ポケットモンスターインフィニティ

















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第九章 反逆の旗を掲げ
第68話 想い燃やして
「さあ、行こう僕の最強の相棒……ヒヒダルマ!」

 放たれたモンスターボールから溢れた閃光は、一匹の獣を象っていく。
 力強く逞しい二本の大腕、眉から噴き出す勇ましい炎。ソウスケの最も信頼を置く真紅の狒々……ヒヒダルマだ。
 未だ熱気が渦を巻き、戦いの跡が刻まれたバトルフィールドを見渡せば。抉れた地面、刻まれた爪痕、穿たれた壁面……これまで戦った二匹の想いは、闘志は、未だ戦場にくっきりと跡を残していて。
 だからこそ、この両肩に乗せられた大将としての責任が己の本能を触発する。敗れた仲間の想いを背負い闘って、目の前に立ちはだかる敵を打ち倒す。勝利の悦びを手に入れて、その喜びを仲間と分かち合う為に。
 己に課せられた使命はただ一つ、眼前の相手を打ち倒すのみ。ならば……ソウスケを信じ、仲間を信じ! 全力で勝利を奪い取ってみせる!

「ああ、僕もコジョンドとレアコイルのことを、そして君のことを信じているよ! だから負けるはずがない、僕らはウインディを必ず倒す!」

 二人の闘志が、ここに来て遂に最高潮へと到達した。燃え滾る想いを燃やして抑え切れない熱を高く叫ぼうとしたその瞬間、腰に備えられていた五つのモンスターボールが次々に起動していく。

「……そうか、みんなも応援してくれているんだね」

 レアコイルも、コジョンドも、この闘いには参加していなかったムーランドやウォーグル、オノンドまでも紅白球の中から見ているだけでは耐えられなくなったのだろう。
 主と仲間の大一番を見届ける為に、揃って背後で観戦してくれている。

「さあヒヒダルマ!無様な姿は見せられないぞ!」

 相棒も頷き、全身から爆炎を噴き上げた。
 最早二人に後は無い、それでも勝利を胸に抱いて……遂に、最後の闘いは幕を開けた。

「ウインディ、しんそく!」

 神速──それは全てを置き去りにする究極の速度。永いエイヘイの歴史で見てもその域に至ったのは唯二匹であり、本来ならばソウスケにも、ヒヒダルマにも……反応が出来る筈が無かった。
 だが……駆け出したウインディは確かに超高速で、それでも神の域には至っていない。眼前に躍り出た伝承の獣へ、二人の双眸が熱く滾る。

「でんじほうは当たれば確実に相手をマヒさせる技だ。だから……今のウインディは、マヒして機動力が落ちているんだな」
「そっか、だけどこれなら、もしかしたら勝てるかも……!?」
「はい、フフ、レアコイルのおかげですねっ!」

 ジュンヤが帽子のつばをくっと下げながら呟いて、ノドカとエクレアも嬉しそうに顔を見合わせた。

「これが僕らの……結束の力だ! アームハンマーで迎え撃て!」

 辛うじて、目で追える次元まで神を墜とせたらしい。歯牙を剥き、鋭爪を鈍く耀かせた獅子を振り翳した双槌で迎え撃ち、ぶつかる力が火花を散らす。
 純然たる二つの力が鬩ぎ合い、爪と拳が鎬を削り……一歩も譲らぬ鍔迫り合いの中で主と目線を交わしたウインディが高く吼えた。

「……受け止めてくれヒヒダルマ!」

 敵の歯間からは抑え切れない炎が漏れて。言うが早いか、鋭爪を受け流したヒヒダルマは両腕を前へと突き出し盾とする。「かえんほうしゃ!」とグレンが叫び、押し寄せる火焔の奔流に飲まれた狒々は……しかし、波が途切れると不敵な笑みで立ち尽くしていた。

「ヒヒダルマ、ぶじ、みたいです」
「……今ならオーバーヒートを確実に当てられたのに撃たなかった。グレンさんは、多分ソウスケ達を警戒しているんだ」

 観客席で眺めていたジュンヤも、親友の闘いに逸る気持ちが抑えられないようだ。腰を上げて呟いた声色には、冷静であろうとしながらも深い喜色が込められている。

「でも、きっと……今オーバーヒートをうっても、ヒヒダルマを、たおせなかった……かも。なんとなく、だけど……そんな気が、します」
「ああ、なんたってソウスケ達の夢は最強のポケモントレーナーなんだ。そう簡単には負けないさ」

 オーバーヒートはほのおタイプ必殺の超大技だ。だがその凄まじい威力と引き替えに……生半可ではない反動が付き纏う。もし耐えられてしまえば、この状況だ、一気に形勢を覆されるだろう。だからきっと……グレンとウインディはオーバーヒートを撃たなかったのではなく、撃てなかったのだ。

「まだまだ畳み掛けようヒヒダルマ、いわなだれだ!」

 どちらともなく後退り、睨み合っていた中で、ソウスケ達が視線を交わし、静寂に耐えかねたのか動きを見せた。
 掌を空へ翳すと、瞬間無数の巨礫が現出し、重く無骨な岩の雪崩が広大な戦場へ無差別に降り注いでいく。

「たとえマヒしていても、やはりウインディの素速さは脅威的だね……! けれど!」

 敵はでんじほうの直撃によりマヒしている、素早さも大幅に低下しているはずだ。それでも雨の如く無作為に振り注ぐ礫を時には抜き去り、時には弾き返し……此方も対抗して岩を殴り付けてウインディ目掛けて突き飛ばすが、やはり捉えられずに躱されてしまう。

「押して駄目なら更に押すまでだ! ヒヒダルマ、フレアドライブ!」

 それでも尚、二人の挑戦者は引き退がらない。ヒヒダルマは雄叫びを上げながら跳躍すると四肢から、躯から、口元から……至るところから火炎を噴き上げ、正に火達磨となって真正面から突き進む。

「ふん、やはり青二才、清々しい迄に馬鹿正直だな。だが……」

 グレンの瞳に、ウインディの眼差しに映る素直な少年の姿は不思議とこちらまで“その気”にさせられてしまう。
 ウインディへ視線を送ると、彼はどこまでも真っ直ぐに食い下がってくる少年達の姿にポケモンとしての本能をくすぐられたようだ。
 内に秘めた闘志に火が突き、うずうずとグレンの指示を望んでいる。

「……うむ、無論だウインディ。儂とて四天王が一人、売られた勝負を買わないわけにもいくまい。フレアドライブ!」

 獅子が吼えるとその全身を爆炎の鎧が覆っていく。
 跳躍したウインディは橙の弾丸となって飛ぶように大地を駆け抜けて、戦場の中央で二匹の雄が激突した。
 渦を巻く猛火が無数の火柱を上げ舞い踊り、凄まじい熱が世界を覆い尽くした。
 ぶつかり合う二匹は激しい雄叫びを響かせて、互いの闘争本能を触発し高まり合うと、全身に纏った燃え盛る焔が際限知らずに燃え上がっていく。

「最大パワーだヒヒダルマ、押し切れぇっ!!」
「この若輩に思い知らせてやれ、ウインディ、お主の力を!」

 二人が叫び、二匹が咆哮し……遂に限界を迎えてしまった。
 均衡する炎が盛大な爆轟を巻き起こし、瞬く間のフラッシュオーバーが戦場全体を包み込み……吹き荒ぶ黒煙と砂塵が、延焼する炎が視界を遮って、更には先程のいわなだれによって足場も不安定になっている。

「ウインディ、無事だな」

 グレンの呼び掛けに煙の中から甲高い遠吠えが帰ってくる。安堵に小さく息を吐き……しかし、この闘いに不釣り合いな音に彼は思わず眉を潜めた。

「そうだヒヒダルマ、リミッターを解き放つ……はらだいこ!」

 耳を澄ませば、太鼓を打ち鳴らすかのような軽快で小気味の良い音が聞こえてくる。
 聞いているウインディまでもが思わず高揚してしまい、しかし何としてでも阻止しなければならない。

「しんそく……いや」

 視界が徐々に晴れてきた、平素ならば遮ることは容易かったろう。しかし、グレンは思わず舌を鳴らす。……そう、確かに平素ならば容易かった、だが……今は。

「そう、僕ら皆はこのバトル……全てこの時に賭けていたんです」

 煙の巻かれた先から聞こえてくる少年の声色は、最早喜びと興奮を抑え切れなくなっている。
 今皆の視界は砂煙に遮られ五里霧中、足場は転がる無数の岩で不安定。加えてウインディは攻撃の反動と躯を襲う麻痺によって……動きたくとも動けない。

「そうか……ソウスケやみんなは、初めからこの状況をつくるために闘っていたんだ! はは、すごいぞソウスケ、ヒヒダルマ!」

 興奮し、立ち上がって叫ぶジュンヤとゴーゴートにソウスケとヒヒダルマはサムズアップで応えてみせる。
 そう、実力差を考えれば今の己では限界まで力を奮ったとしても四天王になど勝てる筈がない。ならば……絆の力で限界を越え、無理矢理にでも勝利を掴み取るまでだ。だから、皆の結束と奮闘でこの状況まで持ち込んだ。そして──。

「……ふんっ、年甲斐も無く昂った結果がこれとはな。儂もウインディも、上手く乗せられてしまったというわけか」
「僕らは必ずあなたのウインディを倒します! 全力全開だヒヒダルマ!」

 瞬間、蔓延する煙を、燻る大地を吹き飛ばすかの如く盛大な爆炎が立ち昇る。
 視界を覆っていた砂煙が払われ、晴れた戦場が戻ってきた。
 対峙するのは肩で息をする少年と立ち尽くす老人、そして伝承の獣と……体内から溢れた紅炎を噴き上げて、太陽と見紛う程の熱を纏って佇む狒々。

「さあ、勝負はここからだ! アームハンマー!」
「しんそく!」

 初めてウインディが追い抜かれた。
 邪魔をするように佇む岩々の間隙を抜い駆け出した獅子の顔面に、腕から炎を噴き出して飛び込んだ狒々の双槌がようやく届いた。
 その威力は限界以上に高まっている。両腕で殴り抜けるとウインディの巨躯ですら容易く浮いて、フィールドの端まで吹き飛ばされてしまった。

「さあ、決着を付けるぞヒヒダルマ! 最大火力でフレアドライブ!!」
「ならば全力で迎え撃とう! 全霊で放てウインディ……オーバーヒート!」

 狒々が全身から煌々と燃え滾る爆炎を纏い、小恒星となって跳躍した。
 迎え撃つ獅子は内に燃える炎全てを、全身の力を一点に集中し、緋色に燃える全身が熱く激しく高まっていく。その砲口に火炎が渦巻き……ついに万象一切を灰塵へ帰す業火が放たれた。
 再び発動した超極大光線はあまりに激しく、あまりに強く……二つの大技が衝突すると、その余波で忽ち戦場は火の海へと変わっていった。

「……まだまだ、魂を燃やせヒヒダルマ! もっと熱く……もっともっと強く!」

 初めは拮抗していた灼熱光線と隕落する星。だが天頂に輝く太陽がごとく、更に凄まじい真紅の炎を噴き出す星は、尚収まることなく出力を上げていく。

「……っ、よもやここまでとは……!」

 此処に至ってしまえば誰にも止められない。ウインディの放つ業火はヒヒダルマの全身から迸る劫火に呑まれ、そのまま対峙する獅子に激突すると……凄まじい爆轟と共に火柱が立ち昇った。

「……よく闘った、ウインディ」

 グレンが噛み締めるように吐き出すと共に、吹き飛ばされたウインディが背後の壁へと激突する。そして満足げな笑みを浮かべながら相棒は静かに瞼を閉じて……四天の将は、微笑みと共に紅白球を翳した。
 光が伝承の獣の全身を飲み込み、疲労困憊となったポケモンは闘いで蓄積した傷と痛みを休める為に、モンスターボールへと戻っていく。

「……ウソ。アタシですら倒せなかったグレンのウインディが、あんなお子様に……」
「……あら、貴方の見立てが外れましたわね、ハナダさん。足手まといがどちらになるか、こうなっては分かりませんものね」
「うるっ……さいわよタマムシ! アンタだって『お子様じゃないの〜』的なこと言ってたじゃない!」
「そう騒がないでいただけません? それにわたくしは貴方と違って、一度も弱いなどと言ってはいませんもの」
「すごいな」

 愕然と立ち尽くすハナダをタマムシがからかうように笑い、盛り上がる二人を他所にクチバは簡素な感想を口にした。
 隣でジュンヤやノドカ、サヤとエクレア、そしてゴーゴートやスワンナやウォーグルなどといった皆が大層おおはしゃぎしており、……その中で、ソウスケだけがうつむき拳を握り締めていた。

「……認めよう少年。この儂の最強の僕を越えたのだ、お主達は……立派なポケモントレーナーだ」
「……ありがとうございます、グレンさん。けれど……まだ、越えていません」
「む、それは……」

 ソウスケの言葉に、眉を潜めたグレンが未だ立ち続けるヒヒダルマを臨み、初めてその意味に気付かされた。

「……そうか、限界を迎えたということか」
「はい、だから……まだ越えてはいません。今回は……僕らの敗北です」

 ヒヒダルマの目に色は灯っておらず。最早意識も失い、最後の意地で立ち尽くしている状態だ。
 だから、“まだ”越えてはいない。相討ちに終わってしまい……。

「……ヒヒダルマ、ありがとう、よく限界を越えて最後まで闘い抜いてくれたね。君の勇姿は僕の胸に焼き付いているよ」

 ソウスケが握り締めていた拳をほどき、掴んだモンスターボールを突き出すと迸る閃光がヒヒダルマの立派な背中を飲み込んでいく。
 紅い半透明の半球から覗く相棒はすっかり疲れ切ったのか深い寝息を立てており……お疲れ様、ともう一度労うと後ろで見守っていたムーランド達も紅白球へ戻っていった。

「ありがとうございます、グレンさん! 楽しいバトルでした!」
「何、礼を言うのは儂の方だ。久々に熱くなれたぞ、……ほのおタイプだけにな」

 深々と頭を下げるソウスケに、グレンは闘う前からは考えられないような柔らかな微笑みで彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。
 それを見ていたハナダ、タマムシ、クチバの三人も、

「……まあ、思ったよりはやるじゃない」
「……しかたありませんわね。認めるしかないようですわ」
「うむ、素晴らしい神風精神であった。自分は素直に賞賛を送ろう」

 と、四天の将に立ち向かった少年とそのポケモン達へ対して、思い思いの言葉を送った。

■筆者メッセージ
ソウスケ「ジュンヤ見たか!勝利には至らなかったけれどグレンさんの相棒と相討ちになったぞ!!悔しいけど嬉しい!!」
ジュンヤ「お前、すごいな……」
ノドカ「わ、わあ……。ソウスケ、ほんとに強くなったねえ……」
ソウスケ「だが僕はまだまだだ、もっと精進しないと。それにジュンヤ、次は君の番だろう?」
ジュンヤ「え、なにいきなり」
ソウスケ「おや、予定を確認してなかったのかい、次は君の番だと書いてあるけど」
ジュンヤ「うそお!?やったー!オレの出番だー!」
ノドカ「ジュンヤ、良かったねえ……」
ジュンヤ「それでそれで!?どんな内容なんだ!?」
ソウスケ「ツルギとのバトル」
ジュンヤ「心の準備まだなんだけど!?」
ソウスケ「それじゃあ、次回もよろしくお願いします!」
ジュンヤ「待って待って!流石にそういうのはもう少し早く教えてくれないと」
ノドカ「ふふ、ジュンヤ楽しそうだねえ。それじゃあ皆さん、またね〜!」
せろん ( 2018/06/20(水) 12:18 )