ポケットモンスターインフィニティ - 第九章 反逆の旗を掲げ
第71話 翳した強さ
 互いの持てる全てを賭けて闘う六対六のフルバトル。一度戦場に足を踏み入れてしまえばこの長く険しい闘いを止めることは出来ず、勝つか、負けるか……決着がつくまで息をつく暇すら与えられない。
 まだ勝負は始まったばかりだ。ファイアローも、サイドンも、対峙するフーディンに良いように手玉に取られ、戦局はツルギが二手も三手も先を行く。己の不甲斐なさに挫けそうになり……それでも仲間達の励ましを受けてジュンヤは立ち上がる。ただ一つの想い……譲れない心を守り抜くと、固い決意を胸に抱いて。

「ジュンヤ! まだバトルは始まったばっかり、あなたならきっとこれからがんばって取り戻せるよ! イケるイケる!」
「ちょ、痛い。君は僕のライバルなんだ、この程度で終わるなんてことはないだろう。ジュンヤ、ゴーゴートや皆、信じているぞ!」
「あたし達も応援してます、ね、エテボース! それにバルジーナ達……モンスターボールの中のみんなも!」
「ど、どっちもがんばって、ください!」

 観客席ではノドカとスワンナがぶんぶんと腕を翼を振り上げて応援し、時おりぶつけられて困りながらもソウスケとヒヒダルマが一緒に楽しそうに眺めている。
 エクレアは隣に立つエテボースを見やると次に腰に装着された紅白球をそれぞれ高く掲げ、サヤとサーナイトもどちらを応援すれば良いのか複雑そうにしながらも、対峙する二人に声援を送った。

「はは、……ありがとなみんな」

 それはこの状況では何よりも心強い励ましだった。
 オレ達は一人で戦っているんじゃない。ゴーゴートがいて、ポケモン達がいて、応援してくれるノドカやみんながいる。
 だからこそ……オレ自身も全力で頑張らなければならない。みんなの信頼に応えたいから。大切なものを失いたくないから。

「ツルギ、あなたも、がんばってください!」
「逸るなフライゴン。昂るのは勝手だが、暫くお前の出る幕は無い」

 腰に装着された紅白球の内で、最も信頼に足る強さのポケモンが闘いへ向けて意気を高めていた。前回にゴーゴートと刃を交えた際は進化により圧倒的な優勢が相討ちにまで持ち込まれてしまった……その屈辱は、ツルギだけでなくフライゴンも感じていた。
 実力差は大きく、能力的にも精神的にも上回っているツルギに負ける要因など無かった。だのに彼の懐刀である筈の己が至らなかったばかりに僅かな瑕をつくってしまい……。その雪辱を、果たしてみせると。
 ツルギは一喝するがそれ以上には追求せず、ただ、目の前の戦いに臨む。

「行くぞサイドン、アームハンマー!」
「受け止めろ!」

 対峙する二匹のポケモン。全身を固く分厚い鎧に覆われた石犀サイドンと身体中に傷痕を残す大柄の猛牛ケンタロス。先に動き出したのはサイドンだ、ロックカットのお陰で増した素早さを生かし背後に回り込み、右腕を振り下ろすがそう上手くは行かないようだ。
 ケンタロスが優れた反射神経を活かして直ぐ様振り返り、その太く長く傷だらけの角で受け止められてしまう。

「だけどこっちにはまだ左腕が残ってる、アームハンマー!」
「させん、ストーンエッジ!」

 続けて振り翳した拳は間隙を突かれ未遂に終わってしまう。突如地面から隆起した石槍がサイドンの巨体を持ち上げて、ダメージこそ無いもののその身体が宙へと投げ出されてしまった。

「ケンタロス、ふぶき!」
「なっ、ふぶき!?」

 確かにケンタロスは幅広い特殊技も覚えるが物理だけに偏らせて育てるトレーナーが多く、だからこそ物理に強いサイドンを出したのだ、何より意表を突かれてしまった。
 猛牛が雄々しく嘶くと視界一面を覆い尽くす程の凄まじい吹雪が吹き荒れて、地上なら凌げたかもしれないが……空中に投げ出された今のサイドンには、回避も防御も術が無い。極低温の冷気が身体を芯まで凍えさせ、降り注ぐ雪風が次々に身体にまとわりついていく。

「……っ、なんて威力だ!」

 視界は吹雪に視界が覆われ判断しづらいが……サイドンは身体こそ雪に覆われ著しく体力を奪われているものの、凍り付く気配はない。恐らく特性は、技の追加効果が無くなる代わりに威力が上昇するケンタロスの隠れ特性ちからずくだろう。

「あのケンタロスのもちものは……たつじんのおび、こうかばつぐんのときに、いりょくがあがります。だから、ちからずくとあわせて、あんなにパワーが出る、です」
「なるほど、それならケンタロスの技の範囲の広さと特性を共に活かせる。あのケンタロスはかなり手強いぞ、しかしジュンヤ、君なら……」

 だが……転んでもただで起きるつもりはない。サイドンの懐に仕込んでいた薄緑の紙、じゃくてんほけんを発動させる。それは効果抜群の一撃を受けた時に使える、攻撃と特攻をぐーんと上げるアイテム。

「押し切ってくれサイドン! アームハンマー!」
「お願い、届いて……!」
「心配はいらないさ、ノドカ。今のサイドンなら……絶対やってくれる」

 ノドカが両手を合わせて静かに祈るが、ソウスケの瞳に憂いは無い。腕を組み、ただ信頼を映して戦場を見つめている。
 今のサイドンは逆境を力に変えて吼えている、止めるのは至難の業だろう。あちこちにまとわりつく雪を腕を薙いで払うと、落下の勢いに体重を乗せて全霊で拳が振り下ろされる。
 最早防ぐ手立てが無かったのだろう、地上で衝撃に備えて構えていたケンタロスの脳天を思い切り殴り付け……ようやく、この闘いで翻弄され続けていたジュンヤ達の刃が届いた。

「決まった……!」

 効果は抜群、まさに会心の一撃に視界を閉ざすように吹き荒れていた吹雪も光が射して晴れ渡って行く。

「やったー……って、ケンタロス耐えちゃってますよ!?」
「むれのボス、だったみたいですから。すごいです……わたしなら、あんなの死んじゃいます」
「ああ、あれだけの一撃を受けて耐えられるなんて、相当なタフネスの持ち主のようだね。ツルギが鍛え上げているだけはあるじゃないか……!」

 ジュンヤが「これでも耐えるなんて……!」と零し、ツルギは「残念だったな、お前とは鍛え方が違う」と返す。
 流石は群れのボスだった、そしてツルギに徹底的に鍛えられたケンタロスだ。じゃくてんほけんで強化された効果抜群の一撃ですらくずおれることなく耐え切ったが……それでも、なお衝撃は尾を引いていた。脳震盪を起こしてしまったのだろうか、足元が覚束なくなっている。

「……そろそろだ。サイドン、離れろ!」
「あ、あれ、ジュンヤ? 今すごいチャンスだと思ったんだけど」
「恐らくみらいよちを警戒しているのだろう。先程フーディンが仕掛けた時限爆弾は未だ発動していないからね」

 ソウスケの言う通りだ、確かに攻めるには絶好の機会に思えるが……ツルギがこの展開を想定していなかったとは思えない。事実その表情には動揺一つ浮かんでおらず、強いて言うとするならば、その顔が表すのは鬱陶しいというくらいだろう。

「ケンタロス!」

 ツルギの一喝が飛び、ケンタロスが己に活を入れるかのように身体を三本の尾で何度も何度も強く叩き付けて、未だ続く平衡感覚の低下を補うかのように闘争本能を活性化させる。

「ストーンエッジで退路を塞げ!」

 跳躍で後退を図ったサイドンの背後に突然岩柱が迫り上がり、振り返った時にはもう遅い。背中から衝突してしまい、完全に回避が遅れてしまった。
 瞬間、サイドンの腹部の辺りで局所的な爆発が巻き起こる。規模こそ狭いものの極限まで凝縮された念力の破壊力は生半可ではない。分厚い装甲すら貫く程の威力に、ふぶきのダメージも残っているのだ、思わず怯んでしまい……。

「終わりだ。ケンタロス、はかいこうせん」

 嘶きと共に、ケンタロスの口元に禍々しく輝く紫黒のエネルギーが渦巻いていく。あまりに強い力の収束に大気が耐えられず鳴動し、湖の水面も激しく震え、観客席にまで凄まじい威圧感が届いている。
 遂に、はかいこうせんが放たれた。光すら呑み込む漆黒の粒子は悉くを破壊し尽くす無慈悲で暴虐な光線となって、対峙するサイドンも、広がる戦場も……軌道に存在する全てを耳をつんざく低い轟音と共に圧倒的な力で破砕していく。

「そんな……サイドン!?」

 文字通り、全てを破壊し尽くすノーマルタイプ最強の大技はかいこうせん。いくら頑強な鎧を纏うサイドンと言えど耐えられず……。光線が収まり、後に残ったのはボロ雑巾のように傷付き無様に地面に平伏すサイドンと、ただ……音一つ無い静寂のみだった。

「……さ、サイドン、戦闘ふの……」

 審判が目の前の光景に意気を呑み、それでも慌てて我に返ると旗を振り上げかけ……。

「……なっ、サイドン、お前……!」

 その時、うつ伏せに倒れていたサイドンがその腕で身体を持ち上げる。片膝を立て、全身を支配する痛みと疲労を必死に圧し殺して……トレーナーの為に、徐々に立ち上がっていく。
 朦朧としたサイドンの頭に浮かぶのは二つ、意地でも目の前の敵を倒すという強い意思と、ジュンヤが喜び褒めてくれる顔だ。

「お前、まだ……闘えるのか?」
「なに、耐えただと……」

 そして完全に二本の足で立ち上がると、サイドンが極限の状態から来る壮絶な気迫でケンタロスを睨み付ける。
 ジュンヤはあれだけのダメージを受けてなお立ち上がってくれるなどとは思っておらず、ツルギですら驚きを露にしていた。
 そして振り返り、サムズアップと共に吼えた直後に……サイドンは、膝から崩れ落ちて倒れてしまった。

「……サイドン、戦闘不能!」

 今度こそ、意識を失い倒れてしまったようだ。地に伏す犀は最早指一つ動かさないまま沈黙し、ジュンヤが胸に込み上げてくる想いを呑んでモンスターボールを翳す。

「ありがとうサイドン、よく頑張ってくれたな。……本当にお疲れ様、ゆっくり休んでくれ」

 紅白球が二つに割れると内から暖かな光が溢れ出し、惜しくも敗れてしまった戦士を優しく包み込んでいく。
 ケンタロスは何も言わずにただその様子を見つめ……心なしか、ほんの少しだけ穏やかな色が宿っていた気がした。

「うっわー……すげえ。外でバトルしてもらって良かった、こんなんぼくのジムまで甚大な被害が出ちまうとこだったぜ」
「ルーク、アンタうっさい、今集中してるんだから黙ってなさい!」
「わ、わりい……ハナダ、かなり見入ってるな……」

 はかいこうせんのあまりの威力に、安堵にルークが胸を撫で下ろすが、一言も喋らずにバトルを見ていたハナダが鬱陶しげに彼を小突いた。
 そしてルークは内心で、この状況を嬉しく思う。普段は協調性もなく気難しい四天王皆の心が、ソウスケくんやジュンヤくん……真っ直ぐな心のポケモンとトレーナー達のバトルによって、一つに繋がっているのだという事実に。
 スタンから託された、彼の信じた未来。信じた可能性。それは確かに芽吹き、蕾が花を開き掛けているのだと。

「大丈夫さサイドン、お前のおかげでケンタロスを追い詰められたんだ。オレとみんなを信じて……今は、英気を養っていてくれ」

 モンスターボールの中では己の不甲斐なさを恥じ入るようにサイドンが申し訳なさそうな顔をしていたが、そう声を掛けると元気を取り戻してくれたらしい。
 この悔しさをバネに、今度こそ見事に敵をぶっ倒して勝利してみせる! そう言わんばかりに固く拳を握り締め騒いでいて、「本当に勇敢だなあ」と思わず苦笑してしまった。

「……ケンタロスはかなり消耗している、だけど油断は禁物だ。ここはゲンガー、お前に任せた!」

 相手は相当手強いが、サイドンの奮闘のお陰でかなり体力が削られている。最も脅威的な技ははかいこうせん、そして未だ披露していない四つ目の技はノーマルタイプの物理技だろう。ならば……それを食らわないゲンガーで切り崩す。
 勢い良く投擲したモンスターボールから飛び出したのは影のように黒い身体に赤く不気味に輝く瞳、裂けたように大きな口。短い手足で寸胴体型、背中に棘が揃っている、シャドーポケモンのゲンガーだ。
 先程の闘いで更に昂ったのだろう、眼前で鼻息を荒く繰り返し地面を蹴るケンタロスに思わず身体が竦んでしまうが、サイドンの奮闘を無駄にするわけにはいかない……と己の臆病な心を奮い立たせる。

「いつかの役立たずのゲンガーか、まだ使ってやっているとは随分優しいな」
「オレはお前とは違う。使う、じゃなく一緒に闘ってるさ。それにゲンガーはあの時より成長したんだ、強くなった姿を見せてやるぜ」
「だがゲンガー相手には少々分が悪い、戻れケンタロス」

 ツルギの口元に浮かんだ嘲笑は直ぐ様引き締められ、眼前に在る闘いへの興奮から高く嘶いたケンタロスは翳された紅白球に刹那目を見開いて……迸る光に呑まれ、戦線を離脱してしまった。

「ツルギ、ケンタロス……まだ、たたかいたいって、言ってました」
「戦いに下らない感傷など必要ない。奴は有利に戦えると踏んでゲンガーを繰り出した」

 だからケンタロスを続投するなど愚策だ、と言いたいのだろう。サヤはそれ以上何も言えずに観戦に戻り、苛立たしげに吐き捨てたツルギも意識を戦場に集中する。
 この状況をつくりだしたのは自分だ、ツルギを責める権利は無い。ならばせめて……全力で闘う。
 
「強くなったというのなら、それを上回る力でねじ伏せるまでだ。出てこいローブシン!」

 続けて繰り出されたのは全身鍛え上げられた鋼の肉体、赤い大きな鼻に皺だらけの顔。肥大化した腕で巨大なコンクリート柱を携え、腰を低く構えている。きんこつポケモンのローブシン、高火力高耐久に低い素早さが特徴である。
 互いの双眸がぶつかり合い、ローブシンは威圧的に睨め付けてくる。ゲンガーが思わず肩を竦めるが、「大丈夫だ、オレ達がついてる」と声を掛けると少しは気が楽になったのか赤い瞳で睨み返した。

「ゲンガーはそう簡単には沈まないさ。まずは牽制だ、シャドーボール!」
「受け止めろ」

 幸いゲンガーはかくとうタイプの攻撃をすり抜ける、奇襲に関しては心配が少ない。目の前に翳した両掌の先に漆黒の影が集束を始め、闇の弾丸となり放たれる。
 ローブシンは回避も、防御もせずに身体で受けると不敵に笑みを浮かべており……。

「……っ、効いてないのか!?」
「このローブシンはとつげきチョッキを身に付けている、その程度では何度撃とうが大したダメージにはならない」

 コンクリート柱に遮られて見えなかったが、ローブシンの身体には赤い防弾チョッキ……着ることで特殊攻撃の威力を軽減できる持ち物が装備されていた。

「なげつけるだ」
「……シャドーボールで弾いてくれ!」

 更に掴んでいたコンクリート柱を遠心力に乗せて勢い良く放り投げるが、慌てて弾き出した影の弾丸が柱の端にぶつかることで軌道が逸れてすぐ真横を通り過ぎていった。

「ならばいわおとし!」

 しかし攻撃の手が緩められることは無い。今度はローブシンがコンクリート柱を片手に高く跳躍し、そのまま力強く振り下ろしてくる。

「……っ、避けてくれゲンガー!」

 ジュンヤに言われるまでもない、あんなの食らったら倒れてしまう。襲い掛かってくる柱が頭上の寸前まで迫り、風圧におののきながらも飛び退って間一髪回避をするが、直撃した地面は砂塵と礫を撒き上げながら深く陥没してしまい……。

「……厳しい闘いになってきたね。相手の技は一撃も受けられないのに対して、何度攻撃をすれば沈んでくれるのか見当もつかない。けれどジュンヤ、君は……」
「うん、ジュンヤはまだあきらめてないもん。いっしょにゲンガーを応援しよ、スワンナ!」

 彼の目にはまだ諦めの影は落ちて居ない、ならばきっとどうにかなる。今までだって何度も逆境を覆してきたのだ、今回だって、きっと……。

「相も変わらず臆病か、逃げているだけでは勝てないぞ。それとも、みちづれでも企んでいるか」
「さあな、けどこれだけは言わせてもらう。ゲンガーはきっとローブシンに勝つ!」
「……これ程の力の差がありながら、勝てると踏んで立ち向かうとはな。何を狙っているかは知らんが、一撃で仕留めれば良い話だ」
「オレはゲンガーを信じてる、そう簡単には負けないさ」
「また『信じてる』か、鬱陶しい。攻め立てろローブシン!」

 ローブシンは先程投げ飛ばした柱を回収すると中東の双剣術のように遠心力を活かして振り回し、ゲンガーには必死に回避を続けるが……それが精一杯で先程から全く攻撃が出来ていない。
 しかし……唐突に、ローブシンの身体が僅かによろけた。

「……それが狙いだったか」

 何が起きたか、サヤ達が目を丸くしているとノドカが「あっ」と声をあげた。

「ゲンガーの体、なんだか色が薄くなってるような……?」
「身体を少しずつ毒ガスへ変化させることで不可視の攻撃を仕掛けてきたか」
「ああ、お前のポケモン達は強い……正面から殴り合うだけじゃ勝てないと思ったんだ。だから逃げ回るフリをしてスモッグで少しずつ毒を受けてもらったのさ」

 先程まで一切表情を崩さなかったローブシンの顔色が、徐々に青ざめ始めていた。少しずつとはいえ毒ガスを吸い込み続けていたのだ、既に毒に侵されており、鋼の肉体ですら確実に蝕まれてしまう。

「そうか、これならたとえ相手にダメージを与えられなくとも長引けば勝手に倒れてくれる。おまけにこれはフルバトルだ、長期戦になるのは分かっているからね」
「……特性を読み違えたか、一か八かに賭けたか。いずれにせよ、一手見誤ったな」
「……まさか。まずいぞジュンヤ!」

 言うが早いか、戦場を見渡せば毒に蝕まれ苦しんでいた筈のローブシンの顔には不敵な笑みが浮かべられ、ただでさえ逞しく肥大化した腕の筋骨が更に力強く隆起しており、ソウスケが思わず身を乗り出して叫んだ。

「ローブシンには二種類の特性がある。ちからずくとこんじょう、どちらも強力な特性だが……」
「そっか! こんじょうは状態異常の時に攻撃力が上がる特性……ゲンガー! あぶない!」
「ローブシン、なげつけるだ!」

 再び握っていたコンクリート柱が遠心力に乗せて投擲された。だが……ジュンヤもゲンガーも焦る様子は一切見えない。むしろこの時を待ち望んでいたかのように揃って口元に笑みを湛えており……。

「いや、見誤ってなんかいないぜツルギ。とつげきチョッキを持っていた時点で特性はこんじょうだって分かっていたのさ!」

 とつげきチョッキは確かに強力な持ち物だ、だが回復する木の実を持たせられず、補助技も使えない為に状態異常を負ってしまえばかなり不利な闘いを強いられることになってしまう。だから、特性はそのデメリットを打ち消せるこんじょうだと推測していた。

「ローブシン、何か来るぞ! 構えろ!」
「今だゲンガー、……カウンター!」

 コンクリート柱は凄まじい勢いで放たれて、ゲンガーの腹部に直撃すると重く、深く鳩尾を貫いて……懐から、千切れたタスキがはらりと落ちた。そして次の瞬間にゲンガーの全身から膨大な質量のエネルギーが直線上に溢れ出し、対峙するローブシンを呑み込み全身を焼き付くしていく。

「……成る程、カウンターの威力を底上げする為に敢えて俺のローブシンのこんじょうを発動させたというわけか」
「ああ、利用させてもらったぜ、お前のローブシンの特性を!」
「っ、小癪な真似をしてくれる」

 ツルギが苛立たしげに舌を鳴らす。
 カウンターは受けた物理攻撃のダメージを倍にして返すという性質を持つ、超強力な大技だ。だからこそ敢えて相手の火力を上げて、きあいのタスキで無理矢理食い縛って発動させ……相手はかなり鍛え上げられたポケモンだ、くわえてなげつけるはあくタイプの技で効果は抜群。
 辺り一面の大地が大きく抉れ、巨大な陥没跡が生まれてしまう。その中心に立っていたローブシンは最後まで白目を向きながらも立ち尽くしていたが……やがて、身体が重力に耐え切れなくなったのだろう。膝から崩れ落ち、コうつ伏せになってコンクリート柱と共に倒れてしまった。

「……ローブシン、戦闘不能!」

 審判は一呼吸の間を置いた後に、思い出したように慌てて叫んだ。

「よし、よくやったなゲンガー! これでイーブンに持ち込むことが出来た、ありがとう、お前のおかげだ!」
「戻れ、ローブシン」

 オレやモンスターボールの中のポケモン達が揃ってゲンガーの健闘を盛大に讃え、対するツルギは一切の感傷などなく無言でローブシンを紅白球に戻した。

「ツルギ、どうしてお前は頑張ったポケモン達を労ってやらないんだ。みんなお前の為に頑張ってるんだぞ」
「頑張った、負けました、では意味が無い。結果を残せなければ無駄なんだよ」
「お前……!」
「下らん茶番に付き合ってやるつもりはない、バトルを続けるぞ」

 ツルギは無感動にそのまま腰にモンスターボールを装着すると、続けて新たな紅白球を左手に構える。現在倒れたポケモンはサイドンとローブシンでお互いに一匹ずつ、拮抗した盤面で進んでいる。
 ……ローブシン、すっごく強いポケモンだった。うまくカウンターを決められなければ他のポケモン達でも倒せたかどうか分からない。
 そしてツルギも今まで自分が体験し、ジムリーダー達も話していた通りだ。恐ろしく強い、だけど……負けるわけにはいかないんだ。やつの翳す強さ、ポケモンのことを労ったりもせず、道具みたいに扱う冷淡な力をオレもゴーゴート達も認めることは出来ない、だから……。

「行くぞツルギ、オレ達の信じる絆の力を、オレ達の全てをぶつけてお前に勝つ!」

 六体六のフルバトル、闘いはまだまだ続いていく。だが、この先更に強く凄まじいポケモンが待ち構えている。果たして彼らはそれを越えることが出来るのだろうか……。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「よーし!オレ達もついにツルギのポケモンを倒すことが出来たぜ!」
ノドカ「あぶなかったね〜……!見ててすっごくヒヤヒヤしたよ〜」
ソウスケ「しかしまさかここでタスキカウンターを決めてくるとはね。古き良き戦法ではあるが、意表を突かれたよ」
ジュンヤ「はは、実は今まではやる機会がなくってさ。……けど、かなり手強いな、ツルギは」
ソウスケ「ああ、しかも最後は意味深なことが書かれていたからね」
ノドカ「ジュンヤの手持ちはゴーゴート、ファイアロー、シャワーズ、ライチュウ、サイドン、ゲンガーだよね?ツルギくんは……」
ソウスケ「僕らの見た限りでは、あとギャラドスもいたね」
ジュンヤ「ツルギ主役の話ではギルガルドもいるな。そして何度も立ちはだかってきたフライゴンだ」
ノドカ「……ほんとにみんな強いね」
ジュンヤ「頑張る!だから応援よろしくみんな!」
ノドカ「うん、もちろん!それじゃあ読んでくれてありがとうございました!次回もまた見てね〜」
せろん ( 2018/07/10(火) 20:49 )