第53話 挑戦、不屈の結束を胸に 後
「最後はお前だ。……ユキメノコの遺志を無駄にはしない、信じているぞ、ツンベアー!」
ジムリーダーシアンの最後の一匹はツンベアー。全身を刃すら受け止めてしまう太く硬い剛毛に覆われ、寒冷気候への適応故に長い首で流線型の小さな頭、分厚い脂肪と重く引き締まった筋肉。
そして……その白銀に染まる全身は、霧と更に激しさを増していく霰の中ではまともに視認することすら難しい。
「それがシアンがユキメノコへ出した最後の指示だったのか……」
振り返れば、オノンドがドラゴンクローを決める寸前にユキメノコは不自然に叫んでいた。あれは周囲に霰を降らせる天候変動技"あられ"だったのだろう。
そして今まさしくツンベアーは白景色の中に姿を霞めさせ、敗れた者の意志を継ぎ堂々と仁王立ちしている。なんとも雄々しく威圧的な風貌ではあるが……だからといって恐れなどない。
「先手必勝だ、ドラゴンクロー!」
オノンドはりゅうのまいを積み攻撃と素速さが上がっている、目にも留まらぬ速度で駆け出すと真紅の粒子を纏った双爪で切り裂き……。
「ツンベアー、つららおとし!」
流石の体躯と言ったところか、渾身の一撃にも怯まずすぐさま技を発動し、オノンドの頭上に集約した冷気が鋭利な氷柱となって襲い掛かる。
「避けろオノンド!」
その威力はたしかに脅威的ではあるが決して対応出来ないものではない。冷静に技を見て回避していく中で、不意に白霧を切り裂き正面から水平に氷柱が迫ってきた。
「なっ……!」
落ちてきた氷柱を掴んで投げ付けたか……! 完全に意表を突かれた、気付いた時には間に合わない。鋭い氷柱が鎧を貫き……。
「オノンド、戦闘不能!」
倒れたことを告げる審判の声が高く響いた。
「いや、君は十分に働いてくれたよ、ゆっくり休んでくれオノンド」
吹き飛ばされ目の前へ転がってきたオノンドは申し訳なさそうに見上げてくるが、不利なタイプ相性を乗り越え次に出てきたポケモンにまでダメージを負わせるなんて十分過ぎるくらいの働きをしてくれた。
頭を撫でながら労ってモンスターボールに戻したソウスケは、新たにモンスターボールを構え投擲した。
「さあ、再び任せたぞコジョンド!」
それは最初にマニューラと戦った彼だ、結構な手傷を負わされていたはずだが傷はあらかた消え元気な様子になっている。コジョンドの特性さいせいりょくだ、他のポケモンより傷が癒えるのが早く、一度モンスターボールに戻っている間にある程度の回復が出来るのである。
「きあいだま!」
コジョンドが全身の力を右腕の先に集中し生み出した光球を先程氷柱が飛んできた場所目掛けて放り投げ、白霧の中を突き進むとその先の空間を穿ってみせるが……。
「……手応えが無い。どこにいったというんだ……?」
訝しげに睨むソウスケとコジョンドに、やはり猶予は与えられない。仰々しい風音に混じり頭上で何かが凍り付く音、見上げれば現れた無数の氷柱は正確に目標めがけて急落下している。
「……いや、それならそれで構わない。さあ行こうコジョンド!」
生憎そう易々とは食らわない、持ち前の素早さを生かして掻い潜りながら……恐れがないわけじゃあないけれど、動き出さねば何も始まらないのだ。降り落ちる霰と玉雪に白む不明瞭な景色へ飛び込み、ツンベアーが待ち伏せるであろうその先へ走り出す。
「ハ、無策で突っ込んでくるとは笑わせるね。……と言いたいが、今の私に油断はない、気を抜かないことだツンベアー」
恐らくシアンの言葉に相棒も頷いたことだろう。だが僕には分かっている、あられは永続の天候ではない、相性を考えれば相手もやまない間に動かざるを得ないということを。
無論最大限の注意は払ってくるであろうが、それでも僅かな機会があるだけ結構だ。
「コジョンド、君に委ねるよ。分かっているだろうけれど気を引き締めてくれ」
氷雪はいよいよ激しさを増し、吹き込む風音は一層昂る。肌は刺すように冷たく既に視界も聴覚すらノイズに覆われ……それでも神経を研ぎ澄ませ、一瞬に望みを賭ける。
ふと己の眼前で何かが動き、……だがそれは違う、最早直感ではあるが強く叫ぶ心に従い不動で聴覚を集中させ。永遠にも思える一瞬の後に、背後で僅かに砂がにじられるような音がした。
……今だ!
「ツンベアー、れいとうパンチ!」
「これで決めるぞ……とびひざげり!」
迷いは無い。瞬間膝に全霊を込めて弾き出されて、ど、と確かに重くめり込む音を最後に長い静寂がフィールドを包む。
あれだけ吹き荒んでいた煩い霰が、雪が徐々にその勢いを失っていく。立ち込めていた黒雲は徐々に去り始め……開けた景色の中で、二匹のポケモンが立ち尽くしていた。
「……ありがとう、コジョンド」
効果は抜群だ。両腕を広げ、雄々しく構えていたツンベアーの肩が下がっていき、とうとう片膝をついた。コジョンドが大きく息を吐いた、その瞬間……。
「……やはり見破ったか。だが、まだだ。ツンベアー……ゆきなだれ!」
ソウスケが、コジョンドが、ジュンヤ達までもがその一言に震撼した。その技は、ゆきなだれは相手の攻撃を食らえば威力が跳ね上がるこおりタイプの技でも最大級の大技だ。
ツンベアーの頭上に膨大な量の雪が集まっていく。そして彼が腕を振り落とすと同時に全てがコジョンド目掛けて降り注ぎ、感覚が、全てが白く塞がっていく……。
「……まだだ、だろうコジョンド!」
それでも、まだ終われない。
大抵のポケモンならば一撃で戦闘不能に追い込まれる程の雪崩に飲み込まれても尚彼は諦めない。己を覆う積雪を吹き飛ばし、特性さいせいりょくでマニューラ戦の傷を回復したことによって発動し千切れたきあいのタスキを投げ捨て、対峙する敵を睨み付ける。
「今度こそ……終わりだ!」
「ああ、……私のツンベアーではなく貴様らがね」
瞬間、コジョンドの後頭部に弾丸程の勢いを伴う、礫程の大きさを誇る雹が衝突した。それはあられの効果、こおりタイプ以外を狙う無差別攻撃。
死角からの不意打ちというのは予想以上の威力で襲い掛かる。相当に集中力を使い過ぎて肉体だけでなく精神的な疲労も溜まっていたらしい、その一撃で張り詰めた糸が切れたように脱力した彼は崩れ落ちて動かなくなってしまう。
「コジョンド、戦闘不能!」
「あられがやんだ……」
「……コジョンドのとびひざげりのおかげだ、きっと」
審判が告げるのに合わせてノドカもぽつりと呟き、ジュンヤは目を細めながらそう返す。
「ありがとうコジョンド、……本当にお疲れ様」
倒れ臥し動かないコジョンドに労いを掛け、ソウスケは最大限の感謝を一言に込めて紅い閃光で包み込むとシアンに向けて笑みを浮かべた。
「いやあ、参ったよシアン。まさかツンベアーにあの一撃を耐えられるとはね」
「当然のことだ、私はツンベアーにかくとう技の威力を半減するきのみ……"ヨプのみ"を持たせていたのだからな」
「なるほど、それで。……一泡吹かされたよ、けれど勝つのは僕とポケモン達だ! 来い、ワシボン!」
泣いても笑ってもこれが最後だ。全力を込めて投擲したボールは宙で二つに裂けると紅く閃き、内から迸る光に象られたワシボンはたちまち顕現されていく。
「さあワシボン、思いのままに戦ってくれ!」
どうせやるなら、半端よりも思い切らせた方がいい。ワシボンは一瞬虚を突かれて瞳をしばたたかせ、しかし迷いを払うように頭を振って駆け出した。
「は、少しはやると思ったが……血迷ったか、それで私のツンベアーに勝てるとでも?」
「僕はまともさ、勿論僕らは勝つ。だろうワシボン」
「まあいい、全力で迎え撃つ。つららおとしだ」
ツンベアーが吼え猛ると天上に無数の氷柱が群れを為し、振り下ろされた右腕と共に篠突くごとく降り注ぐ。
だが小柄な事が幸いした。ワシボンは地を強く蹴り付けて宙を舞うと間隙を縫って氷柱を蹴り飛ばし、反動で高くへと飛翔し天高くから襲撃を掛けた。
「ブレイククローだね、ワシボン」
右脚の一撃は正確に眉間を貫き、
「終わりだ、ゆきなだれ!」
まるでその技が来るのが分かっていたようだ、予備動作の最中に左脚で後頭部を殴り反動で背後に回り込むと続けて爪撃を浴びせかける。
「流石だね、自身の小柄とコジョンド達の闘いを存分に生かしている。けれどそれだけで敵う相手じゃあない、どうするつもりだい」
「その通り、真後ろだツンベアー!」
言うが早いか、ツンベアーはあくまで冷静に、しかし苛烈なまでの勢いで振り返りながらの裏拳によって死角に潜んでいたワシボンを吹き飛ばした。
更に立て直す間も与えない、つららおとしを発動しながら飛び掛かると落ちてきた氷柱を武器に突き出してくる。
「……いいや、詰めが甘いぞワシボン」
「その通り、れいとうパンチ 」
ソウスケが呟き、シアンが応える。ワシボンは勢いを殺す間も与えられずに焦りから慌てて脚で氷を砕き、それと同時に腹部に掬い上げるように冷気を纏った拳が叩き込まれた。
ワシボンは勢い良く宙に投げ出されてしまい、自由落下に任せてソウスケの眼前で地面に激突してしまう。
「……どんな気分だい、ワシボン」
必死に歯を食い縛って立ち上がる彼に、瞼を伏せながらソウスケが声を掛け……思わず叫びたくなるのを堪えて睨み付ける。
「はは、そう睨まないでくれ。悔しいんだろう、分かってる、僕もたまらなく悔しいさ。だからこそ負けたくない、何としてでも勝ちたいんだ」
当たり前だ、悔しくない筈が無いだろう、何を言っているんだこの男は。
「なあワシボン、覚えているかい、初めて僕と君が出会って仲間になった日のことを」
……いきなり何を、と言いたくなったが……そんなの、忘れるはずがない。自分が敗北したのはあれが、ソウスケとヨーテリーとのバトルが初めてだったのだから。
「僕はね、ワシボン。あの時君が認めてくれたことが嬉しかった、たとえほんの少しだとしても。そしてこの旅の中で……幾度と君と共に闘い、言うことを聞いてはくれなくとも確かに心が通じ合っていると感じているよ」
……それは。自分のトレーナーだからしかたなく、ではあるが……自分も同調を感じていないわけではないような気もする。そしてこのソウスケというトレーナーを今では心から認めているということも。
「僕はワシボンの力を誰より認めている、そして君に多少なりとも認められていると思い上がっているよ。だから君と一緒に勝ちたいんだ、そして勝てると信じている。君さえ良ければ……これからは一緒に闘ってほしい」
……そこまで言われたらしかたがない。本当に悔しいことではあるが……正直、ソウスケの力無しでは挽回出来るかも自信が無いのも事実だ。
「勿論、君の意志も尊重するさ、僕の指示が不適当だと感じたら背いてくれて構わない」
……最後にワシボンがソウスケのことを一層強く睨み付け、彼がそう答えると互いに決意を新たに頷き合って、
「すまない、待たせたねシアン。わざわざ待ってくれるなんて氷どころか大層有情じゃないか、礼を言うよ」
「全くだ、下らん茶番はバトル前に済ませておけ。これで気兼ね無く戦えるというのとでいいんだな、私は本気で全力の貴様を倒したいのでね」
「ああ、もう大丈夫だよ。もっとも勝つのは僕とワシボンや仲間達だけれどね」
「減らず口を」
「……む」
先程まで待ってくれていたシアンに謝罪と感謝を述べて、多少憎まれ口を叩かれながらも再び闘いが幕を開ける。ワシボンはツンベアーに溢れる闘志をぶつけながら立ち上がり、彼はそれを微動だにせず受け止める。
そして瞬間ソウスケのポケモン図鑑が振動し、確認を終えると早速指示を出す。
「行こうワシボン、接近するんだ!」
「迎え撃て、れいとうパンチ!」
地を蹴り駆け出すワシボンに、ツンベアーも右腕に冷気を纏わせて走り出す。構わないさ、ならば僕らも正面からぶつかるまでだ!
「ワシボン、ブレイククロー!」
血迷ったか、そう思いながらも技を繰り出す。拳と脚が激突し、しかし威力は当然れいとうパンチが勝る。ワシボンの脚は次第に凍結していき……。
「何を企んでいる、ソウスケ」
「さあね、好きに考えればいいさ、シアン」
「そうか、ならば……このまま押し切る! 左腕でれいとうパンチ!」
既に優勢ではあるが、流石はシアンだ、だめ押しのように両腕で渾身の力をぶつけてくるとは。
けれど僕は……この瞬間を待っていた、後は僕らの根性勝負だ!
「僕らも全力全開で行くぞワシボン! ……全身を燃やせ、ばかぢから!!」
そう、それは先程ワシボンが覚えたらしく、図鑑を確認すると新たに得ていた力だ。
ワシボンがありとあらゆる筋肉を限界まで隆起させ、心骨死力を振り絞り、まさしく全身全霊を込めてツンベアーの渾身とぶつかり合う。
「ワシボン、……行けっ!」
「ツンベアー、やれ!」
二つの技が、魂が盛大に火花を散らしながらぶつかり合い、譲ること無く鎬を削り……しかし、徐々に拮抗が崩れ落ちていく。
やはり地力でツンベアーが勝る、全力を絞り出し、それでもワシボンが次第に押されてしまっているのだ。
「いいや、まだだワシボン。君は無謀なのが取り柄だろう、ならばここで引くなど論外さ」
流石に不味い、ソウスケをちらと見遣るとそんな馬鹿なことを言い放った。……いや、ソウスケが言うのだから何か意味があるのだろう、ならばやるだけやってやる。
……だが、やはり一度崩れた均衡はそう容易くは戻らない。ツンベアーの両拳から迸る冷気は更に昂り……。
「いや、僕らは勝てる。何故ならコジョンドとオノンドが必死で闘ってくれたからだ」
ソウスケが言い放ったその瞬間、ツンベアーがほんの少し表情を歪めて、刹那に僅かな力の弛みが垣間見えた。
彼はコジョンドやオノンドとの戦闘でのダメージが残ったまま闘っている、ここに来て負担がのし掛かって来たのだろう。
「今だ、力を振り絞れワシボン!」
唯一にして一瞬の好機だ、これを逃したら勝利は手に入らない。全力でれいとうパンチを押し返し切って、その鼻頭にワシボンの一撃が遂に決まった。
ツンベアーはあまりの威力に吹き飛ばされ、数メートル程地面を滑ると摩擦で静かに静止していく。
「……今度こそ」
それでも、まだ闘志が残っていたようだ。必死に起き上がろうと鎌首をもたげ……しかし、とうとう叶わなかった。最後に意識を失い頭が落ちて、
「ツンベアー、戦闘不能! よって勝者……挑戦者のソウスケ!」
審判が告げられ、長い闘いは決着した。
「……ご苦労だった、よく頑張ったなツンベアー。良い奮闘だったよ、ゆっくり休んでくれ」
シアンは目を細めながら優しく闘い抜いた相棒を撫で、静かにその瞼を下ろすとモンスターボールに戻した。
「……嬉しいよ、君が僕を信じてくれて本当に良かった。けれど分かっているだろう、この勝利は僕とワシボン、コジョンド、オノンド……みんなで掴んだものだ」
対するソウスケはワシボンに駆け寄り、言いながら右手を差し出す。戸惑う彼に「握手だよ」と微笑めば、しばしの逡巡の後に手を取ってくれた。
「ありがとう、ワシボン」
その瞬間、ワシボンの全身が蒼白の光に包まれていく。光は徐々に大きくなるとやがて一つの形を成して、遂に晴れるとそこには見違えた姿があった。
『ウォーグル。ゆうもうポケモン。
仲間の為ならどれだけ傷つこうとも戦いをやめない、勇敢な大空の戦士』
それは真紅の大きな翼、太く力強い脚に鬣の生えた凛々しい表情。ワシボンが遂に進化を果たした新たな姿だ。
「おめでとう、本当は君の進化を祝して盛大に喜びたいけれど……疲れたろう、今はゆっくり休んでくれ」
ウォーグルを抱き締め、その背をぽふぽふと叩きながらソウスケはモンスターボールをかざし、休息の為に静かに紅い光に飲み込まれていく。
フィールドに残っているのは、最早二人だけだ。その片方が金属片を手に挑戦者へと歩み寄る。
「受け取れ、スノウバッジだ」
シアンがぶっきらぼうに差し出したそれは、雪の結晶を象った勝利の証。
「ありがとうシアン、楽しいバトルだったよ」
ソウスケははにかみながらそれを、ジムバッジを受け取って右手を差し出す。
「……フン。私も久しぶりに熱くなってしまったことは認めよう。だが……次は私が勝つからな!」
「勝つのは僕さ、けれどいつでも相手になるよ」
乱暴にその手を取って互いの健闘を称えながら握り締め、少しするとどちらともなく手を離す。
「……出てこいみんな、行こう。よし、スノウバッジを手に入れたぞ!」
そしてこのバトルで共に闘ってくれた三匹をボールから出すと、ソウスケはスノウバッジを天へ掲げて声高々に喜んだ。
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草木も寝静まった夜深く。満天の星は目映く瞬き、月だけが流れる雲の間に覆い隠されている。
そんな夜天を見上げながら、今だ冷めやらぬ熱を少しでも落ち着けようと宿泊施設のベランダ空を仰いでいたソウスケに……一人の少年が声を掛ける。
「どうしたんだい、ジュンヤ」
「……なあ、聞きたいことがあるんだソウスケ。お前は……怖くないのか。今までの旅で何度もオルビス団と戦って、幹部には一度殺されかけて……」
その言葉に、ソウスケはしばしの沈黙の後に口を開いた。
「……はは、君の気持ちは分かるよ。僕だって怖いさ」
ソウスケの瞳を僅かな憂いが過り、苦々しげに言葉を紡いでいく。
「僕はアイクのサザンドラに結局掠り傷すら負わせられなかった。一度は希望を抱いたが容易く砕かれ、勝てるわけがない、無理だ、と……そう思ってしまったよ。我ながら非常に情けないことだけれどね」
それは何時かに覚えのある諦感にも似ている……ジュンヤはそう感じたが、どうやら杞憂のようだ、たちまち平素のごとく瞳に熱が灯った。
「けれどね、ジュンヤ。僕には譲れない夢がある、どうしても叶えたい目標があるんだ。そして……応援したい人がいるんだ。だからまずは僕が頑張って、少しでも勇気付けたいとも思っているのさ」
「……そうなのか。お前は怖いのに……それでも、頑張っているんだな」
「大げささ。それに僕は自身の信条にも迷っていたけれど……君の存在やコジョンドとのとある一幕のおかげで、再びこうして己を貫こうと立ち上がれたんだ。今回のジムバトルもそうだ、一人の力じゃあ絶対に乗り越えられなかった」
「それでも……オレからすればすごいよ」
俯くジュンヤに、彼は優しく微笑み掛けた。
「ジュンヤ、僕も多少は理解しているつもりさ。君が恐怖を感じるのも無理はない、恥じることなどどこにもない」
「でも……今日だってオレは戦えなくて」
「僕は今まで君に助けられて来たんだ、そんなこと全然気にしていない、勿論ノドカも。君はこれまで走り続けたんだ、たまには一度止まってこれまでを振り返ってみてもいいんじゃないかな」
「……振り返る、か」
「君が迷っているのは分かる、だから……この旅で君が何を感じて、何を思って歩いて来たかを今一度思い返すのも大切だと思うよ」
それから長い静寂が流れ、……苦笑混じりにジュンヤが呟く。
「ありがとう。ソウスケでも迷ったり、怖かったりして……それでもまた立ち上がれたんだなって思ったら、少しは気が晴れたような感じがする」
「はは、それは良かったよ。さあ、そろそろ眠ろうか、寝ぼうはいけないからね」
「……そうだな、そうするよ。お前はいつも起きるの早いよなあ」
「五分前行動は大切だからね、旅立つ前から言っているだろう」
「変わらないなあソウスケは」
談笑混じりに部屋に戻った二人は、それぞれお互いのベッドにもぞもぞと潜り込む。
閉じられた窓の外では、月の端がわずかに雲から飛び出していた。