ポケットモンスターインフィニティ
















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第七章 絶望の中で
第48話 廻る情想
 ……ぼくのせいだ。ぼくが逃げなかったら……もっともっと強かったら、きっとみんなをまもれた。お父さんもお母さんも育て屋のみんなもきっと死ななかった……ぜんぶぜんぶ、ぼくのせいだ!

『ねえ、ジュンヤくん! ジュンヤくんもメェークルもいっしょにあそびにいこうよ!』

 ……うるさい! ひとりにしてよ!

 扉越しに聞こえるのは間の抜けるようなおさななじみの声、ノドカちゃんの声だ。ぼくは誰にも会いたくないのに……じいちゃんが勝手に家に入れたんだ! ずっと無視してるのに、さっきからすごくしつこい!

 無視をするけど、ノドカちゃんは帰る様子は見せてくれない。

『ジュンヤくん! ね、ねえ、きこえてるよね……? ジュ! ン! ヤ! くん!』

『……うるさいんだよ、バカ! いきたいならコアルヒーとふたりでいけばいいだろ!』

 ぼくが怒ると声は聞こえなくなった。諦めたかな……と安堵したのも束の間だ、再び彼女の声が聞こえてくる。

『……ジュンヤくん、ごめんね。おさそいするのはやめるわ。でも……ドアをあけてほしいな。わたしジュンヤくんとメェークルにおはなししたいことも、ききたいおはなしもいっぱいあるの……』

『ぼくにはない、かえれよ』

『……ごめんなさい、またくるね』

『もうこないで』

 ……ぼくはお父さんとお母さんがいなくなって、育て屋のみんながいなくなって、誰にも会いたくなかった。なのにノドカちゃんはしつこくぼくとメェークルに会おうとする。そんなことが一ヶ月か数ヵ月か……覚えていないけど、体感ではとても長く続いた。

 時にはぼくに見せたいものがあると言って釣ろうとして、時にはソウスケといっしょに来たり、時には門限が過ぎてもトビラの前からずっと話しかけてきて……すごくうっとうしかった。

 だからある日こう言ってやったんだ。

『……ぼくはぜったいにトビラをあけない、はやくかえってよ! そんなにぼくのおへやのトビラをあけたかったらジラーチにでもおねがいすればいいだろ!』

 ジラーチなんてこの地方に居るわけがない、幼い「ぼく」でもそんなことくらい知っていた。ノドカちゃんも当然分かっているはずだった。

 だけど、その日はそれ以上ノドカちゃんは何も言わずに帰った。イヤな予感がしていたけれど、ぼくには関係がないってずっと閉じ籠っていた。

 ……次の日の夜だった、ぼくが後悔をしたのは。

『ジュンヤ! 大変じゃ!』

『……なんだよ、じいちゃん』

『ノドカちゃんが……行方不明なんじゃ!』

 その言葉に、ぼくは驚愕した。

『親にも何も言わずに出ていったらしい……。ジュンヤ、最近よくノドカちゃんと会っていたな、なにか知らないか?』

『……メェークル』

 ……もうそれからじいちゃんが何を言っていたのかは知らない、ぼくがメェークルに乗って窓から外に飛び出したからだ。

 声が枯れてもノドカちゃんの名前を叫び続けていた。必死に探し続けていた。だけど、見つからない。そんな時空を見上げたら流れ星が駆けていって……昔ノドカちゃんとソウスケくんといっしょに読んだ、ある絵本を思い出した。

 『ビッパのねがいごと』という絵本だ。内容は弱虫で何をやってもダメなビッパが、立派になるためにジラーチにお願いをしに行くという話。そう、ジラーチだ。

 ぼくは昨日ノドカちゃんに言った、『ジラーチにでもおねがいすればいい』って。

 ……まさか、ノドカちゃんは!

 お話の中でジラーチが居たのは洞窟だ、ぼくはこの街から一番近い洞窟にメェークルを走らせた。



 ……もう、ダメかもしれない。コアルヒーはもうみずでっぽうが使えない、イシツブテにこうかばつぐんなわざがない……。

『あっ、コアルヒー! ……か、かぜおこし!』

 ダメ、ぜんぜん効いてない……。イワークは止まることなく向かってきて……。

『メェークル! まもるだっ!』

 わたしの目の前でそのおっきな口が開かれた瞬間に、聞きなれた、ずっと聞きたかったジュンヤくんの声が聞こえて、メェークルがまもるを使ってわたしとコアルヒーのことを守ってくれたの。

『はっぱカッター!』

 ぼくの指示でいかくをするみたいに尖った葉っぱをかすめたら、イワークもタイプあいしょうがすごい不利なのは分かっているみたいで大人しく地面の中へと帰ってくれた。

『……ジュンヤ、くん』

『……のばか』

『……え?』

『ノドカちゃんの、ノドカちゃんのばか! なんでひとりでこんなとこに来たんだよ! あぶないのに!』

『ひ、ひとりじゃないもん! コアルヒーだって、い、いたし……』

『そういうことじゃない!』

 ぼくが怒ると、ノドカちゃんはすごくもうしわけなさそうに口をもごもごさせて……それから。それから、静かに口をひらいた。

『……だって。だって、ジュンヤくんに元気になってほしくて……』

『……それで、ジラーチを探しに来たの?』

『……うん』

『バカ、ホントーにバカだよノドカちゃんは! こんなただのイナカにジラーチなんて、いるわけ……ないのに……! バ、バカ……!』

 そう、いるわけがないなんてぼくが言わなくたって分かってる。ノドカちゃんだって夢みるおとめではあってもそれくらいは知っているはずなんだ。

『……それでも、それでもジュンヤくんに元気になってほしかったんだもん! だから、ありえなくても、もしかしたら、って……』

『……もう、ホントにノドカちゃんはバカだよ。ぼくのせいでノドカちゃんまでいなくなったら……ぼくは、もうホントにどうしたらいいのかわからなくなっちゃうよ……』

『ジュンヤくん……』

『……っ! ……ノドカ、ちゃん……!』

 ううん、ちがう。バカなのはぼくだ。あんなにやさしいノドカちゃんをキケンな目にあわせたのは、誰でもないぼくなのだから。

 弱々しく言葉を続けるぼくを、ノドカちゃんはお母さんみたいにやさしくだきしめてくれた。それがすっごくあったかくって、思わず涙がこぼれ落ちていく。

『……ごめんね、ほんとにごめんねジュンヤくん。でも……ふふ、だいじょうぶ、わたしはどこにもいかないよ。だってわたしとジュンヤくんはおさななじみなんだから。わたしはこれまでも、これからも……いつまでだって、ジュンヤくんのそばにいてあげるからね』

『……も、もう! バカ! バカ……!』

 同じ言葉を繰り返すぼくをノドカちゃんはやさしくやさしく撫でてくれて……はじめは目のまわりがすっごくあつかったのに、ノドカちゃんのおかげでだんだん落ちついてきてくれた。

 ……だいじょうぶ、もう涙は出ない。最後に目をぐしぐしこすって、ぼくはようやく泣き止むことが出来た。

『……かえろう、ノドカちゃん。みんなすっごくしんぱいしてるよ』

『ご、ごめんね……ジュンヤくん……』

『ううん……わるいのは、ぼくだよ。ぼくこそごめんね』

 どうくつの出口まで、道はそんなに長くない。歩き続けて、もう外にたどり着いたところで振り返ってノドカちゃんのことをだきしめる。

『……ほんとうにごめんね、ほんとうにありがとうノドカちゃん。でも、もうだいじょうぶ、ぼくはもう泣かないから。キミがずっとそばにいるっていってくれるなら、ぼくはもっともーっとつよくなる。ぼくは……オレは、何があってもぜったいにおまえを守りつづけるよ、ノドカ』

 オレの"やくそく"を聞いたノドカは、ほほえみながらだきしめかえしてくれた。

 ……そうだ、オレはつよくなるんだ、つよくならなきゃいけないんだ。ノドカを絶対守るために、もうあんな思いをしないために。……父さんや母さん、ビクティニ、それに育て屋のみんなに……つぐなうために……。



****



 酷く重たく感ぜられる瞼をようやく持ち上げると……その視界に映ったのは、柔らかな暖かみの感じられる橙にほんのりと照らされた、羽目板の天井。

 朦朧とした頭を倒して視線を横へ傾ければ、卓上灯が暗闇の中に穏やかな光をもたらし、一人の少女がとても不安げに自分のことを見下ろしていた。

「……ノドカ」

「ジュンヤ……! ……えへへ、おはよう」

 彼女はオレの声を聞いた瞬間に疲労の浮かぶ顔を輝かせ、しかしあまり大きな声を出しては頭に響くと配慮をしてくれたのだろう、落ち着いた声色でそう言った。

「……ああ、おはようノドカ」

 未だに頭は霞が掛かったようにぼんやりとして……だけど彼女に何かしら反応を返さなければ申し訳ない、とただ視界に映る天井を眺めたままに挨拶をした。

「ジュンヤ、三日間もずっと眠ってたのよ……。私、心配で、心配で……」

「……なあ、ノドカ、ここは?」

「ポケモンセンター、だよ。ゴーゴートが……気を失ったジュンヤを、ここまで……
運んできて、くれたの」

「そうか……」
 
 オレは……オレは、何をしていたんだ。この街に、ゴルドナシティに到着して、それから……。

 ……そこまで記憶を呼び戻した所で、全てを……全てを、思い出した……。

 再びレイと対峙をしたこと、仮面の男に抑え切れない憎悪の刃を突き付けたこと、……ビクティニを守れなかったこと、奴に惨めに、敗北してしまったことを……。

「ほんとによかったよ……ジュンヤまで目を覚まさなかったらどうしようって、私……私……!」

 ノドカが感極まって、肩を震わせながら涙を溢し始める、けど……。

「なあ、ノドカ、……オレ“まで”って、どういうことだ。ゴーゴートは、みんなは……どうしてるんだ」

「……ゴーゴートも、ヒヒダルマもスワンナも……しばらくは、安静にしないと……って」

「……そうか」

 それは……ゴーゴートも、恐らくヒヒダルマ達も……余程受けた傷が深かった、ということなのだろう……。

 ……その責任は自分にもある、オレが先走らなければ、オレが憎しみに囚われなければ、オレが、オレが……!

「……行かないと」

 オレが、ビクティニを助けないと。全てはオレの責任だ……ならば、オレはその償いを何としてでもやり遂げなければならない。

 そう心に刻んで半身を起こし、立ち上がろうとした瞬間身体に痛みが走り、平衡感覚が崩れ去ると同時に世界が途端に傾いていく。

「え……」

「ダメだよ、酷いケガだったんだからじっとしてないと……! それに、どこにいくつもりなの……」

 茫然と倒れ込むジュンヤをノドカが抱き止め、ベッドに押し戻すと……彼女の瞳は、今にも泣き出しそうなくらいに潤んでいた。

「……オレは、ビクティニを……」

「……そっか。ビクティニ、も……。……気持ちは、分かるよ。でも……今は、ゆっくり休まなきゃ……」

 ……ノドカはオレの言葉に大した驚愕を表してはいない、ということは……彼女もビクティニが拐われてしまったことは察していたらしい。性格上ビクティニが居なくなったら探してくれそうではあるが……それでも見付からなかったからこその、この反応……なのだろう……。

「……くそっ」

 オレを見守る視線を感じながらいそいそ布団に潜り込み、胎児のように丸まって瞼を臥せると部屋には重く息の詰まる静寂が訪れた。

 ……暗雲渦巻く外の世界は、未だに雨が降り頻っているようだ。屋根や出窓は零れ落ちる水粒に激しく叩き付けられ、雷鳴と共に轟々鳴り続けている。

「……悪い、ノドカ。水をくれないか、すごく喉が乾いてさ」

「う、うん。すぐ持ってくるね、待ってて」

 ノドカが静かに扉を開き、なるべく音を立てないよう細心の注意を払いながら部屋を出ていく。

 そして、ようやく……。彼女が居なくなったことで……ようやく、必死に抑えていた感情が堰を切って押し寄せた。

「くそっ! くそっ……! くそぉっ……!!」

 遣る瀬の無い混沌とした激情が……。憤怒が、恐怖が、怨嗟が、悔恨が、憎悪が、屈辱が、殺意が、忌避が……ありとあらゆる負の感情が複雑に融け合い、絡み合い、交じり合い、そして絶望という名の闇はどこまでも暗く、深く、重く、黒く……幾重にも純黒を塗り重ねて、その深淵を己の色へと染めていく。

「オレ達がもっと強ければ、もっともっと力があったら、もっともっともっともっと……!」

 どうしてダメなんだ、何が足りないんだ、オレ達はもうこんな思いをしない為に今まで必死に強くなろうと努力してきたというのに……結局、歴史は繰り返されて……。

 オレは奴を……仮面の男のことを許せない。罪も無い多くの命を傷付け、踏み躙り、弄んだ悪逆無道の人間だ。奴だけはこの手で殺してやりたいとすら願ってしまっている。

 ……だが、同時に。……怖い、嫌だ、遭いたくない、戦いたくない、無理だ、どうせ勝てない、絶対敵わない、死にたくない……。オレの心には奴への恐怖が深く深く根付いており……殺意が湧く度に同じだけの恐怖が噴き出して、逆巻く感情の渦はどこまでも複雑に捻れ絡まり縺れていく。

「どうしてこうなるんだ……。オレはどうしたいんだ、どうすればいいんだ、どうすれば……!」

 惨めな感情を幾度と吐き捨てたところで答えが見付かる筈はない。醜く無様な思考は宛どもないまま彷徨い続け、描かれた輪の中を走るように果て無き堂々巡りを繰り返していく……。



****



 ……やっぱり、やっぱりそうだったんた。ジュンヤはずっと一人でがんばり続けてきたんだ。誰にも悩みを、苦しみを、傷みを話さないで……折れそうな心を必死に支えながら、ずっと、ずっと……。

 だけど……オルビス団の襲撃が、限界で踏み留まっていた彼の心を再びその先の闇へと落としてしまった。幼き日に囚われていた、絶望の中へと……。

「……うん、そうだよね」

 なら……なんとしてでもジュンヤを支えたい、今それができるのは私しかいない。意を決して掛け声と共に数度扉を叩き、返事を受けてジュンヤが寝ている部屋の中へと入る。

「……ノドカ」

 戻って来たノドカはお盆を持っていた。その上には冷え水の入った透明なグラスが二つと、湯気の上がるマグカップが二つずつ。

「喉が渇いたらお水を飲んでね。それと、ホットミルクもつくってきたから。甘くて温かいから、飲んだら少しは落ち着くかも」

「……ありがとな、ノドカ」

「ううん」

 半身を起こしてホットミルクを口に運ぶと、甘い温もりが口の中へと広がっていく。……思い出すなあ、母さんと過ごした日のことを。落ち込んだりふてくされたりしている時に、母さんはオレの気が済むまでずっと愚痴に付き合ってくれていた。共に過ごした時間というのはそう長くはなかったが、それでもかけがえの無い大切な母さんだった。

 ずっとあんな平穏が続くと思っていた、幸せは壊れることが無く、永遠に続くものなのだと……。仮面の男が、現れるまでは……!

「……くそっ」

 拳を握り締めて肩を震わせるオレを見て、どこまで悟られたのかは分からない。ノドカはただ穏やかな顔で「何があったの」と、そう尋ねてきた。

「……ああ」

 ノドカの眼は今まで見た彼女のどんな時とも比べられない、初めて目にする程の真剣味を帯びていて。そんな顔を前にしては口を噤むなど不可能だった。

「……オレはまた、守れなかったんだ」

 瞼の裏には劫火に呑まれ崩れ落ちていく育て屋の影が鮮明に映し出されていく。

「あの日と同じだ、オレは何も出来ずに逃げ出したんだ。大切な友達を見捨てて、また、自分達だけで……」

 そうだ、あの日オレは逃げ出してしまった。育て屋のポケモン達を、親友であるビクティニすら見捨て、誰よりも大切な父さんと母さんという犠牲の上で……オレとメェークルだけが、あの惨劇を生き残ってしまったんだ。

 そして今回の襲撃も同様である。オレは目の前の恐怖に立ち向かうことに必死で再びビクティニを見捨てた上に、無様で醜く惨めな大敗を喫し逃げ出したのだ……。

「……くそっ、結局あの頃と何も変わっちゃいない……!」

 オレは戦わなければいけなかったんだ。守らなければいけなかった、逃げ出してはいけなかった、死んでも救わなければいけなかった。それが大切なものを見捨てて自分達だけ生き残ってしまったオレとゴーゴートの責任だ、だから何としてでも……オレは……!

 溢れ出す痛みを噛み殺すように震える声でジュンヤが吐き出している最中、顔が柔らかいなにかに押し付けられて紡がれる筈だった言葉は行き場を失う。

「そんなことないよ、ジュンヤ。……今までジュンヤは、すっごくがんばったよ」

 まるで幼子をあやす母親のように。ノドカは慈愛に満ちた穏やかで暖かい笑顔を湛えて、脆く崩れ落ちてしまいそうな幼なじみを己の胸へと抱き寄せた。

「ノドカ……」

「これまでなんでも一人で解決しようとして、自分の言葉で無理矢理自分を追いこんで、辛いことも苦しいことも、なんでも自分一人で抱えて……。あの日からずっと、私を守るって約束してくれた時からずっと……。あなたは……ほんとうに、がんばりすぎなくらいいっぱいがんばった」

 ジュンヤは抵抗せず、それこそ甘える子どもさながら胸に顔を埋めたままで動かない。その頭を優しく愛撫しながら彼へずっと伝えられなかった言葉を続ける。

「私はいつだってあなたに守られてきた、ジュンヤがいてくれるから今の私があるんだよ。だからね、もう一人で抱えこまないで。みんないるから。私も、みんなもいるから」

 ……なあ、ノドカ。……いいよ、私はここにいるから。

 酷く震えたか細い声は、どこまでも暖かく柔らかな声に包み込まれた。

「ノドカ、オレは……ぼくは……! ぼくは……ずっと、ずっとずっと苦しかった、辛かった、怖かった、こうして誰かに……うっ、えぐっ、打ち明け……たかった……!」

「……うん、うん。よしよしジュンヤ」

 張り詰めていた弦が耐え切れずに千切れるように、永く飽和寸前で堪え続けていたそれは彼女の言葉で崩れ去る。

 どんなことがあっても守り抜くと決めていた、幼き日に封じ込めた筈の腺と共に。心の底に沈め続けていたあらゆる想いは、止まることなく溢れ出していった……。

■筆者メッセージ
……ああ、最早何も言うまい。……応援してもらっているというのに毎回毎回遅くてすみません!!以上!
せろん ( 2016/08/08(月) 03:14 )