第60話 満ちる月影、永久の好敵手
「アブソル! サイコカッターで決めるんだ!」
平常の倍はあろう、肥大化した三日月の刃が、膝を突き出し飛びかかってくるルチャブルを切り裂いた。
「ルチャブル、戦闘不能!」
「やったね、アブソル!」
『決着! 準決勝第一試合、最後はアブソル怒涛の三体撃破で、見事ヨウタ選手が勝利を収めました!』
こちらは、まだまだ余力が残っている。つるぎのまいで攻撃を上げたアブソルが活躍してくれたおかげだ。
準々決勝、この準決勝、そして最後の決勝戦。ルールは手持ち六体を全員使うフルバトル。
次に戦うのは、同じく準々決勝を勝ち上がったミツキだ。
自身の為に他者を踏み台にして勝ち進み、最終勝者を、最強を決めるトーナメント。試合の相手はランダムで決定され、自分の意思が介入する余地は微塵も無い。
ある者は自身の不運を呪い、またある者は自身の幸運に胸を撫で下ろす。例え相手が誰であっても、決定は不変だ。
これまで多くの者が歓喜で、或いは屈辱で、また或いは悲痛で。……様々な形で、量りきれない涙が流されてきた。
だが、一年に一度選ばれた強者のみが集結して開かれるこの盛大な催しも明日には終幕を迎える。
とうとう決勝戦の組み合わせが発表された。とは言っても、試合終了時点で分かってはいた。残ったのは、自分と、もう一人の勝者だけだったのだから。
決勝戦、ヨウタと相対するのは、幼なじみのミツキ。同じ時を共に過ごした彼らは同日に同郷を旅立ち、時には対立し、時には助け合い、そしてこれまで何度も戦いを繰り広げ互いを高め合ってきた二人。
「よおし、ついに来たぜ! 決勝戦!」
「うん、負けられないね!」
「そうだよお兄ちゃん!」
ヨウタの部屋に集まった三人。パソコンのモニターに向かうヨウタの背後で、彼らが盛り上がる。
「ミツキ君はどんな戦い方をするのかな?」
「たのしみ! お兄ちゃんとミツキさん、どっちがか勝つのかな!」
……。
「俺はやっぱりヨウタに勝って欲しいな!」
「私は……とりあえず、どっちにも頑張って欲しいな」
「あたしも、お兄ちゃんだけとか、ミツキさんだけとか、どっちかだけのおうえんはできないよ」
…… ……。
「ヨウタ君もミツキ君も本当に強いから、どんなバトルになるのか本当に楽しみ!」
「それに勝てば優勝、負けても準優勝だ。きっとファンだって出来てるだろうな。くっ、かわいい女の子も居るんだろうよ、羨ましいぞヨウタ……!」
「ヒロヤさん、したごころまるだしできもちわるいよ……」
「る、ルミちゃん、しっ!」
「お、おいアカリ! せめて否定してくれよ!」
…… …… ……。
「……あのさ」
必死に相手がどんな戦略か、どんなポケモンで来るか。自分に充てられた部屋のパソコンに向かい合い、考えているヨウタの後ろで、彼らは先ほどからわいわいと騒いでいる。
普段なら全然構わないが、今はポケモンリーグの最中、しかも明日は大事な大事な決勝戦だ。
「なんで僕よりみんなが盛り上がってるんだよ! 後、真面目に考えてるんだから一人にしてくれ!」
正直こういうことは言いたくないのだが、後ろで盛り上がられると集中出来ない。
一喝すると、彼らは渋々、と言った様子で、……アカリだけは謝ってくれたが、とにかく部屋を出ていった。
「……ごめんよ、アカリ、ルミ」
残された一人で、二人への謝罪を呟く。……しっかりヒロヤさんにも悪いと思ってはいるが、口に出すのもなにか違う気がするのでやめておいた。
「……さて」
今度こそしっかりと考える。ミツキのことだ、まずブーバーンは必ず入ってくる。次に……。
……うん。思い返しても、きっと大丈夫な筈だ。勝てるかどうかは分からないけど、とりあえずこれが僕達のベストだ。
「アブソル、ごめんよ。君を出してあげられなくて」
ホテルの裏のバトルフィールドで、明日の試合に出さない彼に謝罪を言う。
ヨウタの手持ちは七匹で交替して出している。
決勝戦のフルバトルは六匹まで、つまりどうしても一匹あぶれる形になる。
その一匹にヨウタが選んだのが、アブソルだ。だが、その理由は力不足や相性の問題では無い。
なら何故選出しなかったのか。それは彼なりのこだわりだ。ヨウタが仲間にした順での六匹。それが明日の選出メンバー。
七匹目のアブソルが、それで控えになってしまった。頭を下げると、彼も気にするな、と首を振る。
「……ありがとう。アブソル、明日は、絶対勝ってみせるよ。ルミと一緒に見ていてくれ」
とモンスターボールに戻す。
「レントラー」
続けてレントラーをボールから出す。
「……明日はついに決勝戦。僕達は、とうとうここまで来たんだ」
思えばこれまで、本当に色々なことがあった。夢も何も無い、ただ幻のポケモンへの憧れだけを持っての旅立ち。
ポケモンの捕まえ方すら知らない、ゼロからの始まり。それでも、ただバトルが楽しいからジムバッジを集めてきた。
だけどセンサイさんに夢を問われ、ミツキやアカリ、様々な人達とのバトルを通して、ポケモンバトルへの思いに気付いた。
そしてそれから漠然と抱いていた夢は、敗北がきっかけで、確かなものへと定まった。
その後はそれまでも戦ってきたエミット団と激闘の末に決着を付け、今こうしてポケモンリーグに臨んでいる。
そう、ずっと……。
「レントラー。これまで、君とずっと一緒に進んで来たよね」
ずっと一緒に戦って、とうとうここまで来た。
「ありがとう、レントラー。君のおかげで、僕はここまで来れたんだ」
自分を信じて戦い続けた、僕の一番のパートナー。僕の為に何度も傷付き、それでも何度も立ち上がって来てくれた最高の相棒。
「君だけじゃない、他のみんなも、アカリ達も……」
ボールの中で今眠っている、六匹の仲間達。
ムクホーク、ニドキング、ブースター、ムーランド、オノノクス、アブソル。
そしてこれまで自分を様々な形で励ましてきてくれた、アカリやミツキを始めとする親友や家族達。
みんなのおかげで、ここまで勝ち上がって来れたんだ。
「次で最後だ。明日のバトル、絶対に勝とう。……いや、絶対に勝つよ。例え相手が、ミツキが、どれだけ強いポケモントレーナーだとしても、負けられないんだ。僕達の夢の為に」
それがこれまで自分を支えてきたみんなが寄せてくれた信頼への、一番の恩返しになる。
決意はとうに固まっている。後は、明日勝つだけだ。
レントラーも、静かに頷いた。
「さあレントラー、ゆっくり休んで、しっかりと英気を養ってくれ」
激しく迸る闘争心を胸に秘めたレントラー。レントラーも、以前の負けが悔しいのか、これまで何度も戦ってきたからか、ブーバーンには負けたくないようだ。だが明日に備えなければならない、とモンスターボールに戻す。
そろそろ戻ろう。
ホテルへの短い道を歩いていくと、よく見知った人影が見えた。
「おーい、ミツキ!」
ホテルから離れていくそれは、ミツキだ。手を振りながら、声を掛ける。
……満天の星空に煌めく、那由他の星々。その中でも一際輝きを放つのは、真昼の太陽と入れ替わりに現れた、金色の満月。
それは太陽の光を受けて、漆黒の闇夜を穏やかに照らしている。
「あのさ、ミツキ」
口火を切ったのはヨウタだ。明日彼とぶつかり合うバトルフィールド、それを眼下に臨む観客席の一番前で、柵に身体を預ける彼に話し掛ける。
「ありがとう」
何より先に出たのは、感謝の言葉だ。
「僕は色んな人やポケモン達に支えられてここまで来た。だけど誰よりも、ミツキのおかげなんだ」
今でも鮮明に思い起こされる、これまでの彼との四度に渡るバトル。
そもそも僕がポケモンバトルに興味を持ったのは、初めての、ミツキとのバトルがきっかけだ。それでバトルの楽しさに気付き、僕は旅の中でジムバッジを集めることにした。
それから二度目で複合タイプや特性の大切さが分かった。
三度目でかつてない程バトルに熱中し、絶対に負けたくない、という僕の思いに応えて進化してくれたレントラーのおかげで勝利を掴んだ。
そして最後、四度目のバトル、僕は強くなったミツキに勝てなかった。だけど僕は改めて思った。ポケモンバトルは楽しい、だけど、負けたら悔しい。僕は負けたくない。ミツキにも、アカリにも、……どんな相手にも。
だから、目指した。だから、誓った。最強のポケモントレーナー、誰にも負けない程強い、ポケモンマスターになることを。誰でもない、自分自身に。
「ミツキとのバトルがあったから、僕はポケモンマスターを目指そう、そう思えたんだ」
彼とのバトル、どれも欠かせない大切なものだ。どれかが抜け落ちたら、きっと今の自分は無かった。
「……オレこそ、ありがとな」
しかしそれは彼も同じようだ。ミツキは言葉を続ける。
「オレは、お前が居たから強くなれたんだ。お前に負けたくないって思えたから、ここまで来れたんだ」
彼が自分に影響を与えたように、気付かないうちに自分も彼に影響していたらしい。
「オレは最初お前に負けて悔しかった。次は勝てたけど、またその次負けた。だから、その次は勝てた」
まるで太陽が沈み、月が昇り、また太陽と月が入れ替わるように。二人は勝利と敗北を交互に繰り返してきた。
「お前に負けないように、オレは強くなり続けた。今オレとお前は二勝二敗だ。明日、決着を付けようぜ」
それは、彼からの挑戦。ライバルからの、宣戦布告だ。
「うん、絶対に負けないよ」
「オレも負けねえぜ」
ヨウタが負けられないように、ミツキも負けられない。どうしても譲れないものが、ここにある。
拮抗する二人の好敵手。勝利を誓うのは、明日の決戦だけでは無い。
「明日も、その次のバトルも、その次も……。これからも、オレはお前に勝ち続ける」
「ううん、出来ないよ。だって、僕は君に負けないから」
「へ、言ったな」
「ミツキこそ」
同じ時を過ごした幼少から、互いに意識し合い、時には衝突し、二人はこれまで生きてきた。その関係は、これからも変わらない。彼らはこの大会が終わっても、競い合い続けるだろう。
明日戦うという幼なじみに、ヨウタは、ミツキは、自然と笑みを浮かべていた。
「……じゃあ、そろそろ戻るか」
明日が最後だ。明日で、旅の全てが終わる。いつまでもこうして話していては、寝不足で全力を奮えない。
「そうだね」
彼の言葉に頷いて、二人は決戦の地を後にした。
夜空は散りばめられた星々が輝き、その中心で金色の月が輝いている。
明日輝くのは月と太陽、一体どちらか。それは、誰も知り得なかった。