ポケットモンスターインフィニティ

















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第六章 "あの日"の先に
第40話 第二の故郷を前に
 瑞々しく全身に生命力を漲らせ、深緑を存分に茂らせながら力強く林立する木々。髪を柔く弄ぶ爽やかな萌木色の風は鼻に夏の匂いを運び込みながらどこか遠くへ吹き抜けていく。
 アラゴタウンを抜けて212番道路。夏らしい爽やかな様相を呈するこの道路を、しかし彼女は一つの懸念を胸に抱きながら相棒と幼なじみとともに歩き続けていた。

「どうだサイドン、歩くのには慣れたか」

 ジュンヤの隣でどすどす重厚な音を立てながら歩く一匹の巨獣は、意地を張るように頬を膨らませながら彼の言葉に頷いた。
 つい昨日の出来事だ。サイホーンがサイドンへと進化を果たし、しかし体型の変化にすぐさま適応することが出来なかった為に彼は今こうして歩く訓練をしているのだ。

「大分様になってきたようだね、良かったじゃないかジュンヤ、サイドン。急な変化は得てして戸惑いを生むものだが……君達には余計な心配だね、応援しているよ」
「はは、そこまで信頼してくれてるのは素直に嬉しいよ。ソウスケもヒヒダルマもありがとな、きっと次のバトルまでには慣れてくれるさ」

 ジュンヤは平素の態度と変わらず振る舞っている、だけど彼が一人で悩みを抱え込むタイプなのは誰より私がよく分かっている。
 ……だって、この道路を抜けてたどり着く次の街の名前は。

「なあ、聞いてるのかノドカ? っはは、相変わらずぼーっとしてるなあ、しっかりしろよ。オレが言ってたのは」
「……ねえ、ジュンヤ! 次の街がどこか……分かってるよね?」
「ああ、知ってるよ。ラピスタウンだろ?」

 そう、212番道路を抜ければ次の街はラピスタウン。昔ジュンヤの両親が育て屋を営んでいた街であり……彼が目の前で全てを奪われ、今の性格を形成する原因となった絶望の記憶の残る街だ。
 だというのに彼は存外平然と笑っている、その様相に……ノドカは拍子抜けすると同時に思いがけずに胸が空いてしまった。

「安心してくれノドカ、確かに『あの日』のことは今でも思い出したら辛いけど……。でも、ラピスタウンが嫌いになんてなるわけないだろ。オレと父さんや母さん、レイ達との想い出が残る街なんだからさ」
「……そっかあ、そうだよね。えへへ、ごめんね、ジュンヤの大事な想い出の街だもんね!」

 そうだ、ジュンヤの言う通りだ。あんな出来事があったとしても家族や親友達との想い出が消えるわけではない、幼い頃に両親を亡くしたジュンヤならそれは尚更だ。
 彼の笑顔にノドカは自分を恥じた、と同時に、ジュンヤがしっかり前へと進めていることに……失礼ながら親心にも似た安堵を抱いてしまった。

「はは、ありがとなノドカ、オレ達のことを心配してくれて」
「……ううん、ジュンヤ達がだいじょうぶならホントに良かったよぉ!」
「……ところでジュンヤ、君の育て屋での思い出を良ければ聞かせてくれないかな」

 二人の話に興味を示し、割って入ってきたのはソウスケだ。ポケモンのことが大好きな彼のことだ、育て屋での話を通して更に理解が深められると感じたのだろう、期待を露に返答を待っている。

「……そうだな。お昼ご飯を食べながらにしようか」
「流石ジュンヤ! そうだね、ついでにレイ、彼との出会いも聞いていいかな」
「いいぜ、別に隠すもんでもないからな」

 言いながら彼は背負っていたリュックを下ろして、中からレジャーシートを取り出した。



「さあ、しっかり食べてくれよ! サイドン、なかなか器用に手を使えてるぞ、結構慣れてきたみたいだな」
「わわっ、ラッキー、タマゴがおいしいのは分かるけどちゃんとポケモンフーズも食べなきゃダメだよ〜!」
「ふむ、やはりヒヒダルマになってからは随分一口が大きくなっているね。参ったな、今の君と早食い対決をしたら果たして勝てるのかどうか……」

 各々自分のポケモン達に昼食を用意して、それからレジャーシートに座って自分達の昼食を取り出し始めた。
 ノドカの取り出したバスケットに入っているのはサンドイッチ。具材はジュンヤの喜ぶタマゴに始まり野菜や果物などが様々だ。

「よし、いただきまーす!」
「おいおいジュンヤ、君の想い出話しを忘れないでくれよ」
「……わ、分かってるよソウスケ。じゃあまずはレイとの話しからだな」



 ……出会いは十年前のことだった。その年もオレとメェークルは夏期に訪れる恒例の長期休暇"夏休み"を利用して父さんと母さんが育て屋を営む"ラピスタウン"へと赴いていた。

『あ〜っ、待ってよーデデンネ! ピカチュウも行っちゃダメー!』

 それはオレが育て屋の手伝いを始めたばかりの頃のことだった。旅をしている人のポケモンを預かったんだけど、ちょうどオレとメェークルに歳も近いからとオレ達が世話役に大抜擢されたんだ。
 嬉しかったよ、ご飯をあげるだけじゃなくて一緒に遊んだり毛繕いとか身の回りの世話を出来るのは初めてだったんだなから。
 だけど、やっぱりまだオレ達だけじゃあ失敗ばかりで……その日も二匹に逃げられて、必死に追い掛けていたんだ。

『はぁ……っ、はぁ……っ。……もーっ! 待ってってばー!』

 なんて言っても必死になるオレを嘲笑うみたいにするりするりとすり抜けて、とうとう柵の外まで行っちゃったんだ。
 だけどそれでも追い掛けていると、突然二匹の動きが止まった。

『よぉし、ピカチュウとデデンネほかくかんりょー! ……だけど、どうしていきなり止まったのかな?』
『この子たちには目の前におっきな壁が見えてたんだよ! ボクのアイボーののーりょく"げんえい"でね!』

 柔らかな黒髪が風に舞った。オレとメェークルが顔を上げると、しっとりとした黒髪に可愛らしい顔立ちの少年とゾロアが目の前に立っていたんだ。



「それが、オレ達とレイ達の出会いだったんだ」
「……あれ? でもレイ君って銀髪だったよね」
「そうなんだよな。昔は黒髪だったのにどうしたんだろう、お洒落で髪を染めたのかな」

 そういえば以前理由を聞いたらはぐらかされてしまったな、結局どうしてレイが髪の色を変えたか分からずじまいで……。

「まあいいか。それからオレとレイは仲良くなって、メェークルとゾロアも仲良くなって、一緒にポケモン達の世話をしながら夏休みが終わるまで遊んだんだ」
「フム……君達の間にそんな出来事が。大事な友達だったんだね、再会出来て本当に良かったじゃないか」
「ああ、レイとゾロアが元気そうで嬉しかったよ。一緒に旅を出来ないのは残念だけど……あいつにも夢があるんだ、しかたないよな」

 レイの夢、全てのポケモンを捕獲だなんて馬鹿げてるけど、きっとオレ達の目指す最強のポケモントレーナーだって相当に馬鹿げているだろう。
 目指すものは違うけれどどちらも目的は"まもる為"であり……だからこそ、オレ達にはレイの夢を手伝えないけど応援したいと思っている。

「……レイ、今はどうしてるのかなあ」
「ところでジュンヤ、次は育て屋の話を聞いてもいいかな」
「お前なあ、人がせっかく感傷に浸ってるっていうのに。……まあいいか、それじゃあ次は食後のおやつをあげてからだな」
「はいはい、バッチリつくってますよ〜!」

 ノドカが出したバスケットに入っていたのは今日はポフレだ。ふわりと柔らかなホイップクリームや柑橘系、イチゴなどのトッピングが為されており、自分で食べたくなるくらいに美味しそうな甘い香りが漂ってくる。
 お腹の虫が自己主張してくるのを抑えて振り返ると、手にしていたポフレが突然消えた。

「ああ、ライチュウお前! それはゲンガーのだぞ!」
「こらワシボン、何をやっているんだ! コジョフーに渡すんだ!」
「うふふ、ポフレはまだたくさんあるんだから、そんなに焦らなくても大丈夫よ〜」

 我先にと飛び出してきた二匹をノドカが宥める。二匹もそれを聞いて安心したのかちゃっかり一口かじってからそれぞれの主にポフレを返した。

「……お前なあ」

 思わず呆れが先行してしまう、どれだけ貪欲なんだよ……と。とりあえず他のポケモンのものを食べないように、逆にこちらも食べさせないようにしっかり注意をしてからみんなにポフレを配った。

「よし、じゃあ育て屋での話だよな。そうだな、まずはあの……思い出すだけで耳が痛くなる『ドゴームいびき事件』からだな……」



 ベルトにはしっかり六つのモンスターボールが装着されている、靴紐をしっかりと結び直してリュックを背負い、陽気と食事の満足感から来る眠気に欠伸をこぼしながらもジュンヤは立ち上がった。

「よし、みんな準備は大丈夫か?」

 隣のゴーゴートの角を握って出発を伝え、それから振り返って二人と二匹を見る。

「私たちならバッチリ! だよ!」

 ノドカに共鳴するように相棒のスワンナも翼を大きく広げた。どうやら彼女達は準備も元気も万端らしい。

「僕らも問題ないさ、なんならラピスタウンまで走るかい?」

 軽いフットワークで跳ねるのはソウスケだ、しかし負けじとヒヒダルマもその場でステップを踏んでお互い対抗意識を露骨に表している。

「はは、相変わらずだなソウスケとヒヒダルマは。それじゃあ行こう、ラピスタウンに!」

 ラピスタウン、オレの第二の故郷でありオレと父さんや母さん、レイ達との想い出が残る街。そして……"あいつ"との大事な想い出だって残っている。もうずっと会わず終いになってしまっている彼だが……もし無事ならばどこかで元気に過ごしているはずだ。この旅で会えると良いんだけどな……。

「……ジュンヤ」

 帽子のつばを下げて、二人には見えないように遠い目をして感傷に浸る彼をノドカは見逃さなかった。


せろん ( 2016/01/04(月) 13:51 )