第58話 幼なじみ決戦 ヨウタVSアカリ
まだ戦いは始まっていないというのに、血潮が熱く滾っている。
風が吹き、フィールドに敷き詰められた砂々が舞い遊ぶ。
『アキクサリーグ第三回戦最終試合! 同郷ヒガキタウン出身で、共に旅した二人の幼なじみ! ヨウタVSアカリ!』
闇のドレスを纏った暗黒のバトルフィールドを、照明が白い光で照らしている。
長方形を隔てた先で、少年と少女が向かい合っていた。
この三回戦まで駒を進めた闘士の、最後の二人。彼らの戦いで、この一日が終わりを迎える。
「行くよ、ヨウタ君! 私達は負けないよ!」
「うん、僕達も負けないよ! 勝つのは僕達さ!」
互いにモンスターボールを握って、宣言し合う。アカリの瞳は、まるで真夏の夜天に光る淑女星の如く、青く輝いていた。その瞳には、僅かの曇りも無い。
「まずはあなたよ、トゲキッス!」
赤い閃光が弾け、相手の姿が現れた。
大きな翼にちょこっと生えた小さな足、お腹には赤と青の小さな三角が散りばめられ、角のような形のものが赤、白、青と三つ付いている。全身を白い、柔らかな体毛に包まれた天使のようなそのポケモン、トゲキッス。
アカリの先発、トゲキッスは、フェアリータイプとひこうタイプを併せ持つポケモンだ。全体的に高い能力と豊富な技が持ち味で、特性てんのめぐみも相まって敵に回すとなかなか厄介な相手だ。
「君に任せたよ、ムクホーク!」
対してヨウタが出したのはムクホーク。煤色の大きな翼、三日月を横にしたような輪郭で、垂れ下がった毛は先に橙色のメッシュが入っている。
この戦いの瞬間を待ちわびていたかのように、翼を大きく広げて高らかに叫んだ。
ムクホークの特性、いかくだ。その風貌や声などで相手を威圧して、本来の攻撃力を出せなくする特性だ。だが相手は特殊技を主体とするアカリのトゲキッス、この特性が発動しても旨みが無いのが少し悲しい。
「まずは先手だ、ブレイブバード!」
ムクホークが早速攻める。翼を折り畳み、低空飛行での突撃。
「避けてはどうだん!」
だが相手もただで食らってくれるわけが無い。身体を傾けながら上昇して回避、更に全身を包む波動を高めて青い光弾を放つ。
「ムクホーク、あの弾はホーミングするよ!」
ヨウタの言う通りだ。はどうだんはどこまでも相手を追いかけ、標的を捉えるまで食らいつき続ける厄介な技。
ムクホークは振り向いて弾を確認し、加速しながら上昇する。しかしその弾も、更に追尾してくる。
『はどうだん、どこまでも相手を追いかけます!』
「やっぱり厄介だな……。ムクホーク、低空飛行だ!」
「させないよ、エアスラッシュ!」
「……っく、上昇して避けるんだ!」
トゲキッスの羽ばたきで真空の刃が十字に飛んできて、ムクホークは再び高くに逃げることを余儀無くされてしまう。
「ふふ、逃がさないよヨウタ君! もう一度はどうだん!」
アカリは攻撃の手を休めない。ホーミング弾が二つに増えて、ムクホークに襲いかかる。
「……よし、これなら。ムクホーク! はどうだんを撃ち返して、はどうだんにぶつけるんだ!」
二つは時間差で迫ってくる。ならば、それを利用しない手は無い。
今まで背を向けていたその技に真正面から向かい合い、飛んでくる光弾をまるでテニスのように打ち返して、もう一つの光弾にぶつける。当然威力は同じだ、二つは相殺し合って弾けて消えた。
「むーっ……。ならもう一度はどうだん! 今度は増やしたりしないよ!」
「ムクホーク、ブレイブバード!」
眼下でトゲキッスが光弾を放つ。だがムクホークは構わず突撃する。光弾など容易く貫いて下降、すくい上げるように腹に突き刺さる。
「今よ、でんじは!」
だがそれも彼女の策だったのだろうか。至近距離で避けられない、微弱な電気で身体の自由を奪われてしまう。
『でんじは命中! ムクホーク、麻痺状態になってしまった!』
「くっ……、はがねのつばさ!」
「遅いよ!」
まだ距離は近い、翼を叩きつけようとしたが、トゲキッスに後退して距離を取られてしまう。
「エアスラッシュ!」
そして羽ばたきで生み出した衝撃の刃で切り裂かれる。
「ムクホーク!」
ムクホークは地面に落下して、動かない。まるで何かに怯えているかのようにトゲキッスを見つめている。
『あーっと、ムクホーク怯んで動けない!』
「もう一度エアスラッシュで決めて!」
今ムクホークは麻痺状態で、スピードが鈍っている。恐らく、今から避けようとしても間に合わない。
「戻るんだ、ムクホーク!」
紅い光が迸り、直後ムクホークが粒子となって消え失せる。
誰も居なくなった地面を、十字の刃が切り裂いた。
「ボールに戻しても、麻痺の効果は残り続ける。やっぱり厄介だな……」
アカリの戦法、状態異常で相手を苦しめる戦い方。今まで何度も見てきて、味わってきた戦略だ。もしアカリとバトルするのが初めてで、アカリの戦い方を知らなかったら恐らく負けていただろう、けど。
「ちゃんと対策は立ててきたんだ! 君に任せたよ、ブースター!」
次に出したのはブースター。赤い体毛に覆われ、首にはベージュのマフラーを巻いており、おでこには蝋燭の炎のようにマフラーと同色の毛が生えている。
「ブースター、まずは……」
「トゲキッス、でんじは!」
「みがわりだ!」
「ああっ、ずるい!?」
ヨウタが指示すると、ブースターの目の前にいきなりぬいぐるみが現れた。でんじははその、名付けるならばみがわり人形だろう、に命中するがみがわり人形はびくともしない。
アカリが悔しそうに叫んだ。
『でんじは、効果がありません!』
そう、これがヨウタの状態異常対策の一つだ。みがわりは自分の体力を消費して使う技。みがわりを使うと現れるみがわり人形には、でんじはなど相手を状態異常にする技は効果が無い。
「続けていやしのすずだ!」
更にぬいぐるみの影に隠れて、ブースターがまるで鈴のような心地良い声で歌い始めた。
「させない! トゲキッス、はどうだん!」
光弾がみがわり人形を穿ち、共に消滅した。みがわり人形に守られていたブースターは歌を歌い終えて、構える。
『いやしのすず! これでムクホークの状態異常麻痺が回復しました!』
そう、いやしのすずは名前の通りポケモンを癒やす効果を持っている。心地良い鈴の音を聞かせて味方全員の状態異常を回復させる技、つまり先程でんじはを食らったムクホークもすっかり元気になっている。
「っもー、私そんなの聞いてないよヨウタ君!」
「まあ、言ってないからね」
みがわりといやしのすず、これがヨウタの状態異常対策、その二つだ。後一つあるが、それは恐らく最後に使うことになる。
「トゲキッス、エアスラッシュ!」
「ブースター、ニトロチャージだ!」
十字の真空刃を横に跳んで回避して、炎を纏いながら駆け抜ける。
「避けて!」
トゲキッスが身体を傾けて、突撃を回避する。
「マジカルシャイン!」
続けて天を仰ぎ見て、光を放つ。全範囲攻撃、それは攻撃を避けられて背後に回ってしまったブースターの背中をも照りつける。神秘の輝きがブースターの背を焼く、が、ブースターには効果が今一つ。
「だいもんじだ!」
着地して、炎を放つ。直線が五方向に割れて、トゲキッスを包み込む。
「まだよ、トゲキッス!」
焼き尽くす火炎、身を包む灼熱を振り払うようにトゲキッスが舞い上がる。
「まだ倒れなかったか……!」
「トゲキッス、はどうだん!」
「ブースター、だいもんじ!」
トゲキッスは避けようともせずに、光弾を飛ばしてその場にたゆたった。もう避けるだけの力も残っていないのだろう。光弾がブースターの横腹に叩き込まれ、同時に炎がトゲキッスを飲み込んだ。
炎が消えるとトゲキッスが緩やかに降りて、力無く地に臥した。
「トゲキッス、戦闘不能!」
「……よし、まず一匹」
とはいえこちらも二匹は手負いだ、まだまだ油断は出来ない。
「ありがとう、お疲れ様トゲキッス、ゆっくり休んでね。大丈夫、絶対に勝つよ」
モンスターボールに戻すと、トゲキッスは申し訳無さそうに見つめてきた。彼女を安心させる為に約束して、モンスターボールに戻す。
「さあ、次はあなたよデンリュウ!」
彼女の二匹目はデンリュウ。彼女が初めて捕まえたポケモンメリープの最終進化系。
額と尻尾の先に赤い宝珠を持っていて、細長い首、頭には黒い縞の入った角が生えている。
全身黄色の体毛に覆われているが、お腹だけは白くなっている。
「ブースター、フレアドライブ!」
「構えて!」
炎の鎧を纏い突撃するブースター。対してデンリュウは、不動で迎え撃つ。
『フレアドライブ、直撃! まずまずのダメージ!』
デンリュウは地面に二本の直線を残しながら後退するが、やがて勢いが収まり静止する。
「まずいブースター、離れるんだ!」
「デンリュウ、パワージェム!」
デンリュウがブースターを押さえて離さない。ブースターを掴んだまま頭の宝珠から宝石のように煌めくエネルギーを放ち、その背中を穿つ。
デンリュウが手を離すと、ブースターはだらんと倒れた。
「ブースター、戦闘不能!」
「ありがとうブースター、ゆっくり休んでくれ」
ブースターを労い、モンスターボールに戻す。
「お疲れ様、後は僕達を信じてくれ」
モンスターボールの中からトゲキッスと同様申し訳無さそうに見つめてくるそのつぶらな瞳に言葉を掛けて、ベルトにセットする。
「また頼むよ、ムクホーク!」
再び姿を現したムクホークは、先程の麻痺が嘘のように元気に翼を広げた。
「デンリュウ、10まんボルト!」
「避けるんだ!」
直線に飛んでくる電撃を、斜めに羽ばたき避ける。
「接近してくれ!」
「近付けさせちゃ駄目、パワージェム!」
デンリュウが頭から煌めく塊を撒き散らす。避けるのに必死で、なかなか接近することが叶わない。
「10まんボルト!」
その間にも放たれる電撃を、上昇して避ける。
「くっ、近付けない……!」
「まだまだだよ、パワージェム!」
「一度距離を取ってくれ!」
下から突き上げてくる宝石を、飛び退って回避する。そして隙を探して旋回するが、向こうは向こうで付け入る瞬間を狙って視線で追いかける。
『両者、攻めあぐねております!』
……確かに、今のままでは埒が空かない。
「接近するんだ!」
「パワージェム」
「下に避けるんだ!」
距離を縮めている最中、不意に頭の宝石が光った。散らされる宝石を、低空飛行に切り替えて辛うじて避ける。
「……逃げちゃ駄目だ」
きっとこのままじゃあ、同じことの繰り返しだ。ならば、このまま一気に攻めた方が良い。
「ムクホーク、ブレイブバード!」
なおも撒かれ続ける宝石嵐。しかし低空に居ることを利用して、翼を折り畳み煌めく塊を砕きながら突撃する。
「デンリュウ、10まんボルト!」
「負けるなムクホーク、そのまま突撃だ!」
目の前で弾ける電気を、猛進して散らしながら突き進む。
「……受け止めて!」
どうやらその電撃では止めきれないと悟ったらしい、防御に指示を切り替える。
「させないよ、インファイト!」
だが、ここまで近付いたのだ、そんなことは許さない。 始めの一太刀で防御を払い、二の太刀で頭を思い切り叩く。更に足も使って連続で蹴りと翼のラッシュを浴びせていく。
「行くんだ!」
最後に勢いよく突進を食らわせて、デンリュウを突き飛ばした。
「デンリュウ!?」
デンリュウは地面を転がり、仰向けに倒れた。目を渦巻いて、動かない。
「デンリュウ、戦闘不能!」
「お疲れ様デンリュウ、ゆっくり休んでね」
アカリがデンリュウを戻して、とうとう最後になったモンスターボールを構える。
「くっ、ムクホーク!?」
ヨウタが驚き声を上げる。見ると、ムクホークが苦しそうに顔を歪めていた。
『あっとデンリュウ、ただでは倒れない! ムクホークに、特性せいでんきで一矢報います!』
相手はどうやら、触れた相手を自身の纏う電気で麻痺状態に変えてしまうことのあるデンリュウの特性、せいでんきで麻痺してしまったらしい。
これはアカリにとって良い流れだ。
「しまった……!」
もう既にブースターは倒れてしまっている、この状態のまま戦うしか無い。
「うん、そうだよね。デンリュウも最後にせいでんきを残してくれたんだもん、絶対に勝たないと」
ボールの中の相棒も、コクリと頷いた。
「行こう! ロズレイド!」
アカリの最後の一匹。投げられたボールが二つに割れて、中から現れたのは彼女の最も信頼を寄せるポケモン。
両手に赤い薔薇と青い薔薇、それぞれ色の異なるブーケ。マントように首から伸び、背中を隠す長く平たい葉っぱ。
すらっとした黄緑色の足先はまるで黄色いハイヒールを履いているかのように色が変わっており、顔には緑色のマスクを付けている。
仮面舞踏会に参加するかのような装いのそのポケモンは、ロズレイド。
アカリと一番長い時間を共に過ごした、アカリのポケモンの中でも一番の強敵だ。
「ムクホーク、ブレイブバード!」
早速翼を折り畳んで突撃するが、先程の勢いはまるで無くなってしまっている。
「ロズレイド、避けてヘドロばくだん!」
ロズレイドは身を翻して華麗に回避、真横を通り過ぎるそのポケモンにブーケの先からヘドロの塊を飛ばした。
ムクホークはそれに体側を撃たれて、バランスを崩して墜落してしまう。カーリングの石のように地面を滑って、ついに意識も果てまで飛んでいった。
「ムクホーク、戦闘不能!」
とうとう静止したその猛禽は、微塵も動かない。審判の下した通り、戦闘不能だ。
「ありがとう、よく頑張ったねムクホーク。後は、任せてくれ」
ヨウタは労いながらムクホークをボールに戻して、呼びかける。そしてベルトに戻して、いよいよ最後のボールに手を掛けた。
「このバトル……。いや、これからも……。絶対に負けない! 勝とう! レントラー!」
ボールの中の相棒と視線を交わし、意志を確認し合う。負けられない。絶対に勝つ。
二つに割れた球から溢れ出した光を振り払うように、レントラーは首を振る。
「思い出すね、ヨウタ君」
「うん。初めてのバトルも、僕の二匹はムックルとコリンクで……」
「私はメリープとスボミーだったよね」
嫌でも思い起こされる、過ぎ去った日々。
あの時はヨウタが勝利したが……。
「二度目はレントラーとロズレイドで、私が勝ったよね」
まるで遠い昔のように感じられる、かつての戦い。だが、今は干渉に浸っている場合では無い。
「アカリ、ロズレイド、行くよ。……絶対に勝つ!」
「ううん、負けないよ! 私達が勝つ!」
向かい合う二人の幼なじみ。互いの意志をぶつけ合い、構える。
「レントラー、早速行くよ! 接近するんだ!」
「ロズレイド、くさむすび!」
駆け出すレントラーにロズレイドが両手を翳すと、地面から草が飛び出した。だがそれを予期して注視していたヨウタが跳ぶんだ、と指示して回避する。
「だったら、ヘドロばくだん!」
「かみなり!」
向かってくるヘドロの塊を雷電で撃ち落としながら、更に接近する。
「アイアンテール!」
そして軽く跳躍して、側頭部に硬化した尻尾を叩き付ける。
「ヘドロばくだん!」
だがロズレイドも負けてはいない。勢いで倒れそうになりながらも踏ん張って、ヘドロの塊をレントラーに浴びせる。
「下がるんだ!」
着地して、素早く飛び退る。なおも追撃するヘドロはその度に左右に避ける。
「レントラー、かみなりだ!」
「ロズレイド、飛んでヘドロばくだん!」
直線の稲妻を軽々と避けられ、ロズレイドは宙を舞う。レントラーの頭上でアーチを描きながら、連続でヘドロの塊を飛ばす。
「多分、普通に避けようとしたらくさむすびで止められてしまう。跳ぶんだレントラー!」
縦方向に並ぶヘドロの列、斜めに跳んで回避する。
「逃がさないよ、ヘドロばくだん!」
「アイアンテールで防ぐんだ!」
背中にヘドロが飛んできたが、硬化させた尻尾を盾に防御しながら着地する。
『ロズレイド華麗に舞って攻めますが、レントラー、一歩も引けを取りません!』
「レントラー、もう一度接近するんだ!」
しかし今度は技を使って来ない。まるで待ち構えているかのようだ。
「……いや、それでも攻めないと。罠かもしれないけど、進まなきゃ始まらないんだ! かみなり!」
その電撃は、華麗なステップで避けられる。
「行くよ、アイアンテール!」
「避けて、くさぶえ!」
振り払われた尻尾を避ける為、ロズレイドが高く跳躍する。そしてそのまま空中でブーケを手に当て、美しい音色を奏で始める。
「来たね……!」
ヨウタは、それを待っていた。確かにこのままでは、アイアンテールを当てようとすればその前に眠ってしまう。かといって効き目の薄いでんきタイプの技ではその演奏を止められない。だが。
「レントラー、エレキフィールド!」
これが最後の対策だ。美しい音色にうつらうつらしていたレントラーだが、その咆哮で足元に電気が駆け巡る。
エレキフィールドに刺激されたレントラーは、すっかり目が冴え戦士の瞳を取り戻す。
『エレキフィールド発動! その効果でレントラーは眠りません!』
エレキフィールド。少しの間、地面にいるポケモンはねむり状態にならなくなり、でんきタイプの技の威力が上昇する技だ。
アカリのロズレイドがくさぶえを使うのは分かっていた。だからこの技で、対策をすると決めていた。
「レントラー、かみなり!」
振り返って、着地しようとしていたロズレイドに電撃を浴びせる。
「ううっ、本当にバッチリ対策済みだね。でも負けないよ! まだまだこれから! くさむすび!」
「避けてアイアンテール!」
足元の草を軽く跳躍して飛び越え、顔面に尻尾を叩き付ける。
「逃がさないよ、ヘドロばくだん!」
ロズレイドは顔面の痛みに瞳を固く引き結ぶが、でたらめに撒き散らした塊の一つが当たってしまう。
『さあ、ついにバトルも大詰め! 勝つのはどちらだ!』
お互い後退り、睨み合う。息が荒くなり、もう体力が残り少ないことを物語っていた。
「ヨウタ君、レントラー! 絶対に負けないよ!」
「いいや、勝つのは僕達だよ! アカリ、ロズレイド!」
恐らく、次で勝負が決する。足元では、未だ電気が駆け巡っていた。
「勝とう、ロズレイド! リーフストーム!」
「僕達はまだ、負けられないんだ! レントラー、かみなり!」
尖った葉っぱの嵐が吹き荒ぶ、迎え撃つように巨大な稲妻が迸り、二匹の間でぶつかり合う。
『ロズレイドとレントラー、二匹の大技がぶつかり合う! しかし、かみなりが押していきます!』
「そんな、なんで……!?」
実況の通り、嵐は徐々に、徐々に、稲妻の大きな力に制圧されていた。
「そっか、エレキフィールド……!」
威力はこちらが勝っている、相手のレントラーは特性とうそうしんで技の威力が下がっている。だが、まだ後一つ技の威力を変える要素があった。足元のフィールドは、ねむり状態を防ぐだけじゃない、でんきタイプの技の威力を上げる効果もあったのだ。
「お願いロズレイド、頑張って!!」
その声援で、嵐は勢いを盛り返した。しかしすぐに、雷に征されてしまった。
極太の束となった雷が、薔薇の仮面を撃つ。
焦げた臭いが、アカリの鼻にも届いた。
「ロズレイド!?」
ついにロズレイドが、舞踏会から退場した。
白目を剥いて、静かに膝から崩れ落ちた。
「ロズレイド、戦闘不能! よって勝者、ヒガキタウンのヨウタ!」
戦いが終わり、フィールドを走っていた電気も失せる。
歓声が沸き起こる。相手を対策した上で、辛くも手にした勝利。
歓声は、戦いに勝利し、自分の力を誇示した少年だけでは無い、最後まで食い下がり、惜しくも敗れた少女にも贈られていた。
「ううん、誰も悪くない。ヨウタ君達の方が強かった、ただそれだけだよ。ありがとうロズレイド、良く頑張ったね。……本当に、お疲れ様。ゆっくり、ゆっくり休んでね」
負けたのは自分のせいだ、アカリは悪くない、と自責の念に駆られていたロズレイドを抱き締め、頭を撫でる。ロズレイドは静かに頷いて、赤い光に吸い込まれていった。
「ヨウタ君、お疲れ様。それにレントラーも。本当に、強かったよ」
アカリは彼らに歩み寄り、しゃがんでレントラーを抱き締めた。
「(ああっ、ずるいぞレントラー!)」
ヨウタが羨望の眼差しでそれを眺めていると、彼女は立ち上がり、ヨウタ君もすごく強かったよ、私達の完敗だよ、と笑いながら、ヨウタの頭をポンポンと撫でた。
……頭を撫でられるだけなのはやや不満だが、しかたない、今はこれで満足しよう。
「アカリだって、強かったよ。対策してなかったら勝負はどうなってたか……」
「こら、ヨウタ君には私を慰めるよりも先にやることがあるでしょ?」
言いながら、アカリがレントラーに視線を移した。
見ると、期待に満ちた目でこちらを見つめている。
「ああ、ごめんよ、そういえばまだだったね。……本当にありがとう、レントラー。ゆっくり休んでくれ」
そういえば、まだレントラーにお礼を言ってなかった。レントラーにお礼を言いながら首元を撫でると気持ち良さそうに喉を鳴らしていたが、ずっとそうしているわけにもいかない、少ししてモンスターボールに戻した。
「……アカリ?」
彼女に視線を戻すと、彼女は目元を拭っていた。
「あ……。……ううん、泣いてないよ、大丈夫!」
彼女は顔を逸らして、何やら目元を手で擦って、また向き直った。
……全く、アカリは。僕は泣いてるか、なんて一言も聞いてないじゃないか。
「アカリ」
彼女に、右手を差し出す。
「楽しいバトルだったよ、ありがとう」
彼女は少し俯いて、笑顔になった。
「……私も楽しかったよ。ありがとう、ヨウタ君!」
アカリは慌ただしくその手を受け取り、握手を交わすとすぐに離してヨウタに背中を向けた。
「アカリ、ありがとう! 僕は絶対に、アカリの為にも優勝してみせるよ!」
その背中に向かって叫ぶ。
「うん、ヨウタ君なら優勝できるよ! 私、信じてるよ!」
彼女は一度振り返ってそう言うと、また歩き出し、声援の中去っていった。
彼女の笑顔から零れた雫には目を瞑って。ヨウタも歓声を受けながらバトルフィールドを後にした。