ポケットモンスターインフィニティ



















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第六章 "あの日"の先に
第44話 分かれた袂
 あの城でオレ達が見たものに……錆びた巨大な金属の円筒に、真っ先に反応したのはビクティニだった。

 彼はその存在を知っていたらしくオレの話を聞いた瞬間に目を見開いたが、それ以上の反応は得られない。無理な追及はビクティニの心を傷付けてしまうかもしれない……彼との話しはそこでやめて、オレとノドカ、ソウスケの三人で密かに推測を進めた。

 そして出た結論はあの円筒こそがかつて戦争を終結に導いた伝説の兵器……追憶の洞に居た男の言う”終焉の枝“なのではないか、というものだ。

 といっても理由は貧相なもので、「戦争の後に建てられた城なら関係があってもおかしくはない」「そもそも僕らの乏しい知識ではそれくらいしか候補がない」「なんだか話だけならおっきな大砲みたいだもん!」などで……正直確信を持つには至らないどころか、酷く緩い理由ばかりだ。

 だが仮にあれが“終焉の枝”なるものだとするといくつか疑問が浮かび上がる。「ビクティニは何故その存在を知っていたのか」「シャワーズはあれに類似したものを見たことがあると言っていたが……あんなものをどこで見たのか」ということだ。

 そしてランプラーに尋ねたところ、彼女はオレ達があの円筒に近付こうとしたと思って攻撃を仕掛けて来たらしいが、あそこまで必死になっていたのはどういう理由だったのか。

 しかし考えたところで答えが出るはずなどない。不毛な議論が行き詰まり、やがていつのまにか話が変わって談笑に花を咲かせている間に彼らは新たな街へと辿り着いた。



 新たな街、オパールタウン。人々や牛車が活気付いて行き交い多くの商品が流通する、“歓喜の街”と呼ばれる煉瓦造りの美しい街。

 そんな謳い文句を体現するかのように立ち並んだ露店の店長達は威勢の良い声で客を呼び込み、また商品をうんうん唸りながら見比べる男性や必死に値切ろうと食い下がる女性など、見事に街の風情が肌で感じられる光景だ。

「すごーい! んー、甘くておいしそうな匂いがするよぉ!」

 うっとりと嬉しそうなノドカの言っている通り、どこからか虫歯になりそうな程に甘ったるいお菓子系の匂いが漂ってくる。またそれとは対照的に熱く焦げたチーズのような香りもしてきて、正直すごくお腹が空いてきてしまう。

「……とりあえず、どこかで昼食にしようぜ」

「えへへ、そうだね〜! ねえねえ、あとでスイーツ巡りしようよ〜!」

「……オレ達は別にいいけど、あんまり食べ過ぎるなよノドカ。後で体重計の前で泣きを見ることになるのはお前なんだからな」

「さ、さすがにそんなには食べません〜!」

「む……僕の記憶が正しければ、君は度々類似した発言の後に懲りずに嘆いていないかな」

「まあいつものことだよな。というわけで気を付けろよノドカ」

「う〜……。……はい、慎みます」

 ノドカはオレとソウスケの言葉に何か反論したそうにしていたが、何も言い返せなかったのだろう、暫しの沈黙の後に恥ずかしそうに頷いた。

 ……まあここだけの話、ノドカがお菓子を食べている姿がかわいくてつい注意するのをやめちゃうオレにも非があるんだけどな! でもこれはノドカには内緒だ。

「ん、どうしたライチュウ」

 突然モンスターボールの中から橙色の太ましいでんきネズミ、ライチュウが現れた。何かと思えば彼はノドカと同じようにくんくんと嗅覚を尖らせ、何かの匂いを嗅いで嬉しそうによだれを垂らしている。

「はいはい、後で食べに行くから今は戻ってような」

 今にもどこかへ駆け出しそうな彼の尻尾を掴んで止めて、無慈悲にボールの中へと戻す。……カプセルの中から恨みがましく見つめる視線が送られて来たが、面倒なので無視してその紅白球を腰に装着した。

「それにしても、この街は活気があっていいなあ」

 なんてジュンヤが呑気な感嘆を漏らしながら見回しているのとは対照的に、見知った少女が酷く切羽詰まり怯えた表情で前方から走ってきていた。

 ブロンドのツーサイドアップに黄色を基調としたキャミソール。快活そうな外見の彼女は……。

「エクレアちゃん!?」

 ジュンヤ達の声でようやく彼女はこちらの存在に気が付いたようだ。安心したのか深くため息を吐いて……それから必死にすがるような声色で叫んだ。

「お願いします……助けてください!」

 と。



 ……彼女の案内の元で街の郊外、今は誰にも使われていないような寂れた一角へと辿り着いた。
 薄暗く雑草や蔦などが廃墟を道路をと自由に生い茂り、多様な廃棄物が乱雑に投げ捨てられた場所だ。

 ……ここに来るまでにエクレアから聞けるだけのことは聞いた。どうやらあの活気付いていたオパールタウンも既にオルビス団による襲撃を受けていたらしく……しかしそれでも街の人々が平穏に生活を営んでいたのは“記憶の改竄”が行われていたかららしい。

 何故それが分かったか。彼女は道に迷った際に偶然オーベムによる記憶の改竄を行う光景を目撃したらしく、そして恐らくはそのトレーナーこそが以前エクレアの記憶を書き換えた人物。

 立ち向かうことも考えたが一人では以前の二の舞になると感じ、気付かれてしまった為に慌てて逃げ出し頼りになりそうな人物を探していたようだ。

「……あそこです」

 先導していたエクレアが酷く荒れた建築の角から開けた空間を覗き込み、確信したらしくジュンヤ達を振り返る。

「確かに、エクレアちゃんの言っていたことは本当みたいだな」

 とうとう建物も途切れ開けた野原となったそこでは、あまり頼りにならなそうな女性やそそっかしそうな女性などが明らかに不自然なほどに多くのモンスターボールを麻袋に詰めている。

 ……恐らくあれは人から奪ったポケモン達が閉じ込められているものだろう。

 そして今回も指揮を執る人物がいるようだ。後ろ姿しか見えず声もよく聞こえないが、黒いハンチングを被った小柄な人物が時たまポカをやらかす仲間に呆れながら何やら指示を出している。

 しかしジュンヤはその指揮者を見た瞬間、甚だしい不穏を孕んだ強烈な“疑惧”に……凄烈な勢いで、心臓が打ち鳴らされた。

 その人物は……乱れた白銀の髪に、自分達より……少し小柄な、体躯。……違う、嘘だ、そんなはずがない! だけど……!

「行こうジュンヤ、奴らに逃げられてしまう前に叩くんだ!」

 ソウスケの言葉にエクレアが追従し、続けてノドカも不安そうにしながらも頷く。どうやら三人は既に決意を済ませたようだ、後は……オレだけ。

「……ねえ、ジュンヤ。もしかして……」

「……それ以上は言うな。きっと大丈夫さノドカ、大丈夫なんだ……」

 ……そうだ、そんなはずがない、有り得るはずがない。あっちゃいけないんだ、オレの考え過ぎ、だよな……?

「……そう、だな。行こうみんな!」

 だって“あいつ”は言っていたじゃないか、『少しでも多くのものを護りたい』って。その為にも……悩んでる暇なんて無い。そうだったよな……? なあ、……レイ。

「……お前達はオルビス団だな、奪ったポケモンを返せ!」

「君達の狼藉を見逃すわけにはいかない、そこまでだ!」

「……私たちが、相手だよ!」

「あたしのラクライも含めて、奪ったポケモン達を返して下さい!」

「な、なんなのこの人達……!?」

 見栄を切って飛び出したジュンヤ達に彼女達は困惑を隠せないようだ、ざわざわと困惑を露にどよめきながらもモンスターボールを構えようとして……指揮者に止められた。

 指揮者の……男にしては高い、しかし女にしては低い中性的な声色に。

「ですが……!」

「ダメって言ったらダメ! ボクの為に張り切ってくれるのは嬉しいけど、ちょっとだけ待っててねみんなっ」

 そう言いながら彼は振り返った。……美人と言っても、差し支えのない。整った……端正な顔立ち。

 見覚えのある、白いシャツに……黒いズボン。そして……オルビス団共通の、黒いジャケットを羽織っている。

「……嘘、だよな? なあ、なんでだよ……?」

 ……そう、とても馴染みのあるその人物は……他の誰でもない、もう間違える筈がない。紛れもない……ジュンヤの抱いた疑惧の通りの人物だった。

「なんでお前がその服を着てるんだよ……!? 何かの間違いだろ!? なあ! レイ!」

 その指揮者はどう見てもジュンヤの親友……レイ。

 信じられない、信じたくない。受け入れ難い光景に言葉を失い、混沌とした感情が複雑に絡み合い……悲鳴をあげたくなるのを必死に堪えて、ジュンヤは叫んだ。

 ソウスケも流石に驚きを隠せないらしく絶句し、ノドカはただ悲しそうにうつむき、エクレアは恐怖を飲み込み睨み付ける。

 だが、レイは存外冷静だ。困ったように肩をすくめ黒いハンチングを軽く弾き、それからこれまでジュンヤ達が抱いていた彼の印象そのままに笑ってみせた。

「やあみんな、ひさしぶり! みんなが元気そうでうれしいなぁ!」

 ジュンヤ達の困惑など意にも介さずレイは無邪気に微笑み、続けて悪戯っぽく口角を吊り上げる。

「なんでこの団服を着てるかって……アハッ、やだなぁ! 聞かなくてもホントは分かってるクセに〜!」

 ……彼はあくまでにやけておちゃらけた雰囲気を崩さず、隠し立てをする気配もなくジャケットに描かれた輪を見せびらかしてきた。

「……何か理由があるんだよな、レイ? 優しいお前が自分からオルビス団に荷担するはずが……」

「……そうだよ、好きで人からポケモンを奪うはずがないじゃん! ボクだってホントならこんなことしたくないよ! だけどしかたないんだ……! だって、ボクは……ボクは……!」

「レイ……!」

 レイは悔しそうに俯いて固く拳を握り締め……肩を震わせながら悲痛を露に顔を歪める。

 ……良かった、やっぱりレイはレイのままなんだな! そうだ、やっぱりそんなはずがなかったんだ。レイは誰より優しいのに、自ら悪事を働くわけが……!

「ボクはオルビス団幹部が一人、レイなんだから! 仕事にはヤなことが付き物なんだしさ、やっぱりしかたないと割り切るのは大切だなって思ってるよ!」

「……ふざけるな! なんだよ……なんだよそれは!?」

 暗い顔を途端に笑顔に翻して放ったレイの言葉は……つまり、彼が完全にオルビス団に属しているのだということを如実に現していた。

「アハハ、いつかジュンヤくんにはオルビス団幹部って明かさなきゃいけなかったんだけど……まさかこうしてここで会うなんてね!」

「……なあ、答えてくれ。どうしてお前はオルビス団なんかに入ってるんだよ」

「なんでって、前に話したじゃん。まあ今のキミに理解出来るわけないけどさ、ほら『少しでも多くのものを護る為に』って……覚えてない?」

 その言葉を忘れるわけがない。その夢を聞いたからこそオレはレイを応援していた、昔と変わらない優しい彼のままだと思っていた。……指揮者がレイだと、信じたくなかった……!

「……ああ、覚えてるさ。だからこそ聞いたんだ! どういうことだよ、お前のやっていることはただの悪事じゃないか……! それがどう護ることに繋がるんだよ?!」

「はぁ……やだなぁ、ジュンヤくんには理解できないって言ったばっかでしょ。それよりアイクくんに殺されてなくて良かったよ、ボクもルークさんにアイクくんの襲撃を密告した甲斐があったってものだね!」

 ……そうか、そういうことだったんだな。ルークさんは数時間前に匿名で通報があったと言っていたが……事件が起こる前からの通報には疑問しかなかった。別れる前にレイの言っていた“オレ達を護る為の出来る限り”というのは……内部告発のことだったのか。

「ねえレイくん、教えてほしいな。どうしてあなたはシトリンシティで私たちがオルビス団を撃退するときに協力してくれたの?」

「ああ、あれ? あれはジュンヤくん達との時間をしたっぱ風情に邪魔されてムカついたからだよ! ホントにそれだけ、ボクだってあの人達と似たことしてるしね!」

 次々と暴露をしていく彼に対して……最早希望的観測など見出だせる筈がなかった。

「それとこの街が変わらず活気付いてるのは、分かってると思うけどボクがポケモンを貰う代わりになるべく幸せに過ごせるよう記憶を書き換えてあげたからさ! だってエドガーくんがいつもやってるみたいにただ記憶を封じるのもかわいそうだもん。ね、そこのキミ……エクレアちゃんだっけ? も体験したよね」

「……ふざけないで下さい、あたしはラクライの居ない偽物の幸せなんていりません! あなたの行いは間違っています、被害者の一人として許すわけにはいきません!」

「フフ、友情ってすばらしいよね! ボクもポケモン達が大好きだからキミが怒るのはよく分かるよー! ……ま、人からポケモンを奪うのもボクの仕事だし些細な犠牲は気にしてられないけどねっ」

 エクレアの糾弾も意に介さずに楽しげに語り続ける彼に……ジュンヤは決意した。

「ねえねえジュンヤくん、キミもオルビス団に入らない? 最初は辛いかもだけどそのうち慣れるよ!」

「……ふざけるなよ」

「あらら、交渉決裂かあ。まあトーゼンだよね」

 ……レイは紛れもなく人からポケモンを奪い続けて来た悪人だが、それでもオレにとっては大事な親友なんだ。だからこそ……最後に一つだけ、問い掛ける。

「……なあ、答えてくれレイ。お前とオレは親友、だよな」

「もちろん、キミがそう思ってくれてるかぎりはずっと! 安心して、何があってもボクはジュンヤくんのことだけは絶対に護ってみせるからね!」

「そうか、それを聞いて……改めて決意出来たよ」

 腰に両手を伸ばして、冷静にモンスターボールを掴み取る。そして力の限りで投擲し、紅白球が裂けて溢れ出した光から具現したのは彼の相棒。深緑の葉を首元に繁らせた山羊、ゴーゴート。

「行くぞゴーゴート、絶対にレイを止める。親友にこれ以上悪事を働かせるわけにはいかない……奪ったポケモン達は返してもらうぞ!」

「優しいねジュンヤくんは。だけどね、ボクにだって譲れない大事な目的があるんだ。行ってゾロアーク!」

 向かい合うレイも相棒を繰り出す。突き出た鼻に赤く縁取りされた鋭い目、暗紅の鬣を生やした黒く細身のゾロアーク。
 そしてジュンヤとレイが対峙したのを皮切りにソウスケやノドカ達、レイの部下達も続々と交戦を始めていく。

「ゴーゴート、リーフブレード!」

「ゾロアーク、シャドークロー!」

 ゴーゴートの湾曲した黒角に深緑の光が集い、鋭い剣を形成する。対するゾロアークの暗紅の爪には漆黒の粒子が集中し、鋭利な影を伸ばしていく。

 二つの刃が火花を散らし、二匹の視線が絡み合った。

 ゴーゴートは視線で疑問を投げ掛けた、「お前はこれでいいのか」と。しかしゾロアークは何も答えを返さない、ただ暫しの拮抗の後にどちらともなく距離を取る。

「まだまだ行くよ! ゾロアーク、シャドーボール!」

「……っ、エナジーボールだゴーゴート!」

 レイの果敢な攻めに、しかし心が晴れ切っていないせいか一瞬ジュンヤの反応が遅れてしまった。眼前まで迫る影の黒球にようやく深緑の光球で迎え撃ち、だがその時には既に頭上に漆黒の爪。

「シャドークロー!」

「まもるだっ!」

 展開された光の盾はその技を弾き返すがゾロアークはそれも予見していたらしい、爪を叩き付けた反動を利用して軽やかに後方に舞った。

「逃がすか、リーフブレード!」

「ムダムダ、ムダだよぉっ! みきり!」

 そう易々とは機を逃がさない、間を置かずに深緑の光刃を構えて跳躍、縦一閃切り払ってみせたがゾロアークはそれすら嘲笑うかのように身を翻し回避した。

 更に反撃と言わんばかりに爪に漆黒を纏わせゴーゴートの胸を切り付ける。

「まだだ! もう一度リーフブレードォッ!」

 ただやられるだけなんて堪らない、この戦いを負けるわけにはいかない。親友であるゾロアークと、その主の凶行を……止める為にも!

 胸を裂かれる痛みに苦痛で顔を歪めながらもゴーゴートはジュンヤの指示で身構え、光剣の一閃をお見舞いした。

「いたた〜、まいったね! やるなあジュンヤくん、思ったよりガッツあるよお!」

「ああ、オレ達はお前やツルギやみんなに……回りに鍛えられたからな。そういうお前は相変わらず余裕そうだな」

「エヘヘ、まあねー! ボクだって仮にもオルビス団幹部、そんなカンタンに倒せるなんて思っちゃダメだよ!」

 反撃に成功したとはいえ負ったダメージは安くない、胸に刻み付けられた爪痕が痛みに疼くゴーゴートに対し、ゾロアークは傷などあって無いかのように平然と振る舞っている。

 ……恐らく相手は寸前で体を反らしてダメージを最小限に抑えたのだろう、こちらの必死の反撃など意にも介さない余裕の態度がそれを物語っている。

「それでもやってやるさ、ポケモン達を取り返す為に。……お前の悪事を止める為に!」

「やだな、キミ達なんかに止められるわけないじゃん! だってボク達強いもん、ジュンヤくん達もよ〜くわかってるでしょ?」

「……ああ、だとしてもオレ達がやらなきゃならないんだ」

 ゴーゴートが追従するように頷いて、対峙する彼らを睨みつけた。その瞳には普段温厚な彼からは想像も出来ない、怒りと悲しみと使命感と……様々な感情がない交ぜされた複雑なともかく想いが込められている。

 ジュンヤとゴーゴートの返答に、しかしレイとゾロアークが見せたのは呆れとも苦笑とも取れる絶妙な調子で肩を竦める仕草。

「行くぞ、ゴーゴー……ト……」

 彼が指示を出そうとした、その声はしかしあるものに気付いてつっかえてしまった。遠くの空に、袋のような尻尾を抱えた白い鳥の羽ばたきが見える。

「あれは……デリバード」

 どうしてこんなところを一匹で飛んでいるんだ、いやそれより何故こっちに向かっているんだ。

「あ、デリバードだ! おーいこっちこっち、ボク達オルビス団はこ・こ・だ・よー!」

 デリバードに向かってレイがぴょこぴょこ跳ねて大きく手を振る、あちらもそれに気付いて笑顔で短い腕を振り返す。

「なあレイ、教えてくれ。あのデリバードは一体何者なんだ」

「えー……、ジュンヤくん、フツーそういうこと絶賛対峙中の相手に聞くかなあ。まあ親友のよしみで教えてあげるよ! 簡単に言ったら運び屋かなっ、奪ったモンスターボールを運ぶ、ね!」

「そうか、だったら……行けっヒノヤコマ! デリバードを追い返せ!」

「させないよ! 行ってブーバーン!」

 ジュンヤが新たにモンスターボールを投じたのを見てレイも投じた、“仕事用”であるハイパーボールではなくまさしく彼のポケモンが入ったモンスターボールを。

 その姿はいつかに見覚えがある、燃え盛る炎の紋様が走る太ましい身体に火の玉を射出する大筒の腕。そしてなにより……全身から迸る空気を歪ませる程の熱気、厚い唇を歪めて嗤う彼の背から溢れる威圧感。今度こそはまさしく本物だ……オレの感覚がそう告げていた。

「……っ、ヒノヤコマ! つばめがえし!」

 ヒノヤコマの黄色い翼が空を切る。超低空飛行による急接近からの翼の切り上げも、しかしブーバーンは意に介さず無言で敵へと腕を突き出す。

「……そんな不完全なはやてのつばさで。ブーバーン、10まんボルト。おっとゴーゴートには行かせないよ、ゾロアークよろしくぅ!」

「くっ……ヒノヤコマッ!?」

 “まもる”で電撃を防ごうとしたゴーゴートだったがゾロアークに立ち塞がれて間に合わなかった。束となった稲妻に背中を射抜かれてしまったヒノヤコマは、焦げ臭い匂いとともに一撃で地面に墜ちてしまう。

 そして気が付けばデリバードはすぐそこまで迫って来ている。

「……ブーバーンを無視してデリバードを狙え! つばめがえし!」

「え、させるわけないじゃん。ほらほらブーバーン、10まんボルトだよ!」

 それでも体内の火炎袋を燃やして立ち上がる、再び翼を広げて今度はデリバード目掛けて風を切るが……正確に放たれた電気によって再び射落とされてしまった。流石に二度も強烈な技を食らってしまえば、再起するのは難しい。ヒノヤコマはブーバーンの足元に落下して、その大きな足によって踏み潰されてしまう。

「ヒノヤコマ……!」

 足元で悲痛な声を挙げるヒノヤコマを尻目にとうとう到着したデリバードが、悠々と麻袋から己の尻尾へモンスターボールを移していく。

 このままでは……みすみすポケモンが奪われるのを見過ごしてしまうことになる。だがソウスケ達もレイの部下との相手が手一杯でそれを止められそうにない。

「ゴーゴート、リーフブレード!」

「デリバード、いつもおつかれ。ありがとね、帰ったらポフレあげるよ。ゾロアーク、シャドークローで防いでね」

 深緑の剣は漆黒の双爪によりやはり防がれてしまう、ならば……!

「……だったら、うおおおお!!」

 ゴーゴートとゾロアークが鍔迫り合いを続ける真横を、ジュンヤが勢い良く拳を握り締めて地を蹴り果敢に駆け出した。

 狙いはただ一つ、ブーバーンだ!

「バカじゃないのジュンヤくん、死にたいの?」

 答えている暇なんて今の彼には無い。指示が無い為に立ち尽くすブーバーンに向かって一直線に駆け抜けて、その足を思いきり掴んでヒノヤコマを救い出す為に力の限りで持ち上げる。

 しかし余程強い力を足に乗せているのかビクともしない、それでもなんとか救い出そうと奮闘していたが……ついにブーバーンに勢い良く薙いだ腕で殴られてしまう。しかしこの手を離したりはしない……ヒノヤコマを助けるまでは絶対に!

「あーもう、うざいよジュンヤくん! 早くあきらめなよ!」

「ふざけるなよ……! ここで諦めたら……あの日と同じだ! 目の前で大切なものが奪われて……自分達だけ逃げ延びるなんて、もう嫌なんだよ! ぐあっ……!!」

 レイの苛立ちに呼応するかのように今度はブーバーンに強く頭を殴り付けられた、それでも決して手を離さない、離すわけにはいかない……!

 とうとうモンスターボールをまとめ終わったようだ、どれだけの球が入っているのか酷く膨らんだ尻尾を小脇に抱えてデリバードはついに羽ばたき始めた。

「だからオレは……諦めないぞ……! ポケモン達を、救うまで……!」

「ハイハイわかったわかった、そんなの知らないよ。やっちゃってブーバーン」

 それはこれまでで一番鋭い一撃だった。掬い上げるようなアッパーカットは的確にジュンヤの顎を捉え……ついに、ブーバーンの脚を掴む手を離してしまい、殴り飛ばされてしまう。

 ついにデリバードが飛び立った、余程重たいのだろう、必死に腕をばたつかせている。

「……ヒノヤコマ、頼む。必ず……デリバードを……」

 その言葉は、確かにヒノヤコマの耳にも届いたようだ。

 ヒノヤコマは未だブーバーンに踏まれ続けながらも、殴られて倒れてしまったジュンヤの姿を見る。
 自分の為に、見知らぬ誰かを助ける為にジュンヤは……主は必死に頑張ってくれた。なのに自分は何も出来ずに踏まれているだけで……そんなの悔しすぎる! ジュンヤの頑張りを無駄にしないためにも……自分がやらなければならないのだ!

「ん、なに?」

 足元で突然激しくばたつき始めたヒノヤコマに対してブーバーンは不快を露に眉間に皺寄せ、体重を更に乗せて圧迫する力を強めていく。

 それでもヒノヤコマは諦めない、必死にじたばたと暴れているうちに……全身が、蒼白の光に包まれ始めた。

「ヒノヤ……コマ……」

 ジュンヤが朦朧とする頭を必死に持ち上げ、その姿を見る。

 ヒノヤコマの影は光の中で徐々に逞しく、力強く膨らんでいく。そして光が晴れると同時に赤い斑点がまばらに散らばる灰色の翼を広げ、自慢の脚力で無理矢理にブーバーンの足を押し退け大空高くに飛翔してみせた。

「進化、したん……だな……! ファイアローに……!」

 新たに現れたその容貌は深紅の翼を羽ばたかせ……次の瞬間には、ファイアローの全体重を乗せた一撃がデリバードを貫いていた。

 その速さ、まさに疾風の如く。耐え切れず体勢を崩したデリバードはそのまま地面に落下し顔から激突、小脇に抱えていた尾を離してしまい、辺りにモンスターボールが散らばっていく。

「へぇー、今のはブレイブバード! やるじゃんファイアロー、はやてのつばさが完成したんだね! でもムダさ、やっちゃえブーバーン! 10まん……!」

「フライゴン、ドラゴンダイブ!」

 それまであまりの速さに呆気に取られていたブーバーンも、レイの一言で我に返り大筒の腕を突き出した。しかし突然頭上から現れた、群青の目映い光をその身に纏った一匹の竜の突撃により吹き飛ばされてしまう。

 その竜の名はフライゴン。菱形の翼を備えた黄緑色、長く逞しい尾で眼は紅いレンズによって保護されている。

 フライゴンの登場に遅れて空から少女を抱えて臙脂のトレーナーを羽織った少年が降りてきた。

「お前は……ツルギ……」

「ギャラドス、雑魚共を焼き払え。フライゴン、ブーバーンにストーンエッジだ!」

「きゃーっ! 助けてレイ様ーっ!」

「ああっ、みんな!」

 空からギャラドスが火炎を吐いてソウスケ達の戦っていたオルビス団員達を一掃する。そしてフライゴンは思い切り地面を殴って大地の牙を隆起させ、先程飛ばされたブーバーンに向かって追い打ちをかける。

「キルリア、サイコキネシスで……モンスターボールをあつめて、ください!」

 ツルギの隣で濡羽烏の長髪の少女が、キルリアに向かって指示を出して散らばった紅白球を回収していく。打ち合わせをしているかのように見事な手際に、思わずジュンヤも我が目を疑う。

「あなたはサヤちゃん!」

「おひさしぶり……です、ノドカさん」

 ツルギとともに居たのは以前出会った幼い少女、サヤ。

「ツルギ……どうして、ここに……」

 ジュンヤもようやく頭が冴えてきた、よろめきながらもノドカの肩を借りて立ち上がり、ツルギに対して疑問を投げ掛ける。

「オルビス団の気配がした、ただそれだけのこと」

「ツルギ、すごいんです。リングマやピクシーの力をかしてもらって……すぐにここをつきとめた、です」

「成る程、流石はツルギだね。ポケモン達への最悪な態度はともかく冷静で的確な判断、僕は素直に敬意を評するよ」

 相変わらず一言多いソウスケの誉め言葉を無視して、ツルギはレイのことを激しく燃え盛る瞳で睨み付ける。

「貴様はオルビス団幹部レイか、丁度いい、今ここで叩き潰してやる」

「アハッ、こわいなあ! でもごめんね、ボクもう戦う気はないんだ! だってかわいい部下がこれ以上傷つくなんて……いやだもん!」

「レイ様、私達の為にありがとうございます〜……!」

 レイの部下の女性達はすがるように彼にまとわりつき、レイも困ったように笑みを浮かべながらもそれを受け入れる。

「そう易々と逃げられると思っているのか」

「うん! ありがとねみんな、今日は楽しかったよ! ジュンヤくん、キミのことはボクが絶対に守るからね!」

 言いながらレイはブーバーンをモンスターボールに戻して代わりにハイパーボールを構え、同時にゾロアークもゴーゴートと未だに繰り広げていた剣戟を中断して彼の足元へと舞い戻る。

「この街のみんなの記憶は戻すから安心してね! それじゃあバイバイ、ゾロアーク、ナイトバースト!」

「ま、待ってください!? あたしの……あたしのラクライは……!」

 エクレアの言葉を待たずにゾロアークが地面に両手を叩き付け、辺りに暗黒の衝撃波と極彩色の光が撒き散らされる。

 しばらくして、その二つが晴れると……レイ達オルビス団とデリバードの姿は、まるで最初から何も無かったかのように消え失せてしまっていた。

「……オーベムのテレポートか、鬱陶しい奴だ」

 それだけ吐き捨てるとツルギはギャラドスとフライゴンをモンスターボールに戻して、歩き始めた。

「なあツルギ! ……助かったよ、ありがとな」

 ジュンヤの言葉にも彼は何も返さない、そのまま薄暗い街中へと消えていってしまう。

「あ、あの、その……ツルギがすみません。モンスターボールはわたしが……もちぬしにかえします。あの、……ありがとうございました!」

 そしてサイコキネシスでモンスターボールを持ち続けるキルリアを抱えて、サヤはペコリと頭を下げてから慌ててツルギのことを追い掛けていってしまった。

「……オレ達も帰ろうか、エクレアちゃん」

「大丈夫です、ジュンヤさん! 私……落ち込んでませんから! さ、先にポケモンセンターに戻ってますね! それじゃあ!」

「あ……」

 そうしてエクレアもさっさと走っていってしまった。

「……じゃあ、帰ろうか。ありがとなゴーゴート、ファイアロー。……お前達のおかげで、ポケモン達を救えた」

 ジュンヤの言葉に、ファイアローは照れた顔を必死に隠しながら冷静を装い頷いてみせる。ゴーゴートも、レイとゾロアークのことを引き摺りながらも今は守れたことの喜びを噛み締めている。

 ……そうだ、今はこれでいいんだ。レイ達の真意は……未だ分からない。どうして優しいレイがオルビス団に入っているのか……考え始めればキリがない。だから今だけは、目の前のポケモン達を救えたのだから良しとする。彼らのことで悩むのはポケモン達を回復させて自分も頭を休めてからだ。

 心配そうに顔を覗き込んでくるビクティニにジュンヤは精一杯の笑顔を返して、彼らもポケモンセンターへ向かって歩き始めた。

■筆者メッセージ
案の定オルビス団だったレイ。すごく怪しかったですよね、彼。33話はツルギとの対決、44話はレイとの対決。偶然ですがなんだか綺麗だなって思いました
せろん ( 2016/02/23(火) 04:47 )