第62話 決戦決着、最後の攻防
「トドゼルガ、れいとうビーム!」
「ムクホーク、高く飛んで避けてくれ!」
大きく両翼を広げて、天高くへと飛翔する。光線は、虚しく空を貫き終わってしまった。
「トドゼルガはあの体型だ、多分背中への攻撃には対処出来ない。ムクホーク、背中を狙うんだ! ブレイブバード!」
その指示で、猛禽が高く上空から標的を睨み付ける。しかし次の瞬間には、既に翼を折り畳み風を切り裂く弾丸と化していた。
『ムクホーク、速い! トドゼルガはこれにどう対処する!?』
流石に真後ろまでは首が曲がらない。しかし手は鰭状で、背中に回せる筈も無い。これで、もしかしたら倒せるかもしれない。
そんな甘い目論見も、次の瞬間には幻想に過ぎないということに気付かされる。
その鈍重な巨体が、なんと重く厚い身体を持ち上げて、宙に浮かんだのだ。
「甘いぜ、ヨウタ。アクアテール!」
トドゼルガが空中で縦に一回転して叩き付けた激流の尾により、弾丸が方向を急転換した。
斜めに弾き飛ばされ、地面を転がってしまう。
『なんと!? トドゼルガ、背後に迫るムクホークをも尻尾で撃ち落としました! まさに死角無し、恐るべき対応力です!』
「続けてれいとうビーム!」
「飛ぶんだムクホーク!」
アクアテールはムクホークの特性「いかく」で威力が下がってしまっている、まだまだ体力を削られてはいない。
追い討ちで放たれた青白い光線が、ぐるぐるとめくるめく視界の中でちらついた。
指示が先か、動くが先か。
気付いた時には、猛禽は自慢の前髪を風に靡かせながら再び上空に舞い上がっていた。
『ムクホークもやはり速い! この戦い、お互い一歩も譲りません!』
「隙が無いなら、無理やり作り出すだけさ! かげぶんしん!」
ムクホークの輪郭がぶれ始めた。阻止をしようにも追い付かず、一匹、二匹、三匹……と、どんどん数を増やしていく。
気が付けば、猛禽は両手の指では足りない程にまで増殖を果たしていた。
ムクホークは、いや、ムクホーク達は、群を成して固まっている。
「行くんだ、ブレイブバード!」
次々に、弾丸が角度を変えながら弾き出される。しかし、ミツキは何の指示も出さず立ち尽くしていた。
「分かってるぜ、お前の癖は。他の分身で攪乱して、最後に本体を向かわせる」
話している最中にもムクホークが突撃するが、それはトドゼルガにぶつかり消滅してしまう。
そう、本体は一匹だけだ、他は全てが実体を持たない残像に過ぎず、攻撃力も何も無い。だから、本体以外の攻撃は防ぐ必要が無い。当然だ、食らわないのだから。
最初は数えきれずにフィールドを埋めていた分身も、もはや片手に収まる程に数を減らしてしまっている。
「くっ……、ムクホーク!」
ヨウタがまるで悔しがっているかのように拳を握り締め、歯軋りする。
ついにミツキ達には、一匹しか見えなくなった。つまり、これが本体。
「やれ、トドゼルガ! れいとうビーム!」
とうとう彼が指示を飛ばした。
翼を折り畳み突撃してきたその猛禽を、冷気の光線が貫いた。
「なっ……!?」
そう、貫いたのだ。これは比喩でも何でも無い。文字通り、ムクホークの身体をその光線が貫通する。
それが意味するところは、つまり……。
「ミツキ、君の言う通りだよ。僕達は他の分身で牽制して本体を最後に残す癖がある。君がそれに気付いていることは、何となく分かっていたよ。けど、まださ!」
最後の筈のムクホークが掻き消えた。ミツキ達が捉えたと思っていたものは、それも分身に過ぎなかった。
先ほどまで悔しそうに自分のことを睨んでいた筈のヨウタが、今は冷静に語っている。
右、左、と慌てて辺りを見回すが、そのポケモンは見つからない。
「上か!?」
勢い良く顔を上げると、太陽を背にして一つの影が大きく双翼を広げていた。
「くっ……!」
眩しさに目を細めながらも、確認する。間違い無い、浮かび上がったそのシルエットは……。
「今だ、ムクホーク!」
今度こそ、正真正銘最後の一匹だ。光の中に身を眩ませ、風を切って急降下している。
「……っへ、してやられたぜ! トドゼルガ、れいとうビーム!」
迫って来る影に、大きく口を開けて迎え撃つ。
口の中では白く冷気が渦を巻き、今にも目の前の標的を撃ち落とさんと牙を剥いていた。
「遅いよ、インファイトだ!」
だが、それが届くことは叶わない。ムクホークに勢い良く顎を蹴り上げられたことで文字通り閉口してしまい、不発に終わった。
続けて片翼に頭を叩きつけられ、次の瞬間もう片翼に頬を叩かれ、更に次の瞬間には蹴り上げられ……。有無を言わせぬ怒涛の連撃が、反撃の隙も与えぬままトドゼルガに浴びせられる。
そして締めに勢い良く胸に突撃され、距離を取られてしまった。
トドゼルガは何か一矢報いようと首をもたげたが、すぐに力が抜け落ちて顎を地に預けた。
「トドゼルガ、戦闘不能!」
『ムクホークのインファイトが決まった! 効果は抜群だ! トドゼルガ、たまらずダウンです!』
敵は伏したまま、起き上がらない。
「……うん、これでようやくトドゼルガを倒せた。とはいえ……」
戦況を示すモニターに目を向ける。自分のポケモンは残り四匹、ミツキは三匹。
だが、こちらは三匹が手負いなのに対して、相手は皆無傷だ。
「サンキュートドゼルガ、ゆっくり休めよ」
ミツキが戦いの労を労い、ボールに戻す。
「まだまだ、気が抜けないぞ……! 頑張ろう、ムクホーク!」
主の呼び掛けに、佇む従者は翼を広げて返した。
「じゃあ、次行くぜ! ゴー、リングマ!」
再度姿を現す二足の茶熊。両の拳を打ち付けながら、獰猛に牙を鳴らしている。
「ムクホーク、ブレイブバード!」
「受け止めろ!」
先手必勝、翼を畳んで突撃するも、十字に構えた太く逞しい腕により防がれてしまう。
「だったらインファイト!」
だがここまで接近したのだ、ここで引くわけにはいかない。更に攻めの姿勢を貫き通す。
「お前もインファイトだ!」
しかしリングマ一歩も譲らない。振り下ろされた翼に爪を振り上げ迎え撃ち、蹴り上げられた脚には肘を叩きつける。
何度も繰り返される互角のせめぎ合いの末に、両翼と両拳が衝突して弾かれるように後退る。
「かげぶんしん!」
それでも彼らは引き下がらない。分身を増やして更に攻め立てる。
「ストーンエッジ!」
対するミツキ達も譲らない。岩の束を局所に集め、拡散して周囲に撒き散らす。
危うくかする程度に留めたものの、その一撃で分身は皆存在を無に帰してしまった。
「まだまだ、きりさく!」
戸惑う隙すら与えずに、眼前の敵を切り上げる。
「ムクホーク!?」
「もう一度だ!」
続けて鋭い爪が勢い良く振り下ろされ、ムクホークは一瞬のうちに切り捨てられてしまった。
「ムクホーク、戦闘不能!」
「……ありがとうムクホーク、お疲れ様。良く頑張ったね、ゆっくり休んでくれ」
地に落ち、動かなくなったムクホーク。舞い散る羽根に包まれながら、静かに光に飲み込まれた。
「次は……」
誰を出そうか、考えていると、モンスターボールがカタカタと揺れた。
その赤いカプセルを手に取ると、ニドキングが中から覗いていた。
「……ごめんニドキング、もう少し待っていてくれ」
ニドキングは覚える技が豊富で、広い攻撃範囲を誇る。
モニターに映る、ミツキのポケモンの残り二つは未だに空欄だ。残りの二匹が分からない以上、対応力の高いニドキングは温存しておきたい。
「ブースター、ここは君だ!」
現れたのは、小さな四足。橙色の毛を揺らしながら、砂の舞うフィールドへ脚を着いた。
「行こう、ブースター」
そのケモンを見た瞬間、リングマが瞳孔を黒く染め、悦びに牙を打ち鳴らした。対してブースターも、炎の息吹で闘志を表す。
「……そうか。お前は前に、アイツと戦ったことがあったっけな」
以前リングマとブースターは、拳を交えた記憶がある。その時はリングマが敗れ、ヨウタが勝利を手にした。しかしどちらも、あの頃とは違う。
今こうして向かい合うリングマの瞳は野生に猛り、またブースターも炎を燃やし。互いの成長を肌で感じながら、二匹は戦いへと臨んでいた。
「ならなおさら負けられないよね」
「お互いな」
そして二匹が動き出す。
「ブースター、だいもんじ!」
「きりさく、続けてじしんだ!」
飛んでいった大の字の炎は、その振り下ろされた爪撃で霧散する。リングマは切り裂いたそのままの勢いで地面を殴りつけ、間髪入れずに衝撃が波となり地面を進む。
「跳んでフレアドライブ!」
「きりさくで迎え撃て!」
空から火球が落ちてきた。しかし双爪を力の限りに叩き付け、危うく弾いて打ち下ろす。
「今度はこっちから行くぜ、きりさくだ!」
「下がって避けるんだ!」
攻勢が敵へと切り替わる。慌てて飛び退って見えたのは、先程まで自分が居た場所に深々と刻まれた熊の爪痕だ。
「ストーンエッジ!」
勢いを付けて岩が自分に向かってくる。
「横に跳んでだいもんじ!」
軽く跳躍、転がって距離を稼ぎ岩の雨から身を離す。安全を確認して、再び五方向に広がりを見せる炎の文字を発射した。
「振り払え!」
祈るように組み合わされた手を突き出し、天に掲げられた。どうするつもりか、見るとその手が振り下ろされ炎を縦に切り裂いた。
「さすが、相変わらず力強いね……!」
近距離、遠距離共に付け入るる隙が無く攻め倦ねる。
それを察したか、敵が再び動き出す。
「リングマ、じしんだ!」
衝撃が地を這い周囲に波を打つ。
「跳ぶんだ!」
「ストーンエッジ!」
跳躍して回避した、と思っていたところに岩が襲い掛かる。
落下中に当てられるように、岩の雨は今居る位置より下に向かって飛んでいる。
「……っフレアドライブ!」
どう足掻いても避けられない。眼下で牙を剥く刃に、炎の鎧で迎え撃つ。
岩は細かく砕けて散るが、その破片の一つ一つが鋭く突き刺さって体力を削っていく。
着地する頃には、直撃よりだいぶマシとはいえ傷を負ってしまっていた。
『先ほどのデンチュラのかみなりも効いていたか? ブースター、少し辛そうだ!』
その実況の通り、ブースターの炎の息吹は少し弱々しくなって見えた。
「攻撃力が高くて、まるで隙も無い……。だったら、これはどうだい! おにび!」
それは以前使った戦術。状態以上になると能力の上がる特性の相手に対してあえて状態以上技を使うことで、防御を解くという寸法だ。
紫黒に燃える狐火が、不気味に揺らめき宙を駆ける。
リングマがにんまりと嫌らしい笑みを浮かべて受け入れようとするが、主人に待て、と引き止められる。
「ヨウタのことだ、きっと何かを狙ってるに違いねえ」
「っ……、だいもんじ!」
だがその戦法も、一瞬で看破されてしまった。
……そうだ、彼はフォッグとは違う。彼は自分のことを知っている、知り尽くしている。
忘れていた。あの時は、互いに面識が無くはっきりと力量が分からないからこそ成功したのだと。
恐らくフォッグの時も、ヨウタの力量が如何程かをわきまえていたならば通用しなかっただろう。
「リングマ、ストーンエッジ!」
燐火に追い付き、それを飲み込んだ炎の大字は、しかし岩石の刃に次々切り裂かれて露と消えてしまった。
……このまま避けることは容易いだろう。しかしそれでは、同じことの繰り返しだ。有効打も無いまま戦いを続けていては、いずれこちらが追い詰められ、屈してしまう。
ここで勝負に出るしかない。
「……ブースター、行くよ」
それは彼も承知しているようだ。瞳に覚悟の炎を湛えて、その呼び掛けに頷いた。
「突っ込め、フレアドライブ!」
炎の鎧を身に纏い、その文字通り突き刺さるような雨の中を駆け抜ける。
まるで戦場に投げ込まれる手榴弾のように、砕けて散った破片が、身を鋭く貫いていく。
それでも脚を止めずに進んで行く。決断したのだ、今更後退などある筈が無い、と、進み続けていく。体内の火室で熱く炎を滾らせて、それを動力源にブーストを掛けた。
岩石刃の弾雨を潜り抜け、ついに眼前へと躍り出る。
「今だ、ブースター!」
足元に遂に現れたその影に、主人の指示で巨大な二足が鋭爪を振り下ろす。
「ばかぢから!」
小さな身体が、全身全霊を込め巨体目掛けて跳躍した。
爪撃など意にも介さず、これまでのお礼だ、と言わんばかりに強く、深く、腹部に衝突した。
吹き飛ばされた茶色の巨熊は一瞬宙を滑り、しかしすぐに地面を転がっていく。
「やったか……?」
砂煙に巻かれて、相手の姿は確認出来ない。それでも確かな手応えを感じて、呟いた。
ブースターももう肩での呼吸が荒くなり、これ以上戦いが長引けば、流石に厳しくなってくる。
期待に胸躍らせながら、その煙が晴れるのを待つ。
「……まだだ!」
その声と共に、天を衝く鈍重な咆哮が、会場内に轟き渡った。それは当然、ヨウタ達にも届いていた。
「そんな……」
鼓動が急激に勢いを増し、全身に緊張が走る。雄叫びに背筋を震わせながら、煙の中に浮かび上がった二足の影を確認してしまった。
まだ倒れていない。まだ終わってなどいなかった。
「……っ、ブースター!」
「リングマ、ストーンエッ……」
前足が構えられ、直後影が揺らめいた。どしん、と音が鳴り、敵の巨体は倒れ伏した。
「リングマ、戦闘不能!」
「危なかった……」
一気に肩が軽くなった気がした。安堵に胸を撫で下ろし、しかし次にはまだ勝負の途中だ、と構え直した。
『リングマ、倒れたーっ!? 硝煙弾雨の激戦、制したのはブースターです!』
「……っ、惜しい! ありがとなリングマ、ナイス根性! じゃあ、ゆっくり休んでくれよ!」
彼は悔しそうに虚空に拳を叩きつけ地団駄を踏んだ後、それまでの健闘を労ってモンスターボールに戻した。
「よし、じゃあ……」
ここからは未知の領域だ、モニターに映る残り2つの空欄が示しているように、何が出て来るかが分からない。
「そろそろ頼むぜ、ドンカラス!」
赤く閃光が空を走り、漆黒の翼が広げられると同時に光が弾け散った。
現れたのは、ドンカラス。黒い魔女のような帽子を被り、黄色く鋭い嘴、白い尻尾は、箒のように毛先に赤い広がりを見せる。
胸元に純白のストールを靡かせた漆黒の翼が、空で羽撃たいている。
「ドンカラス、あくのはどう!」
魔女の僕を思わせるその漆黒が、高くから、悪意に満ちた恐ろしいエネルギーを降り注がせる。
「だいもんじ……いや、下がるんだブースター!」
この攻撃を迎え撃ったとして、競り勝つことはあっても押し負けることは無いだろう。しかし、それが当たるとは思えない。
このバトルは、普段の三対三とは違う。六対六の、倍以上にも長引く戦いだ。その分疲労も溜まってしまう。
ブースターの炎の息吹は更に弱くなっている。だいもんじは撃てて後二発と言ったところだろう。
慌てて飛び退り、その暗黒の束を回避する。
だが、痛み、疲労、技の反動。あらゆる要素が重なった結果跳躍は弱まり、思ったような飛距離は出なかった。地面を抉る衝撃が辺りに砂を撒き散らし、慌てて顔を背けたものの粒子が口の中に飛び込んでしまった。
不味い食事を食べた後のように、ブースターはぺっぺっと唾を吐く。
……どうやら、ブースターのダメージは予想以上に深刻らしい。これ以上戦いを長引かせるのは得策では無い。
「もう一度あくのはどうだ!」
「迎え撃つんだ、だいもんじ!」
再び紫黒のエネルギーが放たれる。だが橙色に燃え盛る炎の大字は闇を飲み込み、勢いそのまま漆黒の翼へと迫る。
「避けろ!」
だが旋回されて、やはり容易く回避されてしまう。
次でだいもんじは最後の一発となった。
こうなると、迂闊には使えないか。……いや、迷ってなどはいられない。
「ブースター、だいもんじだ!」
最後の一発が放たれた。橙色が揺らめき、空を滑る。
「突っ込め、ブレイブバード!」
それを避けたところに、フレアドライブを浴びせる。しかしその計画は、前段階で頓挫してしまった。
燃える大字を容易く突き破り、迫って来る。
「……っ、フレアドライブ!」
対してこちらも、炎の鎧を纏って迎え撃つ。だが、力が足りない。容易く弾き飛ばされてしまう。
「ブースター!?」
山なりに宙を舞い、落下した。べしゃりと伏せて起き上がらない。
「ブースター、戦闘不能!」
それは、審判を聞かずとも理解出来た。ブースターが赤い光に包まれ、フィールドから姿を消した。
『ブースター健闘を見せましたが、長期戦は流石に堪えたか!? ついに倒れてしまいました!』
「……ありがとう、お疲れ様ブースター。じゃあ、休んでくれ」
余程疲労していたのだろう、泥のように眠っている小さな身体を、カプセル越しに労いボールをベルトにセットした。
「お待たせ、ニドキング」
再び手に取った球体がカタカタと揺れる。それは、溢れる闘争心を現していた。
「お待たせ、行くんだニドキング!」
菱形の耳に鋭い角、背中に棘を生やした紫色の怪獣が、地響きと共に姿を現した。
「かみなり!」
早速怪獣が、鋭く天を貫く角の先から稲妻を迸らせる。
「あくのはどう!」
対して闇を纏ったような黒の翼を羽撃たかせるカラスは、その鋭い嘴を開いて紫黒の衝撃波を放つ。
迎え撃つ二つのエネルギーが衝突して、どちらともなく弾け飛ぶ。
「だったらこいつはどうだ、ブレイブバード!」
この攻撃では今は届かせられないと悟ったらしく、アプローチを変えて来た。ムクホークのそれとは違い素早さにやや欠けるが、代わりに重苦しさを感じさせるように低い風切り音が発生した。
「どくづきで迎え撃つんだ!」
こちらもダイヤモンドすら貫く程の鋭利さを誇る角を突き上げる。二つが激突して、鈍い金属音が響き火花が舞い散る。
だが、ドンカラスは全体重を技に乗せている、その一撃は予想以上に重い。剣閃を交わらせたのは一瞬で、軌道を逸らすのに精一杯だった。
「アイアンテールだ!」
しかしニドキングの武器はその角だけでは無い。
通り過ぎざま、硬化した尻尾を振り上げた。
「……っ、あぶねえ……」
旋回して回避しようとするが、尻尾の先が僅かに掠ってしまった。とはいえ、その程度ならダメージにもならない。
再び空高くへと舞い上がる。
「だったらこれはどうだ!? ドンカラス、真上を取れ!」
頭上から、闇の翼が急降下してくる。
「迎え撃とう」
ニドキングが強く握りしめた拳は、紫色の毒々しい飛沫が上がっていた。
「どくづき!」
「つじぎり!」
ニドキングの毒に染まった腕突き出される。迫るドンカラスも、鋭い翼で切り払う。
『またも威力は互角だ!』
ぶつかり合う二つの技は、こちらも威力が拮抗。ドンカラスは飛び下がって距離を取る。
「かみなり!」
だが敵は空気を双翼で強く打ち付けて再び飛翔、みすみす逃してしまう。わけが無い。
「ニドキング、地面に向かってアイアンテール! その反動を使って飛ぶんだ!」
頑丈な鉄塔も薙ぎ倒すその尻尾の威力は凄まじい。バネのように反動を利用して勢い良くドンカラスに迫る。
「ちっ、やっぱ追ってきやがったな! つじぎり!」
「翼を封じるんだ!」
高く闇の刃が掲げられた。しかしニドキングはそれも、もう片方も押さえ込み、抱き締めるような形で拘束する。
「だったらあくのはどう!」
グレーの胸を暗黒の束が襲撃するが、その怪獣は少し口元を歪めるだけでこれっぽっちも力を緩めない。
「無駄だよ! ニドキングの身体は鋼のように硬いんだ、そんな攻撃わけないさ! 地面に叩きつけてアイアンテール!」
そろそろ上昇も頂点に達し、自由落下に移り出す。身体を回転させて遠心力を付け、勢い良く真下へ投げつけた。
更に地表にへばりつくその身体を、丸太のように太い鋼鉄で薙いで打ち上げる。
「まだだ! ニドキング、かみなり!」
これで決まりだ、と言わんばかりに隙を逃さず狙いを定める。
稲妻の束が直線となり、漆黒を撃つ。
『効果は抜群だ! ドンカラス、一溜まりも無いか!?」
「……お前もまだだ! ドンカラス、ブレイブバード!』
しかし闇の首領も最後の底意地を見せる。その技は効果抜群、全身を耐え難い激痛に焼かれ続けても、翼を折り畳んで尚立ち向かってくる。
雷の奔流は絶えず全身を飲み込むが、漆黒の弾丸はもはやその程度では止まらない。
次々と稲穂を切り裂いて、遂にその根源に辿り着く。
「ニドキング!」
「無駄だぜヨウタ! もう遅い!」
彼の言う通り、既に近付き過ぎている。稲妻を迸らせる怪獣は腕を振り上げるが、それを盾にするより速く弾丸、が重装甲を貫いた。
怪獣は僅かに身体を揺らしてから横たわり。魔女の使いは仰向けになり、何かを残すように胸元のストールに手を当て、脱力する。
互いの意志が強くぶつかり合い、結果は引き分けに終わった。しかし、これは必然なのだ。
ここで仕留めて自分の流れに引き込もうとする彼らの意志、何としてでも優位は譲らないという彼らの意志。
固い意志の衝突には、勝利の女神も片方だけになど味方は出来なかったのだ。
「ニドキング、ドンカラス、両者ともに戦闘不能!」
『なんと、相打ちだ!? 両者……相打ちだ!』
普段なら他に言うことがあるだろ、と突っ込みそうなヨウタ達でも、今回ばかりはそんな余裕を持っていない。二人は二匹の労に感謝をして、モンスターボールに戻した。
「ありがとう、ニドキング。それにムクホーク、ブースター、みんな……」
「良く頑張ったなドンカラス。それにデンチュラやリングマ、お前らも……」
二人はその球体を腰に戻して、最後の一つを手に取った。
頭上のモニターに目を向ける。互いの五つは黒く染まり、残りの一つはぽっかり空いている。
……次が、最後だ。これまで何度も手に取って、一番慣れ親しんだ紅白球。手に触れ、眺めるだけで、様々な感情が止め処なく溢れ出してくる。
歓喜、屈辱、困難、脅威。様々な局面を、ずっと一緒に乗り越えてきた。
泣いても笑っても、これが最終決戦だ。この旅の中で何度も繰り広げられた因縁に、ようやく終止符を打つ時が来た。
「……いや、違うね」
僕達の戦いに終わりは無い、これからも戦いは続いていく。休止符と言った方が正しいだろう。……とにかく、最終局面だ。
「ミツキ!」
最後の相棒を内包したカプセルを、勢い良く突き出した。
「やっぱり強いよ、ミツキ達は。けど!」
そのボールを軽く上に放り、キャッチする。
「絶対に勝つ! 勝つのは……僕達だ!」
相対する少年も、それを受け相棒の入ったカプセルを真横に突き出した。
「わりいけど、オレ達も負けらんねえんだ。これまでも、これからも、ずっとな! ヨウタ! 勝つのはオレ達だ!」
二人の間では、弾ける紫電と燃え盛る爆炎が激しくせめぎ合っている。
「行け! レントラー!」
「出て来い、ブーバーン!」
長く積もった雪辱を晴らす為。互いの信頼に応える為。そして何よりも、自分達の強さを証明する為に。
二筋の赤い閃光が迸り、決戦の火蓋が切って落とされた。
『遂に長かった決勝戦もクライマックス! 最後に相対するのは、互いの相棒、レントラーとブーバーンだ!』
黒い鬣が風に靡く。強い意志を秘めた、真紅に縁取られた金色の眼光。太い前脚の裏には青に黄色の縞が入り、肩や尻尾は黒毛に覆われている。
尻尾の先では、十字の閃光が煌めいていた。
ヨウタの相棒、レントラー。
迎え撃つは、肩に火の球を揺らめかせ。赤をベースに豊満なお腹に黄色いラインが波打っている火男。
大砲のような腕の先では、爪に纏わりついた炎を揺らして、踊り遊ばせていた。
ミツキの相棒、ブーバーン。
幾度もの戦いから生じた因縁のあるこの二匹も、静かに視線を交わらせる。
一迅風が強く吹き付けて、ヨウタ達の髪を叩いた。
静寂は、一瞬にして崩れ去った。
「レントラー、かみなり!」
「ブーバーン、だいもんじ!」
紫電の束が迸る直線となり、爆炎の球が燃え盛る大字と姿を変える。
二つが二匹の中央で衝突し、小爆発が巻き起こる。
「でんこうせっかで駆け抜けるんだ!」
レントラーの瞳が金色に輝き、蒼い閃光が瞬いた。気付いた時には獅子の姿は無く、巻き上がった砂煙の中へと紛れていた。
「なる程、透視能力か」
それがレントラーの能力。眼光が金色に光った時透視能力が発動し、壁の先すら見透かせる。その能力で煙の中でも澄んだ視界を確保出来るというわけだ。
彼は煙の中で脚を止めていた。突如眼前に岩石が現出したのだ。
更にその岩の向こうで、蒼い粒子が渦巻いた。獅子が高く跳躍した直後、破壊音と共に岩石が飛び散る。
その一つがレントラーにも飛んでくるが、前脚の爪を引き出して切り裂いた。
今の衝撃で、邪魔な煙も吹き消えた。ヨウタ達にも鮮やかな視界が提供される。
「もう一度でんこうせっかだ!」
「がんせきふうじ!」
ブーバーンが腕を下向け紫に光る球体が地を撃つと、そこから再び石壁が登場する。先ほどレントラーの脚を止めたのもこれだったのだろう。
思わず脚を止めた隙に、周りが次々岩壁に塞がれてしまう。
逃げ場は頭上しかない。跳躍すると、火球が飛んできた。
「切り裂くんだ!」
既に眼前に迫るそれを電気を纏った爪で八つ裂きにする。しかし攻撃はそれでは終わらない。
ブーバーンが眼前で砲身の腕を膨らませている。今は跳躍したせいで空中に居る、逃げられない。
「ブーバーン、だいもんじ!」
大の字の炎が放たれ、レントラーは地面に叩き付けられそうになるも受け身を取ってダメージを軽減する。
「まだまだ、でんこうせっか!」
「がんせきふうじだ!」
やはり眼前で岩が突き上げる。しかしヨウタ達もそれが予測出来ない程愚かでは無い。
「飛ぶんだ!」
高く跳躍して、走り高跳びの要領で飛び越えた。
そのままブーバーンに飛び掛かる。
「アイアンテール!」
縦一直線に振り下ろされた鋼鉄の尾を、交差された両腕で受け止める。
だが闘争心を剥き出しに放たれたその一撃は重く、腕に痺れるような衝撃が伝わって来た。
「きあいだまだ!」
まずは腕を振り払って尻尾を弾き返し、続けて片腕を突き出した。その先に粒子が渦巻きながら集まり、蒼白の球体を成していく。
それは瞬く間に充填を完了し、次の瞬間には発射されていた。
「かみなりで迎え撃つんだ!」
稲妻は光弾を飲み込み空を裂く。しかし大の字の炎が第二段として現れた。
再び爆発が起こるかとも思ったが、じりじりとだいもんじが押していく。恐らく先程きあいだまと衝突したせいで、かみなりが少し弱まってしまっていたのだろう。
技を中断して慌てて横に転がると、今度は脚下から岩石が突き上がる。
「ちょうどいい、それを使ってジャンプだ!」
だがそれを踏み台にして、勢いを利用して高く跳躍する。
「かみなり!」
「下がれ!」
レントラーが電気を溜め始めたのを見て慌てて飛び退り、直後その足場を稲妻が穿つ。
「まだまだ、でんこうせっか!」
「っ……、がんせきふうじ!」
急いで防御に出した岩石も、やはり読めていた、右に回避する。すぐに切り返して再び敵に向かう。
ブーバーンはそれを回避しようとしたが、流石の速度、間に合わない。
「ワイルドボルト!」
更にだめ押しに衝突直前電気を纏って威力を底上げすると、ブーバーンは地に二本の線を残しながら後退っていく。
暫くして、漸く勢いも収まって来た。だがまだ攻撃は終わらない。
「続けてかみなりだ!」
零距離の放電、眼前で猛る雷電を防ぐ手立てが無い。何も為せぬままに、弾け散る稲妻に飲み込まれてしまう。
『どうするブーバーン、このまま倒れてしまうのか!?』
電撃を浴び続け、体力が一気に削られていく。
「……なわけねえだろうが! ブーバーン!」
だがブーバーンの瞳では、未だ変わらず爆炎が燃え盛っている。身を焼かれる苦痛の中腕を動かし、眼前で猛る獅子の胸元に先端を押し当てた。
「……っ、まずい!?」
「だいもんじ!」
腕と胸とを繋ぐ狭間で、爆炎が弾けた。爆発が起こったかのように焦げ臭い臭いと共に黒い煙が漂い、その中からレントラーが現れる。
しかしそれは自分の意志では無く、吹き飛ばされてヨウタの眼前に転がった。
対してブーバーンも片膝を地に付けたが、互いに、競うように我先にと立ち上がった。
『両者まだ倒れません! 凄まじい戦いへの執着です!』
どちらも身体が切り傷や擦り傷、殴打や火傷の後でボロボロだ。呼吸も荒く、肩も大きく揺れている。
……恐らく、次が最後だ。
「行くよ、ミツキ」
「行くぜ、ヨウタ」
それは両者が理解している。
「このバトル……」
彼らの声が、まるで月に太陽が覆い被さる瞬間のように重なり合う。
「絶対に勝つ!」
二人の意志がぶつかり合う。それは、決して譲れない勝利の希求。互いの対抗心が、それに拍車を掛けている。
「これで決めるぞ! レントラー!」
「これで終わらせるぜ! ブーバーン!」
二匹も次に紡がれる言葉を理解しているかのように、構えた。
レントラーは身を屈めて体毛に電気を纏わりつかせ、ブーバーンは両腕を並べて突き出し身体から熱気を溢れ出させて睨み合っている。
「ワイルドボルトォッ!!」
「オーバーヒートォッ!!」
最後の一撃に思いの丈を込めて、強く叫ぶ。大空に響き渡る声と重なるように、二匹は動き出していた。
フィールドに蒼と紅、二つの直線が描かれる。弾ける稲妻の鎧を纏い駆けだした獅子が蒼雷の軌跡を後に残し、巨大な火男は両腕の大砲から極太に燃え盛る熱線を発射して迎え撃つ。
迸る雷電と火炎が衝突し、辺りで火花が舞い遊ぶ。
黒い二足と後ろの青い二足、計四足は、はその中で一歩、また一歩と確実に脚を進めていた。そして遂に、眼前へと歩み出る。
「フルパワーだ、レントラー! 行けぇっ!!」
「最大火力だ、ブーバーン! 迎え撃てぇっ!!」
絶叫に共鳴するように雷は更に激しく弾け散り、熱線は更に熱く激しく燃え盛る。
光が眩く輝きながら、収まりの効かないエネルギーが天を貫くかの如く渦を巻き昇っていく。
二匹が闘争心を最大限まで掻き立てて、とうとう限界へと達してしまう。
光が不規則に放射される中、抑えきれなくなったのか二匹を中心に爆発が発生した。
爆風で硝煙が巻き上げられ、視界は再び覆い隠されてしまう。
「レントラー!?」
「ブーバーン!?」
『ポケモンの姿が見えません! 果たして、最後に立っているのはどちらだ!』
二人が呼び掛けるが、返事は無い。彼らはあくまで司令塔、その場を動くことは許されていない。今自分達に出来るのは、ただ相棒の力を信じることのみだった。
静寂の中、煙が晴れていく。そこから現れたのは……。
『なんと、どちらも倒れている! このバトル、最後に立っている方が勝ちとなる! 果たして立ち上がれるのか!?』
ボロ雑巾となり地面にへばりついた、レントラーとブーバーン、両者だった。
「レントラー!? お願いだレントラー、立ってくれ!! 君はまだ終わっちゃいないんだ!」
その呼び掛けに、誰も応えない。
「ブーバーン、お前はここで倒れるやつじゃねえだろ!? だから、立てよ!?」
しかし巨体は持ち上がらない。
……二人が必死に声を掛ける。会場は先程とは打って変わって、不穏にざわついていた。
「レントラー、絶対に勝つって約束したじゃないか!? 僕は君を信じてる! だから頼むよ、レントラー! お願いだ……!」
「おい、嘘だろ!? お前はまだ戦えるだろ、なあ!?」
それでもまだ起き上がらない。やがて彼らの呼び掛けは、懇願へと変わってしまっていた。
「ねえ、レントラー!?」
「なあ、ブーバーン!?」
二人が再び、大きく叫ぶ。その瞬間、砂を踏む音がした。
「……っ!!」
先に意識を取り戻したのは、……外見の特徴。痛みを堪えるように歯を食いしばり、固めを固く引き結び。お腹を押さえながら、片膝を立てた。
続けてもう片足もフィールドに付け、とうとう彼はしっかりと立ち上がったのだ。
「レントラー、戦闘……」
「待って下さい!」
遂に判決が下されようとしたのを、ヨウタが引き止めた。
見ると、レントラーも脚を地に着け、必死に身体を持ち上げようとしていた。
「レントラー、頑張ってくれ!」
遂に身体を、しっかり自らの脚で支え立ち上がった。
対立する二匹が、脚を震わせながら睨み合う。静寂が緊張を引き連れて、再び会場に帰還を果たした。
観客達が、アカリ達が、ミツキが、ヨウタが。皆が固唾を飲んで見つめる中、ブーバーンが片膝を突き、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
「ぶ……ブーバーン!? 嘘だろ、なあ!? 立ってくれよ、ブーバーン!」
だが必死の呼び掛けも虚しく、白眼を剥いて一向に起き上がる気配を見せてはくれない。
そのまま、永遠とも思える一瞬が通り過ぎていく。
「……ブーバーン! 戦闘不能!」
ジャッジは、もう立ち上がることは無いと判断したらしい。
「よって勝者……! ヒガキタウンのヨウタ!!」
とうとう最後の審判が下された。その瞬間緊張が解け、限界に達したらしい。レントラーも、少し遅れてその場に臥した。
『決勝戦、決着ーッ!! 歴史に残る戦い、勝ったのはヨウタだーっ!!』
観客達が、かつてない程の歓声を上げる。会場に万雷の拍手が降り注ぎ、戦いを終えた戦士達を包み込む。
「……ありがとな。お疲れ様、ブーバーン」
その中で、戦士の一人が大いなる意志に導かれ、安息の楽園へと旅立った。
「いいんだ。頑張った、お前は本当に良く頑張ったよ」
カプセルの中から見つめてくる瞳は、罪悪感に満ちていた。だがそう言って笑顔を投げかけると、ブーバーンは安らぎに満ちた表情で瞼を下ろした。
「じゃあ、ゆっくりゆっくり、身体を休めてくれ」
そしてベルトにその球を戻した。
「……レントラー、ありがとう。本当に、本当にありがとう。君には感謝してもしきれないよ」
紅白の球を突き出して、倒れたままの黒獅子が赤い光に包み込まれる。
「君のおかげで、勝つことが出来たんだ」
その言葉に、レントラーは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「うん、僕達は勝ったんだ」
その表情を見守っていると、もう耐えきれないらしい、静かに双眸を目蓋で覆い隠した。
「……お疲れ様、本当に頑張ったねレントラー。それじゃあ、ゆっくり休んで、傷を癒やしてくれ」
ヨウタもミツキ同様に、相棒の眠る球をベルトに戻した。
ふと顔を上げると、先程までのライバルで、今の幼なじみと視線がぶつかり合った。
何を言おうか、迷っている間に彼がずかずかと大股で歩み寄ってきた。
「……このっ! オレの負けだ、ヨウタ!」
その手を伸ばして何をするかと思えば、……乱暴に頭を押された。
勢いで帽子がずれてしまい、かぶり直す間にも彼が言葉を紡ぎ出す。
「お前に負けたんじゃ納得するしかねえ。素直に認めるよ、お前がチャンピオンだ!」
彼の右手が差し出され、ヨウタは躊躇いもなく掴み取る。
「……楽しいバトルだったぜ、ありがとな!」
と一方的に握手を解いた彼は、何も聞かずに背を向けてしまった。
「ありがとう、ミツキ! 僕達もすごく……、今までで、一番楽しかったよ!」
彼の肩が僅かに揺れた。ヨウタは、更に言葉を続ける。
「また、バトルしよう!」
返事を待っていると、彼は勢い良く振り返り、右人差し指を突き出しにっと笑った。
「当たり前だろ! いいかヨウタ! 次もその次も、そのまた次も……! オレ達は絶対、お前達に負けないからな!」
ヨウタもふっと笑みを浮かべて、言葉を返す。
「いいや! これから何度戦うことになっても、僕達は負けないさ!」
「言ったなヨウタ!」
「ミツキこそ!」
ミツキが駆け寄って来て、再びヨウタと向かい合う。
「……優勝おめでとう、ヨウタ!」
「……ありがとう、ミツキ!」
そして互いに立てた腕を叩き合わせて、どちらともなく背を向ける。
「じゃあな! 次こそ負けねえぜ、ヨウタ!」
「またね! 僕達も、次も負けないよ!」
それ以上言葉は交わされなかった。二人は互いの誓いを背に受けて、歩き出す。
彼らの戦いはこれからも続く。ヨウタとミツキは、仲間達と共に競い合い続ける。
だが、それはまだ先の話だ。
戦いは終わる。長く、激しく潰し合い繰り返され続けた日々は、最終勝者の決定と同時に別れを告げてきた。
今は栄光と屈辱、感謝を胸に、二人は互いの場所へと帰っていく。
誰も存在しないバトルフィールド。先程まで激闘を繰り広げていた二人に、いつまでも、いつまでも割れんばかりの歓声と拍手が、健闘を讃える熱狂が送られ続けていた。