第47話 月桂冠の勝者
……全身が嫌悪と共に総毛立ち、俺の脳裏に不愉快な黒衣装を想起させる。この街に着いてからはずっとそうだ、奴らの気配が心臓を締め付けるような緊張感を呼び起こし、俺を戦いへと赴かせる。
奴らは……オルビス団は確実にこの街にもいる。ならば俺がこの手で叩き潰す、それが母上と俺の交わした約束なのだから。
「……あの、なにを……みているんですか、ツルギ」
懐から取り出した四つ葉の首飾りを眺めていたツルギに、隣の小柄な少女……サヤが声を掛けた。だが彼は「お前には関係無い」と一蹴しそれを収めると、腰に装着された紅白の球体を掴み取り……焦燥を露に振り返る。
「……流石だな、完全に気配を殺していた筈だというのに」
「貴様は……エドガー!」
「あ、あなた……は……」
背後では蒼き鋼鉄の塊が巨大な四肢で地を踏み締め、顎に白銀の光沢を蓄えている。サヤを抱えて横に跳躍し、爆風に吹き飛ばされながらも受け身を取ってボールを投げる。
「出て来いフライゴン!」
「き、きてくださいサーナイト……!」
蒼き鋼鉄……メタグロス。破壊の神の化身と呼ばれるカイリューにも比肩する、とてつもなく強大な力を持つ敵を相手にツルギは怒りを顕に立ち向かう。そしてそんな彼が戦うというのに自分が見ているだけなど許されない、サヤも恐怖を必死に押し殺して己の相棒を解き放った。
「貴様の方から現れてくれるとは好都合だ。貴様らは……オルビス団は必ず叩き潰す、行くぞフライゴン!」
「サーナイト、えんご……がんばりましょう!」
「……我が主も意地が悪い。まさかツルギ、君の御両親だけでなく……君自身までをも私の手で殺めなければならないとはな」
鋼鉄が真紅の眼を鋭く輝かせる、それを従える紫紺のコートを羽織った長髪の男……エドガーも静かに佇み二人を見下ろす。
「俺は死なん、この手で貴様を打ち倒し……オルビス団を滅ぼすまでは必ずな」
「ああ、ツルギ、君は本当に意思の強い少年だ。だが……君とて憎悪に囚われ、懐疑と孤独を抱えながら雌伏し続けるのは辛かったろう」
「……ふざけるなよ」
エドガーの……彼の眼に込められた憐憫が、その瞳に映る同情がツルギの神経を煽り立て、只でさえ黒く逆巻く憤怒を一層の激情へと燃え上がらせる。
「かつて殺戮を働いた貴様が……俺の眼前で母上を手に掛けた貴様が、よくもそんな戯れ言を吐けたものだな……!」
「……今まで幾度も我らを阻む君を私は見逃し続けて来た、だが……憎しみの連鎖はここで終わらせよう。最後の一人である君を、この世の苦しみから解き放って」
「つ、ツルギ……おちついて、ください……! ツルギがおこるのは、わかります……。でも、こんなの……」
「フライゴン、ドラゴンダイブ!」
こんなのツルギらしくない。感情に流されるな、一瞬でも気を抜けば命は無いと思え。それは誰でもないツルギ自身がサヤに言い聞かせていることだ。だのにツルギは冷静さを失い怒りを顕に……。
憎しみを宿した瞳を煌々とぎらつかせるツルギ達にサヤは危惧を抱き、それでも無情に戦いは始まる。彼らを仕留めんと対峙する藍鉄の兵へ、エドガーは静かに指示を飛ばした。
****
214番道路を抜け、辿り着いたのはゴルドナシティ。
かつて戦争を終結へ導いた、そう謳われる一人の英雄。彼の残した莫大な埋蔵金がこの街のどこかへ眠っていると風が噂を運び込み、一昔前には多くの人が押し寄せそれを見つけ出そうとひしめき合ったものだが……今となっては遠い夢。流行が終わってかつての盛況が嘘のように長閑な静けさを取り戻したこの街は、穏やかな時の流れを刻み続けて過ぎていく。
「……長閑ないい街だな」
「ふふ、ほんと。“シティ”ってついてるからもっと都会〜! な街かと思ったけど、なんだか過ごしやすそう!」
「はは、そうだなノドカ」
こども達は快晴の空の下で満面の笑みを弾けさせて駆けており、隣ではノドカもふにゃりとほがらかに微笑んでいる。
帽子のつばを下げ幼なじみへと相槌を打つ傍ら、ジュンヤは一人の親友のことを……オルビス団幹部、レイのことを考えていた。
……何故彼は、オルビス団に加担しているのだろうか。せっかくあの日……九年前の、オレの両親が営むポケモン育て屋が仮面の男に襲撃されたあの日。オレとメェークルがやつらから逃げ出した時以来ずっと連絡もつかず、ようやく会えたというのに……どういうことなんだ、「一人でも多くのものを護る為」にオルビス団に入っている、なんて……。
思い返してみても、この地方を旅している間に出会ったオルビス団員は程度の違いこそあれど人やポケモンを傷付ける人間ばかりであった。それはレイとて過言ではない。……あの言葉はポケモン達の誘拐を正当化する為の方便じゃないのだろうか、もしそうでないとするなら……どう“護る”ことに繋がるというのだ。
「……ねえ、ジュンヤ」
「ああ悪い、なんでもない、少し考え事をしてただけさ」
「……もし、もし悩みがあるなら、私に」
話して欲しいな、いっしょに考えることならできるから。ノドカがそう言いかけた瞬間……轟然たる大音響が空気をつんざき、瞬間の衝撃が大地を揺るがす。
「ひゃあぁっ!!」
「……っ、なんだ……!?」
よろけて倒れそうになったノドカを支えながら遠くを見やると、群青の光竜が天へと上り白銀の光線が空を裂く。何が起きているかは分からない……だが、誰かが争っているということだけは分かる。ならば、オレ達が今やるべきことはただ一つ!
「行こうみんな! ビクティニ、姿を隠していてくれ!」
ジュンヤが親友に視線を送ってそれを促し、相棒の角を掴んで我先にと駆ける。ノドカとソウスケもそれに続いて数分の間走っていると……ビクティニが不意に何かの気配を察したようだ、存在を現さないよう声には出さず、角を握ることでゴーゴートへと指示を飛ばした。
周囲を光の半球が包み込み、直後八方から降り注ぐ攻撃がそれに弾かれ散らされていく。
「……ありがとなビクティニ。今のはラスターカノンか、一体何者なんだ!」
「我々はオルビス団、いずれこの地方を征服する軍団」
「お前達をこの先へと通すわけにはいかない」
真紅の輪が描かれた制服に身を包んだ集団、彼らは親切にも名乗りを上げながら登場してくれた。何となく予想はついていたが……やはり現れたのはオルビス団、このエイヘイ地方に住む罪の無い人々を脅かす悪の組織だ。
ざっと見回すと、およそ八人がエアームド、ナットレイ、アイアントなど……はがねタイプを従え自分達を取り囲んでいる。
「……となると、遠くで起こってる戦いにもオルビス団が関わってそうだな」
「ああ、わざわざ僕らを邪魔する為に現れたということは……十中八九そういうことだろうね。だから……ヒヒダルマ、フレアドライブ!」
「わっ、その、じゃあ私たちも……スワンナ、ぼうふう!」
ソウスケが先手必勝指示を出し、ノドカもそれに便乗する。
「じゃあオレ達も……」
「おっとジュンヤ、ここは僕らに任せてくれ。なあに、奴らは所詮下っ端、決してやられはしないさ。ムーランド、レアコイル、オノンド、君達も来るんだ!」
「うん、それにあぶなくなったら逃げるから! だからジュンヤは私たちを気にしないで先に行って! フラエッテ、ドレディア、デンリュウ、あなたたちもお願い!」
ジュンヤも彼らに加勢をしようとしたが、すぐさま制止されてしまった。
「……ああ、分かった、任せたぜ。行くぞゴーゴート!」
ヒヒダルマとスワンナが技を放って無理矢理道を切り開いてくれた、ジュンヤはゴーゴートに跨がり、帽子の上にはビクティニが座り僅かな間隙を突き進む。
「彼の邪魔をさせはしない…… レアコイル、でんじほうっ!」
「ジュンヤは私たちが助けるんだから! デンリュウ、かみなり〜!」
「ありがとなノドカ、ソウスケ。任せてくれ、オルビス団の野望は必ず止めてみせる!」
迸る雷が、放たれる雷弾が寄せ来る敵を薙ぎ払い、ジュンヤ達も立ち塞がる者を光の剣で一刀両断。オルビス団員による包囲網を三人とポケモン達の力で突破することに成功し、何かが起こっている場所を目指して深緑の山羊は駆け抜ける。
そしてジュンヤの背が小さくなり始めた時……不意にオルビス団の攻勢が止んだ。
「おい雑魚共、もう十分だ、そうだ分かってんじゃねえか」
どうやらそれは何者かの指示による者らしい。振り返ると同時に、ノドカは、ソウスケは……ただ、驚愕した。
「ひゃはははっ……やっちまったなあ馬鹿共。あいつが……ジュンヤ“だけ”が先に行くことこそが、おれ様達オルビス団の計画なんだよ」
「この声……まさか、君は……」
新たに現れたのは一人の少年。黒の短髪、黒い革のジャンバーに七分丈のジーンズ。両手に赤いリストバンドを巻いている……その姿は、特にソウスケにとっては十分過ぎる程に見覚えがあるものだった。
「……久しぶりに会ったと思えば随分と見違えたじゃないか、レンジ」
「レンジくん?!」
かつてジュンヤに対して喧嘩を売り、それから何度も負けて卑屈になっていたところで僕が己の信念を証明する為に闘い、勝利を収めた相手だ。しばらく会っていないとは思っていたが……まさか人々の平和を乱す悪の組織に下っていたとは度肝を抜かれたどころではない。
「……君には聞きたいことが山ほどある、けれどまずはこれだけ尋ねるよ。ジュンヤを先に向かわせることこそが君達の目的、とはどういうことかな」
「いずれ分かるさ、いずれな。だがそんなこたぁもうどうでもいいんだよ」
レンジは必死に何かを堪えるようにしきりに肩を震わせながら腰に手を伸ばし、紅白の球を掴み取った。
「くくくくっ、本当だったな、てめえの言う通りだったぜソウスケェ! 『諦めない心を持つ者は必ず最後に勝利する』だったか? 諦めずに、形振り構わずひたすら強さを求め続けたらおれはよお……負ける気がしねえ、いや負けねえんだよ、誰にもなあ!」
……その言葉は、確かに僕がレンジにぶつけたものだ。だが……違う、僕はそんな意図を持って言った訳じゃあ断じてない。
「ソウスケ……」
「……危ないから下がっているんだノドカ、みんなも戻ってくれ。分かったよレンジ、僕とバトルだ。そこまで言うからには君はとても強くなったのだろうね」
「ああ、強くなったぜ。てめえなんかじゃあ到底敵わねえくらいにはなあ」
「そうか……それでも僕は勝つよ。君のような、ポケモントレーナーとしての誇りを失った男になど敗れはしない」
「好きなだけほざけ、結果は見えてんだ。あん時は世話になったなぁソウスケ、今回はたっぷり……お礼をしてやるよ!」
二人がモンスターボールを構え、力任せに投擲する。
「先陣を切れ、オノンド!」
「蹂躙しろ、カエンジシ!」
ソウスケが繰り出したのはオノンド、レンジが従えるのはカエンジシ。
鋭く研ぎ澄まされた刃を携えた小型の竜、対するは王者の威容に満ちた焔の鬣を携え堂々と佇む百獣の頂点。二匹が暫時は睨み合い……やがてどちらともなく戦いの火蓋が切って落とされた。
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……何かがおかしい。オルビス団員による包囲をくぐり抜けたはいいものの、それ以上は何も起こらない。奴らの狙いは分からないが……先へ進ませない為に現れたというのに追っ手の一人も新たな団員も来ないというのは酷く違和感を覚えさせる。
「いったいなんなんだ……?」
何か……何か、嫌な予感がする。まるで泥濘に浸食されるかのように、果実が蝕まれていくかのように……。とてつもなく恐ろしい何かが、背後から徐々に這い寄ってきている気がしてならない
「……それでも、前に進むんだ。進まなきゃ……いけないんだ」
それは恐怖か緊張か、酷く喉が渇いてしかたがない。少しでも平静を取り戻す為に赤い帽子をかぶり直し、ゴーゴートは角を掴む主の手のひらから伝わってくる不安を察して、疾く地を蹴り続けながら彼を振り返った。
「ああ、そうだな、ありがとう。オレにはゴーゴート、お前やみんながいてくれるんだ。だから……きっと、大丈夫なんだ」
そう自分を励ますかのように呟き、角を強く握り締めた瞬間であった……突然、眼前に壁が突き上がったのは。
「うおっ……!」
ゴーゴートが慌てて強く地を踏み締め急停止して、何かは分からないが激突せずに済んだ……そう安堵していたところで壁が静かに消滅していく。わけが分からない、首を傾げていると気付けば足元には青く丸い体、長い耳……みずうさぎポケモンのマリルリが立っていた。
「……お前どうしたんだ、こんなところで。まさか迷子なのか?」
「マリルリ、みずあそび!」
ジュンヤがゴーゴートの背から降りて屈んだ瞬間、そのマリルリは辺りに水を撒き散らし始めた。
「うおっ! な、なんなんだいきなり……?」
いや、それより。今マリルリに指示を出した声、それには聞き覚えがある。中性的な高めの声、それは恐らく……。
「ヤッホー! おっひさージュンヤくん、それにゴーゴートも!」
「……やっぱりお前か、レイ」
どこからともなく現れたのはボサボサした白銀の髪、黒いハンチング帽に紅い輪の描かれた上着を羽織った、中性的で整った顔立ち。そして隣には突き出た鼻に赤く縁取りされた鋭い目、暗紅の鬣を生やした黒く細身のゾロアーク。
ジュンヤの、ゴーゴートの親友であり、オルビス団の幹部でもある少年とその相棒だ。
「フフ、どうどう? おどろいちゃったかな!?」
「……そうか、さっきいきなり現れた壁は」
「そう! ボクのゾロアークの見せた幻影さ!」
……オルビス団の幹部がいるということは、やはり彼らは何かを企んでいる。だがその狙いは一体……。
「それにキミもだね、お久しぶりだねビクティニ! こうしてしっかり顔を合わせるのは九年前振りかなぁ?」
「……え?」
どうしてレイがビクティニのことを、彼に会った時には透明化していて知らないはずだ。いや、それより!
慌てて頭上を見ると……そこには確かにびしょびしょに濡れながら目を見開いている親友の、ビクティニの姿があった。
「トモダチなのに姿を隠すなんてやだなあビクティニ! あ、それともかくれんぼのつもりかな、それならビクティニ……見ーつっけたっ!」
「なっ……透明になっていたはずなのに」
「ビクティニが姿を隠すことが出来るのはその体毛で光を屈折させるから、ここまで言えば分かるよね。さあ戻ってマリルリ、お次はキミだよ、おいでボクのドーブル!」
更に続けて現れたベレー帽をかぶった小型の犬型ポケモンが、その尾を振って絵具のような液体を飛ばしビクティニに付着させる。
……そうか、体毛を濡らして光の屈折を不可能にして、もし乾いて姿が消せるようになっても見失わない為のペイントなのだろう。ということは彼らオルビス団の狙いはビクティニか……! だが何故だ、何故ビクティニの存在が知られているんだ!?
「うぷぷ、なんでビクティニのことがバレてるんだ、って言いたげな顔してるねジュンヤくん! いいよ、教えてあげる。……以前キミ達と再会して戦った時にね、一瞬感じたんだ。懐かしい……もう二度と感じることのないはずだった匂いを、暖かさを。
ボクもまさかと思った、また会えるなんて思ってなかったもん。だけどそれでももしかしたら、ってみんなにナイショでちょこーっと仕事をサボってストーキングしたらね、……見ちゃったんだ、ビクティニを!」
……そうか、オパールタウンで対峙した時に……あの時に、レイは薄々気付いていたんだ。
……その事実が、レイがオレとビクティニと相棒達と過ごした日々を覚えてくれていることを表しているかのようで、不謹慎だというのに少し嬉しくなってしまった。
「だけど……ビクティニは絶対オルビス団には渡さない、オレ達が守ってみせる」
「アハハ、ムリムリ、あきらめなよ! キミなんかに守れるワケないじゃーん! ……そうだよね、我らがオルビス団の首魁様!」
その瞬間、柔らかくたゆたっていた空気が音を立てて凍り付いた。燦燦と燃え盛っていた太陽は立ち込める暗雲に次第に呑まれ、穏やかに流れていた風は悲鳴を上げるように荒んでいく。
「期待通りの働きだ、レイ」
「お褒めに預かり光栄です、我らがボス」
途端に光を失っていく世界の中で……男の声色は低く唸る獣の如く。絶対的な重圧をその身に纏い、雄々しく冷厳なる姿を現した。
「……お、お前……は……」
言い知れず沸き上がって来る恐怖で体の芯までもが時を待たずに凍り付き、全身総毛立って脂汗が噴き出してくる。精一杯の声を絞り絞ったが、それすら言葉になっていたかは分からない。
眼前で酷薄な微笑を湛えるその男は、目元を覆い隠す黒き仮面を装着し、黒の目立たない背広。力強い猛禽の嘴のような鷲鼻に、大抵の人から頭一つは抜ける相当の巨駆。
「探したぞ。九年間……あの日手に入れ損ねた時から、探し続けていた」
男は凛々しく何かを見据えた漆黒の瞳でビクティニを見下ろし、そう吼えた。
「お前は、まさか……!」
ジュンヤにはただ一つ、彼という男に心当たりがあった。それは……封じ続けて来た、忌まわしき“あの日”の記憶。
「ついに手に入れられる、無限の力を。貴様の功績だ、育て屋夫妻の息子……オオゾノジュンヤ」
その傍らには立つのは……やはり、 切れ込みの入った背鰭、両腕の先に鈍く輝く爪を携えた群青の竜。
「貴様が居なければビクティニの発見は至難を極めていただろう。尤もそれは、貴様の御両親にも言えることだがね」
「九年前の……あの時の、仮面の男か……!」
彼はそれが愚問であるかのようにただ口許を歪めた。……間違いない、こいつは紛れも無く……九年前のあの日、オレの父さんと母さんが営む育て屋を襲撃した男……!
「……逃げろ、ビクティニ」
虚を突かれたように目を見開く親友に振り返り、再び叫ぶ。
「行けビクティニ! オレ達が時間を稼ぐ、早く逃げるんだ!」
焦燥を露に声を荒げる彼に拒否など出来るはずがなかった。ところどころに目立ちやすい赤の塗色を施されながらもビクティニはジュンヤを信じて頷き、高く飛翔する。
「今度は鬼ごっこかぁ、アハッ、遊ぶのが大好きなところは変わらないねービクティニ! いいよ、じゃあボクは鬼だね、おいでトゲキッス!」
レイは腰に装着された紅白の球を地面に弾き落とし、翼を翻したトゲキッスに跨がり追い掛けるように天へと舞い上がった。
だが仮面の男から、その隣の竜から放たれる殺気に射竦められて身動きが出来ない。彼方の空へと消えていく親友達に向けて出来るのは、ただ逃げられることを信じて見送ることだけだった……。
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藍鉄の巨兵が大顎を開け、満ち満ちた白銀の光沢は膨大な破滅の螺旋となって降り注ぐ。
「サーナイト……!」
「……ッ、世話の焼ける……フライゴン!」
ツルギが舌を鳴らしながら指示を飛ばす。白銀の波動に曝されたサヤの相棒、サーナイトを急降下したフライゴンが掴んで無造作に放り投げた。
地を抉り巻き起こる爆風に吹かれながらも翠緑の竜は高く飛翔し、眼下で一部の隙無く睥睨している鋼鉄の塊を一睨する。
「あ、ありがとう、ございます」
「フライゴン、ストーンエッジ!」
そうだ、むだぐちをたたいてるひまはない……いつもツルギはいってます。わたしはそうはおもいませんけど……がまんします。
「サーナイト、ムーンフォース……です!」
鋭く隆起する岩の剣、天から降り注ぐ月の光。上下の挟み撃ちにされてもメタグロスは冷静さを崩さない。
「無駄だ、メタグロスの装甲はまさに無敵、君達に彼を傷付けることなど叶わない。コメットパンチ」
メタグロスは一つの腕で容易に妖しく煌めく月光を受け止めて、突き上げる岩も腕を地面に叩き付けて衝撃波で粉砕し、己に突き立てられるより先に刃を折ってみせた。
「ラスターカノン」
更に左腕で放った白銀の波動でまずサーナイトを狙い撃ち、一瞬気を取られたフライゴンを右腕で放つ波動にて撃ち落とす。俊敏ではない彼女は腹部に直撃してしまい、慌てて回避に移った翠緑竜も左半身を穿たれてしまった。
サーナイトは起き上がれない程の痛みを負いながら敵を睨み、彼女を守りながら戦っていた為に疲労と傷の蓄積していたフライゴンは何とか立ち上がろうと膝をつく。だが、そんなことなど許されない。
「フライゴン、何をしている……立て!」
「……このときをまってました。サーナイト!」
うちから溢れる憤怒を、苛立ちを抑えきれずにツルギは叫び……しかしサヤは、瞼を伏せて静かに相棒の名を呟いた。
「さあ、終わらせようツルギ、サヤ。……ラスターカノン!」
鋼鉄兵が、大きく開かれた顎に白銀の波動を溜めていく。そして慈悲など与えられない、無情にも破滅の螺旋が二匹を呑み込む……そう、呑み込む筈だ。だが……何故かは分からないが技が放たれない。いや、何でもいい、生憎この好機を逃がす程俺は愚かではない。
「フライゴン! ドラゴンダイブ!!」
翠緑の竜は溢れんばかりの蒼き光をその身に纏い、暗雲蔓延る空へと舞い上がる。そして天上で軌跡を描く流星の如く、光の尾を棚引かせ標的目掛けて降り注ぐ。
メタグロスは両腕でそれを受け止めようとしたが……僅かに遅い。蒼く閃く光竜が鋭く激突し、勢いを抑え切れずに後退った。
「やりました……! かなしばり、せいこう……です!」
……そうか、サヤはポケモンと言葉を交わさずに指示を出す力を持っている。それで相手に気付かれないようかなしばりにかけることに成功したのだろう。
「……成る程、お前にしては上出来だ。畳み掛けろフライゴン!」
きっと今しかチャンスはありません、だから……ゆるしてください、あなたのためなんです、ツルギ。
「ツルギ、……ごめんなさい」
サヤがツルギの手を握り、また相棒であるサーナイトはフライゴンへと手を伸ばした。
「ほう、言葉も使わずに指示を……。どんな鐘も叩いてみなければその音色は分からない、とは言うが、君にこんな力が備わっていたとはな。だがその程度では私のメタグロスは倒せない、もう一度ラスターカノン!」
「サヤ、お前……何をするつもりだ、まさか……!」
「サーナイト、テレポート! ……です」
何事も無かったかのように体勢を立て直したメタグロスは力強く目を見開いて波動を発射するが、もう遅い。その技が届くより前に、二人と二匹の姿は消えてしまっていた。
****
「ヒヒダルマ、フレアドライブ!」
「ちっ、うぜえな。迎え撃てオンバーン、エアスラッシュ!」
己の火炎袋を熱く滾らせ、四肢に溜めた力を爆発させて跳躍する。猛く噴き上がる焔を纏い、己の持ちうる全力を以て突撃する彼にとって真空の刃など障害ですら無い。華麗に空を舞う黒き飛竜を穿ち、戦う力を失なったオンバーンはきりもみ回転で落下し地面に激突した。
「使えねえな……早く戻れ雑魚」
「……はぁ、はぁ。これで、残るは……」
舌を鳴らしポケモントレーナーとは思えない最低の態度でレンジはオンバーンをモンスターボールに戻す、それは先程もそうだった。だからこそ負けられない、と強く決意する。
残るポケモンはこれで互いに一匹。先程まではレンジが著しくリードしていたが、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い、ヒヒダルマが三体立て続けに倒すという破竹の快進撃を見せようやく開いていた差を詰めることが出来た。
「まあどうだっていいさ、どうせてめえはこれで終わりなんだからよお。……分かってんだろソウスケ、おれの最後の一匹が何か」
「ああ、恐らく……ボスゴドラ、だろう」
「御明察。脳ミソまで筋肉が詰まった馬鹿と思ってたが……意外にも記憶力があんじゃねえか、見直したぜ」
「ハハ、礼を……言うよ、レンジ。これ程……嬉しく、ないことも、そう無いからね」
「随分息が上がってるクセによく言うぜ、おれに無様に負ける前に倒れる、なんて勘弁してくれよ」
……レンジの言う通りだ、僕もヒヒダルマも既に連戦による疲労が露骨に見え始めている。だが僕らはまだ戦える、僕らの心は燃え尽きてはいない。だから……。
「行こうヒヒダルマ! 最後の一踏ん張りだ、気合いをいれよう!」
「ああ、助かるぜ、そうやって意気がってる相手を潰す方がおれも気持ちがいいからな。来いボスゴドラ!」
レンジが勝利を確信した顔で投げた紅白の球から現れたのは、……やはり巨大な鉄塊の怪獣。黒鉄の身体に白銀の甲冑を纏い、二本の鋭利な角が天を衝くてつヨロイポケモンボスゴドラが山をも震わす怒号を上げる。そして彼らは顔を見合わせ、不敵に笑った。
「宣言するぜ、おれのボスゴドラは次の一撃でてめえを倒す。けどよぉ、それじゃああまりに呆気なさすぎてつまんねえよなぁ」
「……何が言いたいのかな」
「だからよ……来いよソウスケ、ヒヒダルマ。 先に一発打たせてやる、てめえらの全身全霊を見せてみな!」
その言葉は一見酷く慢心した態度のように思えるが……恐らく何らかの意図があるに違いない。しかし、彼のボスゴドラの特性は確か“いしあたま”だ。
「……ああ、後悔する間も与えない、全力で行かせてもらう!」
だが彼にどんな意図があろうと、目の前に千載一遇の好機が転がっていることには変わりない。これまでずっとそうだった、僕らのやるべきことはただ一つ……己の持てる全てをぶつけるだけだ!
「ヒヒダルマ、はらだいこだぁっ!」
ヒヒダルマが暗く淀んだ空を仰いで、己を鼓舞する力強い戦律を腹の太鼓で奏でていく。力には代償が付き纏う、自身の生命力は意識の保てる寸前まで削られ……極限まで高揚した心体は、溢れる力を抑えきれずに叫びを上げる。
「いいぞ、おもしれえ、来いよ!」
「分かっているさヒヒダルマ、この一撃に……全てを賭ける! 決めろ! フレア……ドライブッ!」
全身から迸る爆炎が世界を橙に染めていく、雄々しくも美しき烈火を噴き上げ吼えるその勇姿はさながら太陽のごとく。炎の狒々は全身の筋肉を躍動させて大地を駆け、全てを灰塵と成す焔の槍は白銀の重装に深く、鋭く突き刺さった。
凄まじい爆轟が高く鳴動し、巻き起こる爆風が周囲を滅茶苦茶に吹き飛ばす。そして衝突を受けたボスゴドラは激しく火柱を上げながら十数メートル先まで飛ばされ、舞い上がった火煙によって視界が覆われてしまう。
「……これで、僕らの……勝ちだ……!」
ソウスケが息を荒くしながら呟いた。姿こそ見えないが勝利を確信していた、相棒が自身の限界まで力を振り絞って放った攻撃だったのだから。
「クク……やったやった、やりやがった! ハハ……そいつは、そいつはどうかなぁ!」
「なっ……!」
煙の先からレンジの声が聞こえてきた、それはどうやっても零れて来る可笑しさを必死に堪えているような余裕に満ち溢れた声であり、ボスゴドラが立っていなければそんな調子は出ないはずだ……!
「ああ、確かにとてつもねえ威力だ、すっげえー効いたぜ、一撃で超オーバーキルされてただろうよ。へははは……まあそれも、ボスゴドラが“きあいのタスキ”を持ってなければ、の話だがな!」
「……まずい、ヒヒダルマ!」
「耐えた、耐えた耐えたぜ、耐えた甲斐があるってもんだ! ああ痛々しいぜ、体が赤熱しちまってる。これだけの痛みなんだ、同等以上のダメージにして返してやらねえと気がすまねえ。だよなあ、ボスゴドラ!」
徐々に煙が晴れてきた、うっすらと見えるヒヒダルマの背中は力を使い果たしたのか見ていて痛々しい程に傷付き縮んでいて……。
「さあ、おれ達の味わった痛みを……とくとその身に刻みやがれぇ! メタル……バーストォッ!」
その技は、メタルバーストは負った傷を全て自身の力へと変換した上で更に己のそれを加えて解き放つ大技だ。そして、先程ボスゴドラが受けたのは……ヒヒダルマが、限界まで命を振り絞り放った……最強の、技……!
「……ノドカ、逃げるんだ! 早く!!」
眩く夥しい量の白銀光が所構わず放射状に撒き散らされ、直後……兵器と紛う程の、絶大にして極大なる破滅の光がヒヒダルマを、ソウスケを、……固唾を呑んで見守っていたノドカ達を襲った。
****
漆黒の空から雨粒が零れ落ちた。一粒、二粒……やがてそれは雨となり、忽ち甚だしいまでに勢いを強め、鋭く肌に突き刺さる、射られた矢のような豪雨へと激化を遂げる。
「……どうして」
隣で身を低くして構える相棒の角を握り締めその拳は、逆巻く怒濤の感情を映し出すかのように次第に力を増していく。
「どうして、育て屋を襲撃した……! どうしてオレの両親と、ポケモン達を……!」
あの日……全てが変わった。穏やかで幸せでかけがえのない日々が奴に奪われ……絶望という名の闇が、深く暗く影を落とした。
「我が理想の実現に、無限の力を持ちし幻……ビクティニの存在は不可欠。だが貴様の御両親は愚かにも私に楯突いたのだ」
「……それだけか」
「そうだ。だから殺した」
ずっと……ずっと、心の底に閉ざし続けて来た。ずっと心のどこかで願い続けて来た、ずっと必死に目を逸らし続けて来た。ずっとずっとずっとずっと、ずっと……! だが……!
「そんな……! そんな、そんな勝手な理由で……! お前は! お前は、父さんを! 母さんを! 預かっていたポケモン達を! みんなを!!」
「だとしたら何だと言うのだね。まさか貴様も、この私に楯突くとでも」
「オレは……!」
……永く心の奥底に封じ込められていた、漆黒に穢れし混濁が。燃え尽きることすら叶わずに燻り続けていた、暗く淀んだ感情が……。
「無為に命を散らせた、貴様の御両親のように」
「オレは……許さない……!」
自分から全てを奪った仮面の男に“出会ってしまった”ことで……必死に忘れようとしていた怨讐が、理性すら燃やし尽くす程の悽絶なる憎悪が……叫喚を上げて噴出する。
「オレは、絶対に赦さない……! 貴様だけは! ……何があっても!」
父さんと母さんは、ただ長閑にポケモン育て屋を営んでいただけなんだ。何の罪も無く、ポケモン達の為にと常日頃尽力をしながら幸せな日々を送っていた。そこには種の壁も心の壁も何もかもを越えて……人々の、ポケモン達の笑顔が輝いていた。……それを、この男は己のエゴの為だけに、それを奪い去った。
……オレは、許せない。数え切れない幸せを平然と踏み躙ったこの男を……絶対に、赦すことなど出来る筈が無い。
オレは……。
「……殺す」
殺す……!
「殺す、殺す……!」
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……!!
「貴様だけは……! この手で! オレ達の力で! ……ぶっ殺してやる! 行けえぇっ! ゴーゴートオォッ!!」
眼球が今にも飛び出さんという程に目がひん剥かれ、食い縛った歯をきしきしと軋めながら血管を浮かび上がらせて……平素の優しい彼と今の激情に駆られているジュンヤとは、あまりに乖離してしまっている。
とめどなく溢れる憤怒に身を委ね、原形すらとどめない程に酷く顔を歪めて発狂する主へ、ゴーゴートですらも困惑せざるを得なかった。それでも……やらなければならない、己が戦わなければ誰がジュンヤを守るというのだ。
「愚かな……ガブリアス」
黒く湾曲した角に光を纏わせ、男の隣に佇む青き竜……マッハポケモンのガブリアスへと襲い掛かる。だがガブリアスは技すら使わずに鰭で光剣を弾き返し、そのまま爪で袈裟斬りにした。
「貴様はあの育て屋夫妻の息子なのだからな、必ずや私とビクティニとの階になると確信していた。礼を言おう、少年よ」
「黙れ……っ!」
「故に……感謝を持って、貴様を御両親の元へと送ろう。りゅうのはどう」
瞬間龍を象った閃光の奔流が天空に舞い、ゴーゴートは主を守らんと光の盾を展開するが容易く砕かれ吹き飛ばされる。
「ゴーゴート……何やってるんだ! おい、何してるんだよ……! 立てよ! 早く! 早く立て!」
だが……光に全身を焼かれた彼は、前肢を必死に震わせ起き上がろうとしているものの叶わない。狼狽を露に叫ぶジュンヤに……先程相棒を襲った、蒼き光龍が降り注ぐ。
「……う、う……! うわああああああああああああ!!」
見上げた瞬間に全身は膨大な光に呑み込まれ、身体は地上を離れてしまう。
「無駄だ、貴様と私とではレベルが違うのだよ、文字通りな。貴様がいくら足掻こうと私に届くことは無い」
いいいいいたいたいた、痛い痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い……! なんで、なんでなんでどうして……!
仮面の男がただ侮蔑の眼差しでジュンヤを見下ろし……しかし彼は、それにも気付かずに混迷を極めた頭でただただ己に刻み込まれた……深い深い龍の爪痕に、悶え苦しむのみだった。
「……私だ。ああ、レイか、……ビクティニを捕まえたか。……良かろう、試すだけはしてやる」
彼が突然鳴った携帯電話を手に取ると、己の部下、レイからビクティニの捕獲を完了したとの報告が届いた。そうしてあらためてジュンヤを見下ろす。
「……我が力を省みれば、今ここで貴様を始末するのは実に容易いことだ。が、貴様はビクティニと親交を持っている。どうだね、貴様が我らに下り奴の操縦に協力するというのなら命は助けてやろう」
「ハッ……! ハッ……!」
仮面の男が何を言っているかは分からない、だが断片的に捉えられた単語からろくでもないことなのだとは察せられる。ふざけるな、そう怒鳴り付けようとしてみても、思ったようには言葉が出ない。乾き切った喉元を荒く通り抜ける空気の音が、虚しく滑稽に響くばかりだ。
恐怖に支配されて滲んでしまった視界の中に立つ仮面の男は、口角を歪に吊り上げ、徐に歩み寄ってきた。
「痛みと恐怖に、立つことすらままならないか……これでは、到底利用価値など見出だせないな」
ジュンヤの横腹が蹴り込まれ、顎を強く蹴り飛ばされる。
「さあ、幕を下ろそう、貴様らの死で。……ガブリアス、げきりん」
逃げないと、逃げないと、逃げないと……! だが、必死に動き出そうと全身に指令を飛ばしてみても四肢は激しく震えて動かせず、立ち上がることすらままならない。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! オレは死ぬわけにはいかないんだ……! オレは……オレは、オレは……! ……ぼくは……! たすけて、ノドカ……! ノドカ、ちゃん……!
……最後に一人の少女を頭に浮かべ、彼の意識は混濁の淵に沈んでいった。
「終わりになんてさせないよ、させてたまるか! カイリュー、りゅうせいぐん!」
その逆鱗を震わせ、歯向かう全てを殲滅せんと圧倒的な力をジュンヤに振り翳していた鮫竜は、突如天より降り注いだ隕石に思わず脚を止めた。
「……ほう、このりゅうせいぐんは」
オルビス団の企みを砕かんと現れたのは群青の髪に黒い外套、中世風の衣装に身を包む彼……現エイヘイ地方の頂点に立つ最強の男、その名をスタン。彼が従える竜は天を衝く角、全身をあらゆる攻撃を防ぐ鱗に覆われ、小さな翼に全てを粉砕する強靭な尾。破壊の神の化身、カイリュー。
「スタン・レナードにカイリュー……エイヘイ地方のチャンピオンとその相棒か、久しいな」
「ゴーゴート、早くジュンヤくんを連れて逃げるんだ!」
仮面の男は……まるで久方振りに郷愁に触れ、遠き日々を懐かしむかのように微笑を浮かべる。だがスタンはそんな素振りに目を向ける余裕など無く、ゴーゴートに向かって凹凸の突起をもつ黄金の塊を投げた。それは“げんきのかたまり”、瀕死のポケモンを回復する希少な道具だ。
ゴーゴートが、辛うじて立ち上がれる程度の僅かな気力を取り戻した。そして隣で倒れる主を、親友であるジュンヤを蔓で己の背に巻き付けると、篠突く雨に射られても、泥濘んだ地面に脚を滑らせても……ただ、ただただ、仮面の男から逃げ出す為に……走り続けた。