ポケットモンスターインフィニティ



















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第八章 反転
第60話 挑戦、譲れない意地 後
「さあ、最後はあなたね。勝つわよカビゴン、存分に暴れなさい!」

 シラハナが勢い良く紅白球を投擲すると、空中で二つに裂けたそれは紅い閃光を迸らせて宙に一つの影を生み出した。
 酷く豊満で溢れんばかりの厚い脂肪を蓄えた巨躯、全身を苔のような深緑の体毛に覆われ、腹部から顔にかけて白毛の生えたポケモン。
 カビゴン、いねむりポケモンとも呼ばれる彼は一日に四百キロもの食事を要求する巨漢であり、それを裏付けるかのように重々しい足音と共にはらと砂煙が舞い散る。

「行け、ファイアロー!」

 対するジュンヤは再び深紅の翼を翻す勇猛果敢な隼を呼び出す。
 向かい合った二匹の戦いは、彼の掛け声で火蓋が切り落とされた。

「ファイアロー、まずはおにびだ!」
「……っ、せこいわね!」

 シラハナがわずかに唇を噛む。
 ファイアローは羽ばたきながら周囲に薄紫に燃ゆる妖しい狐火を漂わせ、標的目掛けて発射した。
 飛んできた炎にカビゴンが鬱陶しげに腕を払って追い払おうとするが……触れた箇所から突然発火し、更には払い切れなかった炎に次々焼かれたことで全身が火柱を上げて燃え上がる。

「……けど、まだよ。いわなだれ!」

 それでも、厚い脂肪もあって思ったようにダメージは通らない。咆哮と共に腕を振り上げると頭上に無数の大岩が出現し、飛翔する隼目掛けて降り注いでいった。

「避けろファイアロー!」

 だがそう簡単に命中する程のろまではない。急加速して岩と岩の狭間を縫って飛翔を続け、痛みを感じさせない速さで翻弄していると「メガトンパンチ!」と戦局が一転する。

「なっ、しまった……! ファイアロー!」

 カビゴンが命中せずに終わってしまった大岩を全力で殴り付け、かなりの勢いで向かってくるそれを避け切れない。

「ファイアロー、戦闘不能!」

 叩き飛ばされた岩に直撃してしまったファイアローは最初の戦闘の名残といのちのたまの反動もあり、とうとう墜落し戦闘不能になってしまった。

「……よく頑張ってくれたなファイアロー、あとは任せてくれ」

 帽子のつばをくっと下げて相手を睨み付ける。
 相手はかなりの巨体でパワーと体力は凄まじいが、唯一速さのみが足りていない。幸い残った一匹はこいつだ、ならば……まだ十分に勝ち目は残っている。

「さあ、最後はお前だライチュウ!」

 ジュンヤが放り投げたモンスターボールあら現れたのは、橙の体毛に覆われ、しなやかな線の先に稲妻の尾を備えた電気鼠ライチュウだ。

「行くぞ、先手必勝かわらわりだ!」
「カビゴン、ねむる!」

 ……流石はジムリーダーだ、一筋縄ではいかないようだ。
 ねむる、それは自身の体力とあらゆる状態異常を全回復してしまうかなり強力な回復技。しかしその分代償も大きい、しばらくの間眠りこけてしまい攻撃が出来なくなってしまうのだ。

「けどこれでしばらくカビゴンは動けない。今が攻め時だライチュウ!」
「ふふ、それはどうかしら?」
「なにっ!?」

 カビゴンは、寝ながらにして食事を行うという。いつのまにやら体毛に隠していた、青い紡錘形の木の実を取り出した彼はたちまち頬張り咀嚼しはじめ……しかしかなり苦いというその味が堪えたのか、一瞬で飛び起きてしまった。

「そう、カゴのみ。ねむり状態を回復する木の実よ」
「……っ、けどまだ勝負は始まったばかりなんだ、行くぞ。かわらわりだライチュウ!」
「受け止めなさい、カビゴン! メガトンパンチ!」

 びり、と頬に電気を蓄えた小柄な電気鼠の拳と巨大な怪物の拳が音を立ててぶつかり合う。ご、と骨と骨とが衝突し、威力は互角、どちらともなく飛び退る。

「……けど、まだだ! 10まんボルト!」

 ライチュウの売りは身軽さだ、すぐさま体勢を立て直して右手に黄色い宝石を握り締めながら全身から稲妻を迸らせる。
 電流はたちまち巨体を包み……しかし大したダメージは与えられていないようだ、お腹を掻いてあっけらかんと笑っている。

「……っ、やるな。でんきのジュエルを使ったっていうのに……!」
「ふふ、残念だったわね。カビゴンの特防の高さを侮らないでちょうだい、そんなの全然痛くもないわ!」

 それがカビゴンの何よりの長所だ。爆発力にはやや欠けるものの、高い体力と耐久、安定した火力で敵を追い詰めて倒す。
 移動要塞と言っても差し支えのないその力は、先程ゲンガーとシャワーズが立て続け倒されたことにより証明済みだ。
 悔しげに歯を噛み締めながらびり、と頬から放電し、睨み付ける。

「いわなだれよ、カビゴン」

 見上げると、空から無数の大岩が飛来してくる。ライチュウが狼狽えながら逃げようとするが「慌てなくていい!」とジュンヤが一喝。

「アイアンテールで中心を突くんだ!」

 鋼鉄と化した稲妻の尾が突き出され、岩石の中心を正確に貫くとぴし、と亀裂が走りやがて全体まで波及し瓦解する。
 大小様々な破片が降り注いで来るが、かわらわりで蹴り飛ばして凌ぎ切る。
 辺りに積もる瓦礫の中に、ライチュウは肩で息をし、びり、と電気を弾けさせながら立っていた。

「よし、なんとか凌ぎ切れたな」
「甘いわね、まだよ、じしん!」
「ライチュウ、ジャンプして……」

 ……いや、違う!

「アイアンテールだライチュウ!」

 主の指示に、ようやく彼も気が付いたようだ。
 大地を走る衝撃波が散乱する岩の破片を吹き飛ばし、無造作に迫る散弾となる。特に大きな礫は尻尾で弾き飛ばしてかろうじけ防げたものの、小中のそれがふくよかな体に突き刺さる。

「……っ、上だ!」

 更に、まだ攻勢は終わらない。突然辺りに影が射した、見上げるとカビゴンの巨体がすぐそばにまで迫っていた。
 慌てて拳を振り上げる、両腕を全力で突き出して迎え撃つが……確かに威力だけならば拮抗したであろう。しかし今は落下の勢いに加えてカビゴンの全体重460kgまで乗せられている。

「……っ、大丈夫かライチュウ!?」

 受け止められず、振り抜かれた拳に乗せられ吹き飛ばされて壁に向かって一直線を描く。
 何かが地面をかなりの勢いで引き摺られるような音と共に砂煙が巻き上げられる……が、不思議と衝突音は聞こえてこない。
 わずかな静寂の後に、晴れ行く視界の中に映ったのは、地面に尻尾を突き刺して壁にぶつかる寸前で踏みとどまっているライチュウの姿であった。

「……ふう、ひやりとさせられたよ」

 ジュンヤの安堵に、彼は全身の痛みに唇を噛み、息を荒くしながらもサムズアップで返事をする。
 そして自身に喝を入れ軽やかに着地をすると、鈍い音と振動を伴い着地するカビゴンをちり、ちり、と頬に帯電させながら睨み付けた。

「……そうか、分かったよ。行こうライチュウ!」

 今の彼は自信に満ちている、旅の中で……このバトルで何度も経験していくうちに次第に慣れていったのだろうか。それとも根拠の無い自信だろうか。いや、今はそんなのどっちだっていい。

「ライチュウ、変に意識をするなよ。あくまで無心で呼吸を合わせるんだ!」
「……なにか仕掛けて来るわね。カビゴン、気を付けなさい!」

 びり、びり、と呼吸が高まる。この戦いの前からずっと帯電し続けてきた、まだまだあり余っているのだろう。
 瞬間、全身に走る微弱な電気を呼吸に合わせて一気に高めていく。

「……ボルテッカーだ!」

 帯電で筋肉が刺激され、普段よりも力強く地を蹴り駆け抜ける。
 共鳴するように、荒くなる呼吸に乗せられ次第に高鳴る電撃はライチュウを包み、稲妻の鎧となって纏われた。

「じしんで迎え撃って!」

 今までで一番強力な攻撃だ、接近戦に持ち込ませるわけにはいかない。大地を力強く殴り付けて周囲に衝撃波が広がっていくが、「地面にアイアンテール!」同様に尻尾を打ち付けてその反動で高く宙へと舞い上がり、落下の勢いに乗せて突撃する。

「……っ、受け止めなさい!」

 防御の為に突き出した腕に紫電の閃光が衝突し、その巨体を激しく迸る電流が包み込み全身を熱く焼き焦がしていった。

「やるわね、かなりのダメージだけど、まだ戦えるわ! カビゴン、ねむるで回復を……!」

 言いながらシラハナが見上げた瞬間、言葉に詰まって歯軋りをした。
 先程受けたのはでんきタイプの技でも最大級の技だ、無論それだけ威力も凄まじく……カビゴンの身体を包む痺れが未だに抜けない。

「もう一度ボルテッカーだ!」

 一瞬、隙が生まれてしまった。その刹那だけで彼らには十分だった。
 着地と同時に弾き出された弾丸は厚い脂肪に覆われた腹部を貫き、……数歩の後退りののちに、今まで頑なに堪え続けて来たカビゴンがとうとう大の字に倒れ込んだ。

「カビゴン、なにをやっているのよ、起きなさい! このままじゃあ負けちゃうでしょう!?」

 シラハナの声援は、しかし届くことはない。がくりと頭を地面に打ち付け意識を失ってしまった巨体は、とうに駆動を止めていたのだから。

「カビゴン、戦闘不能! よって勝者、ラルドタウンのジュンヤ!」

「……良かったよ、オレ達は勝てたんだ、ライチュウ!」

 おーい、見てたかゴーゴート! と観客席に手を振ると、相棒もとても嬉しそうに手を振り返してくれた。更にノドカとソウスケも喜色満面にはしゃいでくれて……ジュンヤは帽子のつばをくっと下げ、思わずにやついてしまった口元を隠した。
 ……オレはずっと足踏みをしていた。恐怖に捕らわれ、自身に迷い、絶望の淵に沈んでしまい……だけど、支えてくれる彼らのおかげでようやく踏み出すことが出来た。……だから本当に、勝てて良かった。

「ありがとうございます、シラハナさん。楽しいバトルだったよ」

 紅白球を弾き、このバトルで共に闘ったポケモン達をボールから出してお礼を告げる。
 シラハナはわずかな逡巡の後に髪を掻き上げ、お礼なんて必要ない、と素っ気なく告げると懐から小さな金属片を取り出した。

「受け取りなさい、ラウンドバッジよ」

 言いながら彼女は指先で、二重の円が描かれたそれを摘まみ差し出すが……。

「……あの」
「いい、ジュンヤ君。この私に勝ったんだから……絶対にポケモンリーグで無様な負け方はしないでちょうだい」

 その目には並々ならぬ気迫がこもっており、思わず理由を追求すると。

「……もしかしたらあなたも旅の途中で会っているかもしれないけれど。ツルギ君、昔彼に完敗したのが本当に悔しいのよ!」
「そうか、やっぱりツルギはもう挑戦していたんだな。もちろん、約束するよ。オレは君の分も戦って、勝ってみせる。あいつは……オレの宿敵なんだ」

 そうだ、言われるまでもない。そんなのこの旅の中でずっと意識してきたことだ。
オレは必ずツルギに勝つ、そして……彼が何故あそこまで強さに固執するのかは分からない、それでも自分のやり方が間違っていないのだということを証明してみせる。
 オレの返答に満足したようだ、彼女は指の力を抜くと"自分の代わりに勝ってほしい"その想いと共に「ラウンドバッジ」を託してくれた。

「よし、ラウンドバッジを入手したぜ!」

 この小さな金属の円に込められたのは、負けず嫌いを窺わせる彼女の「負けたくない」という単純な想いだ。
 それを高く掲げてファイアロー、ゲンガー、ライチュウの三匹も共に声高く叫び……これで七つ目のジムバッジ、遂に残るはあと一つ。
 最後のジム戦を意識して緊張を覚えながらも、しばらくは勝利への安堵とバトルの楽しさを噛み締めていた。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「ついに、ライチュウもボルテッカーを使えるようになった。ここまで来るのに長かったな、本当に……」
ノドカ「ふふ、今までジュンヤもライチュウもすごくがんばってたもんね、ほんとによかったー!」
ソウスケ「ところでボルテッカーは君の父のポケモンが使っていたようだけれど……君のご両親も、結構バトルが得意だったそうだね。昔の対戦動画で見かけることがあるし」
ジュンヤ「ああ、そうなんだ、父さん達はすごいんだ!単純なバトルの腕も高いんだけどポケモンの知識も豊富でさ、なんでも父さん昔からポケモンが大好きで図書館にもいってたらしいぜ!」
ノドカ「わ、わー、すごい早口ー……!」
ジュンヤ「そんな父さんも、エイヘイ最強の男……前チャンピオンのヴィクトルさんには勝てなかったみたいだ。でも父さんはバトルを引退しても育て屋で」
ノドカ「あー、もー、分かったからー!次回のインフィニティもよろしくお願いします!ばいばーい!」
せろん ( 2017/08/20(日) 07:12 )