ポケットモンスタータイド


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第61話 最終決戦、ヨウタ対ミツキ
 幾度と修羅場を潜り抜け、聳え立つ壁を突き破り、立ちはだかる全ての強者を踏み越えて、……彼らは、この約束の地に立っている。
 向かい合う、二人の少年。
 だがそれは、決して一人の力で成し得たものでは無い。腰に備えられた六つの紅白球、その中で激しく、火花を散らして迸る闘志を滾らせる六体の盟友達が居てこその栄光だ。
 溢れんばかりの熱気が、期待が、歓声が、激しく打ち鳴らされて二人を取り囲んでいる。
 まさにハイ・ヴォルテージ。熱狂渦巻く頂上決戦。会場を包む興奮は限界まで昂揚し、既に最高潮に達していた。



 白いシャツの上に橙色の上着を羽織っていて、下は黒いズボン。赤い帽子を逆さに被った茶髪の少年、ヨウタ。
 青い襟の立ったジャケットに、白のズボン。放射状に棘の飛び出した、ハリーセンのような頭の黒髪の少年、ミツキ。
 二人の間を遮る障害はどこにも無い。
 一面平らのシンプルなフィールドに敷き詰められた砂が、くるくるとタンブルウィードの如く舞い遊ぶ。緩やかに吹く風が、向かい合う二人の髪を揺らしていた。
『遂に始まります、コウジン地方アキクサ大会決勝戦! 向かい合うは同郷を同日に経った二人の少年! ヒガキタウンの太陽と月、ヨウタ対ミツキ! 果たして、より強く輝きを放つのは一体どちらだ!?』
 決勝戦、ルールは六対六のフルバトル。ポケモンとトレーナーが己の全身全霊を以て臨み、あらん限りの力を振り絞る総力戦。泣いても笑っても、これが最後。これが最終決戦だ。
「ミツキ」
「ヨウタ」
 互いに互いの名を呼んで、静かに双眸を交わらせる。
「行くよ」
「行くぜ」
 静かに、と形容したそれは、確かに正しい。だが、真を捉えられてはいない。その裏に秘められた、決して譲れない勝利への希求。互いに退くことの出来ない、幼少よりの対抗心。雷電と火炎の闘志が混ざり合い、穏やかに、熱く、二人の間に火花を散らしていた。
「このバトル……」
 どちらからともなく、拳が突き出された。ただ伸ばしただけでは無い。その手には、上半分が紅、下半分が白の球体が握られている。
「絶対に勝つ!」
 絶妙なバランスでその状態を保っていた静寂が、ついに溢れ出して、弾けた。
「頼んだよ、ムクホーク!」
「任せたぜ、デンチュラ!」
 振り下ろした手から、紅白で上下二色に分かれた手のひらサイズの球体が放たれた。空中で境界が割れ、赤い閃光が迸る。
 光が二つの影を形作る。それもすぐに飛び散って、実体が現れた。
 一方は煤色の大きな翼、三日月を横にしたような輪郭で、垂れ下がった毛は先に橙色のメッシュが入っている。
 対するは、毛に覆われた六つの脚に、青い四つの複眼。頭部と腹部で区別された身体。巨大な電気蜘蛛、デンチュラ。
 頭上のモニターに並んだ二つの顔、それぞれの下に縦に連なる六つの空欄の一番上がその二匹で埋まった。
 先発を任されたムクホークは、翼を広げながら高く鳴いて威嚇する。
 ムクホークの特性、いかくだ。その風貌や声などで相手を威圧して、本来の攻撃力を出せなくする特性だ。
『いかく発動! デンチュラ、攻撃力が下がってしまいます!』
 だが、相手は特殊攻撃を主体とするポケモンだ、メリットが無い。それにデンチュラはでんきタイプを持っている、相性が悪い。だから、早速。
「一度戻ってくれ、ムクホーク!」
『ヨウタ選手、早速交替か!』
 ムクホークが光に吸い込まれ、次を構える。
「行くんだニドキング!」
 現れたのは菱形の耳に鋭い角、背中を棘の装甲に覆われていて、太く逞しい尻尾の生えたニドキング。
 二番目の空欄にはそのポケモンの顔が入った。
「だったらこっちも交替だ!」
 ミツキもポケモンを入れ替える。閃光が迸り、巨大な電気蜘蛛は跡形も無く消え去った。
「ボスゴドラ、次はお前だ!」
 代わりに出て来たのは、まるで鎧を纏っているかのように装甲を銀色に光らせ、長い二本の角が生えたメタルウォーリアーボスゴドラ。
「わざわざじめんタイプのニドキングに出て来た、ということは……」
 ボスゴドラのタイプはいわとはがねの複合だ、じめんタイプのニドキングには非常に相性が悪い。それでも出て来るということは、何かがあるに違い無い。
 そう、例えばじめんタイプの技を無効にする「でんじふゆう」のように。だったら……!
「でんじふゆう!」
「かみなり!」
 二つの指示が同時に飛んだ。ボスゴドラが電磁力で浮き上がり、しかしそんなことは関係無いと言わんばかりに空気を切り裂き電撃が襲いかかる。
 やはりでんじふゆうを覚えていた、じしんで無くかみなりで正解だった。もしじしんをしていたら、ボスゴドラに大きなアドバンテージを与えてしまっていただろう。
『ヨウタ選手の読みが炸裂! ボスゴドラ、まずまずのダメージ!』
 だがボスゴドラは、稲妻に包まれながらもしっかり標的を見据えている。
「こっちはふぶきだ!」
 そして雷電に勝るとも劣らないブリザードが、その大きな口から猛威を奮う。
 最初は雷を御していた吹雪だが、やがてフィールドの中央で威力が拮抗し合う。
 だがそれも長くは保たない。互いに互いを制する為高まり続けたエネルギーは、どちらとも無く爆発を引き起こした。
「くっ……!」
 爆風は二つの衝突点を中心に広がりヨウタ達をも攻め立て、二人は腕で顔を覆い隠す。
 視界は硝煙に覆われ、周囲は五里霧中の世界と化してしまった。
「……っ、かみなり! とにかく真正面だ!」
 それでも、攻撃の手を休めるわけにはいかない。この一手の選択が勝敗を左右する。
 不確かな手応え、それでも攻め続ける中煙は徐々に晴れていく。
 現れたのは、稲妻を弾き散らしながら猛然と突撃する銀色の重装甲だった。
「ニドキング、受け止めるんだ!」
 慌てて指示を切り替え構えると、ボスゴドラもその技を中断してニドキングと掌をぶつけ合った。だが向こうの方が力が上らしい、ニドキングは徐々に押されていってしまう。
「やれ、ふぶき!」
 更にボスゴドラは自身が優勢な組み合いの最中大口を開け、その目の前の小さな身体は少しずつ氷雪に覆われていってしまう。
『効果は抜群だ! ニドキング、徐々に凍結していきます!』
「ニドキング、戻ってくれ!」
 このまま完全凍結してしまえば、戦闘不能とは判定されないが、およそ戦闘の続行など不可能になってしまう。そうならない内に、手早く交替をする。
「君に頼むよ、ブースター!」
 ヨウタの三匹目はブースター。赤い体毛に覆われた小さな四足。首にベージュのマフラーを巻いていて、おでこには蝋燭の炎のようにマフラーと同色の毛が生えている。
「ボスゴドラ、じしんだ!」
 怪獣が地面を強く殴りつけると、周囲に衝撃の波が広がっていく。
「跳んでだいもんじ!」
 だがそう簡単には食らわない。地を這う衝撃を跳躍して回避、そのまま空中から五方向に広がった炎の弾を放つ。
「もろはのずつきだ!」
 しかし相手は渾身の力を振り絞り突撃。炎など気にも留めずに突き進む。
「フレアドライブ!」
 対してヨウタ達も迎え撃つのは、同じ突撃技だ。落下しながら炎を纏った突撃に渾身の突撃が衝突し、火花を散らしてぶつかり合う。
『あーっと、威力は互角!』
 二匹の衝突に決着が付くことは無く、互いに弾かれてしまった。
「だいもんじ!」
 着地して、再び火炎弾を発射する。その技は大の字に広がり、フィールドを進んで行く。
「ふぶき!」
 対して後退ったボスゴドラも、すぐに体勢を整えて迎え撃つ。
 大冷界に吹き荒れる怒涛のブリザードが、その口から放たれた。
 二匹の間でぶつかり合うそれは、迸る熱気と吹き荒ぶ冷気。互いの温度で拮抗を見せる二つは、しかし徐々にその均衡を崩していく。
『だいもんじがパワーは上か!? ボスゴドラ、徐々に押されていきます!』
 今ではどちらが優位か、火を見るより明らかだった。大の字の炎は、氷雪の抵抗を受けながらも進撃し、敵の眼前に迫っている。
「……っ、腕で振り払え!」
 最早それが意味を為さないと悟ったようだ。口を閉めて、腕を横一閃に大きく薙ぐ。一振りで、寸前まで猛威を振るっていた火炎は容易く掻き消えてしまった。
 だが、それでいい。
「今だ、ばかぢから!」
 腕を横に突き出したような体勢のボスゴドラ、その足元で小さな身体が巨体を睨み付けていた。
 気付き、腕を翳した時にはもう遅い。腹部目掛けて跳躍した小柄は、その体躯に見合わぬ筋力を発揮して、鉄鎧にめり込んだ。
 その巨体がのけぞり、まるで金属の塊が地面に衝突したような重たい音と共に、倒れた。
「ボスゴドラ、戦闘不能!」
『効果は抜群だーっ! ボスゴドラ、たまらずダウンです!」
 着地したブースターは、技の反動で上がる筋肉の悲鳴に眉間にしわ寄せながらも構える。
「……やるなヨウタ、ブースター! ありがとなボスゴドラ、良い戦いぶりだったぜ! じゃあ、ゆっくり休めよ」
 とうとうこの戦場から、一人の戦士が退場する。銀色の装甲に覆われた戦士を赤い光が包み込み、その存在を粒子と化して紅白球に帰還した。
 モニターに表示されたボスゴドラの顔は、黒く染まってしまっていた。
「……じゃあ、次は。デンチュラ、お前に頼むぜ!」
 再び現れた電気蜘蛛。
「ばかぢからは反動で攻撃と防御が下がる、けど……」
 ミツキのデンチュラは特殊攻撃を主体に戦う。それに特殊攻撃のだいもんじを主体に戦えば、攻撃下降の影響も出にくい。それならこのまま続投しても良さそうだ。
「ブースター、だいもんじ!」
「かみなりで迎え撃て!」
 二つのエネルギーがぶつかり合う。だがそれは、僅かな威力の差が生じたか、疲労が祟ったか、徐々に雷が押していく。
「避けるんだ!」
 だがデンチュラはそれを許さない。複眼で逃げる相手を狙い撃ち、逃さず捉えて焼き尽くす。
「ブースター!?」
『さすがデンチュラのふくがん! その高い命中精度は捉えた敵を逃がさない!』
 まずい、このままではブースターが不利だ。相性では有利だが、元来ブースターが最も得意とするのは物理技。特殊攻撃も得意とはいえ、今の状態で押し切れる相手では無さそうだ。
「ありがとうブースター、一度戻って休んでくれ!」
『ヨウタ選手、またも交替だ!』
 ここは一旦、退くことにする。そして次の手だが……。
 ニドキングは先ほどの戦いで負ったダメージが大きい、ムクホークも相性が不利で出すわけにはいかない。
 ならば他のポケモンとなるが、恐らく彼がこの状況に最も適しているだろう。
「次は君だ、オノノクス!」
 オノノクスならば相性的にも有利で、相手のボスゴドラ、つまりドラゴンを受けられるはがねタイプは既に退場している、存分に力を振るえるだろう。
「へ、来やがったな!」
 黄土色の装甲を身に纏い、顎に巨大な斧を携えた竜騎士。オノノクスが光を弾きながら姿を現し、高く吠えた。
「うん、行かせてもらうよ! オノノクス、りゅうのまい!」
 ドスンドスンと地響きを慣らしながら、神秘的な舞を踊って攻撃と素早さを上昇させる。
『出ました、オノノクスのりゅうのまいだ!』
「行くんだ、げきりん!」
 オノノクスの目が不気味な光を放つ。相対するものを恐怖に導く、朱い水晶体。まるで世界の終わりに全てを焼き尽くす劫火の如く、その瞳は朱い怒りに燃えていた。
「めざめるパワーだ!」
 しかし本能に任せ暴れ狂う狂戦士と化した竜騎士。彼はその光弾など容易く引き裂き、獲物へ向かって駆け抜ける。
「跳んでめざめるパワー!」
 爪撃が振り下ろされ、慌てて飛び退り光弾を浴びせる。だがオノノクスは全く勢いを止めずに急接近し、横回転して丸太のような太い尻尾を叩きつけた。
「デンチュラ!?」
 デンチュラは吹き飛ばされ、ミツキの目の前に転がった。大衆に腹を見せ、脚を縮める。
「デンチュラ、戦闘不能!」
 そしてもう動かない、戦闘不能だ。
 獲物を仕留めた凶戦士は、高らかに歓喜に吠え猛った。
『なんということだ! 既に六体四、ヨウタ選手が一方的に押しています!』
 ……確かに、数だけで見たら僕が優勢だ。だけど、実際は違う。僕のポケモン達もダメージを負っている、少しでも気を抜けばすぐに覆されてしまう程の微々たる差に過ぎない。
「ありがとよデンチュラ、お前も休んでくれ」
 その証拠に、彼は、ミツキは全く動揺を見せていない。この程度今すぐにでも巻き返せる、と言わんばかりに落ち着いた様子だ。
「じゃあ、オレの三匹目は……」
 ミツキが新たにモンスターボールを掲げる。次は一体どんなポケモンが出てくるか、固唾を呑んで見守る中赤い閃光が解き放たれた。
「トドゼルガ、お前だ!」
 牙を生やし、顔は白い毛に覆われている。厚い脂肪を蓄えた重厚な青い巨体、トドゼルガだ。
 今げきりんを発動しているオノノクスは、交替が行えない。
 彼は、ここでオノノクスを仕留めるつもりだ。分かっていても、今のヨウタに出来るのは、オノノクスを信じることだけだ。
「オノノクス、頑張ってくれ!」
 だが、オノノクスは応えない。代わりに上がったのは、本能に任せ暴れ続ける野獣の咆哮だ。
 だが相手も負けじと吠える。二匹の怪獣が、今向かい合った。
『さあどうするヨウタ選手! 退くことは出来ません!』
 僕には信じることしか出来ない。だから例え返事が来なくても、声援を送ることにした。
 オノノクスが爪を振りかざし、容赦無く振り下ろす。
「来たな! トドゼルガ、れいとうビーム!」
「跳んで避けるんだ!」
 その声が届く筈は無い、ミツキは撃破を確信した。だがオノノクスは斜めに飛び退り、その光線を回避する。
「いいぞオノノクス、その調子だ!」
『おーっとオノノクス、怒りの中でも回避! 野生の勘が発揮されたか!?』
 未だげきりんは終わらない、オノノクスは本能に任せた暴走を続けている。
「野生の勘もあるだろう、けど、違うな。ヨウタの声に応えたから避けられたんだ」
 憤怒に囚われた心の中でも、主人の信頼の声に応える。オノノクス自身ですらも無意識で行ったそれは、彼らの信頼関係を如実に表していた。
 ヨウタすらも気付いていないだろうそれに、ミツキは静かに微笑みを落とした。
「けど、オレ達も信頼なら負けてねえぜ! 来い、オノノクス!」
 鋭い爪が振り上げられた。
「れいとうビームで壁をつくれ!」
 しかしせっかくの氷壁も、容易く粉々に砕け散ってしまう。
「受け止めるんだ!」
 ならば、とその巨大な牙を盾にする。
「下がるんだオノノクス!」
 トドゼルガの口が大きく開かれ、オノノクスが飛び退る。これでは技を当てられないと判断したのか、トドゼルガは大口を閉じた。
 次はオノノクスが高く跳躍し、尻尾を振り下ろす。
「かみくだくだ!」
「……っ、まずい!? オノノクス!」
 尻尾を振り下ろす、そこまでは良かった。だが相手に受け止められ、その技が来た時点で、全身の毛が総毛立った。この展開は非常に不味い……!
「今すぐ離れるんだ!」
「ぜったいれいど!」
 黄土の鎧を纏った竜の尻尾を、その巨大な牙が捉えて離さない。
 振り払おうともがくが、流石の巨体、その力は凄まじい。オノノクスは中々手間取っている。
「……よし!」
「おせえよ、やれ!」
 それでも、とうとう引き離すことに成功した。だがそれは、あまりにも遅過ぎた。
 尻尾の先から、全身が凍結していく。絶対零度の冷気。大紅蓮の地獄に居るのかと錯覚してしまう程の極低温が、身体の芯すら凍てつかせていく。
 フィールドに、氷の彫刻が出来上がった。
「オノノクス、戦闘不能!」
『……ぜったいれいどが決まった! まさに一撃必殺! オノノクス、たまらずダウン! ヨウタ選手のポケモンがとうとう倒れてしまった!」
「おし、サンキュートドゼルガ」
 ……何も言えなかった。流石はミツキだ、隙が無く攻めてくる。それでも、無理やり攻めなければならない。
「ありがとう、お疲れ様オノノクス、ゆっくり休んでくれ」
 隙の無い相手に、無理にでも突破口を切り開く。どうすれば良いか、考えて一匹が浮かんできた。
「ムーランド、君に任せたよ!」
 フィールドに新たに現れたのは、立派な髭を蓄え、黒く長い体毛に身体を覆われている。
 ムーランドのあなをほる。この技で彼らは、君臨する氷の覇王に挑む。
「あなをほる!」
 早速地面に穴を空けて、姿を隠す。
「なるほど、それで隙を突こうってわけか。良いぜ、来いよ!」
「言われなくても! ムーランド!」
 トドゼルガの背後の地面が隆起する。
「後ろだトドゼルガ、アクアテール!」
「おんがえ……しまった!?」
 そして背後から襲いかかろうとしたが、その目論見は失敗に終わる。穴から飛び出た寛大な巨犬は、その扇に似た形の尻尾に弾き飛ばされてしまった。
「続けてれいとうビームだ!」
 地面を転がるムーランド。砂煙が巻き上がる中、追撃に振り向きながら冷気の光線が放たれる。
「おし、どうだ!」
 握り拳を高く掲げるミツキ。心に余裕を持ちながら、それを見つめている。
 そして、砂煙が晴れていく。
『あーっとどうしたことだ、ムーランドの姿が無い! 代わりに残されたのは、穴のみです!』
「っ、あなをほるで逃げやがったな! トドゼルガ!」
「ムーランド、おんがえしだ!」
 舌を慣らしながら指示を飛ばそうとするミツキ。しかしそれより先に飛び出したムーランドが、背中に全力で牙を立てる。
「背中に乗られたんじゃ攻撃手段が無い。トドゼルガ、振り払え!」
「ムーランド、絶対に離すんじゃない!」
 背中の痛みに必死で暴れ回る鈍重な巨体。だがムーランドは牙を、爪を、全身を使って文字通り食らいつく。
「……しかたない、戻れトドゼルガ!」
『ミツキ選手、たまらず交替だ!』
 ついに相手も観念したようだ。抵抗を諦め、少年の握る球から放たれた光の粒子に身を隠してしまった。
「今度はお前だ、リングマ!」
 交替に現れたのは、丸い耳に逞しい筋肉を備えた太い足、腹部には輪っかが描かれている。二足歩行の熊、リングマだ。
「誰が相手でも……あなをほる!」
 今度も何の妨害も無く、穴に潜れた。もしじしんが来そうなら飛び出せば良い、これで大きなアドバンテージを得た。
「……っ!?」
 が、ミツキとリングマは嬉しそうに目配せをしている。
 しかしムーランドがどこから飛び出すかは分からない筈だ。まだ自分達が有利なのは変わらない。
「今だムーランド、あなをほる! 敢えて、正面だ!」
 相手は背後を警戒しているだろう。今度は読まれないように、敢えて真正面から攻める。
「捕まえろリングマ!」
「なにっ!?」
 だがムーランドは、容易く捕まってしまった。
「教えてやるよ、どうして飛び出す位置が分かったのか」
「なんだって……!?」
 どうやら彼らには、自分達の動きが筒抜けだったらしい。
「リングマの嗅覚はすげえんだ。地面の中の食べ物も残らず見つけちまう」
「そんな……」
「だから、ムーランドの位置を当てるくらいわけないんだぜ!」
 それを自分達は滑稽にも、裏をかく、などと考えていた。悔しいやら恥ずかしいやらで、思わず拳を握り締めてしまう。
「リングマ、インファイト!」
「ムーランド!?」
 敵はムーランドを地面に力任せに叩きつけ、丸出しになった腹に次々拳の雨を降らせていく。
 ようやくそれが止むと、ムーランドはぐったり倒れていた。
「ムーランド、戦闘不能!」
『リングマ、恐るべき嗅覚! 巧みに隠れるムーランドを見事嗅ぎ分け、倒してしまった!』
 ……脅威的な嗅覚もさることながら、それを思い出して利用するミツキもミツキだ。けどそれにしても、まるで以前同じことをやったことがあるかのような息の合い方だった。もしかしたら、あるのかな?
「いや、それより!」
 だけどそんなことはどうでもいい。思考から抜け出して、ムーランドに労いの言葉を掛けモンスターボールに戻す。
「行こう、ブースター!」
 ヨウタが見上げて、モニターを確認する。六つの欄の内、両者共に二つが暗転してしまっている。そして自分が一つ、ミツキが二つ、未だ枠が何も表示されずに空いていた。
 やはりミツキは恐ろしい。最初は僕がリードしていたにも関わらず、今では数が同じになっている。でも、互角じゃない。僕のポケモンは二匹が手負いだけど、ミツキの残ったポケモンで手傷を受けているのはトドゼルガだけだ。
「良くやった、一旦戻ってくれリングマ!」
 彼がまたも交替をする。
「また頼んだぜ、トドゼルガ!」
 現れたのは件のトドゼルガ。どうやら、ブースターを確実に倒そうとしているようだ。
「けど、僕らは絶対に負けない!」
 相手はほのおタイプのブースターに対して有利な、みず・こおりタイプのトドゼルガ。だが、こちらからの攻撃が効かないわけでは無い。
「ブースター、だいもんじ!」
 そう、効かないわけでは無い。いや、効き目はみずとこおりで相殺され、等倍な筈だ。トドゼルガは既に手負い、あまりダメージを負いたくないだろう。
「つっこめトドゼルガ!」
 にも関わらず、その巨体は怯まず突撃してきた。
 大の字の炎がトドゼルガを包み込む。だが相手は容易くそれを突き破り、少しも勢いを衰えさせずに迫ってくる。
「なっ……!?」
「前に言ったろ、ヨウタ」
 思わず言葉に詰まるヨウタに、ミツキは不敵な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「オレのトドゼルガのあついしぼうは、そんなにやわじゃないってな! トドゼルガ!」
「まずい、ブースター!」
 そうか、思い出した。トドゼルガの特性の一つは、あついしぼう。ほのおタイプの技とこおりタイプの技の効き目が薄くなる、という効果だった。
 その巨体が十分に接近したと了解して、振り向き水流を纏った尻尾を振り下ろす。
「アクアテール!」
 駄目だ、近過ぎる。回避が間に合わない。なら……。
「ばかぢから!」
 迎え撃つ他道が無い。勢い良く跳躍して、その尻尾に向かって全体重を乗せて突撃した。
 ブースターは荒れ狂う波を力で無理やり乗り越えて、ついにその発生源へと辿り着く。
 尻尾に渦巻きながら纏わりついて激流が弾け、辺りにシャワーが降り注いだ。
『このパワー対決、なんと勝ったのはブースターだ!』
 確かに、力比べに勝利した、とは言えるだろう。ブースターがその場に着地して、トドゼルガが後退ってしまっているのだから。だが、それもあくまで一時凌ぎに過ぎない。
 その証拠に、トドゼルガは全くくたびれた様子も無く、平気な顔で佇んでいる。
 対してブースターは、今の一撃に迎え撃つだけで息が上がってしまっている。これでは次に繋げられない。
「一度休むんだ、ブースター!」
 これ以上戦わせたらどうなるか、結果は見えている。ここで無為に一匹失うわけにはいかない。交替して、態勢の立て直しを図る。
「ここは……。君に任せたよ、ムクホーク!」
 再度フィールドに姿を現したのは、ムクホーク。大空を華麗に舞う勇士は、この状況を覆せるか。
 ……いや、決まっている。出来るか、出来ないかじゃない。ここでやるしかない。
 この場面で巻き返さなければ、勝利への道は限りなく遠ざかってしまうのだから。
 見上げたモニターに今も表示されているポケモンは、互いに四匹ずつ。だが、受けたダメージの分こちらが劣勢だ。
「やろう、ムクホーク!」
 その呼び掛けに、高らかな叫びが返って来た。
 必ず倒す。そして絶対に、勝利を手にしてみせる。固い決意を胸に掲げて、熱い闘志を瞳に燃やし。ヨウタとムクホークは、自分達と相対し、依然として高く立ちはだかる一人と一匹を見据えた。

■筆者メッセージ
これ、次話で終わるかなあ。長くなったので読み飛ばした方も多くいらっしゃると思います。なので纏めました。
ヨウタ
レントラー 無傷
ムクホーク 無傷
ニドキング 手負い
ブースター 手負い
ムーランド 戦闘不能
オノノクス 戦闘不能

ミツキ
デンチュラ 戦闘不能
ボスゴドラ 戦闘不能
トドゼルガ 手負い
リングマ 無傷
残り二匹 無傷

現在の戦況はこんな感じです
せろん ( 2014/08/26(火) 22:00 )