ポケットモンスターインフィニティ



















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第七章 絶望の中で
第50話 惑わぬ光
 人が数人は入れる程の洞が空いた大木が重々しく腰を据える、街を一望出来る小高い丘。黒雲が空を覆い尽くし、騒々しく冷たく特有の湿気った匂いの立ち込める篠突く雨の中……気付けば俺はそこに立っていた。

 原因は分かっている、それが己の判断の誤りに依るものだということも。

「ま、まって……ください……」

 ……そうだ、サヤの同行を許していた時点で俺は後悔していた、この結果は自身の愚かさが招いた醜態だ。何故俺はとうに棄てた筈の慈悲を、同情を彼女に掛けてしまった。仲間などつくっても足手纏い、裏切り、弱味……いずれにせよ、己の益にならないというのは幾度も経験して来た筈だ。

「……いや、悔いたところで無駄なことだ、俺がやるべきは……」

 ちら、と眼下で軒を連ねるゴルドナシティの街並みを見遣る。

 ……今もまだあの街にはオルビス団員が蔓延っている。俺の目的は只一つ、エドガーの言う『我らの首領』……奴が率いるオルビス団を滅ぼすこと。ならば俺の成すべきは決まっている。

 隣に立つフライゴンへ目線で指示を送りその背に股がる。そして目的は決まっている、迷うことなく羽ばた……こうとしたが、金縛りにあったように動かない。

 ……やはり俺を阻むか、全くもって鬱陶しい。振り返れば案の定サヤが洞から飛び出しており、その隣に佇むサーナイトは蒼く眼を光らせ身構えていた。

「サイコキネシスか、だがお前達程度に俺のフライゴンを縛れないのは理解しているだろう」

「それでも……ツルギを、止めたいんです」

 普通と比較すると多少弱々しいとはいえ、それでも平素の彼女からすれば随分と力の込められた言葉。

 成る程、既に意志は固まっているようだな……しかし。

「生憎そう易々と引き下がるつもりは」

「だめ、です! いまのツルギは……ぜんぜん、ツルギらしくありません!」

 普段はおどおどと弱々しいサヤが声を荒げたことにさしものツルギも多少ではあるが驚かされ、それでも揺らぐことなく高圧的に言葉を返す。

「何が言いたい」

「だって……ツルギはちがいます! もっと……いつもごーりてきで、冷たくって、いつも、目的のためにわたしたちをムシするくらいひどくって……」

 サヤの瞼の裏に蘇った光景は、気付けば置いていかれ、時には体よく囮に利用され、時には何か話し掛けても一切の無視を貫かれ……。

「……本当に何が言いたい」

「……あれ、ほんとにわたし、いつもひどいあつかいばかり……だったような……」

 ……流石に意図を把握しかねる、よもや愚痴を言いたいだけではないだろうな。彼が溜め息を吐きかけた最中に、サヤが気を取り直すかのように頭を振るって再び彼女にしては勇ましく口を開いた。

「と、ともかく……ツルギは、言ってました。オルビス団をほろぼすまでは、死なない……って。きっと……あのままだとやられてました、エドガーさんは本気……でした」

「……そんなことは理解している」

 奴と俺の間に隔たれた力の壁の大きさは、誰よりも自身が思い知らされて来た。だが……奴らは俺だけじゃない、『十三年前』に母上や父上、父上の勤めていた研究施設の仲間達から文字通り全てを奪い去った。命も家族も研究成果も情報も……悉くを施設ごと灰塵に還して。

 そしてエドガーは……エドガーだけは、"奴"の暴走を止められる可能性があった。もし止められればあの惨劇は起きずに済んだ、だのに何もしなかっただけでなく俺の母上すらも手に掛けた、だから俺は……!

「俺は……それでも、何としてでもエドガーを斃さねばならない。エドガーだけではない、オルビス団は俺が潰す。それが母上が死の間際に託した……俺への願いだ」

「ツルギのおかあさん……。おかあさんは、なんていっていたんですか?」

「……お前が知る必要は無い、鬱陶しい、時間の無駄だ」

 言いながら今度こそゴルドナシティに向かおうとしたツルギだが……横殴りの強風に濡羽烏の髪を弄ばれながら、石を穿つ程強く降り続ける雨垂れに打たれながらも、サヤとサーナイトは彼の眼前に立ち塞がった。

「邪魔だ、退け」

「いやです、ぜったいに……ぜったいに、ツルギをいかせません。だってわたしも……あなたの、アイボーなんですから」

「ならば大人しく道を開けろ」

「ダメ、です。『感情にながされるな』あなたがいつも……言っていること、です」

 普段は己の私的な感情を排除し、冷静で的確に徹している彼が力の差を一切考慮せず無謀な戦いを仕掛けるなど……サヤの目から見ても頭に熱が昇っているとしか思えなかった。

 だから彼女は勇気を振り絞ってツルギに対して立ち向かった。"彼に救ってもらった"という一方的に抱き続けている恩に報いる為に。

「ツルギのきもちは、わかります。わたしも……エドガーさんに、故郷をこわされましたから。でも……おちついてください、こんなの、ツルギらしくありません!」

「……お前は、奴のことが憎くないのか」

「にくくない……って言ったら、ウソになります。でも……それより、わたしはエイヘイ地方をこれ以上キズつけられるのが……いやなんです。だけど、あなたならオルビス団をやっつけて……また平和な世界にできます、きっと」

 脳裏に、ふと俺に手を伸ばし、静かに息を引き取る母上の最期が頭を過った。彼女は最期まで変わらなかった、オルビス団共に命を狙われながらも……決して憎しみを表すことなく、何よりも俺と研究所員、そしてエイヘイ地方を心配し続けていた。

「だからわたしは、ツルギをぜったいに死なせません」

 ……。………………。

「……それで、話は終わりか」

 ツルギが眼下に連なる街を睥睨する。忌々しげに……しかしその瞳には、元来の冷然さを宿しながら。

「ま、まってくださいツルギ、その……」

「言った筈だ、誰より自身がエドガーとの力の差は心得ていると。分かっている、俺は目的を果たすまでは死なん、だが奴等が蔓延っているというのなら見過ごすつもりはない」

「その、それって……」

「時間が惜しい、お前程度でも居ないよりはましだ、早くフライゴンに乗れ」

 言いながらツルギはサヤの襟首を掴んで、有無を言わせず相棒の背に乗せ自身も跨がる。サヤも慌ててサーナイトをモンスターボールに戻し、ツルギの背中を抱き締めた。

「その、ツルギ……いつか、あなたの話も聞かせてもらえませんか?」

「……強欲だな。お前に構っている時間は無い、行くぞサヤ」

「……はい!」

 漆黒の暗雲は空天の彼方まで拡がって、波涛の如き激雨は喧燥を伴い降り頻り続ける。

 闇の中にも惑わぬ一条の光を灯す主に従い、フライゴンは菱形の翼を旗めかせて力強く羽撃たいてみせた。

■筆者メッセージ
よしー、今回は更新が早い!そして短い!でもまあしかたないよね、うん!
せろん ( 2017/01/11(水) 14:27 )