ポケットモンスターインフィニティ



















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第六章 "あの日"の先に
第45話 抱える二人
 紫紺の幽霊と橙の電気鼠が向かい合う。緊張か、あるいは物怖じか……不安な面持ちの幽霊に対して、電気鼠は軽やかに跳ねながら主であるジュンヤより指示が下されるのを待っている。

「行くぞライチュウ、ボルテッカーだ! ゲンガーは引き付けてかわせ!」

 ポケモンセンターの裏手、公式戦を模して白線が引かれ砂利の敷かれた空間で二匹が構えた。電気鼠……ライチュウは全身から稲妻を迸らせ、確かめるように大地を踏み締めて脱兎の如く弾かれる。

  迎えるのは紫紺の幽霊、ゲンガー。おどおどと身を縮めながらも、目を逸らさないよう必死に歯を食い縛り恐怖に耐える。

「いいぞライチュウ! ゲンガーもその調子だ!」

 しかしそう簡単に物事は運ばれてくれないようだ。ライチュウは頬から溢れ出す電撃が次第に意気を衰えさせ始め、ゲンガーはゲンガーでとうとう堪え切れずに瞼を固く引き結んでしまった。
 ……最終的に、ボルテッカーはただの体当たりと成り下がり、ゲンガーは頭を抱えてみっともなく震えている。このままではとてもじゃないが戦えそうにない。

「……そううまくはいかないか。なあゲンガー、ライチュウもちょっと来てくれ」

 普段元気に満ち満ちた無邪気なライチュウも、流石に申し訳なさそうに俯きがちにこちらへ歩く。ゲンガーに至っては説教されるのではないか、と縮こまる始末だ。

「大丈夫さ、オレは別に怒ったりしないよ。誰だって最初から何でも出来るわけじゃないんだ、これからもどうして出来ないのか、なんでうまくいかないのか考えて一緒に頑張ろうライチュウ」

 ジュンヤがライチュウの頭を、罪悪感をほぐすためにあえて茶化すようにぐしゃぐしゃ撫でる。すると彼も元気を取り戻してくれたのか笑顔で主に飛び付いて、ざらざらとした舌で頬を舐めて毛繕いしてくれた。

「いたた、あははやめろよライチュウ! くすぐったいだろ!」

 しばらくそのまま舐めさせてやり、だがまだゲンガーへ話すことがある、とその寸胴なお腹を掴んで地面に下ろした。

「でさ、ゲンガー。……お前は臆病な性格だもんな、やっぱり……闘いは怖いんじゃないか。……オレはお前に無理強いをしたくない、もし本当はバトルをしたくないんなら言ってくれても……」

 そこまで言いかけたところでゲンガーは泣きながら足にすがりついてきた。ぶんぶん首を横に振ってジュンヤの言葉を否定し、“自分も一緒に闘いたい”その想いを伝えようと必死に訴えかけてくる。

「……そうか、分かったよゲンガー。オレの方こそごめんな、もうこんなことは言わないよ。これからも一緒に闘おうぜ」

 ゲンガーはその言葉で安心してくれたようだ、涙をぐしぐし拭い去り、未だ潤んだ瞳で健気に見上げてくる。

「……ゲンガー」
「ハ、随分美しい友情だな……馬鹿馬鹿しい」

 ジュンヤもそれに微笑みで返す。そこに嘲笑を伴い臙脂の上着を羽織った彼が……ツルギが現れた。

「……お前からしたら馬鹿馬鹿しくたって、オレ達からしたら大切なことなんだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」

「相変わらずお優しいな。碌に技も使えない恥晒しに対峙した相手から目を逸らす臆病者、そして綺麗事と壮語で構成された愚か者。見事に無能の集まりだ、そんな役立たず共を逃がさない辺り愉快な思考は変わらないようだな」

 ツルギの発言に、一度は元気を取り戻した二匹も図星を突かれたように固まってしまう。だがただ落ち込むだけの二匹ではない、自分を思ってくれるジュンヤへの侮辱が許せなかったらしく、ツルギに対して敵意を顕に吠え立てた。

「……なあツルギ、今の発言を撤回をしろよ。オレのことならいくらでも悪く言っていい、だけどライチュウもゲンガーも頑張ってるんだ、そんな二匹を一言で否定するのは……このオレが許さない!」

 しかしそんな二匹を制して、腹の中に沸々と煮えたぎる怒りを必死に噛み殺しながらジュンヤが語気を強めた。自分のポケモンを罵倒されて怒らない人間などいない、それでもここで衝動に任せたところで意味が無い、とその一心で理性を制御する。

「俺は事実を述べたまでだ、撤回する理由は無い。以前に言ったはずだ、結果を出せないポケモンに価値は無いと」

「そういうお前こそ強いポケモン強いポケモン、結果結果って……! 本当は自分が弱いのをポケモンのせいにして言い訳してるだけじゃないのか! お前からしたら弱いポケモンだって、信じ合えば強くなれるんだ!」

「成る程、俺が弱いだけ、か。その言葉は相当回りくどい自虐と捉えておこう」

「お前……!」

 ……だが、ツルギの言っていることは悔しいが理屈としては間違っていない。オレ達はツルギ達に一度も勝ったことはない、どころか以前もビブラーバ一匹を三匹がかりで辛うじて相討ちに持ち込めた、という程度には実力が離れている。

 ……それに何より、強いポケモンを従えるにはトレーナーにも相応の実力が求められる。あのビブラーバの力は正しくツルギ自身の強さにも直結するのだ。

「そして『信じ合って強くなった成果』とやらが以前のバトルだ。確かに運良く進化を果たした影響で辛うじて食い下がりこそしたが……結果は俺の勝利に終わったな」

「……分かったよツルギ、そこまで言うならオレとポケモンバトルだ! 今度こそお前に勝つ、勝って絶対お前にオレ達の力を、やり方を認めさせてやる!」

「良いだろう、俺も以前の結果には納得していないんでな。今度こそお前達を俺の“力”によって蹂躙してやろう!」

 ジュンヤはこれまで敵意を露に睨み続けていたゲンガーとライチュウをモンスターボールに戻し……。ジュンヤとツルギ、二人が互いによって漆黒に沸き立つ敵対心を瞳に宿して対峙したその瞬間、何者かが彼らの間に割って入った。

「……ふ、ふたりとも、やめてください!」

 濡れたヤミカラスの羽のように艶めく黒髪を振り乱し、現れたのは質素な純白のワンピースの少女サヤ。サヤはおどおどとした弱々しい声色ながらも、その語気の裏に確かな強い意志を秘めて言葉を続ける。

「ケンカは……よくないです! ふたりが怒るのもわかります、けど……やっぱりそういうのはかなしいです……」

「どけ、サヤ。俺の邪魔をするというのなら容赦はしないぞ」

「いやですっ……! ツルギは……すごくつよくてかっこいいです。ジュンヤさんも、ポケモンたちにやさしいすてきな人、です……。だから、つよくてやさしいふたりがケンカするのは見たくないんです……!」

「……妄言もここまで来ると不愉快を通り越して笑えるな。いいだろうサヤ、お前がそのつもりなら……」

 ツルギはサヤちゃんに対して冷めた視線を落として、腰に手を伸ばした。……オレはライチュウとゲンガーを、多くのポケモン達の想いと努力を踏みにじってきたツルギを許せない……! だけど……!

「……分かったよ、サヤちゃん。ツルギ、オレから言い出したのに悪いけど……やっぱりバトルはやめておくよ」

 ……だけど、オレ達の衝突を止めようとしてくれた彼女を傷付けさせるわけにはいかない。黒く渦巻く怒りを必死に堪え、ジュンヤは宿敵にそう告げた。

「サヤに感化されたか、或いは臆病風を吹かせたか……どちらにしても興醒めだな、腹立たしい」

 彼の勝負を止めるという言葉に、ツルギは眉をしかめて苛立ちに舌を打ち鳴らした。そして途端に踵を返して背を向けると、バトルコートを立ち去ろうとする。

「待ってくれツルギ。……このオパールタウンにはポケモンジムがある、勿論オレ達だって挑戦するつもりさ。だからオレ達のバトルを見ていってくれ、ライチュウもゲンガーも……オレのポケモン達は強いんだってことを見せないと、馬鹿にされたままじゃあ気が済まない!」

「ハ、そんなものが代案のつもりか……下らない。俺にとってはジムリーダー程度勝って当然だ、稚拙な児戯に付き合ってやる義理は無い」

「おい、待てよツルギ!」

 しかし彼の足が止まることは無かった。そのままこの場を立ち去って、残されたサヤは居心地悪そうに視線を逡巡させている。

「……えっと、その。ツルギが……すみません」

「……サヤちゃんが謝ることじゃないさ。それに、絶対見返してやろうってむしろやる気が出てきたよ」

 腰では六つのモンスターボールが思い思いに激しく揺れている。皆彼への怒りをバネに気合いを入れ直したみたいだ。

「あのっ、……わたしは、見にいきますからね! ジュンヤさんなら、きっと……かてます」

「はは、昨日オルビス団から助けてくれたこともそうだけど……本当にありがとうサヤちゃん」

 ジュンヤがサヤの頭を撫でると、彼女は最初こそ驚いて肩を跳ねさせたものの次第に受け入れて頬を綻ばせていく。

「……じゃあ、もういきます。ツルギがどこかにいっちゃったら、見つけるのたいへん、です」

「……待ってくれ。なあサヤちゃん、どうしてサヤちゃんみたいな優しい子がツルギと一緒にいるんだ。あいつはポケモンに対しても酷いことを言うし、サヤちゃんが思ってるみたいな優しい人じゃないんだ」

「……たしかにツルギは、きびしいです。でも、わたしのいのちのおんじん、なんです。それに……なんだか、なかよくなれそうって、思って……」

 そして「じ、じゃあさようなら! すみません、けんかをやめてくれて……ありがとう、ございました……!」と彼女も慌てて駆け出した。

「あ、ツルギにも昨日は助けてくれてありがとうって伝えてくれ!」

 サヤは不意を突かれたように目を丸くし、しかしややの逡巡の後にうなずいて、返事を最後に立ち去った。

 ……そう、オレ達はもっともっと……誰よりも強くならなければならないんだ。ツルギを見返すことも勿論そうだけど……次にレイと対峙したとして、今のオレ達にあいつらを止められる自信は無い。

 昨日、レイは明らかに手加減をしていた。本気でやろうと思えばオレ達を殺すことだって出来たはずなのにしなかった、『オレを絶対護る』とそう言って。レイは今でもオレのことを親友だと言ってくれた、そしてレイの相棒のゾロアークもそうだ、彼は悪の道を歩む主に対しても積極的に協力の姿勢を取っている。

 ……だからこそ、あいつの真意を聞き出し止めなければならない。心優しかったはずのレイ達が何故進んで悪事を働いているのかは分からない、けれど見逃すなんて出来るはずがない。エクレアちゃんや、多くのポケモントレーナーの為にも。

 大切な仲間を守る、ツルギ達に勝ってその非道な信条を見返す、レイを止める……目的は多いがありがたいことにやらなければならないことは決まっている。

 “強くなる”そうすればきっと、オレの決して譲れない心を守り抜くことが出来るはずなんだ。

「落ち着けビクティニ。怒るのはよく分かるよ、けど約束しただろ、むやみに姿を現さないって」

 先程までのツルギの振る舞いに親友も堪忍袋の尾が切れていたようだ、注意が解けてしまってその小柄な身体が露になってしまっている。

 彼は仮にも伝説のポケモンだ、下手に姿を現せば誰から狙われるか分かったもんじゃない。

「……なあビクティニ、お前も知りたいよな。レイとゾロアークはお前の親友でもあったんだから」

 あまり人の目に触れないようにジュンヤが壁になってビクティニを抱き締めると、彼は寂しそうに瞼を伏せてうつむきながら、頷いた。

「……安心してくれ、オレ達が必ずあいつらを連れ戻す。強くなって……必ず、大切なものを守ってみせる」

 ジュンヤは立ち上がり、腰に手を伸ばして構えた。彼の様子に違和感を覚えたビクティニであったが、しかし姿を隠さなければならない、と慌てて世界に身体を溶かした。



 ……あんなことがあった後でも、風は変わらず穏やかに吹いている。空は青く広がり太陽は爛々と輝いている。こんな眠くなってしまう穏やかな陽気の下、ノドカはスワンナとともに町外れの小高い丘で天を仰いでいた。

「……ねえ、スワンナ。私は、どうすればいいのかな」

 その言葉に白鳥は答えない、瞼を伏せて顔を逸らす。

「私ね、レイくんがオルビス団だって聞いてもそんなに驚かなかったの。ほんとは……なんとなく、そんな気がしてたから」

 かつて彼が行っていた、ジュンヤの記憶を書き換えようと言う目論み。旅の中で何度も起こる人々の記憶改竄。どちらもオーベムが関わっていて……友達を疑いたくはないけど、イヤな予感がどこかでしていた。でも、その現実にいざ直面すると……なにより、幼なじみのことが心配でたまらなくなった。

 ジュンヤは毅然と振る舞ってはいるけれど、内心は穏やかでは無いに違いない。彼のことだからきっと……『オレがレイを止めなければならない』なんて思っているだろう。

「だけど、レイくんのことがあるから……ジュンヤはますます一人で抱え込んじゃう。ほんとは私はジュンヤに戦ってほしくないのに、ジュンヤを止められない」

 幼なじみの先行きを案じるノドカに、スワンナはただ雄々しく翼を広げて返す。

「……そうだよね。私たちに今できるのは強くなるために鍛えることくらい。ジュンヤを止められないのなら、せめてジュンヤの助けになりたい。……がんばろっか!」

 ノドカは腰に手を伸ばして、一個のモンスターボールを放り投げた。

「出てきて、ランプラー!」

 そうだ、考えていてもしかたがない、というより……こんな悩みは今更なのだ。だからこれまで強くなろうとがんばってきた、それなら今は……これまでと同じように専念しよう。

 まずは新しく仲間に加わったばかりのこの子から! オーバーヒートをまだうまく制御出来ないみたいだから、そこから特訓を始めよう!

「行くよランプラー! まずは手始めだいもんじ!」

 ふんす、と意気込み調子を取り戻しランプラーへと指示を出し始めた主に対し、スワンナも安心したのか表情がふにゃりと緩んでしまっていた。

■筆者メッセージ
更新遅くなって非常に申し訳ございません……!まさか1ヶ月ぶりになるなんて!
せろん ( 2016/03/24(木) 09:12 )