第57話 アカリの迷い、ヨウタの思い
「ロズレイド、リーフストーム!」
ある戦いではアカリの相棒のその技で勝負が決し、
「ブーバーン、オーバーヒート!」
またある戦いではミツキの相棒のその技で決着する。
第二回戦が全て終わり、次の対戦カードがついに発表される。
「次は誰だろう」
「誰が相手でも勝つ! ……でしょ、ヨウタ君」
「うん、もちろんさ! アカリだって、そうだろ?」
「えへへ、もちろん!」
ヨウタとアカリは既に次の戦いへの決意を燃やして、熱く盛り上がっている。
「へ、いいよな勝ってるやつらは。どうせ俺達は、日向の道を歩けない……」
「わあ、ヒロヤさんひっくつー!」
「笑え、笑えよ」
そんな二人の隣で、ヒロヤは妬ましそうにそれを見つめていた。
いくらヨウタの成長が嬉しいとはいっても、やはり勝ち上がり栄光を手にしたい、という気持ちはあったようだ。
ルミの面白がった笑いにも、更に卑屈な態度で返す。
「……ははは。さあ、僕の対戦相手は、……っ!?」
言いかけて、ヨウタが固まった。
「どうしたの、ヨウタ君。……っ!?」
アカリが不思議そうにしながら、自分の顔と一緒にヨウタの顔も探す。そしてそれは、ほぼ同時に見つかった。
……見間違いなどでは、決して無い。物心着いた時から見続けてきたその二つの顔を、決して見紛う筈が無い。
自分の顔のすぐ隣で、穏やかに笑っているその顔は。暖かな太陽みたいに、いつも自分のことを明るく照らし続けてくれた、その笑顔。間違い無く、幼なじみの、ヨウタだった。
第三回戦。対戦カードは、ヨウタVSアカリ。
「ヨウタ君……」
「アカリ……!」
衝撃を抑えきれず、二人は思わず対戦相手の名を口に出していた。そしてそれに気付いて、見つめ合う。
「アカリ。絶対に負けないよ!」
驚きはしたが、いつかは当たるのは分かっていた。握り拳をつくって宣戦布告をする。
「……私も、負けないよ」
しかしアカリは、苦虫を噛み潰したような顔でそれを受けた。
ヒロヤを下した、コウイチを下した。もう迷いは無い。だが、彼女は違う。スミカを下した、仲の良い相手を既に倒したアカリでも、この戦いには厳しいものがあるようだ。
それから会話らしい会話も無いまま、彼らはドームを後にした。
それから、帰り道も、食事の時も、一度も会話は無かった。アカリは思い詰めた表情で、吐くのは生返事か溜め息ばかり。
「……はぁ」
そしてそれは今も変わらない。ホテルの裏の小さな、練習用のバトルフィールドで観戦用の小さなベンチに腰掛け何度目かも分からない溜め息を零す。
「次は、ヨウタ君か……」
スミカちゃんを倒した。二回戦は知らない人が相手で安心した。だけどついに、当たってしまった。一番戦いたくない、世界で誰よりも大切な幼なじみに。
勿論、やるからには全力で行く。ヨウタ君は強い。ベストのメンバーで臨む、ポケモン達のコンディションもばっちりだ。
だが、自分はどうだ。張り切っている自分のポケモン達と違い、彼と戦うことへの迷いが拭えずにいる。
親しい相手でも全力で倒す、ルミのおかげで一度は固められた覚悟も、今崩れようとしていた。
「全力で行かなきゃ、だけど……」
相手への侮辱にならないよう、全力で望む。自分のポケモン達の為に、優勝するまで負けるつもりは無い。
……それでも、もし自分が勝ったら、自分が負けたら、と考えてしまっていた。
自分達はポケモンリーグ優勝に向けて努力してきた。それは他の参加者も、ヨウタも同じだ。
もし自分が勝てば、彼の努力を終わらせてしまうことになる。だが自分が負ければ、自分の努力もポケモン達の信頼も裏切ることになる。
他の参加者も勿論そうだが、ヨウタ達にも、自分のポケモン達にも悲しんで欲しくない。決して同時に存在し得ない、二律背反の願い。それは、この大会において叶うことの無いものだ。
「ねえロズレイド。私、どうしたらいいのかな……」
ボールの中の相棒に呼びかけても、相棒はうんともすんとも言わない。……くさポケモンだからか、単に眠いからか、ロズレイドは既に眠っているみたいだ。
まるでアカリの心を映しているかのように、見上げた空に輝く筈の星々は雲に覆い隠されていた。
やはり、アカリのことが心配だ。アカリはきっと、自分と戦うことに悩んでいた筈だ。
部屋を訪ねても返事は無かった、恐らく部屋には居なかったのだろう。しかしアカリは昔から、一人で抱え込むタイプだ。きっと今もどこかで悩んでいる。多分、夜空の星を眺めながら。
「すみません、黒くて長い髪で、白いチュニックの女の子を見ませんでしたか?」
「あ、その子なら先ほど出ていかれましたよ」
「ありがとうございます」
どうやらアカリはホテルから出ていったみたいだ。受付に礼をして、自分もホテルから出る。
……とりあえず、バトルフィールドから見てみよう。
覗いてみると、居た。やっぱり、空を眺めている。
「アカリ。隣、いいかな」
「よ、ヨウタ君!?」
件の彼女は戸惑っている。返事は来ないが、彼女の隣に腰掛ける。
「ねえ、アカリ。アカリは、僕と戦いたくないかい?」
「……ううん、そんなことないよ」
「そっか……」
アカリが気を使っているのは、一目瞭然だった。戦いたくない、そう思っているのは分かっている。
「僕は、アカリと戦いたくない」
「え……?」
「けど、アカリと戦うのをすごく楽しみにしてるよ」
「え、え?」
アカリは戸惑いを通り越して、困っている。それはそうだ、僕だってこんなことを言われたらわけが分からなくなる。
「アカリ。しっかりと、僕のことを見てくれ」
俯き、頭を働かせるアカリ。そんな彼女に、僕は……。鼻の穴を大きく開き、目は三分の一程の大きさに細めて白目を向く。更に眉間にしわを寄せて、顎を突き出した。
「……っぷ。ヨウタ君、なあに、いきなり?」
俗に言う、変顔だ。アカリが笑いながら尋ねてくる。
……笑ってくれて、良かった。もし真顔で見られたら、心が砕けるところだった。
「うん、アカリはそうやって笑顔でいるのが似合ってるよ。ほら、もっと笑って〜」
「も、もう、やめてよ〜」
アカリのほっぺを掴んで口角を引き上げたら、流石にやりすぎたか、止められてしまった。
「……じゃあ、アカリが笑ってくれたことだし、本題に戻すよ。……もし僕がアカリに勝ったら、アカリは悲しむんじゃないか。そう考えると、僕はアカリと戦いたくない」
「……うん、私も。私も、ヨウタ君に勝ったらヨウタ君が悲しむんじゃないかって……」
やはり、同じだったようだ。僕の心配と、アカリの心配は。
「けど僕は、アカリにリベンジを果たしたい。この大舞台で、アカリと最高のバトルをしたい。だから僕は、アカリと戦いたい」
「……最高の、バトル」
自分の言葉を反復するアカリに、うん、と頷いた。
「アカリ。僕と戦うことを躊躇うことは無いよ」
「でも……」
「もし負けるとしても、全力のアカリにやられたなら悔いは無いよ。……多分」
「でも、もし私が勝ったら、ヨウタ君のこれまでの努力が」
「無駄にはならないさ」
不安げなアカリの言葉を遮って、更に続ける。
「これまでの努力は、決して無駄にならない。もし僕が勝っても、僕が負けても……。最後まで勝ち上がれなかったとしても。今までの努力も経験も、次に繋げればいいだけなんだ。だから、僕と戦うことを躊躇う必要は無いんだ」
「……うん。そう、だね。私が負けても、次頑張ればいいんだよね」
「違うよ、どうしてそうなるんだ! 負けちゃ駄目だよ! とりあえずアカリは、アカリが勝つ前提で行かないと!」
「……あははっ」
アカリは自分が負ける気なのか、とその態度を見かねて力説したが、何故だか笑われてしまった。
「ヨウタ君、自分の対戦相手にそんなことを言う? 私が勝てば、ヨウタ君は負けちゃうのに」
「……ち、違うよ。僕は対戦相手のアカリじゃなくて、幼なじみのアカリに言ってるんだ」
「それに私は負けるつもりはありません! 最初からずっと……ヨウタ君にも、みんなにも勝つつもりだよ! さっきのは、もし負けたら、の話!」
……つまり、僕の勘違いだったというわけだ。恥ずかしさに顔がクリムガンになっている気がして、アカリから顔を逸らす。
「こっちを向いてください!」
しかし頬を掴まれて、無理やりアカリの方へと向けられてしまった。
「ヨウタ君、負けないよ!」
「うん、僕も負けないよ! もしアカリが戦うことを躊躇って全力が出せなかったりしたら、末代まで呪うよ!」
「の、呪いすぎだよ! ……うう、がんばらないと」
もし私の子供が呪われちゃったら困るもんね……。なんてね、ヨウタ君が私とのバトルを楽しみにしてくれているなら、私が全力で応えない道理が無いもん。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
ヨウタが立ち上がり、アカリも頷いて立ち上がる。
「……ねえ、ヨウタ君!」
アカリが僕の手を握って、僕は振り返る。
「ありがとね!」
そして彼女が、眩しい、一等星の笑顔を見せてくれた。僕はどういたしまして、と返して、それからたわいの無い話で盛り上がりながら部屋までの短い時間を楽しんだ。