ポケットモンスターインフィニティ



















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第八章 反転
第60.6話 終末前夜
 どちらともなく弾き出された二つの“最強”は、全霊を以て互いの技をぶつけ合う。
 究極にして至高、絶対的な“力”と“力”が激突し……闘いは遂に未曾有の境地へ達していく。

「もう一度れいとうパンチだ!」
「ドラゴンクローで迎え撃て!」

 極低温の冷気に覆われた拳は大気を凍て付かせながら振り抜かれ、超振動する光刃を纏った鋭爪はなんたら突き出された。
 衝突の余波は凄まじく、抑え切れずに弾け散ったエネルギーは辺りを凍らせ、大地を切り裂き、鍔迫り合いは周囲を巻き込みながら激化していく。
 幾度とお互いの技がぶつかり合い、それでも優劣が付かずに飛び退るとあるいは憤怒に、悦びに……腹の底から搾り出すような咆哮が、高く天まで響き渡る。

「……飽くなき意思で進化し続ける、『ヴィクトル・ローレンス』の強さは健在だ。だからこそ、おれは……あなたが分からない。どうして悪に堕ちたりしたんだよ、答えてくれ師匠!」
「貴様は今まで頂点として何を見てきた。闘え、答えは常にそこにあったはずだ」

 かつて誰もが目標とし、エイヘイの象徴として玉座に君臨し続けた師の悪逆。彼を慕い師事を受けていたというのに心境の変化に気づけなかった己の愚かさ。
 それを許せないスタンとは対称的に、ますますもってヴィクトルの笑みは深くなる。

「そこだ、ストーンエッジ」

 眼前に迫る氷結の拳を半身を切って寸前で躱し、閃く爪が大地を穿つと、呼応して八方から無数の石柱が突き上がるが……。

「ああ、ガブリアスの速さなら避けられるだろうさ。だけど……おれのカイリューだって速さには自信があるんだ。飛んでくれ!」

 既にカイリューを守るリフレクターは消えてしまい、これ以上食らえば深手となってしまうが……生憎そう易々と捉えられるようなのろまではない。岩が鱗に届くより速く大地を蹴り上げ、高く天へと上昇する。

「面白い、エアバトルと洒落混むのもまた一興か」

 ガブリアスも間髪を入れずに大地を蹴り、身体を折り畳みさながらジェット機のごとく超高速で追尾して、雲を得るがごとく飛翔した双竜は大空高くで舞い踊った。

「ガブリアス、りゅうのはどう」

 マッハの速度で空を裂き、空気抵抗などものともせずに加速していく中で追跡者が先を行く橙竜へ攻撃を仕掛けた。
 鋸状に歯が生え揃った大口の先に群青の光が集束し、一瞬眩く瞬くと光線となって迸る。

「薙ぎ払えカイリュー!」
「連続で放て」

 背後から迫るそれを強靭な尾の一振りで相殺するが、一息をつく暇も無い、間髪を入れず放たれた幾条もの閃光は次第に追い付き向かってくる。だが……。

「しんそく!」

 刹那、音に追い付き……時間を抜き去る程の神速が何もかもを振り切って追跡者の死角へと躍り出た。

「れいとうパンチ!」
「……フ、神速の名は伊達ではない。背後だ、受け止めろ!」

 ガブリアスは折り畳んでいた腕を伸ばし半月の翼で受け止め、辛うじて直撃は避けられたが……飛行の形態が解けてしまったのだ、彼はバランスを崩して断崖の谷間へ墜落してしまう。

「一気に切り崩そう!」

 ようやく流れがこちらへ傾いた、初めて生まれた機会を逃すわけにはいかない。カイリューが痛みを堪え、己の持てる速さを全開にして急降下し、勢いに乗せた氷結の拳を振り上げると……。

「惜しいなスタン、残念だが……地の理は私に向いている」
「なに……? ……っ、しまった、上昇しろカイリュー!」

 しかし気付くのが遅すぎた。あるいは……始めから誘導されていたのかもしれない。

「ストーンエッジ」

 ガブリアスが意趣返し、とでも言いたげににたりと笑い、鋭爪を一閃崖へと薙いだ。
 瞬間、壁面から隆起した石柱が無防備な横腹へと突き刺さり、いくら万能の鱗と言えども効果抜群では威力を殺し切れない。
 蓄積された全身の傷がじんじんと響く。痛みに歯軋りし、体勢を崩した隙で相手は再び舞い上がり、空高くで太陽を背にカイリューへの迎撃態勢を整えてしまった。

「……このまま立ち向かっても、返り討ちに遇うだけだ。かといって待ち構えてもおれに不利なだけ、なら……これでどうだ! カイリュー、天候を操れ!」

 カイリューの触角には、進化前であるハクリューの時より更に強力な天候を操る力が備わっている。
 触角が不思議なオーラに包まれ輝くと、それまで蒼く晴れ渡っていた空が途端に黒く、厚い積乱雲に覆われていき、大粒の雨が降り出し始めた。

「ほう、何か企んでいるなスタン。良いだろう、見せてみるがいい、お前の足掻きを!」
「うん、おれは最後まで足掻いてみせるよ。この為に……今まで生きてきたんだ」

 やがて光は雷雲に飲み込まれ、雨脚は更に強くなっていた。激しく降り頻る篠突く雨、横殴りの風が痛いくらいに吹き付ける。
 周囲は暗闇に包まれ、叫びすら掻き消える激しい嵐の中で……スタンの瞳に点る闘志は、更に熱く燃え上がっていく。

「だから……いくぞカイリュー、雷だ!」
「……なるほど、そういうことか……!」

 より一層輝きを増す触角に共鳴するように、獣の唸りのように低く雄々しい雷鳴を伴い黒雲が眩く瞬き始める。
 双竜が見上げた瞬間、ガブリアスの全身が空から降り注ぐ光の柱、十億ボルトものの雷霆に曝され……刹那の後に、耳をつんざき、全身を揺さぶる激しい轟きが響き渡った。

「……ほう、これが」

 ヴィクトルの口から、素直な感嘆が漏れ出した。

「じめんタイプを持つガブリアスには、本来電撃は意味を成さない。だが……みずびたしの応用か」
「そう、これだけの集中豪雨に降られれば、いくらじめんタイプといえど電気を通さざるを得ないはずだよ」

 生まれて初めてだ、電撃を食らうというのは。全身が痺れ、身体に力が入らない。
 為す術無く墜落し頭から地上に激突する寸前で、よろけながらも辛うじて着地することが出来た。

「……これで終わらせる。戻ってきてくれ、師匠!」

 息をつく暇など与えない、いや、これ以上長引けばカイリューの体力が保たない。

「だから……決着をつける! りゅうせいぐん!!」

 二本の触角が、闇を裂くように爛然と耀きを放ち……天地の鳴動と共に闇雲を貫き一条の流星が閃く。

「……ああ、決着の時だ、我が弟子よ」

 次いで無数の隕石が降り注ぎ……悉くが潰滅する程の絶大な爆発が、黒く吹き荒ぶ嵐の中で劇しく、凄まじく、惨たらしく轟き続けた。

「これで全てを終わらせよう、……ガブリアス、“げきりん”」

 絶えることの無い爆轟の中心で……全てを滅ぼす絶対的な力が噴き上がった。
 全身から禍々しい真紅の竜気が溢れ出し、抑え切れない力を解き放つように翼を薙ぐと、頭上に近付いていた隕石が易々と二つに切り裂かれた。
 そして、文字通りの流星雨の中を無理矢理力業で踏み越えて、立ち竦んだカイリューへと両翼が振り下ろされる。

「……そんな。……っ、まだだカイリュー! リフレクター!」

 相棒の……いや、ドラゴンタイプ最強の大技が真っ向から打ち砕かれたことにスタンが絶句し……それでもまだ勝負を擲たずに指示を飛ばし、

「……もしかしたら、とは思っていたんだ。今だカイリュー、ハバンのみを使ってくれ!」

 ……だが、それすらもヴィクトルならば、あるいは、と考えていた。最悪の場合を想定し持たせた、「ドラゴンタイプの技の威力を半減する」木の実を頬張りその効果を発動。更に周囲があらゆる物理攻撃の威力を弱めるリフレクターに覆われる。

「……これで、げきりんを耐えられ……」
「フフ、ますます惜しいな、スタン・レナード。己だけとは思わないことだ、私もなのだからな……ガブリアス!」

 ──終わった。
 思わず言葉を失った。
 ガブリアスの腕先には群青に煌めく神秘的な宝石が握られており……。

「ドラゴンジュエルを使え」

 ハバンのみとリフレクター、そしてマルチスケイルによる三重の守りがその一瞬で砕け散った。
 ドラゴンタイプの技の威力を増大する道具、この瞬間まで温存していたなんて……!

「……そうか、始めからおれは……負けていたんだね」

 轟音と共に、カイリューの巨駆が吹き飛ばされた。

「当然だ、スタン。私の望む果てに、敗北など許されないのだからな」

 意識を失い、慣性に従うままの巨体がスタンの眼前まで迫り……。

「……ああ、ようやく分かったよ。師匠はずっと……師匠だったんだな」

 兄弟子であるエドガーと、師匠のヴィクトル。二人の相棒であるメタングとガブリアスと励んだ修行の日々が……走馬灯のように脳裏に蘇る。

「あなたは今でも誰より強くて、誰よりバトルを愛していて……」

 あの頃のおれは、ただ純粋に憧れていた。誰より強く、誰より真っ直ぐに闘いを見つめ続けたあなたの背中を。

「そして……何よりも胸踊る闘いを求めていたんだ。ごめん、ルーク。あとは……任せたよ」

 そのまま、為す術も無く衝突する。背後にあるのは、水流の横切る深い峡谷。
 最強の男とその相棒は……断崖の狭間へ、夢を見るように落ちていった。

「戻れ、ガブリアス」

 瞳に何かの感情を浮かべたヴィクトルは、それでも淡々とした口調で相棒を戻す。

「……強くなったな、スタン」

 言いながら彼はスタンの投げ捨てたマント……チャンピオンの証である羽織を拾い、踵を返し歩き始める。

「ボク達に楯突く者は確実に息の根を止める……違うのかな、ボス」

 戦いの行く末を見つめていたレイが、傘を刺しながら悪戯っぽくそう尋ねた。

「構わん、これは長く餓え渇き続けていた私の心を僅かでも満たした奴への餞別だ」

 複雑な表情を浮かべるレイなど気にも留めずに、彼は両手を広げ楽しげに叫ぶ。

「もうすぐで全てが終わり、そして始まる。……今更奴の生死一つは取るに足りない」
「……やれやれ、ボスってば改めてスタンさんのことが気に入ったみたいだね。行こうゾロアーク、ボクらも……準備しないとだ」

 そして脇目も振らずに再び歩を進める首領へ、背後で呆れたように肩を竦めながらも、レイとその相棒は追い掛けた。



****



 派手な金色の装飾が為された観音開きの扉が重々しい音を立てて開いていく。
 扉の先に広がっているのは、一面黒く染まる壁と床、無数に走る蒼い光の回路。それは絶えず明滅しながら部屋で唯一のオブジェ……巨大で無機質な金属の円筒に集束していた。

「あぁん? もう帰って来やがったのかよ、うぜえなぁ」
「チャンピオンを始末するだけだ、手間取る筈が無かろう」

 扉を開いたのは、巨躯を誇る黒装束に仮面を被った鷲鼻の男……オルビス団の首領。そして彼を反骨気味な態度で迎えたのが裸に青いジャケットを羽織った大柄な男、同組織最高幹部の一人アイクだ。

「始末、ねえ……。見てたけどよぉー……確実に殺すのがあんたのやり方じゃねえかぁ、昔の弟子に非情になりきれなかったってかぁ? なぁー、ヴィクちゃんよぉ」
「相変わらず君は品が無いな、アイク。力のみが取り柄なのは承知しているが、最低限の口の聞き方には気を付けたまえ」

 嘲笑とすら取れる不敵な笑みを諌めたのは腰まで届く紫の長髪、丈の長い紫のコート。ツルギの仇敵にして同じく最高幹部の一人、エドガー。

「てめえなんかに言われる謂われはねえぜぇー、エドガーちゅわん」
「残念だよ、ボスの庇護が無ければすぐにでも処分したのだがな」
「出来んならやりゃあ良いだろうがぁエドガー。ま、返り討ちにしてやっけどなぁ」

 二人が腰に手を伸ばし、ハイパーボールを構えた瞬間に見かねた一人の少年が割って入る。

「ああもう、二人とも子どもじゃないんだから喧嘩はやめなよ! なんでいつまで経っても仲悪いの、少しは大人になってよ……このバカ!」

 酷く険悪な二人の幹部、まさに一触即発の雰囲気を慌てて止めに入ったのは黒いハンチング、団服を羽織った銀髪の少年。ジュンヤの親友、最高幹部最後の一人、レイ。
 
「……すまないレイ、いくら彼の下品さが目に余るとはいえ……いや、やめておこう。いつも君には苦労を掛けるな」
「あー……なんつーか全部めんどくせえんだよ、わぁったよレイ」

 エドガーは長髪を指ですいて、襟元を整え腰に手を当てた。アイクは気だるげにあくびをして、その場に横たわった。

「ホントだよエドガーくん、ボクが割りを食うんだから気を付けてよね。アイクくん、面倒臭がるくらいなら初めから言わないの!」
「へーへー、そういううぜぇのはいいわぁ」
「はぁ、もー……なんで仲良く出来ないかなあ」

 最早慣れた二人の衝突に頭痛を覚え、親友とその仲間達に恋しさを感じながら……振り返り、背後に鎮座する巨大な金属の大筒を仰ぎ見た。

「……ビクティニ、ごめんね」

 その筒の正面は硝子貼りとなっており、内部が覗き込めるようになっている。
 中に浮かんでいたのは薄橙のなめらかな毛に覆われた体、蒼く透明な硝子の瞳。長く伸びた耳が特徴的で、意識を失い捕らえられている。
 しょうりポケモンと謳われる幻の存在、レイとジュンヤの共通の親友である……ビクティニだ。

「さあ、いよいよだ。遂に全てが終わり、そして始まる。楽しもう、この先に待つ……混沌の世を」

 エドガーが顔色を変えずにただ頷いた。
 アイクが喜びを露に返事をした。
 レイは無言でビクティニを見つめ続けた。
 オルビス団の目論む計画の最終段階が、まもなくエイヘイ地方を絶望の淵へと陥れる。

■筆者メッセージ
バトルは終わった。頂点同士の激突はオルビス団首領の勝利に終わり、平和の象徴は悪の下に敗れ去ったのだ。
永遠なる平和を願ったエイヘイ地方の未来に待つのは、果たして希望か、絶望か……。
次回、第61話「反転」
せろん ( 2017/10/12(木) 16:19 )