第55話 アカリとスミカ、親友対決
『第一回戦第三試合! アカリ対スミカ!』
「行くよ、スミカちゃん!」
「来なさい、アカリ!」
フィールドで、二人の少女が向かい合う。二人は親友、だが、今のアカリは既に彼女と戦うことに迷いは無いらしい。しっかりと相手を見据えて構えている。
「さ、お願い。コジョンド!」
「まずはあなたよ、ゴチルゼル!」
二人の二匹が向かい合う。黒いドレスを身に纏ったゴチルゼルと、しなやかな毛を鞭のように生やしたコジョンド。
タイプ相性的には、スミカのゴチルゼルが相性は有利だ。
「コジョンド、ねこだまし!」
「サイコショック!」
だがアカリはそんなことでは動じない。的確に、自分の取るべき行動を指示する。
次々に飛んでくる実体化した思念の球を時には避け、時には腕から伸びた鞭で叩き落としながら接近。目の前で、パン、と両手を叩き合わせる。ゴチルゼルはその音に怯み、のけぞって瞼を固く引き結んだ。
「続けてとんぼがえり!」
まだ攻撃は終わらない。続け様に胴体を強く鞭打ち、すぐさま帰還を果たした。
「次はあなたよ、ランクルス!」
次に出て来たのは緑色の液体に包まれたランクルス。モニターの空欄に画像が表示される。
「ランクルス、シャドーボール!」
「シャドーボールで迎え撃って!」
互いの間で影の球がぶつかり合う。
「接近しなさい!」
拮抗する二つの技の横をゴチルゼルが駆け抜ける。シャドーボールの爆発を背に、ランクルスの前へと躍り出た。
「シャドーボール!」
至近距離から繰り出される技、動きの遅いランクルスでは避けられない。
「弾いて!」
慌てて腕で防ごうにも、間に合わない。
『効果は抜群だ!』
その直撃を避けられなかった。効果抜群は確かに手痛い、だがランクルスもその一撃だけで倒れる程やわでは無い。
「シャドーボール!」
返しの一撃。ゴチルゼルは自ら敵の射程圏内に飛び込んだのだ、下がるまでに僅かな時間を要する。その隙を突いて、反撃を叩き込む。相手は慌てて跳び退ったものの、間に合わない。
綺麗にお腹に命中して、フィールドの中央に仰向けに倒れる。
「ゴチルゼル、戦闘不能!」
旗が振られて、モニターに映る顔が灰色に変わる。
「ありがとう、ゴチルゼル。ゆっくり休んでね」
彼女は普段の強気な態度からは想像出来ない慈愛に満ちた微笑みでゴチルゼルを労い、モンスターボールに戻した。
ゴチルゼルは申し訳無さそうな顔をしていたが、スミカはその気持ちだけは受け止めて次のボールを構えた。
「……ふふ」
彼女達のやり取りに、対峙する敵だというのにアカリは失笑を漏らしてしまった。
「ランクルス、私達も頑張ろう!」
彼女の応援に、ランクルスは右手を振り上げて応えた。
「さ、次はあなたよ! レパルダス!」
スミカが次に出したのはレパルダス。前に自分を助けてくれたポケモンだが、今度は敵として立ち塞がる。
「レパルダスはあくタイプで相性が悪い、けど、ランクルス!」
アカリはランクルスを戻さない。何故なら、この技を覚えているからだ。
「きあいだま!」
ランクルスが両手の先にエネルギーを集めて、渾身の力で解き放つ。
「かげぶんしん!」
しかし敵はその影が揺らめき、目で負うのが間に合わない程の早さで数を増やしていく。
あまりにも高速で動くことで生まれる残像、見分けようにもどれも本物と同じ影形、本体も分身も変わらず影がぶれている。
きあいだまは影の一つに当たったが、実体を持たない影、虚しく貫通してしまう。
先ほども言ったように、ランクルスは動きが遅い。その動きには対応がてんで追い付かない。
あっという間に取り囲まれ、戸惑いながら辺りを見回す。
『かげぶんしん! 多い、多いぞ! ランクルス対応出来ない!』
「あくのはどう!」
悪意に満ちた漆黒のエネルギーが四方八方から飛んでくる。生憎それを凌ぐ術は持ち合わせていない。線が突き刺さる、効果は抜群だ。
「き、きあいだま!」
「もう一度あくのはどう!」
二度目のそれも避けられない。
「ランクルス!」
「ランクルス、戦闘不能!」
流石にこれ以上は耐えられなかった。
審判が下され、アカリはお疲れ様、とランクルスを労ってモンスターボールに戻した。
「かげぶんしんか、これは難易度高いね……。私の選んだポケモンは後……」
自分の選出したポケモンの残り二匹を思い出す。
コジョンドはもし先につばめがえしとかをされたらやられちゃうし、この子は……そうだ。
即席にして最善と言える対策法が見つかって、アカリは嬉しそうに口角を上げた。
「お願い、ニドクイン!」
出て来たのは、大きな耳と角も生えた、重い水色の身体。
『さあ、このかげぶんしんにどう立ち向かう!』
「まさか……」
既にスミカには、対策をどう講じるかが見えてしまった。何故なら、彼女との共闘の際に、彼女がその技を使ったのを見ていたからだ。
「どくどく!」
ニドクインが口から紫色の、見るからに猛毒の液体を飛ばす。
「やった!」
「やっぱり……!」
どくどくはどくタイプが使えば必中の技となる。分身にも惑わされること無く、本体を追尾するのだ。
スミカもそれを見たことがあった。だから来るのは分かっていたが、対策出来なかった。
『どくタイプを持つニドクインが使うことで必中となったどくどくが炸裂! レパルダス、動きが鈍っております!』
その細い身体に猛毒は堪えるのだろう、先ほどより少し動きが鈍り、分身も数を減らしていた。
「けど、分身が完全に消えたわけじゃないわ! レパルダス、取り囲んであくのはどう!」
ランクルスの時同様、四方八方から黒い直線が迫り来る。
「あくまで分身は分身、本体は一つ。ニドクイン、どくどくよ!」
放たれた猛毒は、急に方向を転換させて背後に飛んでいく。
「つまり、本体は後ろ! 尻尾で防いで!」
直線の一つは尻尾の盾に防がれて、他は所詮実体を持たない影の攻撃、ニドクインに蚊程のダメージも与えられずに終わってしまう。
「きあいだま!」
振り返って、渾身の気合いを込めたエネルギー弾を発射した。
「避けて!」
しかし間に合わない。真っ直ぐ突き進み、顔面に直撃した。
「レパルダス、戦闘不能!」
『ああーと、効果は抜群だ! 一撃でダウンです!』
彼女はお疲れ様、とレパルダスを労いボールに戻す。
「……いい、アカリ」
彼女は最後のモンスターボールを摘み取る。
「勝つのは……」
そしてそれを構えて、
「私だよ!」
アカリに遮られる。
「……アタシよ、遮らないでよ!」
「えへへ」
スミカが叫ぶが、アカリはペロッとかわいらしく舌を出して悪戯っぽく笑っている。
「(……うん、あざとかわいい)」
観客席からそれを見ていたヨウタは声には出さずに頷き、右から頭を小突かれた。
隣のヒロヤを見るが、顔を逸らされてしまった。
「私も負けないよ! 全力で、あなたに勝つ!」
「いいえ、アタシも負けないわ! ゴチルゼル、レパルダス、それに他のポケモン達の為にも! 絶対勝つわよ、ツンベアー!」
ついに彼女の最後のポケモン、出て来たのはこれも以前共に戦ったツンベアーだ。巨大な腕、鋭い爪、氷柱のような顎髭に丸い尻尾。真っ白いこおりタイプのクマポケモンだ。
「うん、きあいだま!」
「弾いて接近して!」
ニドクイン渾身の光弾は、その巨大な腕の一振りで彼方へ消える。それから腕を地に着き、四足で接近してくる。
「やっぱり、すごいパワーだね。構えて、ニドクイン」
相手は流石熊、四足の時だけとはいえ速度、勢い共にかなりのものだ。
敵の襲来に備えて、ニドクインは迎撃態勢を整える。
「無駄よ、その体型ではこの技を防げないでしょう。つららおとし!」
ツンベアーが駆けながら吠えると、ニドクインの頭上が青白く輝き、いくつもの大きな氷柱が現れた。
「頭上にきあいだま! すぐにどくづきを構えて!」
その光弾が氷柱を砕き、ニドクインはすぐに拳を構える。漏れがいくらか背中に突き刺さるが、そんなものに構っている暇は無い。
「れいとうパンチ!」
「迎え撃つのよ!」
毒と氷、二つの拳が激突する。
「左手もどくづき!」
「右手もれいとうパンチ!」
だがそれだけでは飽き足らず、二匹はまるで自分の力を誇示するかのように空いていた拳もぶつけ合った。
『凄まじいパワー! 互いに一歩も譲りません!』
「うん、もちろんこの力比べも、バトルの勝ちも譲るつもりは無いよ。かみなり!」
既に両拳は塞がっている。だが、まだ角は自由に使える。角の先から電流が迸り、ツンベアーの身体に電撃を走らせる。
「つららおとし!」
しかし同時に、頭上で鋭い零度の刃が光っていた。背中に氷の棘が落下する。
避けようにも、力比べの最中、下手に退くことは出来ない。為す術無く、氷柱の空襲を浴びてしまった。
かみなりはこおりタイプのみしか持たないツンベアーに効き目が特別良いわけでは無い。だが、ニドクインは違う。じめんタイプを持つ故につららおとしが弱点となり、結果受けるダメージはツンベアーのそれとはおよそ倍は差がある。
その差が、勝敗を左右した。ニドクインは痛みに思わず力を緩めてしまい、その瞬間を見逃さず放たれた拳が胸が鋭く胸を穿つ。
「ニドクイン、戦闘不能!」
まるで全身が凍り付くかのような感覚に陥りながら、ニドクインは静かに、崩れ落ちた。
モニターの中の鮮やかな顔が、灰色に切り替わる。
「……さあ、ツンベアー。ここからが正念場よ」
既に相手の最後は分かっている。コジョンド、かくとうタイプのポケモンだ。ツンベアーでは相性が悪い、どう立ち回るかが先の展開も、未来も左右する。
「もう一度、お願い! コジョンド!」
来た。だがこのバトル、負けられない。自然と二人の顔付きは、真剣さを帯びたものに変わっていた。
「コジョンド、ねこだまし!」
接近して、パン、と技が決まる。
『ツンベアー、怯んで技が出せません!』
「一気にいくよ。とびひざげり!」
続けて身を低くして、一気に解き放つ。バネのように伸びたその身体、突き出された膝が、
「アクアジェットで避けて!」
敵を捉えることは無かった。素早く横に避けられ、コジョンドは勢い余って地面に激突してしまう。
「大丈夫、コジョンド!?」
痛む膝を抑えながら、起き上がる。振り向いて小さく頷いて、またすぐに向き直した。
『あっとコジョンド、とびひざげりを外してしまいます! これは痛い!』
とびひざげりは、凄まじい威力の大技だ。かくとうタイプの技の中でも最強と言って誰からの異論も無いだろう。
だが、その絶大な威力と引き換えに、大きすぎる反動がある。二度も外してしまえば倒れてしまうポケモンも居る程、地面にぶつかった時のダメージは大きい。いかに当てるかが重要になってくる技だ。
」ツンベアー、つららおとし!」
「ストーンエッジ!」
頭上の氷塊を尖った岩で砕いて、間髪入れずに地を蹴る。
「何度来ようが同じことよ、アクアジェットで避け」
「とんぼがえり!」
その技は、確かにとびひざげりならば避けられただろう。一瞬屈んで、突撃する。その一瞬の隙に、回避が出来るからだ。
だがアカリが指示したのはとんぼがえり。回避の隙も与えずその胴を鞭打ち、元居た場所に帰還を果たす。
「つららおとし!」
「もう一度ストーンエッジからのとんぼがえり!」
二度目も結果は同じだった。また、手傷を負わせられるだけ負わせられて逃げられてしまう。
「このままじゃ……!」
前のダメージが残っている、ツンベアーが先に倒れてしまうことは明白だった。
「なら、一気に行くわよ! アクアジェット!」
そして焦る心が、この状況に於いて最悪の指示ミスを引き起こしてしまった。
「来たね……! とびひざげり!」
水を纏い突撃するツンベアーの顎に、凄まじい膝が炸裂した。
ツンベアーは勢い余って、少しの間コジョンドの横を滑っていき、やがて止まった。
「ツンベアー!?」
「ツンベアー、戦闘不能! よって勝者、ヒガキタウンのアカリ選手!」
『ついに決着! 勝ったのは……アカリだーっ!』
「……ありがとう、ツンベアー」
スミカはツンベアーの隣に屈んで、その身体が放つ冷気で手が霜焼けするのも構わず撫でた。そして、目の前でコジョンドと勝利の喜びを分かち合っている少女に声を掛ける。
「アタシのっ……」
駄目だ、ライバルの前で泣くわけにはいかない。放っておけば零れ落ちてしまいそうな何かを抑えて、懸命に言葉を紡ぐ。
「アタシの、負けよ。いい、アカリ! アタシに勝ったんだから……、絶対優勝しなさいよ!」
「スミカちゃん……。うん、もちろんだよ!」
互いに手と手を握りあい、固く握手を交わす。だがスミカはすぐに手を離して、走り去ってしまった。
「じゃあ私達も戻ろっか、コジョンド」
その言葉でコジョンドは彼女の握っている自分のカプセルハウスに戻り、アカリもバトルフィールドを出て行った。
「……負けた。勝てなかった……」
ホテルへの数十分の道。戦いを終えた一人の戦士は、無念と謝罪の気持ちに包まれ歩いていた。
「ごめんなさい、コウイチ……!」
いつか必ず、ポケモンリーグで戦おう。そんな約束を果たした親友と、しかし相見えることはこれで無くなった。とぼとぼと帰路を辿っていると、
「おりゃーっ!」
いきなり勢い良く肩を掴まれた。
「な、いきなりなにすん……」
出しかけていた言葉が、思わず詰まってしまう。それは……。
「コウイチ!?」
約束の相手、コウイチだったからだ。
「コウイチ、ごめんなさい……! アタシ、約束を……!」
「スミカのっ……っ! スミカのっ、バカっ!」
無念に包まれながら謝罪しようとしたところで、突然の罵倒。
「な、なんですって!?」
思わず落ち込んでいたことなどすっかり忘れて、声を荒げてしまっていた。
「何、柄にも無く落ち込んでるんだよ! いつものスミカはそんなんじゃない! いつもはもっと負けず嫌いで、強気で……!」
「コウイチ……」
だが、すぐに分かった。彼が自分を励ましてくれようとしているのだと。
「自分勝手でわがままで、暴力的で、短気で……! そんなスミカが落ち込むなんて、らしくないよ! 似合わなすぎるよ!」
「アンタね……! 色々と多いのよ!」
だが、言い過ぎてしまった。コウイチの頬に平手が飛ぶ。
「アウチ!?」
だがコウイチは、打たれたというのに笑顔を浮かべた。
「……ほら、それでこそスミカだよ。そんなじゃないと、ボクが安心出来ない」
どうやら、殴られるのは承知の上だったらしい。いや、むしろ、殴られる為にあれだけ言ったのだろう。
「コウイチ、あなた……」
「だからさ、顔を上げて。ね、見なよ。太陽は今もあんなに眩しっ!?」
スミカを促す為に先に見上げて、コウイチは眩しさに目を焼かれてしまった。慌てて目を瞑って、視線を落とす。
「……ふふ、当たり前でしょ。コウイチ、相変わらずバカね」
「し、しかたないじゃないか、それがボクなんだから……。スミカだって、相変わらず手厳しいよ」
「しかたないでしょ? それがアタシなんだから」
彼の言葉に、同じような言い回しで返す。
「……ははっ」
「……ふふ」
それが何だかおかしくなって、どちらからともなく笑い出した。
「なーんか、バトルの後だからかしら、お腹空いてきちゃった」
「じゃあ、何か食べに行こうか」
「あなたの奢りでね」
「ええっ!?」
財布の中を焦りながら見るコウイチの隣で、空を見上げる。確かに眩しい、だけど、今はこの輝きの中に溶けていたい気分だった。