔を上げて対峙する宿敵を睨み付けて叫んだ。

「どうしてお前はそうまでして強さを望んでるんだ。いったい何の為に、誰の為にそこまで強くいられるんだよ!?」
「愚問だな、己の為だ。生きて成すべきを果たす、サヤもポケモンもその為に利用しているに過ぎない」

 その言葉に、ジュンヤは何も言えなかった。研ぎ澄まされた刃の如く、黎く冷やかな鋭い瞳には確かな意志が差していて。
 彼の言葉はあまりに深く突き刺さり……「そんなの酷い」、そう言いたくとも容易く否定を口走れなかった。

「……まずいね、流れが変わってしまった」

 客席で、ソウスケが苦々しげに呟いた。ギャラドスはあまりに強力なポケモンだ、ひと度動き出せば撃破するのは至難である。その上ツルギによって徹底的に鍛え上げられているのだ、……目の前に立ち塞がる壁は、あまりに遠くあまりに大きい。

「かなり厳しい戦いになるぞ、ジュンヤ、君達に行けるのか……?」

 無論、それは杞憂ではない。多少の攻撃では傷一つ負わない強靭な鎧、ツルギによって徹底的に鍛え上げられた能力。誰より対峙するジュンヤが敵の強大さを理解している。
 それでも……彼の言う“力”を倒さなければならない、越えなければならない。次はどうすれば良いのか……腰に手を伸ばし掛けたところで、一匹のポケモンが名乗りを上げた。

「……そうか、そうだよな。ああ、信じてるぜ。ゲンガーの為にも頑張ろう」
「お前も知っているだろう、ギャラドスは一夜で都市を滅ぼす程の力を持つ。生半可な力では敵わんぞ」
「分かってるさ、だけどギャラドスもポケモンだ。それならオレ達は!」

 迷わず腰に装着されたモンスターボールを掴み取ると、不安を払うように勢い良く空を裂き戦場の中央で半分に割れる。

「オレ達にだって負けられない理由があるんだ! さあ、あげていくぞライチュウ!」

 紅い閃光と共に現れたのは先程勝手に飛び出した電気鼠。良くも悪くも恐れを知らないライチュウに、相手がいくら強大であろうと畏れはない。電気袋に目一杯のパワーを溜め込んで、全身の毛を帯電の影響で逆立たせながら向かい合う龍へ威嚇を浴びせた。

「ギャラドスはみず・ひこうタイプだ。でんきタイプならばあるいは、と期待したか」
「もちろんタイプ相性はあるけど……それ以上に、ライチュウが闘いたがっていたんだ。だから任せた、それだけさ」
「良かったな、闘志を見せたのが都合良く相性が有利な奴で」
「なんとでも言えばいいさ。先手必勝だライチュウ!」

 言われるまでもない、抑えられずに溢れ出す力を解き放つかのように声高く叫び、

「かみなりだ!」

 激しい破裂音を轟かせながら数億ボルトもの電流を束ねた稲妻が空を焦がしながら突き進む。だが勢いに乗った彼らを嘲笑うかのように口元に炎を湛えたギャラドスは、

「ギャラドス、かえんほうしゃ」

 全てを燃やし尽くす灼熱の炎を放ち、雷鳴ですらも炎に飲まれて掻き消えてしまう。その勢いはなおも衰えずライチュウに向かって突き進み……。

「……っ、なんて威力だ。避けるんだ!」

 間一髪、慌てて飛び退って直撃を避けるが、熱の余波だけでも息苦しく感ぜられる程だ。ふと地面を見ると、大地が赤熱を超えて融解してしまっていた。

「大丈夫か!」

 流石に怖じ気づいていやしないか、尋ねてみるが心配するまでも無かったようだ。電気鼠は不敵な笑みと共に振り返り、今すぐにでも駆け出さんと構えている。

「よし、無理はするなよライチュウ」

 ……とはいえ、どうやって攻め入るか。これだけの高火力なんだ、下手に攻めれば返り討ちになる。戦場を見渡せば……そこまで考えたところで、ライチュウが微笑む。

「……分かった、お前の脚を信じるぞライチュウ。もう一度かみなり!」
「迎え撃て、かえんほうしゃだ」

 迸る雷と燃え盛る焔が衝突し、やはり火炎の威力には届かない。だが……注意を逸らすにはこれで十分だ。脱兎の如く灼熱の焔の真横を駆け出すと火炎は追尾してきたが、「加速するんだ!」電気によって刺激を受けた筋肉が活性化したことで加速する電気鼠は、いくらギャラドスといえでも捉えるのには骨が折れる。

「確かにギャラドスは恐ろしい強さだ、だけど速さだけならライチュウだって負けてないぜ!」
「ちょこまかと鬱陶しい。薙ぎ払え、アクアテール!」

 この時を待っていた。ギャラドスの尾を吹き荒れる嵐のような逆巻く激流が覆いつくし、一薙ぎで地面が抉り取られていく。

「それを待ってたぜ。今だ、跳ぶんだ!」

 だが……小回りの利くライチュウはそう易々とは捕まらない。高く跳躍すると地上は忽ち波濤に呑まれ、大地が帯びた熱に反応して水蒸気爆発が巻き起こる。
 溢れる霧に小柄な電気鼠の姿が遮られ、五里霧中になってはギャラドスと言えども捉えられない。そう、これが彼らの狙いだったのだ。

「今だ、行くぜ……かみなり!」

 激しく火花を散らしながら頬に蓄えた電気が解放される。それは大気を焼き尽くしながら一直線に暴龍へと突き進み……。

「視界を遮れば捉えられないと思ったか。甘いな、ぼうふう」

 煙る視界の先で凄まじい風の音が響いている。再びの雷鳴は絶叫のように吹き荒ぶ暴風に掻き消され、一か八かの策も失敗に終わり……ライチュウも暴風に飲まれ吹き飛ばされてしまう。

「くっ……これでもダメなのか。ライチュウ、大丈夫か!」

 強く地面に叩き付けられ、風が止んで首をもたげるが……目の前に立ちはだかる龍の力は凄まじい。能天気なライチュウですら気付いていた、このままでは……勝ち目が無いと。きっとジュンヤも分かってる、だから。
 ……尻尾を立てて空気中の電気を可能な限り掻き集め、体内に残っていた電力の全てを解き放つ。全身から激しく稲妻が迸り、身体中が負荷に耐えかねて悲鳴を上げ始めた。

「……待てライチュウ!? そんなことをしたらお前の身体が……」

 抑え切れずに辺りに火花を散らしながらも振り返り、ありがとう、とジュンヤへ微笑みを返す。

「……お前ってやつは。こうなったら止めるわけにはいかないよな、オレだって……同じ気持ちなんだから」

 ジュンヤの言葉に、ライチュウは強く頷く。皆があれだけ必死に闘っていたんだ、自分だって少しは役に立たなければゲンガーや皆に合わせる顔が無い。だから、無茶だとしても、命知らずだとしても……がんばったって胸を張りたいんだ。
 更に激しく迸る電気が全身の筋肉を焼き切れんばかりに刺激する。極限まで集約させた雷に身を委ねた弾丸が、遂に大地を蹴って弾き出される。

「行けぇライチュウ、ボルテッカーだっ!!」
「窮鼠猫を噛む、か。迎え撃て、ぼうふう!」

 まさに紫電一閃。超高速すら越えた高速……雷速で飛び出したライチュウに、ギャラドスの反応はほんの僅かに間に合わなかった。
 瞬く刹那に眼前に躍り出た電気鼠が、強固な鱗に覆われた龍の唯一装甲の薄い腹部目掛けて跳躍する。その手に握り締めた黄色の宝石が閃き……ついに黄金の弾丸が、荒れ狂う暴龍を貫いた。

「っ、持ち物はでんきのジュエルだな。ソクノのみを使え!」

 衝突から僅かな間を置いて耳をつんざくような爆音が轟き、激しい稲光が龍を呑み込んでいく。
 稲妻に打たれたかのごとき……いや、それ以上の凄まじい衝撃が全身を駆け巡り、流れる電流に神経をずたずたに焼き切られるかのような感覚を覚えてしまう。

「急所に当たったか、鬱陶しい……! その程度の傷に思考を乱すな!」

 ギャラドスはその痛みに対する怒りで我を忘れて激しく暴れ狂うが……でんきタイプの技の威力を軽減する木の実、ソクノのみを咀嚼してダメージを多少なりとも和らげいて、ツルギの一喝で忽ち平静を取り戻してしまう。

「嘘だろ……。これでも、まだ倒せないのか……!」
「アクアテールだ」

 その眼には猛る怒りを宿しながらも、極めて冴え渡った状態で反動に悶えるライチュウを捉える。

「くっ……、避けてくれライチュウ!」

 だが捨て身の代償はあまりに大きい。持てる全ての電気と力を限界まで振り絞った特攻は余力が残らない程に激しく消耗し、最早脚を動かすことすら叶わなかった。
 荒れ狂う激流を宿した鉄槌が振り下ろされる。成す術無く吹き飛ばされたライチュウは……しかし最後まで、その口元に笑みを湛えていた。

「ライチュウ、戦闘不能!」
「泣かせるな。トレーナーの為に文字通り捨て身で挑んで、得られたのが敗北か」

 仰向けに伏したまま動かない電気鼠に審判が下されて、ツルギが嘲るように嗤うが……直後に、僅かに眉を潜めた。

「……ありがとうライチュウ、よく頑張ってくれたな。お前のおかげで、勝機が見えたよ」
「……麻痺しているな、ボルテッカーの追加効果か」

 ギャラドスを見上げれば、まだ帯電が続いており……そう、あれだけの膨大な電気をその身に浴びたことで身体がマヒしてしまったのだ。
 これならあるいは可能性がある。モンスターボールの中で必死に片腕を持ち上げサムズアップをするライチュウに「ああ、きっとギャラドスを倒せる」と言葉を送り、新たなモンスターボールを構える。

「任せたぜシャワーズ、ギャラドスに勝つぞ!」

 シャワーズなら二つの技に相性が良い、闘いを有利に進められるはずだ。紅白球の中から力強く顔を覗き込んで来た彼と頷き合って、力強く投擲した。
 現れたのは尻尾の先に魚のようなヒレを持ち、首回りを襟状の器官に飾られた水の化身。 あわはきポケモンシャワーズは、現れると龍の眼光に射竦められながらも、勇気を出して立ち向かった。

「ギャラドス、ちょうはつ!」
「ちょうはつで封じられる前に……まずはねがいごとだ!」

 同時に指示が飛び、先に動き出したのはギャラドスだが……マヒにより動きが鈍って技の発動がわずかに遅れた。シャワーズが宙へ願いを送るのが先んじ、直後に轟く咆哮により技の選択肢を潰されてしまう。

「一気に攻めるぞ、ハイドロポンプ!」
「受け止めろ」

 それはシャワーズの持てる最大威力、水タイプの大技ハイドロポンプ。放たれた激流は全てを呑み込む程に激しく逆巻くが、ギャラドスの鱗には容易く弾かれ四散してしまう。

「くっ、やっぱりあの防御力は脅威的だ、けど……」

 今戻すのはあまりに不得手だ、しかし有効打も無く技を二つも封じられては……。

「かえんほうしゃ」
「迎え撃つんだ、ハイドロポンプ!」

 全てを屠る劫火が放たれた。再び激流で迎え撃つがその火力は凄まじく、忽ち蒸発させられてしまい、「避けてくれシャワーズ!」回避するのが精一杯だ。

「攻めあぐねているな。当然だ、ギャラドスはそう易々と傷付けられん」
「いったいどうすれば……」

 何か手はないか……見渡せば、向かい合う二匹の左手にある湖が目に入った。……シャワーズは水を自在に操る力を持つ、ならば!

「シャワーズ、水の中に飛び込むんだ!」
「いくら水を浴びせようと無駄だぞ」
「さあね、やってみなきゃ分からないさ!」
「ならば止めるまでだ、かえんほうしゃ!」
「させるか、ハイドロポンプ!」

 真っ直ぐに劫火が吹き上がるが、狙いは相殺ではない。シャワーズは跳躍と共に右を向いて水流を噴き出すと、その反動で真っ直ぐ湖の中へと飛び込んだ。
 そして水面が揺らめくと徐々に持ち上がり、やがて天に聳える巨大な渦潮を形勢すると……逆巻く激流が怒濤の勢いでギャラドスに向けて突き進んでいく。

「擬似的なうずしおか、だが狙いは他にあるな」
「今だ、れいとうビーム!」

 瞬間、水中から飛び出して撃ち出した全てを凍て付かせる冷気が途端にうずしおを凍結させて、超巨大な氷塊と成ったそれは傲岸に構える暴龍目掛けて襲い掛かった。

「アクアテールで粉砕しろ!」

 しかし身体を駆け巡る痺れが僅かに動きを鈍らせる。翳した尾が振り下ろされるより速く頭に氷塊が激突し、更に衝撃で砕け散った氷片が霰のように降り注ぐ。余りの質量に思わずギャラドスの身体がよろけて、だが……。

「むざむざとギャラドスの前に無防備を晒すとはな。かえんほうしゃだ!」

 一度瞬くと先程の痛みなど無かったかのように口元に炎を蓄えて……忽ち大気を焼き焦がし、余熱で景色を歪ませながら進む劫火が未だ空中に居たシャワーズを凄まじい熱で焼き尽くしていく。

「……っ、シャワーズ!?」

 ギャラドスのタフさを理解しているつもりではあったが、それでもあれだけの質量をぶつけられても直ぐ様体勢を立て直すとは……予想を越える程に強靭であった。
 みずタイプにほのおタイプの技は効果は今一つだ、それでも大地を溶かす程の熱量に耐え切れない。落下すると力無く沈み水面に浮かんで……。

「シャワーズ、戦闘不能!」
「……お疲れ様シャワーズ。ありがとう、ゆっくり休んでくれ」

 モンスターボールを翳して、迸る赤い閃光が優しくシャワーズを包み込んで行く。紅白球の中では彼が申し訳なさそうに見つめてくるが……とんでもない、シャワーズだって十分立派に働いてくれてギャラドスにダメージまで与えてくれたのだ。その上まだシャワーズの残した置き土産が残されている。

「任せてくれ、ギャラドスも消耗しているんだ、次で必ず決めてやる」

 見上げれば、ギャラドスは僅かに眉間に皺寄せていて……流石の暴龍といえど、これまでの闘いで疲労が溜まっているようだ。まだ取り戻せる、此処からだって巻き返せるはず。
 これは強くなる為に挑んだ闘いだ、だけど……ツルギにだけは負けたくないから。

「まだ諦めていない、という顔だな。だが無駄な足掻きだ、俺には勝てん。お前と俺では……積み上げてきたものが違う」

 その言葉には、彼が歩んできた道程が如何に険しく厳しいものだったかが籠められていて。かつての自分では、届かないのは必然だった……それでも!

「分かってるさ、力の差くらい……。確かに前のオレは、お前の言う通りだよ。気持ちだけが先走ってて、ずっと向き合うことから目を逸らしてた。だけど、今は違う」

 脳裏に過るのは、九年前に両親を亡くした……あの日の光景だ。憎しみから逃げ出すように目を背けて、皆を見捨てたことへのどうしようもない後悔と贖罪で「守る」ということに執着していた。そして、怒りと憎しみと恐怖に支配されたことで道に迷って躓いて。
 だが皆との触れ合いが、レイとの戦いが気付かせてくれた。誤魔化す為、贖罪の為……それ以上に、自分はもう二度と大切なものを失いたくない、だからこの身に代えても守り抜きたいのだと。

「支えてくれたみんなの為に、大切なものを守る為に……ポケモン達と一緒に強くなるって誓ったんだ」

 レイやツルギは恐ろしく強い、オレ達が旅に出て、初めて出会った時から。きっと、これまでオレなんかには想像も出来ない壮絶な経験を経てきたに違いない。
 だけどオレもこの旅で喜び、悲しみ、怒り、屈辱……数え切れない出会いと別れの中で色々なことを体験をして、譲れない想いは確かなものへとなっていった。だから……もっと強くならなきゃいけない。いつか過去と決着をつけて、みんなやレイと共に笑い合える未来を掴み取る……その為に。

「だからこそ、オレ達は全力を賭けてお前の力に挑ませてもらう。もっともっと強くなる為に、今を越えて進化する為に! 来てくれ、ファイアロー!」

 深く息を吸って、大きく吐き出す。闘いで溜まった激しい疲労を圧し殺すように上を向いて、帽子をかぶり直すと腰に装着された紅白球に手を伸ばした。
 掴み取ったモンスターボールを、想いと共に勢い良く振りかぶって投てきすると、空中で境界から二つに割れて紅い閃光が迸る。
 現れたのは疾風の隼ファイアロー。身体に刻まれた無数の傷を感じさせない力強い羽撃たきが、青空に力強く舞い上がった。
 敗れた仲間達の想いが呼応するかのように、宙に瞬く星から暖かな光が降り注いだ。身体の傷があっという間に癒えていく、それはシャワーズの掛けた星へのねがいごと、仲間を癒す優しい願い。

「みんながオレを、ファイアローを応援してくれてるんだ……ここでギャラドスと決着をつけてやる!」
「良いだろう、来い。仲間の想いなど下らない、何度来ようが力で捩じ伏せるだけだ!」
「行くぞ! はがねのつばさだ!」

 熱気に包まれた戦場に、再び闘いの火が燃え盛る。弾かれたような高速で飛び出したファイアローは天空高くから龍の背に硬化した翼を叩き付けるが、痛みなど無いかのように無感情な顔で空を睨む。

「……だったら腹部にブレイブバード!」

 それでも怖じ気づいたりはしない、翼を畳んで急降下すると突き上げるように腹部に超高速で激突し……それでも、ギャラドスは僅かに眉を潜める程度だった。

「その程度でギャラドスを貫けん。ぼうふうだ」

 龍が凄まじい威力の咆哮をあげ、三叉の角が輝くと忽ち嵐と紛う程に強く吹き荒ぶ竜巻が逆巻く。
 暴風はファイアローを呑み込むと暫く黒く渦巻いて……掴んだ手をほどくかのように風が止むと同時に隼が顔面から地面に叩き付けられた。

「まだ闘えるな、ファイアロー!」

 当然だ、あれだけ仲間達が全霊を賭して闘ったというのに、自分に繋いでくれたというのに、己だけこんなところでへたれていられるわけがない。
 ずきずきと痛みに震える身体を持ち上げて、対峙する暴龍を激しく燃える闘志と共に睨み付ければ、冷ややかな眼で見下ろされる。
 その見下すような瞳が気に食わない、持ち前の負けず嫌いは更に隼を熱く滾らせていく。

「……このまま闇雲に攻めても勝ち目が無い、どこか急所は……」

 その時、ライチュウのバトルが脳裏を過った。ギャラドスに最も大きな一撃を与えたのは急所に当たったボルテッカーだ、ならばもしや……。

「……やっぱりだ。研ぎ澄ませファイアロー、急所を狙うぞ!」

 先程ボルテッカーが激突した箇所……龍の喉元には、電撃によって血管の痕が浮き出ている。それこそが無敵に思えるギャラドスの急所だ、ならば再び局所を突き穿つ!

「ギャラドスの喉元の傷を狙ってくれ、決めるぞ、ブレイブバード!」
「かえんほうしゃで迎え撃て!」

 ファイアローも己の眼で痕を捉えた。翼を折り畳み、力強く地を蹴り飛び立つと超高速で放たれる。
 真正面から迫り来る劫火を半身を切って見事に躱し、吹き荒ぶ竜巻を幾度と身を翻して回避して……遂に、二匹の距離は超至近まで詰められた。

「行けえぇっ!!」
「アクアテール!」

 だが……頭上から、激しく飛沫を散らして怒濤の逆巻く龍尾が振り下ろされた。まずい、避け切れない、直撃する……そう思った刹那にアクアテールはほんの僅かな一瞬動きを止めて。

「っ、身体が痺れたか……! ギャラドス!」

 それだけの隙があれば十分だった。放たれた一矢は刹那の間隙を突いて龍の喉元に鋭く、深く突き刺さり……。

「……決まった、のか……?」

 ……しん、と静まり返った戦場で動きを止めた二匹のポケモン。ファイアローが身体を蹴って離脱すると……ギャラドスの数メートルもの巨体が、ようやく傾いた。
 これまでの闘いで蓄積された傷、二度も急所を撃たれたことによるダメージ……それらが重なって、遂に、全てを焼き付くす破壊の龍に限界が訪れてくれたらしい。

「……ぎ、ギャラドス……戦闘不能!」

 審判が下された。
 その身体が静かに崩れ落ちて行き……。最後にその眼に浮かべていたのは、己を倒した敵への怒りでも、最後に受けた傷の屈辱でもなく……主へ向けた、己の不甲斐なさを恥じる謝罪の想いだった。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「……ギャラドスは本当に強かったよ、何とか倒せてよかった……」
ソウスケ「危なかったね……。もしゲンガーがちょうはつを受けていなければ、ボルテッカーで麻痺しなければ、ねがいごとを封じられていたら……一つでもボタンを掛け違えたら、この勝利は無かっただろう」
ノドカ「うん、ほんとだよ〜……!四匹がかりでやっと倒せるなんて、ギャラドス強すぎ〜……!」
ジュンヤ「……それが、ツルギの求めた強さなんだ。他を寄せ付けない圧倒的な力、……身をもって凄まじさを味わわされたよ」
ノドカ「それに、すっごくこわかった……!あ、ええと、今二人の残ってるポケモンは誰だっけ?」
ジュンヤ「オレはファイアローとゴーゴート、ツルギはケンタロスとフーディン、後は無傷の二匹だな」
ソウスケ「行けるかい」
ジュンヤ「分からない、だけどやるだけのことはやってやるさ」
ノドカ「うん、がんばって!ジュンヤたちのこと信じてるからね!読んでくれてありがとうございました、次回もよろしくお願いします〜!」
せろん ( 2018/07/30(月) 03:33 )