ポケットモンスターインフィニティ

















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第七章 絶望の中で
第49話 雪辱の闘士
 射られた矢のように鋭利な雨粒が、絶えず身体に刺さり続ける。感じられるのはただ痛みだ、肉体的には言うに及ばず……それ以上に、砕けて散った硝子のように深く胸に突き刺さるのが、この心の痛み。

「僕は……僕はただ、彼に負けたくなかった。全力を尽くした、持てる力の全てを奮った。だのに……僕のせいで、ヒヒダルマだけじゃない、ノドカ達まで……」

 彼は……ソウスケはポケモンセンターに戻って来てからというもの、肌着一枚になって一心不乱に腕立て伏せや腹筋などをしていたが。……駄目だ、いくらこの身に鞭を打とうと溢れ出す罪悪感から逃れることは出来ない。

 僕の半身と言っても差し支えの無い程にかけがえのない、大切な相棒ヒヒダルマ。共に励まし合い、共に過ごしてきた大切な幼なじみノドカ。そしてノドカと苦楽を分かち合い一緒に成長していたスワンナ。皆現状無事とは言えないだろう、あの一撃はそれ程までに凄まじかった。

 泥濘んだバトルコートで大の字に仰向けながら、瞳の裏に灼けついたレンジとの戦闘に思いを馳せる。

『さあ、おれ達の味わった痛みを……とくとその身に刻みやがれぇ! メタル……バーストォッ!』

 憎々しげな言葉と共に放たれた絶大な光は生身で受ければ無事では済まなかっただろう、いくら身体が頑強なポケモンであろうと同じ……。だというのに満身創痍のヒヒダルマも、華奢で打たれ強くはないスワンナも、僕を、ノドカを庇って無防備な姿勢で浴びてしまい……。

「……バカ野郎」

 なんだって君達はそんなに無茶なんだ、せめて防御の体勢を取れば少しは傷を抑えられたろうに、僕らを守るために我が身を盾にするなど……かっこよすぎるだろう、だが。

「けれど僕は……何をしているんだ……」

 ヒヒダルマとスワンナは、彼らは僕を、ノドカを守ったが為に今も回復の為の療治を続けている。既にあれから三日が経ち、ようやく面会出来るようにこそなったのだが……それでも、未だ万全とは言えない。

 ……本当に、僕の行いは正しかったのだろうか。『諦めない限り可能性に終わりは無い』僕が何より強く心に掲げるその信条は確かに幾度となく僕を、仲間を励ましてくれた。僕がこれまで想いを貫き闘い続けていられたのは、それをヒヒダルマと共に確かめ合って来たからだ。

 だが……僕らの志が原因でレンジという一人のトレーナーが酷く捻れ曲がってしまった。諦めない、負けたくない、手段を問わない……どんな形でもいい、勝ちたい。だから彼は身も心も悪に売り渡したのだろう、己の勝利への執着を満たす為に、敗北への恐怖から逃れる為に。

「そして、僕らはレンジ達には敵わなかった」

 悔しいが彼の実力は明らかに僕らのそれを優に上回っていた、素直に認めよう、残り一匹を引きずり出せたことすら奇跡に等しかったのだと。

「く、くくく……ははははっ……」

 そう、あのバトル……いや、戦いは僕らの完敗だ。だというのに振り返るだけで心底から抑えがたい歓びが沸き上がってくる。

 ……ああ、そうだ、以前レンジに言われたな、僕はどこかがおかしいと。ふふ、確かにそうなのかもしれない。だって、何故なら……。

「……僕のせいで皆が傷付いたというのに、はは、こんなにもあの闘いで迸っていた熱が恋しいのだからね……」

 あの感触は今でも頭に、瞼に、耳に、心に熱く焼けついて離れない。いや、レンジとのバトルだけではない、これまでに自分が経験して来た戦いは……全ては僕を形成するファクター、全ては深くこの胸に刻みつけられている。たとえ相手が悪人であっても。

「……けれど、流石に自信を無くすよ。己に誇れる僕でありたい、そう考えて走り続けて来たが、……僕はこのままで良いのだろうか」

 ……今まで考えたこともなかった、いや、常に全力で走り続けていて考える暇すら無かったのだ。今こうして燻っている今になってようやく思える、果たして自分の在り方は善いのだろうかと。

「……む」

 豪雨に遮られ、足音は届かなかったが……気が付けば、僕のすぐ傍に胴着の漢が立ち尽くしている。

 薄暗く、降り注ぐ雨粒で見えづらいが……青い肌、空手の胴着、黒い帯と水滴を弾く引き締まった筋肉。

 そのポケモンは以前僕がコジョフーと出会うきっかけとなり、コジョフーのライバルで旅立つ最後まで越えられずにいた存在……ダゲキだ。

 モンスターボールの中で息を潜めていた彼……コジョフーも、見たか気配で悟ったか、それに気が付いたようだ。勝手に腰に装着された紅白球が半分に割れ、閃光と共に小柄な功夫服が姿を現す。

「……どうして君がこんなところにいるんだい、ダゲキ」

 答えは無く、肩を竦めて不敵に笑うだけだった。それはつまり、ただ偶然出会ったのだということだろうか。いや、最早理由などは関係ない。

 ダゲキは手を突き出し指をくい、くい、と引き寄せて僕とコジョフーを挑発している。……だが、悪いけれど今はあまり気乗りはしないんだ。静かに首を横に振って断ると、ダゲキはつまらなそうに口を尖らせながら功夫服と視線を絡ませ、二匹は隣のバトルコートへ移って適当な距離を取り睨み合う。

 ……此度も先に動き出したのはコジョフーだ。泥濘む大地を摺り足で駆け、中段蹴り……と見せ掛け頭を狙っているのだろう、ダゲキは半ば反射で立てた肘を上げて待ち構えた。

 だがコジョフーとて学習していないわけがない、忽ち脚を引っ込めると宙返りの勢いで相手の顎を蹴り上げ、同時に左足で胸を蹴り付け反撃を受けないようにとんぼがえりで遠ざかった。

「……コジョフー、君はすごいよ。あの時から確実に成長している」

 ……。

 ダゲキは一瞬こそのけ反ってくれたものの瞬間で立て直し、距離を詰めて右拳を突き出すが、コジョフーはそれを腕で弾いてすかさず伸びた左腕も半身を切って受け流す。そして一瞬屈みこんで全身のバネを以て跳躍し、思い切り立てた膝を相手の胸へと叩き込んだ。

「とびひざげりが決まった、が……!」

 だが……やはりダゲキのタフネスは凄まじい、それでもなお泥濘む地面を踏み締めて揺らぐことなく持ち応え、全力の拳でコジョフーの鳩尾を穿つ。

 まだ攻勢は止まらない、頭に目掛けた上段を放たれ、必死に肘を突き出し報いようとしたが途端に高さを変えられ脇腹に重い一撃をもらってしまった。

「……コジョフー」

 思わず彼はよろけて片膝を着いてしまい、しかし歯を噛み締めて立ち上がる。

「……はは、駄目だ。やっぱり僕は……どうしても、黙っていられそうにない、嫌でも体が動いてしまう」

 それまでただ眺めていたソウスケの瞳には確かにかつての炎が灯り……硬く拳を握り締めて、立ち上がった。

「僕は君のトレーナーだ、僕も一緒に闘うぞ!」

 その言葉に、コジョフーは喜びと共に僅かな逡巡を見せるが……。

「何を怖じ気づいているんだ。僕は君の目だ、君の第二の脳だ! 二人で共に闘えば更なる力を引き出せる、だから……絶対に勝とう!」

 最早二人に迷いは無い、その瞳には勝利への光が射し込んでいる。

「コジョフー、きあいだまだ!」

 コジョフーが右手に渾身の力を込めて闘気を集中させ、エネルギーの塊となって放出する。相手は拳を突き出し迫り来る気弾を粉砕しようとするが、威力の大きさに押し切られかけて危うく軌道を逸らして凌いだ。

「流石はダゲキだ、これでも駄目か。ならば……」

 指示を出そうとした瞬間、大地から鋭利な岩柱が幾重に連なり突き上げた。コジョフーはそれを回避しようとするが……。

「いいや、正面突破だ、きあいだま!」

 指示を受けて切り返す、再び放った気弾は岩を粉砕しながら標的へと到達し、しかし何度も岩柱に激突した為に威力が落ちている。拳の一振りで梅雨と消えてしまった。

「まだまだ、当たるまで何度だってやってやるさ!」

 ダゲキが見上げた瞬間、砕けた岩柱が吹き上げた砂塵に覆われた前方から突然試合相手の姿が現れた。その右掌には最大まで力を溜めた気弾が構えられている。

「……きあいだま!」

 咄嗟に腕を振り上げたが間に合わない、遂にその胸に渾身の一撃を叩き込む。この技はとびひざげりに次ぐ高威力の技だ、ダゲキはついに足が地を離れ数メートル程吹き飛ばされ……。

「……っ、まずい、この技は……!」

 それでもまだ闘志の昂りは収まっていないらしい、勢いを殺しきると忽ち地を蹴り付けて跳躍し、着地の瞬間を狙って拳を振り上げた。

「インファイト……!」

 右肩にダゲキの重い拳が突き刺さる、次は左肩、次は脇腹……何度も何度もあまりに重い一撃を雨のように全身に浴びせて行き、最後に胸をそれまで以上に重たく蹴り付けて、コジョフーはとうとう地面を転がりうつ伏せに倒れてしまう。

「……コジョフー」

 だが、まだ終わりではない。感じるよ、君の激しく脈打つ鼓動を!

「待ちたまえダゲキ」

 終わった、そう確信したダゲキが礼をしようとしたが、それを制止して彼の復帰を待望する。

「どうした、君はこんなところで終わるポケモンじゃあないはずだ」

 僕は知っているよコジョフー、君が彼に勝つ為に鍛え続けてきたことを。あの時は負けて終わってしまった、けれど無駄ではなかった筈だ、何故なら……僕らは今こそ勝利するからだ!

「そうだろう、コジョフー」

 ソウスケの想いが通じたのか、少しだけ休んでいたのかは分からない。だが……コジョフーが、歯を食い縛り、拳を握り締めて、片膝を立て……とうとう、再び立ち上がった。

「ああそうだ、行こうコジョフー、必ず勝つ!」

 体力はお互いもうほとんど残っていない、恐らく次の瞬間には決着するだろう。

「勿論最後に賭けるのは……! コジョフー、行くぞ!」

 降り頻る雨は未だ止むことは無く零れ続けており、戦場は泥濘み闘いの影響で酷く荒れている。

 コジョフーとソウスケ、そしてダゲキ。向かい合う中……どちらともなく動き出す。

 ダゲキの右腕に闘気が宿り、その拳は太陽が隠れ暗闇に包まれる中にも惑うことなく輝いていた。

「……決めるんだ! とびひざげり!」

 ここまで来たら最早後には退けないだろう、覚悟を決めて迎え撃つ。

 開いていた二匹の距離は忽ちゼロへと詰められた。先に始動したのはダゲキだ、渾身の拳を全霊を以て弾き出し……当たれば一撃で崩れ去るだろう、そんな凄まじい力の一撃。

「行くんだコジョフー、君の"力"で……進むんだ!」

 生憎己にはそのパワーに真正面から立ち向かい、真っ向から叩き伏せるだけの力はない。ソウスケもそんなことは百も承知だろう。

 己の"力"、即ち……"速さ"。

 最早世界には己とダゲキ、ソウスケだけが存在している。主の期待に応える為に、己の屈辱に終止符を打つ為に……そして何より、焦がれ続けて来た好敵手のその背中
に追い付き、越える為に。

 頭は既に白く染まっている、ただ動き出す体に任せて……無我夢中となって飛び出していた。

「……」

 ……………………。

 ……………………篠突く雨の只中に、二匹の影が重なり合っている。

 ダゲキの拳が捉えた先には、空虚が広がっているのみだ。そして彼の鳩尾には……コジョフーの全霊の飛び膝は、好敵手の急所を確かに捉えていた。

 ダゲキは音もなく泥濘の中へと崩れ落ちた。最後に立っていたのは……コジョフーだ。

「……ありがとう、コジョフー」

 コジョフーの全身が蒼白の光に包まれる。みるみるその体が姿を変えて……薄紫の繊毛、細く逞しい四肢、腕の先から伸びる長毛。光が晴れる頃には、生まれ変わった姿が顕現していた。



 暫くの後、漸く意識を取り戻した彼は……コジョフー、いや、コジョンドの好敵手であるダゲキは膝を着き、必死に体を持ち上げるととうとう立ち上がった。感心するよ、あれだけ全力でぶつかり合ったというのによくもう動けるものだ。

「……ありがとう、ダゲキ、君のお陰で思い出せたよ。僕はやっぱり……ポケモンバトルが好きだ、ということが」

 だがダゲキはただ首を振り、コジョンドを見る。

「……ああ、そうだね。ただ闘いたかった、それだけだろう。それでも礼を言わせて欲しい、コジョンドのトレーナーとして、『良いバトルだった』と」

 そこでやっと彼は頷いてくれた。そして二匹は顔を見合わせ、静かに眼差しを絡め、言葉を掛ける。

「……そうか」

 最後にお互いに礼をすると、それ以上は必要なかった。ダゲキは僕らに背を向け、再びどこかへ歩き出す。その背中を見送り……やがて見えなくなってから、今度はコジョンドへと振り向いた。

「おめでとうコジョンド、漸く……漸く、ダゲキに勝利したね」

 ずっと負け続け、追い掛け続けてきた背中をついに追い越し進化へ至ることが出来たのだ、その喜びは一潮であろう。彼は誇らしげに頷き、しかしそれに思い上がって増長するような、愚かな振る舞いは決して見せない。僕のお陰だ、と、そう言いたげに彼は穏やかに笑みを浮かべた。

「……そうか、君の力になれているのなら良かったよ」

 確かに頷いた彼の瞳には変わらず好敵手の姿と、更なる高みが映り続けている。

「ああ、もちろんさ、これからも強くなり……いつかは絶対、最強になろう」

 お疲れ様、コジョンド。風邪を引いてはいけない、今はゆっくり休むと良い。そう言ってモンスターボールに彼を戻して、続けて言葉を投げ掛ける。

「ありがとう、コジョンド。君のお陰で……君とダゲキのバトルのお陰で、僕は自分に自信が持てた」

 脳裏には再び、先日のレンジとのバトルが思い起こされる。確かに僕のせいでヒヒダルマやスワンナ、レンジ達を傷付けた……だけど、僕はやっぱりポケモンバトルが好きだ。諦めることは嫌いだ、そして僕の信条がただ一人でも……少なくとも、コジョンドの力になれているのならば、きっと僕は正しく無くても間違ってもいない。

 僕はもう迷わない、燻らない、これまで通り何度だって立ち上がってやる。目指すは最強だ、求めるのは最高のバトルだ。その為に僕は……『諦めない限り終わらない』変わらぬ信条を貫き続けて、悔いなど残さず昂く燃え盛ってやるさ。

 未だ暗雲に包まれ豪雨の降り頻る空の下、少年の瞳は誰よりも澄み渡って熱く滾っていた。

■筆者メッセージ
この度は更新が馬鹿みたいに遅れて大変申し訳ございません。言い訳はしません、良いわけがないしね!
……えっと、その、誠にご迷惑をお掛けしました。頑張って更新しますから見放さないで下さいね……!
せろん ( 2016/12/22(木) 18:16 )