ポケットモンスターインフィニティ
















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第九章 反逆の旗を掲げ
第66話 真夜の闘い 後
 大宙を駆ける翡翠の竜と、全身を駆動させ追い縋る紅の狒々。
 依然として息一つ切れぬ強敵に、肉体こそ疲弊していたが……それ以上に、彼らの気炎は熱くこうこうと燃え盛っていた。

「ヒヒダルマ、アームハンマー!」
「フライゴン、ドラゴンクロー!」

 重く鋭く振り上げられた拳と、群青の光を纏い突き出された竜爪が火花を散らしながら交差する。
 一撃、また一撃と幾度と二つが重なり合い、しかしその度に初めは保てていた均衡が徐々に崩れ落ちていく。
 ヒヒダルマが必死に攻め続けても腕力で劣り、速さに至っては明確な差が開いていた。

「……っ、下がれヒヒダルマ!」
「ああ、そうするしかないだろうな」

 このままでは打ち負けてしまう、撤退を余儀無くされた彼らだが……完全に読まれている。

「ストーンエッジ」

 歯軋りしながら背面へ向け跳躍したが、同時に突きだした岩柱が背中を貫き、無防備に宙へと投げ出されてしまった。

「っ……!」

 速さの差が出た、それだけではない。完全にタイミングを合わされていた……!
 すかさずヒヒダルマが身を捩り、幸い急所は逸らせたらしい、なんとか空中で体勢を立て直し、慌てて向かってくるフライゴンへの迎撃体勢を整える。

「ドラゴンクロー!」
「迎え撃とうヒヒダルマ、フレアドライブだ!」

 その飛行能力を活かして追い付いてくる相手に、しかしただでやられるつもりはない。全身から迸る焔を鎧のごとくその身に纏い、もうどうにでもなれ、後方へ回した腕の先から噴き出した炎の勢いで爆発するかのように翠竜に迫った。

「……ヒヒダルマの火力は侮れない、受け止めろ!」

 初めてフライゴンが守備隊型を取った。攻撃を中断し着地すると両腕を突き出し、次の瞬間に訪れる衝撃へと備えた。

「いけえっ!」

 まるで隕石が落ちてきたかのように。凄まじい熱と速度を伴い隕落してくる塊を抑えるのはやや骨が折れるだろう。
 大地を踏み締め、遂にその時が訪れる。掌に衝突しただけで腕まで痺れる程の衝撃は、衰えることがない……などでは済まない。闘争心を掻き立てられた炎狒々は、更に体内の火炎袋を燃やして激しく威力が高まっていく。

「……まだだ! まだやれる、君の全身全霊を出し切るんだ! これを貫けば勝利が見える、押し切ってくれ!」
「……これ以上付き合うのは得策では無い。……ドラゴンクロー!」

 その剛力を抑え続けることが難しくなったのか、あるいは彼らの根性に危機感を抱いたのか。飛び退ると同時に右腕に群青の光子を纏い、追い掛けてくる狒々の顎目掛けて竜爪を叩き込むが……。

「……ふっ」

 宙に投げ出されたヒヒダルマを見て、ソウスケは不敵に笑みを浮かべた。そして言うが早いかヒヒダルマは天を仰ぐように両手を伸ばし、

「最後の最後まで諦めない、僕らはきっと越えて見せる! 行くぞヒヒダルマ……はらだいこ!」
「……なるほど」

 恐らく先程のフレアドライブ……本当の狙いは攻撃自体には無い。無論貫けるなら御の字だと考えていたのだろうが……それ以上に、ダメージを蓄積させ身動きを鈍らせることが目的だ。
 幸いフライゴンはドラゴンタイプ、ほのおタイプの技は効果が今一つだ。まだ不自由無く戦える。だが……。

「使わせてやれ、奴の全力を叩き潰す」

 奴の本領はここからだ、ならば……いいだろう、その鬱陶しい程の意地、受けて立つ。
 開けっ広げな隙を狙い撃とうとしたフライゴンを制止し、相棒は一瞬虚を突かれたように瞬きをした後命令に従い腰を下ろした。

「それじゃあ遠慮無く行かせてもらおう!」

 ヒヒダルマは着地して悠々と踊り、燃える闘志が夜空を照らすようにオーバーヒートし、不安を払うようにけたたましく吠えた。
 鼻から、口から、腕から……全身から近寄っただけで焼かれかねない程の灼熱を溢れさせる狒々が、目の前に聳える壁を見据えて愉しげに瞳をぎらつかせる。

「随分と気前がいいじゃないか、ツルギ」
「相手の全霊を上回って勝つ。真の勝利とはそういうものだ」
「君のことは嫌いだが、思ったよりは気が合うじゃないか。よし、じゃあ……」

 閑話休題。改めて戦場に意識を戻した二人は口許を引き締め指示を飛ばす。

「アームハンマー!」
「……っ、速いな」

 全身から噴き出す炎をエンジンにして飛び出すと、瞬く程の正に一瞬で敵の眼前へと躍り出る。
 振り下ろされたあまりに重たい拳は、受け止めるには身に余る。光子を纏った双爪で側面を走らせ辛うじて受け流すと、衝撃で大地が深く抉れた。

「一撃でも貰えば形勢逆転、だが……無理にそれだけの威力を出している。体力も限界だろう」
「ああ、だからこの身が果てるその前に……決着を付ける!」

 直ぐ様距離を取るフライゴンに、しかし攻勢を緩めることはない。両手を翳すと空に無数の巨礫が集まり、

「いわなだれ!」

 この技に指向性は無く、辺りに無差別に落下するのをいなすのは容易い、……ならば。

「分かっているなフライゴン、これは陽動だ」

 言われるまでも無い、降り注ぐ無数の岩雨の間隙を縫い、視聴覚に神経を集中させると……喧々と落石が鳴り響く中に、異質な音が混じっていた。
 いや、それが何かを確かめるまでもない。目の前に紅い軌跡が描かれ、次の瞬間には掻き消えている。
 広い戦場に雪崩れる岩を足場に軌道を変え、再び他の岩を蹴り自由に跳び回っている。真紅の閃光が目にも留まらぬ速さで縦横無尽に駆け巡り、……さしものフライゴンでも次第に追い付けなくなって。
 突如として背後に現れたヒヒダルマに、僅かに反応が遅れてしまった。全体重を乗せた鉄槌が顔面を捉え、遂に翠竜が吹き飛ばされた。

「……リミッターを外しただけあるな」

 己の限界を越え闘うその姿に、ツルギの口から賞賛が零れる。
 フライゴンは菱翼の羽撃たきで空中制止を試みるも、あまりの勢いに殺し切れない。接地すると同時にフィールドに光爪を突き刺して、衝撃で周囲に砂塵を撒き散らしながら数メートル程後退していく。

「さあ、決めるぞ! これで終わりだ!」

 次に出される指示が何かは分かっている。一度振り返って視線を交わしたヒヒダルマとソウスケは呼吸を合わせて声高に叫んだ。

「フレアドライブ!!」
 
 ヒヒダルマの全身から、熱気に周囲が歪む程の猛熱が放出された。
 全身がオーバーフローを起こすのも厭わず体内の火炎袋を熱く、激しく……極限を越えて燃やし尽くし、太陽と形容するに相応しい威容が超高速で突撃してくる。

「っ、羽撃たけ、フライゴン」

 無論ただ避ける為ではない。
 言われた意味など分かっている。ツルギの望むままにその両翼を渾身の力で羽撃たかせると、先程舞い散った砂塵とは比べ物にならない程の……砂の大嵐。

「すなじごく」

 瞬間、砂塵を伴う巨大な竜巻が出力を全開にして猛進するヒヒダルマを遮る障壁となった。
 その吹き荒ぶ威力の凄まじさたるや半端ではない。気安く触れれば忽ち無数の礫に身体を裂かれ、……それでも、太陽を塞ぐにはまだ届かない。
 全身から迸る火炎の渦が内から引き裂くように噴き上がり、戦場を覆い隠していた砂嵐は次第にその威勢を弱め……ついには砂塵となって舞い散っていく。

「お互い視界の効かない幕間だ、再び上がった時が決着の……」
「幕は降りた。無論、お前の敗北でな」

 ……その一言で、僕は悟ってしまった。敵がただのドラゴンではなく……過酷な砂漠で日々を越える「砂漠のせいれい」だったのだと。

「ドラゴンダイブ」

 一寸先は闇の中……そんなの、彼らには関係無かった。
 視界を覆い尽くす砂埃から溢れ出す群青の光。爆発音。……それから悲痛な叫び。
 舞い散る砂塵が晴れた先に広がっていた景色は……。

「……僕らの、敗北だ」

 力無く地に臥す……完全燃焼を果たした紅の狒々と、無言で立ち尽くす翠竜。
 認めざるを得ない、もう相棒に闘う力は残っていないのだから。全霊を奮った上で、それでも越えられない……認めざるを得ない、清々しいまでに完全な敗北。

「……ひ、ヒヒダルマ戦闘不能! よって勝者ツルギ! ……さん」
「戻れ、フライゴン」
「……ありがとう、本当にお疲れ様、ヒヒダルマ。僕らの今の限界が見えた、だから……!」

 気付けば、爪が皮膚に刺さり血が出そうな程に固く握り締めていた……拳をほどき、俯いていた顔を空高く上げた。

「くそぉーっ、悔しいなあ! 次は負けないぞ、絶対に勝つ!」

 ヒヒダルマも同じ気持ちだ、モンスターボールの中で痛みなど感じさせない程に昂っていて。内側から張り裂けそうな、叫び出したくなる気持ちを堪えてぴっ、と指差し勝者に挑戦状を叩き付ける。

「悔しい、という割には随分とへらへらしているな」

 なんて意地の悪いことを言う、僕の悔しさに気が付いているクセに。だけど、

「ああ、だってこんなに楽しかったんだ。前も言ったろう、相手が強い程に燃えるって」
「呆れるな」

 それでも、この未だに冷めやらぬ熱気にも似た愉しさに、同じくらいの悦びを叫びたいのも本当で。

「君との闘い、勝敗を分けたのは……もちろん、単純な能力の差もあった。だがそれ以上に実力が違った。だけど……」

 前の彼とのバトルの際は見上げても全く届かなかったが、今は……その背中が微かに見える。確実に差は縮まっている。

「まだまだ強くなれると確信できたんだ、だから……次は絶対君達に勝つ!」

 その言葉が彼の胸にどれほど響いたのは分からないが……どうでもいい。だって、全てを出し切って、彼も応えてくれたのだから。

「下らん、鬱陶しい奴だ。今のお前達に報いられる程弱くない」

 そうか、“今の”僕達なら、か……。

「ありがとう。なら、もっともっと強くなってやる。首を洗って待っているといいさ」
「なれるものならな。四天王に勝てないようでは、到底ついてはこれないぞ」

 四天王の皆も言っていた、束になっても幹部一人に敵わなかったと。それだけオルビス団の幹部一人一人が計り知れない強さを携えていて……。

「それを聞いたら、なおさら高揚をしてくるよ」

 不謹慎かもしれないが、世界の広さを思い知らされる。旅に出る前は天上人のように遥か遠かった四天王、それよりもずっと強いオルビス団の幹部達。エイヘイで最強のスタンさんすら下したかつての最強……ヴィクトル・ローレンス。
 上を見上げれば果てがない。どこまでもずっと続く険しい坂道にも似て……だからこそ、登り続けてどこまで行けるのかを考えると心が高揚をしてしかたがない。

「鬱陶しい、やはりお前は可笑しな奴だ。戻れフライゴン」
「今日は付き合ってくれてありがとう、ツルギ。少し見直したよ」

 振り返り、歩き出したツルギの背に投げ掛けたソウスケの謝礼が届いたかは分からない。それでもその背を見送り、見えなくなると……ヒヒダルマの眠るモンスターボールを手に取り、改めてありがとう、と感謝を贈った。



****



「で、でもすごかったですよソウスケさん! あのツルギさんにあそこまで肉薄出来たんですから!」
「いいや、終始踊らされていただけさ。僕もまだまだだ、強くならないと」

 先程の闘いを振り返り、ソウスケとエクレアちゃんが興奮混じりに語り合っている。
 少し出にくい雰囲気ではあるが……意を決して、ついに物陰から飛び出した。我ながらポケモンみたいだ。

「ソウスケ」
「やあ。ツルギが去り際に物陰を一瞥していたから誰かと思っていたが……君だったんだね」

 努めて平素のように振る舞っているソウスケだが、その内には闘いへの高揚と敗北への屈辱と……色々な感情がないまぜになって、なんとも言い難い、言ってしまえば悔しそうににやけている絶妙な顔で振り返った。

「完敗だよ。負けた悔しさは震えるほどだけど……分かったんだ、今の僕の実力が。今の僕ならきっと四天王とだって闘える」

 先程のバトルで自信がついた、いや、確信を得られたようだ。澄んだ眼差しで空を見上げて微笑む彼に、思わず水を差すような問い掛けをしてしまうが……。

「なあ、お前に迷いはないのか。この戦いで……もしかしたら死ぬかもしれないっていうのに」
「おかしなことを聞くね……あるはずが無いだろう。ジュンヤやエクレアの友達だけじゃない、皆の為にも、自分の為にも今更身を引くなんて有り得ないさ」

 やはり、ソウスケはソウスケだ。以前に彼も恐怖はあると言っていたが……それでも、逃げ出すことなく前を見つめている。

「僕は皆のことが大好きだ、だから自分に出来る精一杯を尽くしたい。それは……君だって同じだろう」
「ああ、勿論。オレだって止まるつもりはない、けど……」

 ソウスケとツルギのバトルを見ていて思ったのだ、彼らは紛れもなく強い。だが……分からない、今の己がどこまで通用するのかを。

「自信を持ちたまえ、ずっと隣で君を見てきた僕には分かる。そんな気負わなくて……なんて無理だろうけれど、君は強いんだ、君の精一杯を出せばきっとうまくいくさ」
「ソウスケ……」
「君の強さも、弱さも、挫折も、そこから立ち上がる逞しい姿も……だから、君なら大丈夫だよ。僕は、そう確信している」
「……ありがとう」

 そう信頼されていると、嬉しいし恥ずかしいし……ソウスケが頑張ってるんだ、自分も彼に恥じないように頑張らないと、と思わされる。

「あ、あの、ジュンヤさん! あたしも信じてますからね!」
「ああ、エクレアちゃんもありがとう」
「あと二週間もありますからね、きっともっと強くなれます! あたしもがんばりますね、ラクライの為にも、皆さんの為にも!」
「あはは、荷が重いけど……頑張らないとだ」

 相棒もこく、と頷いてくれた。
 みんなそれぞれの想いを胸に、相剋の未来へ向けて意思を固めている。
 勿論オレとゴーゴートだってそうだ。不安は未だ拭えないけれど、それでも皆が頑張ってるんだ、明日から頑張って……きっと、ヴィクトルよりも強くなってみせる。

「さあ、そろそろ帰ろうか。明日はきっと早いからね」
「そうですね、なんてったってバトルもありますからね!」
「それにオレ達も強くなる為に修行しないとだ。レイは強い、今のオレじゃ絶対に勝てない、だから……」
「ああ、二週間で絶対追い付こう! ジュンヤ!」
「勿論だ、一緒に頑張ろうソウスケ、エクレアちゃん!」
「はい!」

 三人で、足並みを揃えてアゲトジムへの帰路を辿る。
 道中の話題は尽きなかった。これまでの旅のこと、これからの闘いのこと、ポケモンバトルのこと。
 ソウスケとエクレアちゃんが二人で盛り上がっていて、途中から愛想笑いばかりになったけれど……それでも、楽しい一時だった。
 明日からの日々はきっと目まぐるしいけれど、それでも頑張ろう。大切なものを守るために、そして……レイに勝って、ビクティニを取り戻す為に。

■筆者メッセージ
ソウスケ「……ふぅ、ツルギは強かった。けど……楽しかったよ!」
ジュンヤ「お前本当にポケモンバトル好きだよな〜……。っていうかいいなあ、オレもツルギとバトルしたい」
エクレア「ふふ、ライバル関係っていいですね。あたしもソウスケさんとライバルですけどっ!」
ソウスケ「それにしても遂に次回は四天王とのバトルだよジュンヤ!今から楽しみでしかたがないよ!」
ジュンヤ「い、いきなり来るなお前!」
ソウスケ「だって興奮もするだろう!テレビで見て憧れていた人と戦えるなんて!エイヘイでも選りすぐりの強者なんだ、ポケモントレーナーなら興奮しないはずがないよ!」
ジュンヤ「わ、分かった、分かったから落ち着けって〜!」
エクレア「分かりますソウスケさん!あたしも……/
ジュンヤ「ああもう!見てくれてありがとうございます!次回もよろしくお願いします!」
せろん ( 2018/04/07(土) 19:59 )