ポケットモンスターインフィニティ



















小説トップ
第九章 反逆の旗を掲げ
第63話 希望の灯火
 指名手配を受け、青年の先導で逃げ延びた先はアゲトシティ。この終局にあって恐らく唯一、希望が絶望を上回る街であろう──とは、全ジムリーダー達と提携を取ったルークの言だ。
 間もなくエイヘイを絶望で覆わんと動き出したオルビス団に反逆する為に、そこに揃っていたのは壮々たる面子であった。
 四天王、チャンピオンのライバル、旅の中で出会った仲間達、そして最大の宿敵。
 無論、諦めるつもりなど無かった。それでもこれだけの頼れる仲間達が揃うと……胸に、温かな希望が生まれる。

「はい、喜んで。オレで良ければ……この地方を守る為に全力を尽くします」

 協力を求め差し出されたルークの手を、ジュンヤは惜しみ無く真っ直ぐな眼差しで握り締めた。
 負ける気がしない、といえば嘘になる。それでも多くのトレーナーが揃っているのは素直に心強く、勇気付けられられるのもまた確かだ。

「……ありがとうジュンヤくん。きみの協力に、心からの感謝を送るよ」

 お互いに固く掌を握り締め、ルークの言葉と共にどちらともなく離される。
 そして四天王を振り返った彼は、声高々に宣言をする。

「既にチャンピオン……ぼくの親友スタンは破れ去った。だがあいつはぼくに言ったんだ、未来を託すって。だから……絶対にエイヘイ地方を取り戻すぜ! 皆、力を貸してくれ!」

 その言葉に頷かない者は居なかった。口々に同意を一言返し、ツルギですらも「ああ」と小さく呟いた。

「じゃあ早速会議……ああいや、駄目だ駄目だ。皆、特にジュンヤくんは疲れているよな。まずは自己紹介、それが終わったらジムの中を案内して今日はゆっくり休もう」

 時を待たずに話を進めようとして、しかしルークは自省を挟んだ。
 たしかに、皆の顔色を覗くとサヤやノドカには疲労が浮かび、ソウスケですら落ち着かないのかヒヒダルマのボールを手元で弄び、僅かな焦燥が伺える。
 それに自分も……色々なことがあって疲れなかったと言えば嘘になる。頭の中だってまだぐちゃぐちゃだ。
 壁にもたれ腕を組んでいるツルギは……眉間に皺寄せ、その顔に映るのは苛立ちのみだ。まるで……この事態を見透かしていたかのように。

「よし、スタンの愉快な仲間達……四天王の面々を紹介するよ」

 だが、一番まいっているのは恐らくルークであろう。親友を失い、一地方の未来を背負わされ……なお、周囲に気を遣い気丈に振る舞っている。
 無理をしているかのような、見覚えのある笑顔で……それでも軽い口調で、頭を丸めベストを着た老人グレンへ向き直った。

「紹介するぜ、四天王のグレンさんだ。ほのおタイプの使い手で、気難しいし頑固だし扱いにくいけど、いいところだってあるんだぜ。あ、ほらバトル強いとことか」

 思わず失笑してしまう、ルークさんにとってグレンさんはどんなイメージなのだろう。だが口に出しては怒られそうなので、心の中で留めておこう。

「フン、生意気なことを、お主に言われたくはないわい。お主とてジムリーダーのくせして街をほったらかしおって」
「とまあ、こういう人さ」

 返された嫌みを華麗に右から左へ受け流し、グレンも慣れたことなのか呆れたように肩をすくめる。
 お互いに実力を認め合っているのだろう、二人は言いながら笑みを浮かべ……わずかなやり取りから、ある種の信頼が伺えた。

「彼女はタマムシ、くさタイプの使い手で一見おしとやかで優しそうなおばちゃんに見えるけど性格もバトルスタイルもかなり嫌らしいんだ。人は見かけによらないって本当だよな」

 次はくさタイプ使いの四天王、着物をまとった気品のある初老の女性タマムシである。
 身体を抱えて、「おー、こわ」といたずらっぽく笑うが、彼女が浮かべたのはそれとは種類の違う笑顔。

「あら、そうですわね。あなたも見かけによらず人の神経を逆撫でするのがお上手ですものね」
「……は、はい次!」

 内心、苛ついているかのような。棘のある言葉に居心地悪そうに苦笑いして、これ以上聞くのはごめんだと言わんばかりに話を切り上げた。
 タマムシは満足げな表情を浮かべているが、……たしかに、腹に一物抱えてそうな意味深な笑みだ。なるべく怒らせないようにしよう。

「彼女は四天王のハナダ、みずタイプの使い手で、勝ち気でキレやすい、下手に関わったら後がめんどくさいんだ」

 キャミソールにショートパンツ、身軽な格好の女性ハナダ。四天王の中では一番歳若く未成熟らしく、

「それどういうことよルーク! まず第一にアンタに言われたくは」
「ああうるさい、後で聞くからまずは話を進行させてくれ!」

 とぎゃんぎゃん血気盛んに噛み付いてみせるが、片手で耳を塞いでもう片方の手でハナダの口を無理矢理押さえ、まだなにか言いたげにもごもごしている彼女を無視して次へと移った。
 少々勝ち気が過ぎるらしく、扱いに困っているのは本当なのだろう。ルークの意気が削がれ疲れたような顔からもそれが伺える。

「彼はクチバさん、でんきタイプの使い手で、異国で軍役の経験があるらしく見た目は怖いけど実はいい人なのさ」

 最後に紹介したのは軍服に身を包んだ壮年の男……クチバ。

「貴公の眼には自分はそう映っていたのか、……ふふ」

 先程まで壁のような顔をしていたというのに、あまり褒められ慣れていないのだろうか、言われた途端に口元を綻ばせてみせた。
 皆特徴こそあるが流石は四天王と言ったところだろう。その佇まいに油断は見えず、一人一人が次の戦いを見据えて瞳を煌々とぎらつかせている。

「で、スタン、なんであたし達をここに集めたのよ。まさかこの子達と一緒に戦えって言うんじゃないでしょうね?」
「ええ、こんな年端もいかない無関係の子達を戦わせるなんて血迷いまして?」

 暗に関わりたくない、という態度を取るハナダにタマムシももっともな理由を述べて同意を示した。
 当然だろう、彼らは自分達よりも強く……これから相手にするオルビス団は更に強いのだから。だが。

「……関係ならあります」

 相手が四天王だとしても、これだけは誰にも譲れない。
 確かな意思を秘めた力強い声色でジュンヤが絞り出したのは、誰より己に誓った固い決意だ。

「オレは九年前オルビス団に全てを奪われて……だから、大切なものを守る為に今まで生きてきたんです! 決着を付けたいんだ、一緒に戦わせてください!」

 瞬間、ハナダとタマムシの張り付けたような顔が揺らいだ気がした。

「あたしもです、大切なパートナーを奪われて……黙って見ているなんて出来ません! あたしは止められたって戦います!」

 きっと彼らの助けが無ければ、ただでさえ指名手配されて下手に身動きの取れない状況だ、戦い抜くのは難しいかもしれない。もしかしたら、力が足りないのかもしれない。
 それでも、と伝えた懇願に真っ先に便乗したのはエクレアだ。そうだ、彼女もレイに相棒を奪われて……戦わなければならない理由がそこにあるのだ。

「……ふーん、事情は分かったわ。でも、ならなおさらはっきり言わせてもらうわ、アンタ達みたいな足手まといはいても邪魔なの! そこの坊やはともかく、あんた達みんな弱いじゃない」

 ちら、とツルギを一瞥してから吐き捨てた言葉が深く胸に突き刺さり、だがそれが約一名の琴線に触れたらしい。ここまで空気を読んで黙っていた彼が、ここぞとばかりに、それこそ水を得たキングドラのように活き活きと名乗りをあげた。

「いいえ、僕らは強いですよ! なんなら今からそれを証明してみせましょう、ポケモンバトルで!」

 負けず嫌いを刺激されたのか、単純にバトルがしたかったのか、それとも彼なりの説得なのだろうか。いずれにせよ挑発的な言動を受けて、ルークさん曰く『勝ち気でキレやすい』ハナダが黙っているはずがなかった。

「へえ、言ってくれんじゃない。あたしとやろうっての?」
「やめておけ」

 腰に手を伸ばし、彼女も見事に受けて立とうと構えている。誰かが止めなければ一触即発の空気に、真っ先に制止を入れたのは意外にもツルギであった。

「どうしてだいツルギ、君に止める理由はないはずだけれど」
「俺の見立てでは、この中で一番腕が立つのはやつだ」

 言いながらツルギは顎でグレンを示し……そうなると、なおさらソウスケの闘志は燃え上がってくる。

「ツルギ……なるほど、ありがとう。それなら貴方にバトルを申し込みます! 四天王のグレンさん!」
「……ハナダ、後でゆっくり話をさせてもらうぞ」
「うげっ、あんた余計なことを〜……!」

 大きな溜め息を吐いた後に丸めた頭を抱えて恨みがましくこぼすグレンに、ハナダは後顧の憂いからこの世の終わりのような嘆声を上げた。
 売られたバトルは買うのが決まり、ということなのだろうか。グレンは嫌々ながらも重い腰をあげ、バトルを拒否することはせず彼女に代わって腰に装着された紅白球に手を掛ける。

「まあ待て待て、ポケモンバトルは明日やってくれよ。今日は特にジュンヤくんが疲れてるだろうし、まずはゆっくり休もうぜ」

 ……そうだった、最初に言われていたことをすっかり忘れてしまっていた。
 先程はタイミングを逃したものの、今度こそと慌てて制止に入ったルークは仲裁と言わんばかりにソウスケとグレンの間に割って入った。

「では、闘いは明日受けて立とう。お主、名前は?」
「僕はソウスケ、ラルドタウンのソウスケです! ありがとうございますグレンさん!」
「そうか。お主の自信が虚勢ではないことを祈っているぞ」

 そしてグレンは真っ先に会議室の扉に手を掛け、一度振り返り会釈をするとそのまま扉を開けて立ち去ってしまう。

「自分も行かせてもらおう、自分のともがらが飢えているからな」

 クチバも彼に続き退室し、ハナダは悔しげに、タマムシは愉しげに立ち去っていき……後に残されたのは、ジュンヤ達とルークのみだ。

「……それにしても意外だよ。ツルギ、お前も力を貸してくれるんだな」
「ああ、ありがとうツルギ。おかげで僕がグレンさんとバトルを出来るよ」

 四天王の皆がいなくなり、少しだけ空気が軽くなった気がする。ずっと腕を組んで壁にもたれかかっている彼に声を掛けると、彼は顔色を変えないままに平坦な声色でただ答えた。

「俺のやることは変わらない、目的の為に使えるものはなんでも使う……それだけだ」

 ……どうやら、彼は相変わらずらしい。決して優しくなったわけでもなければ仲間として一緒に戦ってくれるわけではないようだ。それでも……彼が居るのは悔しいがとても頼もしい。

「ツルギ、やさしいですよね。きっと、ほんとはみなさんの力になりたい……と思います」
「……いやー、どうだろ。オレには真面目に言ってるように見えるけどなー……」

 ちら、とツルギの表情を窺えば、「何を言っているんだこいつ」と言わんばかりの顔をしている。絶対そんなこと思ってない、けど……サヤちゃんがかわいそうだから何も言わないでおこう……。

「よし、じゃあみんなぼくのジムを案内するぜ。一人一部屋あるから安心してくれよ」

 それからツルギは真っ先に自身にあてがわれた部屋に戻り、ジュンヤ達はバトルフィールドや応接室、書庫、趣味の骨董品などが並べられた一室などを見学して……彼らも、自分の部屋で束の間の休息を取ることにした。



****



「ルーク、どういうつもり?」

 バトルフィールドに集められた四天王を背に佇むルークに、皆の心を代弁するかのように真っ先に問い掛けたのはみずタイプの使い手ハナダだ。

「……彼らには才能がある。もしかしたら、ぼくやスタンより強くなるかもしれない。それに……スタンが見込んだポケモントレーナーなんだ、きっとぼく達の想像を越えて強くなってくれるぜ」
「スタンのやつが……。あいつ、あたしにはなびかなかった癖に……」

 遠くを見据え、友を想い微笑を浮かべながら彼は返した。
 その言葉には、確証などないはずだ。それでも不思議な説得力に思わず納得してしまった皆に、ルークが柄にも無く頭を下げて頼み込む。

「お願いだ、みんな。彼らを鍛えてあげてくれないか。なんなら徹底的にしごいてもいい」

 他でもないチャンピオンの親友であり、元来人に頭を下げることなど滅多にないルークが見せた誠意に誰も断ることなど出来なかった。むしろ皆が多少の差はあれどやる気を出してくれている。

「……いいわ、やってあげる。ついでに鬱憤を晴らしてやるわ!」
「しかたないですわ、生意気でふてぶてしい貴方から頭を下げられて断るわけにもいきませんものね」
「……ふん、やはりお主に関わるとろくなことがないな、ルークよ」
「自分は構わない、元より共に戦うのならある程度はしごくつもりだったのだ」

 ルークは正直一人二人からは断られると予想しており、皆が頷いてくれるなどとは考えてもいなかった。

「本当にありがとうみんな、一緒にオルビス団を倒そう。スタンの為にも、この世界を守る為にも……絶対に」

 スタンという存在を通じて、バラバラであった五人の心が通じ合った。彼はまだ帰ってはこない、それでも確かにその存在はエイヘイを照らす希望なのだと、皆の心の中に彼の想いが生きているのだと……ルークは、暖かな実感として胸に抱いた。

■筆者メッセージ
ソウスケ「よーし、明日は四天王のグレンさんとのバトルだ、楽しみだ!」
ジュンヤ「お前、すごいよなあ。四天王に真正面から喧嘩を売るんだもんな」
ソウスケ「え?はは、いやそんなつもりはないよ。ただポケモンバトルを申し込んだだけじゃないか」
ノドカ「う、うーん……少なくともハナダさんには、そう捉えられてたと思う」
エクレア「ソウスケさん、頑張って下さいね!あなたとポケモン達のかっこいいところを見せてください!」
ソウスケ「ああ、もちろん。勝つつもりで、全力でぶつかって見せるぞ!」
ツルギ「せいぜい無様は晒さないことだ」
ソウスケ「む、ツルギ。今日はありがとう、君のおかげで一番強い四天王と戦えるなんて本当に嬉しいんだ!」
ツルギ「相変わらず能天気なやつだな」
ソウスケ「そ、そうかな。むしろ心はもうかのつもりなのだけれど……。まあ構わないか。それでは、次回もまた見て下さいね!さよならだ!」
せろん ( 2017/12/19(火) 10:57 )