第46話 真向かう挑戦
オパールタウン、歓喜の街と呼ばれるこの街にもポケモンジムがある。そして橙の建物を見上げ息を呑む赤い帽子の彼、ジュンヤは今からそれに挑戦するところだ
「ジュンヤ、みんな、がんばってね!」
「おうえん、してます。……ツルギにも、見にきてほしかったです」
「早く僕らも挑戦したいな、体が疼いて仕方がないよ」
ノドカとスワンナ、サヤとキルリアはオレの顔を覗き込みながら期待を露に声援をくれた。それに帽子の上ではビクティニもオレの頭を叩きながら応援してくれている。……ソウスケはいつも通りだけど。
「ああ、ありがとうみんな。オレ達は必ず勝ってみせるよ」
腰に備えられたモンスターボールはそれぞれ思い思いにがたがた揺れて、中でも昨日ツルギに罵倒されたライチュウとゲンガー、二匹はいつも以上に張り切っているのが揺れの激しさからも伝わってきた。
「……さあ、行こう。六つ目のジムバッジも必ず手に入れてやる」
そしてもっともっと強くならなければならない。緊張で高鳴る鼓動を握り締めて、ジュンヤは一歩を踏み出した。
「オレはラルドタウンのジュンヤです、よろしくお願いします!」
白線が引かれ砂利の敷かれた広い空間。このバトルフィールドが今日ジュンヤ達とジムリーダーの戦う舞台となる。威勢良く挨拶をする彼に応えるように向かい側に立つ青年は振り返り、静かに呟いた。
「……来たわね、挑戦者」
白い長髪、丈長の黒コートの彼女は顔色が悪く体の線こそ細いものの、流石はジムリーダー、その身に纏った雰囲気からは確かな力強さを感じられる。
「私は……オパールタウンジムリーダーのラシヤ。じゃあ、やりましょう……」
ぼそぼそと聞き取ることも難しい程の声量で話を進めるジムリーダーラシヤに、ジュンヤは必死に耳を凝らし、……聞こえないところもあったが雰囲気でなんとなく察して言葉を返す。
「……は、はい、勿論です。オレ達はラシヤさんに勝ってみせます! 元々その為に来たんだ、負けるわけには……いきません!」
「言ってくれるわね。あんた達が私のポケモンを満足させられる程の腕ならいいのだけれど……」
そしてジュンヤとラシヤ、二人は睨み合ったまま腰に手を伸ばして紅白の球を掴み取った。
「行けっライチュウ!」
「来なさい、ユキメノコ」
電気を存分に蓄え、意気揚々と現れたのはライチュウだ。その体には余程電気が溜まっているのだろう、全身の毛を逆立て身を低くして構えている。
対するはユキメノコ。白を基調にした体色、腰には赤い帯が巻かれ妖艶な微笑を浮かべながら宙に漂っている。
「行くぞライチュウ、ボルテッカーだ!」
ライチュウが得意とするのは速攻だ、早速意気込み指示を飛ばす。彼も今なら行けると感じたのだろう、快諾して放電しながら駆け抜ける。
「そう簡単にいかないわ……れいとうビームで壁をつくりなさい」
今回は元々電気が十分過ぎる程に貯まっているからだろう、調子良く稲妻を全身から迸らせ標的目掛けて突進する。しかし相手もただ棒立ちで待ってくれるはずがない、伸ばした双腕から解き放たれた冷気の光線が大地を照らすと同時に高く氷柱が築き上げられる。
一度動揺し心が乱れてしまえば崩れるのは早い。ライチュウの放電は意気が衰え、氷柱こそ粉砕するもののそれで終わってしまう。
「シャドーボール」
そして氷を突き抜けた直後に待ち受けていたのは漆黒の洗礼だ、黒球に直撃してしまった彼は容易く吹き飛ばされる。
「まだだ、もう一度ボルテッカー!」
だがすぐさま体勢を立て直し、再び電気を纏い疾走。近寄らせんと連射される漆黒の弾丸をすり抜け駆けるが……やはり徐々に電気は弱くなっていく。
「……かみなりパンチだ!」
「れいとうビーム!」
ユキメノコの真下へと潜り込んだ瞬間に指示を切り替える、最早ボルテッカーに頼ることは難しいと判断したからだ。しかし突き出した右拳は冷気を浴びて凍り付いてしまう、左拳を放ったがそれも同様だ……それなら!
「アイアンテールはどうだ!」
尻尾の先端の稲妻模様を突き上げ相手の喉元を狙うがひらりと身を翻すことで回避され、次は尻尾を凍らされてしまう。
「……これでかみなりパンチとアイアンテールは封じた、ボルテッカーは恐らく成功しない。諦めなさい」
「……誰がっ! オレもライチュウも諦めません、必ず勝ちます!」
ジュンヤの言葉にライチュウも力いっぱい頷いた、そして再び身を低くして弾かれると懐に潜り込んで電気を蓄える。
「いけぇっ、その場でボルテッカーだ!」
電気を纏って走るのが難しいなら飛べばいい! そう考えて指示を飛ばすがやはり溜めが大きく、頭上の敵へと飛び掛かるが半身を切って避けられる。
「けど、まだだ!」
が、それだけで終わるつもりはない。一度避けて油断しているユキメノコへ向かって今度は落下の勢いを利用して、とうとう紫電弾ける弾丸が相手の腹へと深く突き刺さった。
「よし! 続けてボルテッカー!」
「させないわ、れいとうビーム!」
勢いに乗ってこのまま……そう喜んだのも束の間。思い切り蹴り付けて距離を取ろうとするライチュウへ冷気の光線が放たれ……避けられない、防ぐことも出来ない。為す術もなくそれを受けてしまったライチュウはみるみるうちに全身が凍結していく。
「終わりよ……シャドーボール!」
「はい、終わらせます。……ボルテッカー!」
双腕の先に集束していく漆黒の球体が発射された、対してライチュウは凍ってしまったまま動かない。だが……ライチュウもジュンヤも諦めてはいないようだ。
閉ざされた氷壁の奥では頬袋から火花が迸り、徐々に全体にヒビが走っていく。そして漆黒球が届く寸前、氷が爆ぜた。
解き放たれた電気鼠はそれまでの不満を晴らすかのように球を尻尾で弾き飛ばし、高く跳躍してユキメノコの頭上に迫る。
「行けぇっ!!」
「……ユキメノコ、みちづれよ!」
全身に稲妻を纏って降りかかる、その一撃は相手の全身を熱く焼き焦がし力強く地面へ叩き付け……最後にライチュウと影を繋ぐとその意識も燃え尽きたことだろう。
審判が倒れ臥したユキメノコに判断を下そうとしたが、同時にライチュウも、間一髪“みちづれ”が成功していたらしく……共倒れとなってしまった。
「ライチュウ、ユキメノコ、共に戦闘不能!」
二匹が相討ちに終わり、ジュンヤとラシヤは労ってモンスターボールに戻すと言葉を掛ける。
「ありがとうライチュウ、お疲れ様。ゆっくり休んで、またボルテッカーの練習を頑張ろうぜ」
……そう、これじゃあまだダメなんだ、理想の完成は程遠い。今回のボルテッカーはいつかの夢の中での戦いと同じでしっかりと使えないから誤魔化したに過ぎない。きっとこんな拙いやり方じゃあいつまでも通用はしないだろう、もっと頑張らなければ。
「……よし、次はお前だ! サイドン!」
「いでよ、ゴルーグ!」
現れたるは二足の鈍重、迎え撃つのは巨大な泥人形。ゴルーグ、ゴーレムポケモン。
酒樽のように太く立派な胴体、胸元には黄色のひび割れが走りその上には絆創膏の封印が施されている。逞しい腕と脚で力強く構えている。
観客席でソウスケが「すごい、まさしく古代の機械巨人だ……!」とはしゃいでノドカとサヤに引かれてるのは見なかったことにしよう。……オレも同じことを思ったしな。
「相手はじめんタイプも持っている……気を付けろサイドン!」
ジュンヤの注意にこくりと頷き、サイドンも同様に構える。
動き出すのはほぼ同時だった。二匹は土煙を巻き上げながら地を蹴り駆け抜け、お互いの拳を激突させる。
「サイドン、れいとうパンチ!」
「ゴルーグ、シャドーパンチ!」
冷気を纏った蒼白の拳と影を纏った漆黒の拳が幾度と強くぶつかり合い、しかし威力は拮抗、やがて引いたのはサイドンだ。
ゴルーグとその主ラシヤも用心深いようだ、あくまで深追いはせずに睨み付ける。だが……今はそれがありがたかった。
「力で駄目なら……速さで勝負だ! ロックカット!」
サイドンを取り巻くようにフィールドから砂煙が吹き上がり、ややもするとそれは晴れていく。そして現れたのは、砂に体を磨かれ空気抵抗を受けにくくなった彼の姿だ。
「れいとうパンチだサイドン!」
「速いっ……!」
先程までの鈍重さとは打って変わってサイドンは身軽に駆けるとゴルーグの背後に回り込む。そして拳を振り上げると、その背に強く叩き付け……。
「ゴルーグ、そらをとぶよ……!」
「えっ」
観客席でソウスケが素頓狂な声を出す。
れいとうパンチが命中する直前にゴルーグの脚が胴体へと収納される。そして腰からジェット噴射を放つと、忽ち高くへ飛び去ってしまった。
もちろんソウスケは大興奮だ、ノドカとサヤちゃんには同情するぜ。
「……流石はゴルーグだ、なんて感心してる場合じゃない。気を付けろよサイドン!」
すぐに動けるように腰を低くして備え……来た!
「引き付けて避けろサイドン!」
上空から凄まじい勢いで迫ってくるゴルーグ。目と鼻の先まで来たところでひときわ強く地を蹴って距離を取り、しかし相手は腕の先からもエネルギーを噴き出し水平飛行で迫って来た。
「シャドーパンチよ、ゴルーグ!」
「……っ、迎え撃てサイドン! れいとうパンチ!」
再び先程と同じ技の激突、しかしゴルーグの拳には加速という勢いが乗せられ威力を増している。始めはしのぎを削り合っていた二つの技も、やがてその均衡が崩れていく。
サイドンの腹部に力強い漆黒の拳が叩き込まれて、しかし流石は岩石の皮膚に包まれた巨体、大して怯まず拳を振り上げる。
「ゴルーグ……上空に逃げなさい……」
「追え、尻尾を使って高く跳ぶんだ!」
殴られてただで逃がすわけがない、やられたらやり返す。それがサイドンの流儀だ。
尻尾で勢い良く地面を叩き付け、その反動を使って跳躍する。ゴルーグは何より意表を突かれたのだろう、反応が間に合わずに振り上げられた氷結の拳を受けて地面に叩き付けられてしまう。
「追撃だ、もう一度れいとうパンチ!」
更にもう一発。大の字に倒れた相手に落下の勢いを乗せて力一杯両の拳で殴り付ける。
「終わりだ、れいとう」
「ゴルーグ、ソーラービーム!」
そして再三の攻勢に転じようとした瞬間、ゴルーグがサイドンの胸に両腕を突き出した。手のひらは体内に収まり、腕は二門の砲台のようになる。
剛腕の先には光が集い、極太の光線となって焼き付くした。強靭な皮膚をものともしない太陽の力、それは彼がもっとも苦手とする“くさタイプ”の“特殊攻撃”の大技だった。
「サイドン、戦闘不能!」
たったの一撃で意識を焼かれたようだ、派手な音を立てて倒れ、審判が下される。
「うふ、うふふ……決まったわ……ソーラービーム。この瞬間はたまらない……!」
「……ありがとうサイドン、よく頑張ったな、お疲れ様」
ジムリーダーのラシヤは不気味に笑っているが……恐らくあのゴルーグの持ち物は“パワフルハーブ”、本来チャージが必要な技を……ソーラービームを溜めずに瞬時に出すことが出来るというものだ。
防御力の高いサイドンに大して物理攻撃は効き目が薄い、恐らく三度目は誘われていたのだろう。一撃で倒されてしまってはせっかく持たせていた“じゃくてんほけん”も使えない、残念ではあるがしかたない。
「……最後はお前だ! 行くぞっ、ゲンガー!」
思考もそこそこに最後のモンスターボールを構える。
現れたのはゲンガーだ、宙でボールが開いた為にわたわたと焦りながらもかろうじて着地に成功し、眼前にそびえ立つ巨大人形へと畏怖を表す。
「大丈夫だゲンガー、サイドンが頑張ってくれたお陰で相手は満身創痍。お前の力を発揮できれば怖い相手じゃない!」
その激励で多少は勇気が出たようだ。しっかり大地を踏み締めゲンガーは対峙するゴルーグを睨み付ける。
「ゴルーグ、シャドーパンチ!」
「ゲンガー、シャドーボール! 頭を狙え!」
下半身を収納しジェット噴射で突撃してくるゴルーグ、対してゲンガーは怯えて歯を食い縛りながらも腕を突き出し、漆黒球を弾丸のように細く絞りながら発射する。
そう、いくら拳に威力がついていようと頭部が無防備なのは変わらない。
元々ゴルーグは効果抜群の攻撃を二発も受けていたのだ、見事なヘッドショットを受けるとゲンガーの真横を通り過ぎ、そのまま勢い余って地面を滑り続け壁に激突するとようやく止まった。
「だ、大丈夫だぞ〜ゲンガー……」
ゲンガーはその迫力に気圧されて瞳を隠すように顔に手を当て、恐る恐ると様子を伺っている。ジュンヤがそう言葉をかけてもやはり恐怖は拭えないらしく、
「ゴルーグ、戦闘不能!」
の声でようやく気を休めてくれた。どっと疲れが訪れたように肩を落とすが、まだ戦いは終わっていない。彼も分かっているらしく
「アンタ達、ふふ、や、やるじゃない……」
「オレとポケモン達だって伊達にバッジを集めてませんから!」
「でももう終わりよ、ぐふふふ……だってこの子が戦うんだもの……!」
その口振りから察するに、おそらく彼女の最後の一匹が最も信頼しているエースなのだろう。ならばなおさら……。
「負けられない! 行くぞゲンガー、必ず勝つ!」
「せいぜい足掻くがいいわ……! さあおいで、ヨノワール!」
ヨノワール……ゴーストタイプのポケモンの中でも屈指の能力を持つ恐ろしいポケモンだ。だからこそ勝たなければならない、同じタイプを持っている彼を勝たせてやりたい、勝って自信を付けさせたい。
「行くぞゲンガー、シャドーボール!」
早速攻撃を仕掛けるが相手は微動だにせず、漆黒球には顔を歪めるがそれでもと決して動こうとはしなかった。
「なんだ……?」
何か嫌な予感がする……そう思っている間にも相手の思惑をすぐに理解することになる。
「ヨノワール……ふふ、トリックルーム……!」
「しまっ……!」
ヨノワールが瞼を伏せて両手を掲げ、やがて力強く開眼すると……歪んでいく、空間が、周囲の……!
バトルフィールドを覆うように不可思議な空間は現出していき、やがて完全な長方形の結界となってゲンガーとヨノワールを包み込む。
やられた、ヨノワールは動かなかったのではなくトリックルームを使う為に力を溜めていて動けなかったのだ……!
「くっ、シャドーボールだ!」
ゲンガーは突然のことに怯みながらも意を決して技を放ち……しかし気付けばヨノワールに背後に回り込まれていた。
かろうじて反応するが間に合わない、強く振り抜かれた拳に背を打たれて盛大に吹き飛ばされた。
「トリックルーム、たしかオブシドシティでも……遅いのが速くなって速いのが遅くなるあれだよね?」
「ああ、ドータクンが使っていたね。あの時は耐久の高いシャワーズだから凌ぎ切れたが、ゲンガーは決して打たれ強くはない。ジュンヤ、君はどう攻略する……?」
「ジュンヤさん……かてるのでしょうか……」
観客席ではノドカとソウスケが緊張感を伴いながら話しており、サヤは不安げに戦いを見つめる。
ああ、たしかにこれを覆すのは難しい……けど、オレ達はそれでも勝たなければならない。
「ゲンガー、シャドーボール!」
「もう一度シャドーパンチよ……!」
だが打開の道は切り開けない、その技も空振りに終わってしまう。ゲンガーは為す術も無く殴り飛ばされ、先回りしたヨノワールに更に追撃を食らい完全にお手玉をされてしまっている。
そして上空に打ち上げ、思い切り組んだ両腕で撃ち落とすとゲンガーは痛々しい落下音とともに地面に叩き付けられた。
度重なる効果抜群の一撃に、とうとう耐えかねたのだろう。ゲンガーの隠し持っていたきあいのタスキ“はボロ切れのような状態で手放され、彼自身も起き上がる気配を見せない。
「ゲンガー……?」
まさか戦闘不能に……最初はそう思ったが違う。彼はきあいのタスキのおかげで耐え切った、だが……起き上がろうとはしない。
「な、なによ……」
ゲンガーは……怯えているのだ。為す術も無く一方的に殴り続けられ、ついに必死に思い留めていた恐怖が堪え切れずに噴き出してしまった。闘いの最中であるにも関わらずうつ伏せに頭を抱えて震え上がり、もはや闘う気力は残っていないだろう。
「……アンタ、どうすんのよこれ。そんな怯えられちゃあ私がやりにくいのよ……」
「……なあ、ゲンガー」
無様に震え上がる己を見て、主は……ジュンヤは何を思うか。酷く鼓動の速まる胸を押さえて、嫌な汗が噴き出すが……彼の言葉を聞きたくない、けど……聞かなければならない……。
「……ごめんな」
だが、ジュンヤの紡いだそれは自分の予想とは正反対のものであった。
「お前は臆病なのに無理をさせたよな、ゲンガー。オレのせいでお前にまで恥をかかせて……本当にごめん」
何を言っているんだ、そんなはずがない。むしろ恥をかかせたのはこうして震えている自分だろう……!
「……すみません、ラシヤさん。降参します。ゲンガー、今日はもう帰ろう。もっとバトルに慣れて……それから、ジム戦にも参加しよう」
そうしてジュンヤがモンスターボールに手をかけたところで……ゲンガーが右手を振り払って、まるで彼を制止するかのように、震えながらもおもむろに立ち上がってみせた。
「ゲンガー、お前……」
大丈夫なのか、心配して声をかけるとゲンガーは涙目で振り返り頷いてみせた。
「……全く、臆病なくせに無茶しやがって。悪いゲンガー、今の言葉は忘れてくれ」
「降参すんのか続けるのかはっきりしなさいよ……」
「もちろん、続けます! そしてラシヤさん、あなたに勝ちます!」
「言ってくれるじゃない……まだトリックルームは残ってる、ヨノワールの時間は続いているのにどう勝つって言うのかしら」
言うが早いか既にヨノワールは動き出していた。だが……先程の初動、そして連撃を省みるに恐らく……。
「後ろだゲンガー! 口の中にシャドーボールを叩き込め!」
ヨノワールは瞬間移動でもしたかのように一瞬で背後に現れた、しかしそんなことは読めている。
凝縮して弾丸のごとき鋭さ、威力を得た漆黒の弾を振り返ると同時に発射した。それは腹部を大きく裂いて開いた口を見事に穿ち、完全に不意を突かれたヨノワールは思わず動きを止めてしまう。
「決めろゲンガー! 最大パワーでシャドーボール!」
そして最後に特大のシャドーボールをぶつけると、ヨノワールはついに堪え切れずに吹き飛ばされた。そのままフィールドを覆うトリックルームに激突するとしばしよろけて、とうとう仰向けに倒れ込んだ……!
注意深く観察するが、起き上がる気配は微塵もない。
「……ヨノワール、戦闘不能! よって勝者……ラルドタウンのジュンヤ!」
「やった……やったぞ、ゲンガー!」
ヨノワールが倒れバトルが終わったことによりトリックルームも消滅する。感極まったジュンヤが駆け出しゲンガーに近付くと……。
「ゲンガー……?」
ゲンガーは固まったまま動かない。
「おーいゲンガー、ゲンガー」
そうしてしばらく呼び掛けることでようやく意識が帰って来たようだ。肩を跳ねさせながら返事をする。
「お前……本当にそういうところがあるなぁ」
ジュンヤの苦笑にゲンガーもはにかみ、そうしている間にジムリーダーのラシヤは歩み寄っていた。
「ゴーストタイプのジムリーダーがゴーストタイプに負けるなんて、すごい屈辱よ……!」
「い、いや、あれはラシヤさんが待ってくれなかったら……」
「うるさいわよ! これ……受け取りなさい!」
頭を掻くジュンヤに、つべこべ言うなと言わんばかりにラシヤは小さな金属の板を突き出した。
黒い球体に赤い眼が輝く、ゴースによく似た形のジムバッジ。
「これはガイストバッジ。私とポケモン達に勝った証のバッジよ……お、覚えてなさい……! 私にゴーストタイプで勝ったくせにポケモンリーグで無様に負けたら、恨むんだから……!」
「わ、分かりました……! ありがとうございます……けど、呪わないでくださいね」
「それはあんた次第よ」
「……はは、荷が重いなあ」
言いながらジュンヤはガイストバッジを受け取り、腰に備えた二つのモンスターボールを落としてライチュウとサイドンを再び外に出した。
「よし、みんな行くぞ!」
サイドンとライチュウはゲンガーの腕を二匹で掴んで、すでに用意を整えている。
「ガイストバッジ、入手したぜ!」
ジュンヤが妖しく輝くそのバッジを高く掲げると、同時にゲンガーもサイドンとライチュウによって高くへとあげられた。……ゲンガーが危うく泣きそうになってしまったので、これはしばらくお預けだな。
「きょうは……ありがとうございました、ジュンヤさん」
「いや、オレこそバトルを見てくれてありがとう。ちょっと恥ずかしいところも見えたけど……気にしないでくれ」
夕日が沈みかける橙の空、ポケモンジムの前でジュンヤとサヤは話していた。
「ううん、えっと……うまく言うえませんけど、ジュンヤさんもポケモンたちも、すごくがんばってました。それにトリックルームを使われてもかつなんて……ほんとうにすごいです。ツルギにも……みせてあげたかった、です」
「……あはは、みんな本当に頑張ってくれたからな。ところでサヤちゃんはどうするんだ、もう日が沈んじゃうけど……」
「はい、わたしは……つぎの町に向かいます。きっとツルギ……おこってます」
……どうやらサヤちゃんが語るには、ツルギに言わず無断でバトルを見に来てくれたらしい。ツルギの性格を考えるともう次の街に向かっているだろう、だから急いで追い付きたい、とのことだ。
「けど夜は危ないから、明日を待った方が……」
「だいじょうぶ、です。いざとなれば、キルリアのテレポートでにげられますから」
「……それは、そうかもだけど」
「そ、それじゃあもういきますね! 今日はほんとにありがとうございました! それじゃあ!」
「サヤちゃん! あー、行っちゃったー……」
……まあ確かにサヤちゃんにはポケモン達がついている、それに彼女だって立派な強いポケモントレーナーだ。きっと大丈夫だとは思うが……やはり心配だ。
次の街でも無事な彼女に会えるといいな……そんなことを思いながら、ジュンヤは幼なじみ二人とビクティニ、ポケモン達の待つポケモンセンターへと戻った。