番外話 邂逅、二つの最強
初めて出場した、故郷コウジン地方のポケモンリーグ。僕は激闘の末、ついに優勝を掴み取ることが出来た。
けど僕達の旅はまだ終わらない。僕達の旅は、新しく始まったばかりだ。
僕はヨウタ。コウジン地方のヒガキタウン出身で、幼なじみのアカリ、妹のルミ、旅に出たばかりの頃に出会ったヒロヤさんと今も旅をしている。
次の目的地はお隣の地方、トウシン地方だ。ヒロヤさんは一度行ったことがあるみたいだけど、案内をしてくれるらしい。
僕達は今、コウジン地方とトウシン地方のちょうど境目が見える位置に来ている。
「見えてきた」
二つの地方を繋ぐ境目。そこには看板が立てられている。
そしてその奥には洞窟。トウシン地方の人達は、洞窟と段差により一方通行となった道路、ここまで来るのに道が二つあるらしい。
「……ん?」
ヨウタ達が看板に近づいた、その時だ。
向こうの洞窟から三人の少年少女が現れた。
「誰かいるよ、アカリ」
「うん、私達とあまり歳は変わらなそうだね」
向こうはまだこちらに気づいていないらしい、三人で楽しそうに話している。
ズバット達がいきなり飛んでちょっと怖かった、滝が凄かった、イシツブテに躓いた時はヒヤヒヤしたなど、内容から察するに洞窟の感想だろう。
「せっかくだし話しかけようか。おーい!」
大きく手を振って呼びかけると、向こうもこちらに気づいて駆け寄ってきた。
ヨウタ達も軽く走って、ちょうど看板を挟む形になった。
近づいて分かったが、彼らは自分達より少し背が低い。一歳程歳下なのだろう。
「始めまして、こんにちは!」
「やあ、始めまして。僕はヒガキタウンのヨウタ、よろしく」 真ん中の少年が真っ先に声を掛けてきた。髪は栗色でボサボサ、赤い帽子を被っていて、両手には黒いリストバンドを巻いている。上着は襟の立った青いジャケットで、下は黒の長ズボンだ。
「オレはアキト、コキヒタウンのアキト! よろしく、ヨウタ」
彼は差し出……しかけた左腕を引いて、右腕を出してきた。ヨウタはそれを受け取りながら、考える。
……どこかで見たことある子だな、と思ったけど、名前を聞いても思い出せない。喉元で、魚の骨みたいに引っ掛かる。
「わたしはカナエです、よろしくお願いします」
「私はアカリ、よろしくね」
赤いシャツに白いハーフパンツ、黒髪でポニーテールの女の子。少し小柄な彼女はカナエというらしい。アカリと礼儀正しく頭を下げ合い、互いに微笑みを浮かべている。
「おれはダイスケ、よろしくな!」
「ああ、よろしく!」
黄色いTシャツに青い半ズボン、黒髪で短髪の少年。ヨウタが考えている間にも、ヒロヤとダイスケは元気に握手を交わす。
「……君は?」
アキトが、ルミが置いてけぼりなのに気付いて、屈んで優しく声を掛けた。
「……あたしルミ! よろしくね!」
「うん、よろしく」
それが嬉しくて思わず笑顔を零す彼女に、彼も笑顔で返した。
二人も握手を交わし、それを眺めながら彼らをどこで見たかどうしても思い出せない。気のせいだったか、と諦めて隣を見たら、アカリとヒロヤも同じように難しい顔をしていた。
「ところでヨウタ」
「ああ、思い出した!?」
アキトが何か言おうとしたところで、アカリとヒロヤに遮られた。
「……え、何が?」
「アキト君……、確か!」
「今年のトウシン地方ポケモンリーグの優勝者だよな!?」
目を丸くして頭を掻いている彼に、二人は詰め寄る。
……そうだ。
「思い出した! あのウインディのトレーナーの!」
確かアカリとヒロヤさんと、ルミも一緒にテレビで見たんだ。
「確かリョウジって子と戦ってたよね!」
「ああ、強かったよリョウジは……」
「お前だよな、確か!?」
目を細めてしみじみとするアキト君に、ヒロヤさんはまたいきなり彼に詰め寄った。
「あのにっくきタカオに勝ったトレーナーだよ!」
「タカオさん!? いや、まあ勝ちましたけど!」
「ひ、ヒロヤさんやめてあげて!」
ヒロヤは未だ目を丸くする彼の肩をがたがた揺らすが、彼の心境を察したアカリに止められた。
「おのれ……!」
引き剥がされたヒロヤは、拳を握りしめて肩を震わせている。……彼に一体何があったのだろう。アキトが「あー、そうか。そういうことだきっと」と一人で納得げに頷いて何も言わない。皆彼とタカオという人の間に何があったか気にはなったが、突っ込まないことにした。
「……そんなことよりさ」
「そんなことだと!?」
「ヨウタはコウジンリーグで優勝した、あのヨウタだろ!?」
無視されたヒロヤさんは忌々しげに拳を震わせるが、アキトはそれすらも気に留めないで、身を乗り出してきた。
「……そうなんだよ! 本当、ミツキは強かったなあ」
まさか向こうも自分のことを知っているとは思わずに、つい思い出に浸っていると、彼は更に続ける。
「で一回戦落ちのダイスケだよな」
「んだと!?」
ヒロヤが悪戯っぽい笑みを浮かべ、ダイスケが怒りを露わに吠える。ヒロヤさんも人のことを言えないだろ、というのは黙ってあげることにした。
「……ダイスケ」
「んだよ、おれはこいつのすかした面をどうやって吹っ飛ばそうか……」
「やめとけって物騒だな。それよりさ」
アキト君が彼に何か耳打ちすると、彼はよほどいいことを聞いたのかにんまりと笑みを浮かべた。
「……なんだよ」
それが面白くなくて、ヒロヤが口を尖らせる。対してダイスケは、不敵に口角を吊り上げるばかりだ。
「ヒロヤさん、あんたさ」
遂にダイスケが口を開いた。
「去年のポケモンリーグではタカオさんに負けて、今年は一回戦落ちらしいじゃねえか」
「……え?」
何故それを知っているのか。間抜けな声を漏らすヒロヤに高笑いを向けながら、彼はアキトが教えてくれたぞ、と強めにアキトの肩を叩いている。
「ははは、人のこと言えないばかりか成績落ちてんじゃねえか!」
「だから……。痛いって、ダイスケ」
「んだとぉ!?」
「だから落ち着いてヒロヤさん!」
今にも飛び掛かろうとする青年を、少年が必死に宥める。
「……あー、いかん、子どもにムキになるなんて、みんなの憧れのイケメンの俺らしくない。悪いな、ヨウタ」
その甲斐あってか彼も冷静さを取り戻し、きまりが悪そうに頭を掻いている。
「なあアキト、なに言ってんだこいつ」
「オレに聞かれても困るよ、会ったばかりの人だし」
「ヒロヤさん、謝る相手が違いますよ」
「やだ、こいつにはぜってえ謝んねえ」
「だったらおれも謝んねえ」
ヒロヤとダイスケ、二人はまだ睨み合っている。……しかたない、放っておこう。
「それで私はベスト16だよ、アキト君!」
ヨウタの隣の少女に目を向けると、彼女、アカリは誇らしげに胸に手を当て告げてきた。
「ああ、そうだったなアカリちゃん」
「うん! ……まあ、ヨウタ君とアキト君には劣るけどね。でも、頑張ったんだ! はあ、ヨウタ君強かったなあ!」
彼女は瞳を輝かせて語っている。それを見て、アキトの隣で、カナエの瞳にも光が芽生え始める。
「アカリちゃん、それでもわたしからしたらすごいよ!」
カナエが一歩踏み出して、アカリが胸に当てていた手をぎゅっと握り締めた。
「アカリちゃんはなにか夢とかあるの?」
「えへへ、私の夢はお父さんみたいな立派なジムリーダー! なのです!」
アカリも彼女の手に自分のもう片手を添えながら、仲良さそうに言葉を交わす。
「いいなあ……。憧れちゃうなあ」
「そ、そう? えへへ、ありがと」
カナエが瞳を輝かせながら見つめてくる。それは嬉しいけど少し恥ずかしくて、思わずはにかみ笑顔になる。
「カナエも負けてられないな。カナエも、自分の夢を見つけないと」
「……うん。わたしも、がんばらないとね」
握っていた手を離して自分の手を胸元まで持っていき、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「ああ、応援してるぜ。焦らず自分のペースで、がんばれよ、カナエ」
そんな彼女の頭をアキトが優しく撫でる。彼女も、仄かに頬を染めながらありがとね、と礼を言う。
「……」
そんな二人のやり取りが何だか羨ましくて、ヨウタも幼なじみ、アカリの頭にゆっくりと手を伸ばす。
「どうしたの、ヨウタ君」
しかし本人に気付かれてしまい、慌てて手を引っ込める。気付かれている為顔を覗き込まれるが、そっぽを向き続けてしらを切り通す。
「……みんなずるい! あたしも!」
そこで今まで会話に入れなかったルミが叫ぶ。とうとう疎外感に耐えきれなかったようで、ヨウタ達とアキト達の間に割り入ってきた。
「はは、ごめんなルミちゃん」
アキトが微笑みながら彼女を撫でる。彼女は、いいよ、お兄ちゃんのせいだもん、と口を尖らせた。
「アキトさん! あたしね、いつかポケモントレーナーになるんだ! このチルットはそのときのためにお兄ちゃんにつかまえてもらったの!」
ルミがモンスターボールからチルットを出し、頭に乗せた。
それにアキトが手を伸ばして首元を撫でると、チルットは気持ち良さげに目を細める。
「そっか。君なら絶対に良いトレーナーになれるよ、がんばって」
「……うん、ありがと! えへへ、お兄ちゃんをおいこしちゃうかも!」
「はは、ルミなんかには一生追い越されないさ」
「いったね、お兄ちゃんのくせに!? いつかぜったいほえづらかかせるから!」
「出来るならね」
ぎゃんぎゃんと吠え立てる妹に兄は得意げな顔を向けてからかい、二人で楽しそうにはしゃいでいる。
「……でさ、そろそろいいかな」
しばらくそのやり取りを眺めていたアキトだが、いよいよ待ちきれなくなり、話が一段落したと判断して割って入った。
「あ、ごめんね」
「ごめんなさいアキトさん」
謝られたことに対して、いいんだよ、と返して続ける。
「ヨウタ!」
彼は左手を伸ばして、腰に添えた。
……なるほど、大体分かった。自分も同じ仕草で構える。ただし左手ではなく右手を、だが。
「オレと、バトルしようぜ!」
「うん、受けて立つよ!」
ベルトに装着された六つの紅白球。そのうちの一つを手に取り、突き出す二人。
互いに向かい合いながら、ポケモン達が存分に暴れ回れるように十分な距離を取った。
「頑張って、ヨウタ君!」
「絶対負けるなよ!」
「お兄ちゃん、ファイト!」
コウジン地方とトウシン地方、二つの地方を挟む看板を中心線に、自然のバトルフィールドは展開している。
ヨウタの側ではアカリ達が、
「アキト、がんばってね!」
「負けたら許さねえぞ!」
アキトの側ではカナエ達が応援をしている。
二人が向かい合い、視線を交わした。
トウシン地方ポケモンリーグチャンピオンアキトと、コウジン地方ポケモンリーグチャンピオンヨウタ。
ぶつかり合うのは、二つの最強。このバトルはただのバトルではない。互いの地方を双肩に掛けた決戦が、今始まる。
「では審判は私、ヒガキタウンのアカリが務めさせていただきます!」
いよいよバトル開始、となると彼女が黙ってはいられずに、二人の間に飛び出した。
「ルールは三対三、両者交換が認められております!」
本当は中心、といきたい所だが、そうすると新たな地方に片足を踏み出してしまう。
しかたなく、ヨウタ側に少しずれた位置にポジショニングした。
「よし、行くぜ。行け! サンダース!」
「行くんだ、オノノクス!」
ヨウタが出したのは、顎に大斧を携え、黄土色の装甲を纏ったドラゴン、オノノクス。対してアキトが出したのは、大きなひし形の耳、黄色い体で首もとには白くトゲトゲの毛を生やした四足歩行、サンダース。
「オノノクスか、戦うのはショウブさんとのバトル以来だな」
アキトがかつての戦いの記憶に思いは馳せ、しかしすぐに目の前へと気持ちを向ける。
二匹は向かい合い、構えた。
「オノノクス、りゅうのまい!」
早速攻めの態勢を整える為、神秘的で力強い舞を踊る。
「サンダース、めざめるパワー!」
氷にも似た透明な光球が、地響きを鳴らしながら舞い踊る竜に飛んでいく。
「避けてくれ!」
アキトがよし、と得意げに拳を握り締めるが、間一髪、間に合った。
竜が高く跳躍して、光球は尻尾の先にかするがその程度大した手傷にはならない。
「お前も跳んで、もう一度めざめるパワー!」
相手も追いかけて跳び、目の前に躍り出て接近しながら光球を放つ。稲妻が走るような一連の素早い動作に防御が間に合わず、直撃してしまう。
「ドラゴンクロー!」
「腹を蹴って距離を取れ!」
だが相手は未だ眼前だ、十分に技を当てられる。爪を振り下ろしたが相手は構わず突撃して、腹に蹴りを入れた反動で一気に距離を取られた。
「速いな……!」
「へへ、それがサンダースの取り柄なのさ」
りゅうのまいを一度使ったオノノクスと張り合うスピード。結局一度も反撃出来ないまま、着地した。
「だったらじしんだ!」
「跳んで避けろ!」
相手は跳躍して避け、地を走る衝撃波は虚しく通り抜けてしまう。
……だが、それでいい。
「今度は逃がさない。オノノクス、ドラゴンクロー!」
オノノクスもそれを追い、地を蹴り跳躍する。
「めざめるパワーだ!」
透明な光球が再び向かってくるが、容易く引き裂き接近する。
「でんこうせっか!」
後少しで届く、その瞬間に急激な加速。直前との落差に反応出来ずに、みすみす額に突撃を食らってしまう。
だが、さすがにそのまま逃がしはしない。頭と衝突してわずかに離れたその身体に、これまでの怒りを晴らすように爪撃を叩き込んだ。
サンダースは地面に叩きつけられるかと思ったが、転がって受け身を取りすぐに体勢を立て直す。
「だったらいわなだれだ!」
相手は見る限りまだ倒れそうに無い。ここで少しでも負担を掛けて、後の展開を有利に進める為にアプローチを変えてみる。
異空間から大量の岩石が降り注ぐ。数と重さで攻めるこの技は、いくら素早いサンダースと言えども全て避けきるのは至難の技だ。
「サンダース!」
そう、至難の技、の筈だ。だがサンダースは主からの指示で、次々に雨のごとく降る岩をなんの苦も無く避けていた。
時には下がり、時には横に、また時には駆け出しながら。その悉くは徒労に終わってしまった。
「けど、まだまだ! 次はドラゴンクロー!」
それでもなお激しく攻め立てて、一瞬で駆け抜けて敵へと爪を翳した。
バックステップで避けられて再び爪を突き出すが、やはりそれもかわされる。
「なら斧で攻撃だ!」
首を思い切り振って斧を振り下ろしても、当たらない。
勢いそのままに回転して尻尾を薙ぐが、
「でんこうせっかで回り込め!」
気付けば目にも留まらぬ速さで正面を取られていた。
「今だサンダース!」
させまい、とそのまま回転して再び背を向け尻尾を払うが、跳躍して避けられた。
「めざめるパワー!」
背中に光球が直撃した。効果が抜群、装甲を突き破ってダメージが与えられ、オノノクスはついに揺らいだ。
「続けてでんこうせっかだ!」
最後にダメ押しのもう一発を決めると、とうとう崩れた。後頭部に当たった衝撃で、そのまま前のめりに倒れる。
「オノノクス、戦闘不能!」
「ありがとうオノノクス、ゆっくり休むんだ」
労ってボールに戻しながら、考える。あのスピード、どう対処するか……。
考えて、一つの答えが導き出された。
「次は君だ、ブースター!」
繰り出したのはブースター。赤い体毛に覆われた小さな四足。首にベージュのマフラーを巻いていて、おでこには蝋燭の炎のようにマフラーと同色の毛が生えている。
「ブースター、ニトロチャージ!」
速さの対策。それは、更なる速さを手にすることだ。炎を纏い、体内で力を溜めて加速した。
「10まんボルト!」
サンダースが迎え撃つが、勢いは留まるところを知らない。眼前まで接近され、横に転がる。
「まだまだ!」
それでもすぐに切り返して突撃する。
「……っ、跳んで10まんボルトだ!」
さすがに横に避けるのは厳しいと判断して、苦渋の決断を下した。跳躍して、その背に電撃を浴びせる。
「今だ、フレアドライブ!」
しかしブースターは止まらない。体内の炎を熱く滾らせて、方向転換して空中の標的に向かって突撃した。
「サンダース、戦闘不能!」
「ありがとうサンダース、ゆっくり休んでくれ」
労って、黄色い体をボールに戻した。アキトも次を構える。
「行け! カビゴン!」
続けて出したのは、黒い巨体、糸目ののんきな顔に大きなお腹。カビゴンだ。
「ブースター、だいもんじ!」
早速大の字の炎を放つ。
「防げカビゴン!」
だが、腕を交差させて容易く防御されてしまう。
「だったらフレアドライブでどうだ!」
「受け止めろ!」
次は炎を纏って突撃するが、それも突き出した両腕で止められる。
「くっ、跳んでだいもんじ!」
捕まえられる前にすぐさま跳んで火炎を放つ。それは顔面に直撃するが……。
「なっ……!?」
カビゴンは、平気な顔でお腹を掻いている。
「へへ、カビゴンの特性はあついしぼう。ほのお技の効き目は薄いぜ!」
「だったらこれはどうだ! ばかぢから!」
ブースターが覚えているのはほのおタイプの技のみではない。相手はノーマルタイプ、それに有効な技もある。
着地して、渾身の力でお腹に突撃を決めた。
「カビゴン!」
「やったか……?」
効果は抜群だ。それにブースターは攻撃力がかなり高い。
カビゴンは後退り、確かな手応えを感じた。
敵はそのまま倒れ込み、
「じしんだ!」
「なっ……!?」
地面に衝突した。その衝撃が辺りに波となり広がっていく。
「ブースター!?」
いくら速くなったといっても、反応速度は変わらない。その不意打ちに対応が間に合わず、直撃してしまった。
ブースターが山なりに弾き飛ばされる。
「ブースター、戦闘不能!」
ブースターは起き上がらなかった。倒れ伏したまま、動かない。
アカリが戦闘不能と判断して、労いとともにモンスターボールに戻される。
「……これで最後だ。行こう、絶対に勝つ! 任せたよ、レントラー!」
最後の一匹は、当然このポケモンだ。最も信頼する、自分にとっての最強のポケモン。
黒い鬣で、肩や尻尾などは黒毛に覆われている。金色の瞳の相棒、レントラーだ。
「へへ、来たなレントラー」
「レントラー、かみなり!」
直線となり駆け抜ける稲妻の束は、やはり両腕に防がれる。
「ならでんこうせっかだ!」
「じしん!」
向かってくる敵を衝撃波で止めようとしたが、獅子は高く跳躍して避け、そのまま飛び込んでくる。
「だったらほのおのパンチ!」
「アイアンテール!」
カビゴンの燃える拳とレントラーの鋼の尻尾がぶつかり合う。
「レントラー、反動で飛ぶんだ!」
レントラーの攻撃は見事防がれてしまった。だが、それでいい。拳に叩きつけた尻尾をバネのように勢い良く伸ばして、更に高く跳躍する。
「ワイルドボルト!」
空中から、電気を纏って突撃した。鈍重なカビゴンには避けきれない。
カビゴンはよろけて、そのまま倒れる。今度は衝撃波も広がらない。
「カビゴン、戦闘不能!」
今度こそ、正真正銘倒したようだ。安心して、深く息を吐いた。
「ありがとなカビゴン、ゆっくり休めよ」
その巨体は、赤い光の中へと消えた。
「……これでオレも、残り一匹だ。けど、負けないぜ!」
アキトは最後のモンスターボールを軽く宙に放り投げ、キャッチした。
「行け! ウインディ!」
そして勢い良くそれを投じて、赤い閃光が空を裂いた。
中から現れたのは、橙色の身体で頭や足首などをベージュの毛に覆われている。身体の所々に黒いラインの走った、巨大な四足。
でんせつポケモンの、ウインディだ。
「レントラー、かみなり!」
「ウインディ、かえんほうしゃ!」
レントラーの全身から稲妻が、ウインディの口から火炎が迸った。
二つは中央で激突して、爆発を起こす。
「威力は互角か……!? でんこうせっか!」
レントラーが身を屈め、勢い良く地を蹴る。
「ウインディ、しんそく!」
爆風で巻き起こった煙に飛び込もうとした瞬間、敵が飛び出してきた。
「……っ、速い!?」
先に動いたのはこちらだ。にもかかわらず、ウインディの方が先に攻撃を仕掛けて来た。
気が付けば、背後に回り込まれていた。
「遅すぎだぜ! かえんほうしゃ!」
「でんこうせっかで避けるんだ!」
間一髪、目にも留まらぬ速さで横に飛んだ。炎を空振らせる相手の横腹へと突進を決める。
「やるなヨウタ。けど、オレ達も負けないぜ!しんそく!」
その瞬間、ウインディが姿を消した。そして気付いた瞬間には、再び後ろを取られていた。
「くっ……!」
まただ、また気付いた時には後ろを取られていた。また避けようとしたが、今度はその勢いのままに突撃してきた。
「レントラー!?」
そのスピードも相まってかなりの威力だろう、レントラーは宙を舞うが難なく着地した。
「オレのウインディの神速には、誰も追いつけやしないさ」
「まだまだ戦える、とはいえ……」
確かに、アキトの言うとおり。あの速度はあまりにも驚異的だ。いくら攻撃を仕掛けても、当たらなければ意味が無いのだから。
「次はアイアンテールだ!」
相手は攻撃の手を休めない。高く跳躍して、鋼の尻尾を振り下ろしてきた。
「アイアンテールで迎え撃つんだ!」
こちらも同じ技で応戦する。二つの技は衝突するが、威力が互角だったのだろうか、互いに弾かれるように距離を取った。
「かえんほうしゃ!」
「跳んでかみなり!」
飛んできた熱線を跳躍して避け、そのまま空中から稲妻を迸らせる。
炎も収まり、相手は苦しそうに歯を食いしばる。
「まだまだ、フレアドライブだ!」
だがウインディは指示を受けると、瞳を強く見開いた。そして炎の鎧を身体に纏って、雷の中を突き進んでくる。
空中では自由に体勢を制御出来ない。為す術も無く飲み込まれた。
ウインディは着地して、反動のダメージを受ける。対してレントラーは、黒く焦げた臭いを発しながら、無抵抗に地に落ちた。
「レントラー!」
ヨウタが叫ぶ。しかしアキトには伝わった。それが悲痛ではなく、信頼によるものだと。
「……まだだぜ、ウインディ」
彼の相棒もそのことを理解しているようだ。
見つめていると、文字通り身を焼かれる痛みに苦悶を浮かべながらも、やはり立ち上がった。
「さあ、勝負はここからだ! 行くぜ、ヨウタ!」
アキト達は待っていた。そして期待通りに立ち上がってくれた。抑えきれない高揚を語気に込めながら、挑戦状を叩きつける。
「もちろん、言われなくても行かせてもらうよ! でんこうせっか!」
ヨウタもそれを受け取り、指示を出す。
「避けるんだ!」
横に跳ぶと、相手はそれに合わせて切り返してきた。
「アイアンテール!」
突撃して、間髪入れずに鋼鉄と化した尾を振るった。
相手も対応が間に合わずに、後方に飛ばされる。
「かみなり!」
「迎え撃て、かえんほうしゃ!」
隙を与えてしまえば、やられてしまう。すぐさま放った電気が空を裂くが、酸素を焼き尽くしながら進む熱線に防がれる。
「最後だ、これで行くよ! レントラー!」
二人が心を一つにして、構える。直感で分かった、それが二人の最強技だと。
「へへ、決めるぜ! ウインディ!」
だから自分も、最大の力で迎え撃つ。
互いの体力を考えると、ヨウタの言う通りこれが最後となるだろう。
「ワイルドボルト!」
最後の力を振り絞り、首を反らせて咆哮する。レントラーは闘争心を最大限まで掻き立て、地を砕きながら駆け出した。閃光が走り、蒼い彗星の後には弾ける稲妻が残る。
「フレアドライブ!」
対するウインディも、雄叫びを上げる。蒼く輝く爆炎の鎧をその身に纏い、全てを焼き焦がす天狼星となり地を蹴った。炎が尾を引き、まるで流星の如く駆け抜ける。
二つの星が激突して、辺りに雷と炎を撒き散らす。
その幻想的で危険な光景は、見ていたアカリ達を魅了する。
稲妻と爆炎が火花を散らして激しく鎬を削り合う中、二匹の獣が吠えた。
そして徐々に拮抗を崩し、蒼焔がここに来て更に勢いを増して燃え盛る。
「まだだ、行くんだレントラー!」
「ウインディ! 行けぇっ!」
二つの叫びが天を衝いた。しかし一度生まれてしまった差は、もう覆らない。蒼雷は、蒼焔に飲み込まれてしまった。
彗星は墜ち、後には流星が描いた輝く軌跡だけが残った。
弾き飛ばされたレントラーは、今度こそ起き上がらない。全身を焦がし尽くされて、力尽きたようだ。
ウインディは攻撃の反動を受けながら、尚立ち尽くしている。
「……レントラー、戦闘不能……! よって、勝者、……アキト君!」
審判を下すのはアカリだ。ヨウタ同様悲痛を感じながらも、最後まで己の役目を全うする。
「……ありがとうレントラー、良く頑張ったね」
目の前で伏し、見上げてくる相棒を優しく撫でる。
「お疲れ様。じゃあ、ゆっくり休んでくれ」
これ以上出していても痛みが堪えるだろう。優しく労いかけて、戦士を赤い光が包み込んだ。
「よし、やったぜウインディ! 良くやったな、ありがとう!」
アキトは、駆け寄ってきた相棒を嬉しそうに撫でている。
「じゃあ、ゆっくり休んでくれ」
そしてヨウタと同じように労って、モンスターボールに戻した。
「……ありがとう、アキト君」
「ありがとな、ヨウタ」
二人はどちらともなく歩みより、手を差し出した。
二つの地方の狭間で握手が交わされ、互いに固く握り締めた後手を引っ込める。
「すごく楽しかったぜ!」
「僕達も、すごく悔しいけど、すごく楽しかったよ!」
熱を帯びた二人の瞳が、交わり合った。
「……次は負けないよ、アキト君! また、バトルしよう!」
「ああ! オレも、次も負けないぜ!」
そして背を向け、仲間の元へと向かう。
「ごめん、みんな」
仲間達の信頼に応えられずに、頭を下げる。
「ううん。今回は負けちゃったけど……、次に勝てばいいんだよ」
「そうそう、負けちまったもんはしかたねえよ」
「お兄ちゃん、がんばって!」
それをアカリが優しく撫で、ヒロヤは肩を叩き、ルミは手首を握り締める。
みんなが優しく慰めてくれるが……。このままではダメだ。
「……ありがとう。僕は、僕達は……。もっと強くなる! 今度こそ、絶対に負けない!」
この敗北は、己の地方と、ポケモンリーグ優勝者という称号に泥を塗ったようなものだ。それに何よりも、自分がすごく悔しい。
そう誓いを立てたのは、誰の為でもない、自分の為だ。ポケモンリーグを優勝してもそれで終わりでは無いし、慢心している暇も無い。慰められるようではまだまだ駄目だ。改めて感じた強さへの希求、しっかりそれを噛み締めた。
「やったね、さすがアキト!」
「まあおれに勝ったんだから当たり前だけど、やるじゃねえか、アキト!」
仲間の元へと歩むアキトに、二人の仲間が盛り上がる。
「へへ、オレもみんなに負けてられないからな。……けど、すごく強かったよ」
この勝負、後少し展開が変わっていたら負けていたのは自分だ。確かに自分はポケモンリーグ優勝者だ。しかしそれは、地方を限定しなければ世界には山ほどいる。今戦った彼もその一人なのだから。
例え今勝てたからといって、次に勝てる保証は無い。世界には自分と肩を並べるポケモントレーナーも、自分以上の強者も大勢いる。それでも自分は負けるわけにはいかない。
アキトは改めて、負けられない、その思いを固めた。
「じゃあ、行こうか」
「じゃあ、行こうぜ」
四人と三人は、境界線の前に立った。互いに視線を交わして、しかしすぐに正面へと向き直る。
「新たな地方に!」
そして四人は、三人は、揃って一歩を踏み出した。
自分達は今、トウシン地方へと足を踏み出した。
自分達は今、コウジン地方へと足を踏み出した。
ここから新たな旅が始まる。胸躍らせながら、彼らは夢に向かって歩き出した。