第69話 相対する強さ
ポケモン達の回復が終わり、ヒヒダルマ達はすっかり元気を取り戻した。
最強の四天王グレンとソウスケのバトルは結局ソウスケの敗北に終わり……それでも、確かに変わったものはそこに在った。
「いやあ、たまげたぜソウスケ君、ぼくもまさかグレンさんのウインディをぶっ倒すなんて思わなかったよ。な、ファイアロー」
チャンピオンの親友であり此処アゲトシティアゲトジムのジムリーダー、ルークが椅子に偉そうに腰掛けながら隣で佇む相棒のファイアローを愛らしげに撫でる。
ファイアローもバトルの結果に驚いているらしい、頻りに頷いていたのだが……それはそれとしてとても心地良いらしい。瞼を細めて首を伸ばし、すっかり油断した姿を晒している。
「マグレよマグレ、二度は無いっての。アンタもあんま調子に乗らないことね、ソウスケ」
「勿論さ、次闘う時は確実に勝つ。その為に……僕らは傲らず精進しなければね」
「……へえ、もう次は勝てるつもりなの、四天王に。ホンット腹立つ、コイツ!」
「落ち着くのだハナダ。貴公も四天王、毅然と構えよ」
突然興奮するハナダにソウスケは意気揚々と応えるが、クチバは少し疲れたような顔で肩を竦めて彼女を諌める。
赤い絨毯が敷かれた室内。絵画や壺、植木鉢が飾られており、中央に円卓が座している。
アゲトジムの会議室。今この部屋には仲間や四天王、皆が集まっていて、ルークから伝えたい話があるらしい。
「それで皆、改めてもう一度聞かせてもらうぜ。オルビス団と戦う覚悟は出来てるんだよな」
「もちろんです! ラクライを取り戻すまでぜっ……たい、逃げません!」
彼の問い掛けにいの一番に叫んだのはエクレア、続けて皆も口々に同意を示し……「よく言った!」とルークが含みのあるいやらしい笑顔を浮かべて。
「じゃあグレンさん、クチバ、タマムシさん、ハナダ。皆のことは任せたぜ」
……詳しく話を聞くと、どうやら四天王の皆が稽古をつけてくれるらしい。とはいえ一切加減は無し、苛酷なものになるだろう……とのことだ。だが決戦まで時間が無く、異論を唱える者は居ない、皆決意を映した瞳を瞬かせ……この先に待つ戦いへ臨んでいた。
「では行くぞ少年、……ソウスケよ」
「はい! 絶対一週間以内にあなたを越えて見せます!」
「そう易々と越えられぬわ、図に乗るでないぞ」
早速部屋を飛び出したのはグレンとソウスケ。互いに全力をぶつけ合ったのもあって既に良い感じの師弟感を漂わせていて……。
「なんていうか、雰囲気が暑苦しい」
「……ああ」
思わず漏れたジュンヤの言葉に、ツルギも頷いてみせる。いがみ合っていた二人が、珍しく息が合った瞬間であった。
「ほら、行くわよアンタ」
「あ、私ノドカっていいます! よろしくね、ハナダさん!」
「そ、じゃあさっさと行きましょノドカ。先ずは小手調べにバトルをして、これからの方針を固めるから」
続けて部屋を出たのはハナダとノドカ、同じみずタイプ同士ということであてがわれたらしい。
そして同様の理由ででんきタイプを操るクチバがエクレアを伴い、残ったタマムシがサヤを連れていく。
「で、ジュンヤ君はぼくと特訓だ。ツルギ君、君は一人の方がやり易いよな」
「ああ」
「ま、だよな。それじゃあ少し準備してくるから待っててくれよ」
とルークも一度席を外し……この広い会議室に、残ったのはたったの二人であった。
この旅の中で幾度と因縁を結び、衝突してきた……最大の宿敵。
「……ツルギ」
誰に連れられるでもなく残ったジュンヤが、同じく残っていた少年に声を掛けた。彼は腕を組みながら壁に背を預けていたが、「何の用だ」と鬱陶しげに吐き捨てながら、眉を潜めて顔を上げる。
「オレは……この旅で色んな人とポケモンに出会ってきた。みんな優しくて、だけど強い人ばかりだったよ。でも……」
脳裏に過るのは、様々な人達のツルギに対する評価だ。
『独り善がり』『ノリが悪い』『鋭い刃の如き意思』などその評は様々だったが……一つだけ共通していることがあった。それは『恐ろしく強い』という一点だ。
「悔しいけど、お前はその誰よりも強かった。……ずっと知りたかったんだ、お前がどうして……そうまでして、強さを求めるのか。どうしてお前がそんなに強くいられるのか」
詳しくは未だに知らないが、ツルギもオルビス団とは深い確執がある、きっとそれに関係していて……復讐の為って言われても納得できる。だけどもしそうならサヤちゃんが優しいって言うなんて考えづらいし、たとえそうだとしても……実際に自分の目で見て、肌で感じて確かめなければ見えないものもあるはずだ。
「オレはもっと強くなりたいんだ。レイに勝って答えを知る為に。大切なものを守る為に」
「素直に話すとでも?」
そう鼻で嗤ってみせるが、その眼差しはとても険しく。拒絶するかのように突き放した瞳には、純粋な苛立ちが映されていて。
「いや、そんなこと思っちゃいないさ。だから……オレとバトルだ」
ノドカはバトルが苦手なのに、それでも強くなりたいと精一杯に努力している。ソウスケは相手がどれだけ強くとも怯まず立ち向かい、強くなる為に闘っている。二人があれだけ励んでいるのだ、オレも負けないように頑張って、今よりずっと強くならなきゃいけない。
真正面から彼の黎くぎらつく双眸を見据えて、腰に装着されたモンスターボールを掴んで突き出した。彼を睨み付けていたゴーゴートも、興奮して紅白球の中で暴れている。
「前にお前はオレに言ったよな、覚悟の重さが違うって。確かにそうだったよ、だけど……今は違う」
もう迷わない、目を逸らしたり自分を誤魔化したりもしない。自分を見つめ直して……己の弱さと向き合って、相手の強さに立ち向かって、みんなと一緒に強くなるんだ。大切なものを……ノドカやソウスケ、みんなの生きる“現在”を守るために。
「勝つ為じゃない、強くなる為に俺を利用しようというわけか。確かに、多少は腑抜けがマシにはなったようだ」
嘲笑うように吐き捨てた彼は、同様に腰に装着された紅白球へと手を伸ばす。
「ああ、オレはもう……後悔したくないんだ。だから……もっと強くなってみせる、オレの信じる絆の力で」
「相変わらず下らないな……鬱陶しい。良いだろう、お前の戯れ言に付き合ってやる」
決まりだ。緊張に僅かな震えを帯びる手を固く握り締めて、歩き出そうとした瞬間。それまで沈黙を貫いていたはずの扉が勢い任せに開かれ、
「だったらフルバトルなんてどうだ!?」
という叫びと共に現れたのはルークさんだった。話を聞くと準備が終わって戻ってみたら話し込んでいたようなので、タイミングを見計らって扉を開けたらしい。
「お互いのことを一番良く知れるのが全力の戦いだ。それにオルビス団との戦いは厳しくなる。フルバトルはそれだけ疲労もあるんだ、慣れといた方が良いと思うぜジュンヤ君! それにツルギ君、君もな」
「……確かに、その通りかもしれない」
この旅の中で、六体六のフルバトル……お互いの全力で臨む総力戦など、思えば一度も経験していない。
戦いは激化の一途を辿っているのだ、彼の言うことは一理ある。そして勿論、その方が相手の全力を見れるというのもあって……オレには断る理由が無かった。
「構わん、何れにせよ俺の勝利は変わらないからな」
ツルギにも異論は無いらしい。握っていた紅白球をベルトへ装着し直した彼は、歩き出してドアノブに手を掛ける。
「じゃあお互いに調整も必要だと思うから、バトルは夕暮れで良いよな」
「ああ」
そして短い返事と共に彼は部屋を退出して、後にはオレとポケモン達、そして彼だけが残されていた。
「よし、じゃあぼくらも彼とのバトルに備えて特訓へ行こうぜジュンヤ君。……幹部連中は下手したらぼくやスタンより強いかもしれない、悪いが手加減は一切無しだぜ」
「分かっています、オレ達も覚悟は出来てる。よろしくお願いしますルークさん!」
……ツルギ、あいつはポケモンへの態度は酷いけど、実力だけは確かだ。この旅の中でも幾度とレベルの違う戦いを見せ……だけど、自分達もあの強さに追い付かなければいけない。オルビス団の幹部には……レイには、今のオレ達では確実に敵わないのだから。
オレ達はこのバトル、全力で臨む。強くなるために、ツルギに勝つ為に……己の信じる強さを証明する為に。以前のバトルからどれだけ力量差が埋まったかは分からないし、今でも正直自信はない。だけど……あいつにだけは、負けたくないから。
胸の前に翳した紅白球の内から覗き込んでくるゴーゴートに、相棒に「大丈夫、全力で行こう」と言葉を贈ると腰に再び装着し、ルークの先導で特訓の場であるバトルフィールドへと向かった。