第52話 挑戦、不屈の結束を胸に 前
炎天を仰げば透き通るような蒼穹が青く彼方まで広がって、爛然と輝く太陽の光は目映く燦々と大地を照らす。
清涼を伴う一つの風は爽やかに何処か遠くへ吹き抜け、大地を踏み締める度新たな予感に期待と不安で胸が膨らむ。
この旅の中で幾百も味わい、しかし決して飽きることの無いこの"ワクワク"を心に今日も僕らの道程は続いていく。
「……やれやれ、お疲れ様ワシボン。さて、それでは頼むよオノンド!」
相変わらずのじゃじゃ馬ぶりで立て続けに相手を倒し、しかし消耗もあり敗れてしまった彼を戻してソウスケは次のポケモンを繰り出していく。
向かい合う彼らのバトルはソウスケの勝利で幕を下ろした。今の彼はまさしく絶好調だ、未だにワシボンが素直になってくれない、という点を除けばの話であるが……。
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先日まで滞在していたゴルドナシティを抜け、普段よりも時間を掛けて215番道路を抜けた僕らは新たな街「モリオンタウン」に到着した。
決して何か危険に見舞われたわけでも、特別な事象に巻き込まれたのでもない。ただ平素よりも緩慢に、過ぎていく景色や人々との交流を楽しみながら歩を進めていたら少しばかり遅くなってしまっただけだ。
「さて、早速ジム戦、と行きたいところだが……」
言いながら、背筋に走る緊張感と鈍くぎらつく刃の視線へ眉間を険しく皺寄せながらソウスケが振り返ると……案の定、そこにはこの旅で幾度と出会して来た件の連中数人がにたにたと不愉快な笑みを貼り付け紅白球を構えていた。
「不味い、オルビス団か、こんな時に……」
「うふふふふ、知ってる? 貴方達は最近、オルビス団の中じゃあ割りと有名人なのよ」
「……なんだって」
それは僕らが幾度とオルビス団の悪行を挫いているからか、とも考えたが……彼女達の、まるで哀れな存在を嘲笑うような笑顔からはそんな定評など考え難い。僕らの疑問符に、先導している一人が自ら答えてくれた。
「といっても、私達の上司……レイ様の部下達だけの間のことなんだけど。貴方……ジュンヤと言ったかしら、を捕まえたらレイ様の側近にしてもらえるってね」
「……レイがそう言ったのか」
今までソウスケの後ろで沈黙を貫いていたジュンヤが、震える声でそう訊ねた。
「ええそうよ、レイ様は私達に二つの任務を与えているの。一つは未捕獲のポケモンを捕まえること、そしてもう一つは……」
言いながらモンスターボールを投擲し、宙で裂け迸った閃光からは漆黒の翼を翻し一羽の烏が空を裂く。狙いは一点、ジュンヤに絞られている……!
「行きなさいドンカラス。ジュンヤ、貴方の生け捕りよ!」
「っ……易々とは渡さない、ヒヒダルマ!」
「お願いスワンナ、ジュンヤは私たちが守るんだから!」
二人と二匹がジュンヤを庇うように割って入り、向かってくる敵を迎撃する。
「……っ、大丈夫だ、オレも戦う……!」
歯を食い縛って必死にオルビス団員を睨み付け、腰に装着されたモンスターボールへと右手を伸ばすが……。
「あらぁ、どうしたのかしら、ポケモンを出さないなんて……」
……狙われているのは自分だ、戦わないと、二人だけに負担を掛けるわけにはいかない。頭でそう思ってはいても……どうしても、身体が言うことを聞いてくれない。縮み切った本能が抑制を効かせ……駄目だ、オレは……オレには、踏み切れない……!
「レイ様の仰った通りだわ、余程ボスに叩き潰されたことが尾を引いているのね。ふふ……可哀想なくらいに惨めで可笑しくなっちゃう」
彼女と仲間のオルビス団員達が口々に嘲笑を浮かべ、それでもジュンヤが躊躇っている中で冷徹なまでに淡々と彼が動き出した。
「ヒヒダルマ、はらだいこだ」
意気揚々と威勢良く天を仰ぎ、腹を楽器に調子良く闘いの旋律を奏で自身の闘志を気炎万丈掻き立てていく。
今や赤熱して全身から抑え切れずに溢れ出す灼炎は周囲の光を屈折させる焔の陽炎となり、恒星の如き圧倒的存在感で止まらない力を迸らせる。
「な、なによアンタいきなり……!」
「ジュンヤは僕にとって最大の好敵手だ、彼を侮辱されるのは誰より僕とヒヒダルマが堪えられないのさ。さあ選ぶといい、尻尾を巻いて逃げ帰るか……今ここで焼き尽くされるかをね」
彼は、常の夢に熱く純粋に強さを求める無邪気な彼らしからぬ激情を秘め、瞳は淀みなくただ真っ直ぐにオルビス団員達へ警告をする。
「フ、フンだ、どうせ口だけでしょっ! だってレイ様はいっていたもの、アンタ達は弱いって!」
「生憎僕は手加減というものが苦手でね。このヒヒダルマは以前君達オルビス団の幹部……アイクのサザンドラすら吹き飛ばしたことがある程には強いぞ、覚悟してくれ」
ソウスケの言葉に一同は騒然とする。口々に嘘だ、とどよめく中で一人が思い当たる節がある、と告げると……彼女達の顔色にそれまで以上の恐怖が貼り付けられた。
「さあ、もう十分待ったんだ、行くぞヒヒダルマ。フレア──」
「こ、ここ今回は大人しく引いてあげるわ! つつ次はこうはいかないからお、覚えてなさいよーっ!!」
……先程までの余裕など見る影も無い。近頃の小悪党ですら吐かないような典型的な捨て台詞を残し我先にと一目散に走り出していった。
「……ふう、ハッタリでも意外といけるものだな。大丈夫かい、ジュンヤ、ノドカ」
「末端の構成員にすら怯えるだけか、哀れな程無様な奴だ」
肩に固まった緊張を息とともに吐き出すソウスケに、しかし旅の中で幾度と聞いた鋭く冷淡な声が被せられる。
「君はツルギ、奇遇じゃないか」
友を侮辱されて募る怒りを伏せ、真っ向からソウスケが眼差しを尖らせ迎え撃つ。だが彼はそんなことなど意に介さない、ジュンヤに視線を移し、ただ失望を瞳に映すのみだ。
「我ながら情けない、この程度の男に僅かとはいえ遅れを取ってしまっていたとはな」
「……ううん、それはちがうよツルギくん」
己を嘲る彼に、しかし静かに熱の込められた口調でノドカが否定する。
「ジュンヤは今まで、何度もわたしたちを助けてくれた。それは単純な力だけじゃなくって……だから、少なくともわたしからしたら全然弱くもぶざまでもない」
「それは良かったな、"ただ一度の敗北で惨めに震え上がる臆病者"という俺の認識とは大違いだ」
「良くなんてないよっ。ジュンヤに酷いことを言われたんだもん、わたしは怒って」
「……いいんだ、ノドカ」
その語気は掠れる程に弱々しく、それでも必死に声を振り絞ってジュンヤが遮った。
「でも……」
「なあツルギ、……教えてくれないか。なんでお前は強さを求めているんだ、何を背負っているんだ、……どうして、そこまで強くいられるんだ」
さしものツルギも意表を突かれたようだ、「何?」と思わず眉を潜め、ジュンヤが応えるように言葉を続ける。
「……オレは、お前の言う通りだったよ。現実を知らなかった、所詮は口だけで……一人じゃ何も出来ちゃいなかったんだ」
「それで、藁にも縋る思いで俺に尋ねるというわけか。……笑わせるな、俺とお前とでは覚悟の重さが違うんだよ」
彼は苛立たしげに吐き捨てると、踵を返して歩き出す。
「なあツルギ、……どこにいくんだ」
しかしツルギは何も答えない、臙脂の上衣を靡かせながら、平素以上に険しい面持ちで大股に歩き去ってしまう。
「もう、ツルギくんってば相変わらずひどいよ!」
「しかし既にバッジを揃えたとはね。性格に難があるのが珠に瑕ではあるけれど、流石の実力だ」
……覚悟の重さが違う、か。二人が思い思いを口にする中、ジュンヤは己に投げ掛けられた宿敵の言葉を噛み締めていた。
砂利が敷かれ、白線に縁取られた長方形の戦場。壁全体が青く染められ、意図的に冷房で気温を低く設定された館内で向かい合うようにソウスケと一人の男が立っている。
「拍子抜けだな、バッジを六つも集めたトレーナーと言うのだから如何な強者が来るかと思えば……なんだ、田舎臭い上に弱そうな少年じゃないか」
銀髪にスーツを着こなした、育ちの良さそうな若い青年……彼がジムリーダーの"シアン"というようだ。まだバトルが始まってもいないというのに突然の罵声、ノドカが堪らず不平を漏らすが肝心のソウスケは相変わらずだ。
「ふむ、見くびられたものだね。だが安心してくれ、僕は仲間と共に幾度とジムリーダーに勝ちここまで来たんだ、君が実力を見抜けていないだけさ」
と愉快気に笑い、シアンは苛立ちを漏らしながら眉を吊り上げるが、彼は不思議そうに首を傾げる。当然だ、素で言っているのだから怒気が返ってくるなど露も予想をしていない。
「さあ、それより早くバトルを始めよう! 体が疼いて仕方がないんだ!」
固まっていると鳥肌が立ちそうな程肌寒いというのにソウスケは構わず上着を脱ぎ捨て、軽くストレッチをしてから紅白球を突き付ける。
「言っておくがジムリーダーは私だ、主導権は君ではなく私にある。ジャッジ、何をしている、早くしろ!」
シアンに急かされ、慌てて審判はルール説明と共に戦いの火蓋を切り落とした。
「それでは挑戦者ラルドタウンのソウスケとジムリーダーのシアン、バトル開始!」
「先陣は君だ、ワシボン!」
「さあ行け、マニューラ!」
かたや小柄な猛禽類かたや扇状の鶏冠と鋭い鉤爪が特徴的な体躯の小さな化け猫。
開幕早々不利な対面にもソウスケは僅かも物怖じを見せない。意気揚々とワシボンへと指示を飛ばし……。
「……まったく、相変わらずか君は」
そんなの関係ない、と言わんばかりに駆け出し敵のマニューラへと急襲を掛ける。瞬く間に距離を詰めると脚を振り下ろし、だがやはり相手も一筋縄ではいかない。両腕の先に閃く刃で果敢にワシボンを迎え撃つ。
相手は流石進化後だ、ワシボンの力をしてそう易々とは押し切れない、ばかりか手数の違いから次第に劣勢に追い込まれてしまう。
流石に正面からでは難しいと思ったようだ、後退したがその好機をシアンは見逃さない。
「呆れたトレーナーだ、バトル中すら指示を聞いてもらえないとはね。まあ構わんよ、こおりのつぶて!」
大粒の氷塊が次々ワシボンに突き刺さる。一発一発の威力は低いが積み重なれば重くなり、効果は抜群だ、今のは体に堪えただろう。
「……やれやれワシボン、ひとまず戻って休んでくれ」
流石に相性が悪いと感じたのだろう、ソウスケがモンスターボールを翳し、紅い閃光で抵抗する彼を呑み込み新たなそれを放り投げた。
「次は君だ、コジョンド!」
現れたのは白紫の功夫服に身を包んだ細身の男。マニューラに鋭い眼差しを向けながら低く腰を落として拳を突き出し、昔と変わらぬ姿勢で身構える。
「コジョンド、はっけい!」
「マニューラ、メタルクロー!」
掌に気を蓄えて振り下ろされた拳と白銀に閃く爪がぶつかり合う。右拳と右脚が、左爪と右膝が、両の腕先に伸びた鞭と鋼の爪が……幾度と互いの技が重なって、しかし譲ることない剣戟の果てにどちらともなく飛び退る。
「なかなかやるな……だが。あくのはどう!」
「まだまだ、きあいだま!」
シアンの指示で蓄えられた紫黒の塊が空を裂く、直線を描いて突き進むそれを迎え撃とうとしたが……違う、これは! 気付いた時にはもう遅い、エネルギーが足元に衝突し爆ぜると衝撃で辺りに土煙が巻き上がる。
「マニューラ、シャドークロー!」
視界一面が砂に覆われ何も見えない、その上あの小柄だ、足音だって分かりづらい。見失っている内に背中が影に切り裂かれ、慌てて振り返っても別の場所から切り裂かれるだけでやはり見付けることが出来ない。
「……いや、行こうコジョンド、恐れていては勝利出来ない」
このままでは埒が明かない、そして煙が晴れるのを待ったところでまた何か仕掛けて来るに違いない。ならばここで叩く、そう……。
「己の五感で!」
コジョンドも同じ気持ちだったようだ、ソウスケと共に瞼を臥せて神経を集中させる。
「バカバカしい、君達に私のマニューラを捉えられるなどと思い上がらないことだ」
そんな言葉は無視でいい。時に切り裂かれながらも動じずに感覚を研ぎ澄ませることで……確かに届いた。地面に爪先が触れる小さな音が、高速故に起きる風切り音が、そして背後で地を蹴り付けるほんの僅かな足音が。
ついにこの耳で視えた、マニューラの辿る足跡が。
「……そこだ、きあいだま!」
「なっ……!」
ようやく捉えた。振り返り、右手に蓄えた渾身の力を叩き付ける。
ド、と鈍い音と共に技の先にいた存在……マニューラは水平に吹き飛びソウスケの背後の壁面に叩き付けられた。
「チ、物理技さえ使っていればカウンターを食らわせられたものを……。こおりのつぶて!」
「問題ない、突き進もう。決めろコジョンド、とんぼがえり!」
マニューラは満身創痍になりながらも必死に立ち上がる。それは彼の持っていた"きあいのタスキ"、体力が万全ならばどんな重たい攻撃でも耐えるという代物のおかげだ。
無数の氷礫が襲い掛かるが幸い威力はさほど大きくない、全身を突き刺されながらも構わず駆け抜けトドメの一撃を叩き込み、意識を失い倒れ込む相手を尻目にコジョンドはモンスターボールの中へと戻っていく。
「マニューラ、戦闘不能!」
「先手を取ったからといい気になるなよ、最後に笑うのはこのシアンだ! お疲れ様マニューラ、しばし休息を取りたまえ」
審判が言うとシアンは苛立たしげにソウスケを睨み、しかし己の為に戦ってくれた彼には優しく労いをかけて次の闘いに備えて見せる。
「……流石だな、ソウスケは」
「うん、ソウスケすごいよねえ。ふふ、このまま一匹もやられずに勝っちゃったりして。……ムリかな、うん」
「はは、相手はジムリーダーだしそりゃあ難しいよな」
帽子の鍔をぐっと下げ、表情を見せずに呟くジュンヤにノドカは相変わらずの柔かな笑みでそう答える。彼は今も立ち上がれずにいる己の不甲斐なさを噛み締めながら……ソウスケ達のバトルに意識を戻した。
「行ってくれオノンド!」
「おいおい、何の冗談だ、こおり使いに竜をぶつけてくるとはな」
「オノンドが言っていたんだ、己の力を奮いたいとね。ならばその気持ちを汲むのがポケモントレーナーだろう」
「ハ、まあいいさ、行きたまえユキメノコ!」
余裕の笑みを湛えながらも油断は見せずに彼が繰り出したのはユキメノコ。浴衣姿に大きな頭、雪のように白く妖艶なポケモンだ。対するソウスケはかつて追憶の洞で捕まえた、口端に石斧備え首元を固い装甲に覆われた小柄の竜。
確かに相性だけで言えば不利ではあるが……負けるつもりは微塵もない、何故ならオノンドが闘志を燃やし、僕もそれを信頼しているからだ。
「ユキメノコ、れいとうビームだ」
不気味に宙を漂いながら白い吐息混じりに口を開き、冷気の直線が迸る。効果は抜群だ、食らえばひとたまりも無いだろう。だが易々と受けるつもりは毛頭無い。
「迎え撃て、ドラゴンクロー!」
爪に真紅の粒子を纏わせ凍てつく光線を切り裂いて、浮遊を相手の眼前へ踊り出ると威勢良く腕を振り下ろす。
「ハ、そう易々と食らわんよ。回避しれいとうビーム!」
だがユキメノコは寸前で半身を切って回避し、真横を通り過ぎたオノンドの背に再び凍気を解き放つ。
「……っ、流石の素早さだね。まずい、爪で防御だ!」
慌てて振り返り、双爪を粒子で覆って冷気を凌ぎ……しかし代償は高くついてしまった、防ぎ切れなかった冷気が指の先から霜を張り、徐々に両腕が凍り付いていく。
「そのまま全身凍結してしまえば良かったものを」
「はは、悪いね、まだ倒れるわけにはいかないのさ。次は僕らから行くぞ、がんせきふうじ!」
オノンドが両腕を掲げると、頭上高くに複数のエネルギー球が集まっていく。そして無造作に降らせることで連続で地面へ衝突し、そこから次々と岩石柱が突き出していく。またそのうちの一つがユキメノコに向かって落下するが、「シャドーボール!」と易々と粉砕されてしまう。
けれどそれでも構わない。何故ならがんせきふうじは相手を攻撃するだけの技ではなく、岩石柱によって動きを阻害するという役割も備えているからだ。
実際に今はユキメノコの前と問わず後ろと問わず周囲に無数の石柱がそびえ立ち、ならば勝機は十分にある。
「無駄だ無駄、この程度でユキメノコを縛れると思わんことだ。れいとうビーム!」
「シアン、君こそただ妨害だけの為だと思わないことだ。避けるんだオノンド!」
まるでスケートを滑るようになめらかな動きで岩と岩との間をすり抜け、瞬く間に目の前へ現れ技を構える。しかしオノンドは強く地を蹴り勢い良く飛び出すと今度は石柱を蹴り込んで、次々と岩と岩との間を高速で飛び交っていく。
ユキメノコは発射しようにも狙いが付けられない上に撃ったところで岩石が妨げになってしまう。狼狽えている間に岩の影からオノンドが飛び出してきた。
「今だ、かわらわり!」
腕は凍ってしまって使えないが、牙ならば存分に使うことが出来る。その攻撃はかくとうタイプ、ゴーストタイプを持つユキメノコには一見無駄に思えるが……。
「何のつもりだ、タイプ相性を把握していないわけでは……いや、読めた、そういうことか」
彼もソウスケの目論みに気が付いたようだ、急いでユキメノコに構えさせる。オノンドの斧は彼女の眼前の石柱に力強く殴り付けられ、それは大岩をも易々と破壊するほどの威力、砕けた岩石が勢いを付けて迫ってくる。
「しかし甘いぞ、ユキメノコの素早さを舐めないことだ。シャドーボール!」
「ここだオノンド、受け止めろ!」
そう簡単には食らってくれない、そんなことは百も承知だ、真の目論みは別にある。漆黒球は容易く岩を粉砕し、オノンドに迫り……これを待っていた、凍り付いてしまった両腕をすぐさま突き出して受け止める。
「……よし、ドラゴンクローだ!」
狙い通り、腕を覆っていた氷に影球が衝突し、たちまちヒビが入って砕け散る。そして自由を取り戻したその双爪に粒子を纏わせ対峙する雪女をついに切り裂いた。
「……れいとうビーム!」
だが喜んだのもつかの間だ。ユキメノコは吹き飛ばされながらも必死にオノンドに照準を合わせ、凍気を凝縮した光線を放ち反撃に出た。
それは鎧に覆われていない腹部を穿ち、だがオノンドの持ち物は"ヤチェのみ"、持たせることでこおりタイプの攻撃を一度だけ半減する効果を備えている。
「……くっ、無理な姿勢からの反撃とは思わず敵ながら感心したくなるけれど。……オノンド、大丈夫かい!」
効果は抜群だ、慌てて木の実を咀嚼して痛みを和らげるが身を裂くような痛みに思わず膝から崩折れてしまい、それでも歯を食い縛って立ち上がった。……だが。
「しまった、オノンド!」
予想以上だ、威力を半減させたというのに触れた部位から……すなわち腹部からたちまち凍り付いていってしまう。
やがて四肢までもが氷で覆われていき、遂に頭までも……全身が零下の檻へと閉ざされた。
何故だ、考える間も無く理解出来た。ユキメノコへと目を向けると攻撃の反動か何かに堪えるように唇を噛み締めている。相手のユキメノコの持ち物は"いのちのたま"、自身の技の威力を上げる代償に技を使えばダメージを負ってしまうものだ。
本当に危なかった、もしヤチェのみが無ければ一撃で屠られていただろう。とはいえ限りなく劣勢には変わりない、氷付けになったオノンドへ視線を遣ると……まだ彼は諦めていない、必死に脱出しようともがき続け……パキ、とわずかに亀裂が走る。
「……ああ、信じよう君のことを。全身を熱く滾らせるんだ、意地でもそこから抜け出そう!」
「ならば更にクールダウンするまでだ。終わらせてやる、れいとうビーム」
「生憎僕らは諦めの悪さが取り柄なのさ!」
かたや余裕綽々のシアンとは裏腹に絶対絶命がけっぷちに追い込まれた彼らは、しかしその胸に宿る炎は消えてはいない。言葉の通り、氷の琥珀は激しく揺れて、内から砕かんと足掻きを見せ亀裂は徐々に広がっていく。
白い吐息混じりの口元にたちまち冷気が集約していき、程無く光線となって放たれたそれは迷いの無い軌道でオノンドに徐々に迫っていく。
「……まだだ、僕は諦めないぞ!」
いよいよ眼前まで届き、だが同時に氷檻が限界を迎えたようだ。至るところまでひび割れ遂に身を覆っていた氷が砕け散り、雌伏の竜が解き放たれた。
「なっ、脳みそまで筋肉か、このバカめ……!」
「バカで結構。オノンド、がんせきふうじ!」
直ぐ様両腕を掲げ生まれた球塊を己の足元に向け振り下ろし、地面と衝突したそれは巨大な岩柱となって眼前に迫り上がる。相手の行動を妨げる障壁は冷気を防ぐ盾となり、僅かな隙に次の一手へ行動を移す。
「続けてりゅうのまい!」
凍り付いた石柱の影で神秘的な戦いの舞を躍り、対峙する敵を打ち倒すという意志が自身の肉体に力をもたらす。
「続けてドラゴンクローだ!」
「……っ、ユキメノコ、やれ!」
刹那──風の如く駆けた鎧竜は叫ぶユキメノコの眼前へ踊り出て、輝く双爪で切り裂いた。
彼女は力無く落下して地面に衝突し、倒れたまま起き上がらない。戦闘不能となったようだ、意識を失い、……直後、天井付近に黒雲が渦巻き始めた。
「ユキメノコ、戦闘不能!」
「よくやったユキメノコ、あとはゆっくり休むといい」
言いながらモンスターボールへ戻すシアンの傍らで、「ひゃっ!」とノドカが思わず叫ぶ。
「どうしたんだ、ノドカ」
「い、いきなり寒くなったと思ったら、今なんだかひやっとしたものが落ちてきて……あ、また!」
「どれどれ……」
彼女が広げていた手のひらに落ちたのは小さな氷の結晶だ。不思議に見上げていると更に無数に落ちてくる。
「い、いたたた、さすがに痛いよぅ!」
「……あられだな。とりあえずオレの帽子を貸すよ」
とジュンヤが霰に困るノドカへ自分の帽子をかぶせると、再び視線をバトルフィールドへと戻した。
「……なるほど、それで『よくやった』か」
徐々に白い霧が立ち込めていき、辺りは着込んでいるノドカですら鳥肌が立つ程の冷たい空気に包まれている。頭上に渦巻く黒雲からは小さな氷の結晶が雨粒の如く降り頻り、ノドカ同様戸惑うオノンドを尻目に合点のいったソウスケが一人呟いた。