第53話 ヨウタとヒロヤ、最初で最後の対決
フィールドの広さはポケモンジムと大差無い、相違点といえば天井が吹き抜けになっている程度だろう。
『ついに始まります! 戦いの殿堂、ポケモンリーグアキクサ大会第一回戦第一試合、ヨウタ対ヒロヤ!』
実況が待ちくたびれたとばかりに声高に叫ぶ。
ドームの中のバトルフィールドで、赤い帽子を逆さにかぶった少年と、真ん中分けの黒髪の青年が向かい合っていた。
自分達を取り巻く、これから始まる戦いに胸躍らせる歓声。
この場に立っているだけで、闘志が溢れ出してくる。
これは、思い思いに輝く八つの強者の証、それを手に辿り着いた者にのみ与えられる栄光だ。
「よう、ヨウタ」
「ヒロヤさん」
対峙するのは旅を始めたばかりの頃に出会い、自分に様々なことを教え、成長させてくれた師匠のような相手。
共に過ごし、同じ道を歩んできた兄貴分の青年だ。
だが、今のヨウタに彼と戦うこと一切の迷いは無い。
「僕は絶対に、あなたに勝ちます」
双眸に宿る焔が揺らめき、気炎万丈、燃え盛る闘志が青年の一身に降り注ぐ。だが、彼は僅かの物怖じも見せない。
「ハ、いい眼じゃないかヨウタ」
そのどこまでも広がる蒼天の瞳は揺るぎなく、紅蓮の意志を包み込む。
「けどな、ヨウタ。勝つのは……俺だ!」
まるで、青天に走る稲妻の如く。
「行くんだオノノクス!」
「まずはお前だ、ジバコイル!」
宙に放り出された紅白の球から、赤い閃光が迸る。
自分達の命運を賭けた最初の戦いが、今幕を上げた。
向かい合うのは、片方は黄土色の鎧を纏い、大斧を装備した二足歩行のドラゴン、オノノクス。もう片方は三つのユニットを持っていて、中心には黄色いアンテナが、肩のような横の二つにはU字の磁石がついている。
「オノノクス、じしん!」
その筋肉の発達した太く逞しい脚が、力強く地面を踏みつける。その行為により発生した衝撃が波となり、円形に広がっていく。
『おおっと、これは強烈な攻撃! 当たればひとたまりも無いぞーっ!?』
じしんはじめんタイプの技、でんき・はがねというどちらもじめんタイプの技を苦手とするタイプを有すジバコイルには効果が抜群。当たれば倍の、そのまた倍のダメージが襲いかかることだろう。
体力が万全の状態だと、どんな攻撃を受けても一撃は耐える特性、がんじょう。その持ち主のジバコイルと言えども、相手の特性を無視して攻撃出来る特性、かたやぶりの持ち主のオノノクスの前では確実に一瞬で屈するはずだ。
「だろうな。でんじふゆう!」
だが、それはあくまで当たれば、の話だ。いくら絶望的なまでに苦手なタイプの攻撃と言えども、当たらなければどうということは無い。
地を這い迫り来る波を尻目に、ジバコイルはユニットの先のを磁石を回転させ、電気でつくった磁力で悠々と浮上する。
無論、その技の性質上地面に接している相手にしか当たらない為、今のジバコイルには効果が無い。
『ジバコイル、でんじふゆうを用いて回避ーっ!』
「くっ……!」
やっぱり覚えていたか、でんじふゆう……! オノノクスがじしんを覚えていることを、ヒロヤさんが分からない筈が無い。だのにジバコイルを交替しないなんて、嫌な予感はしてたんだ……!
「……やっぱり、お前の先峰はオノノクスだったな」
ヨウタの思考を読み取っているかのように、ヒロヤが口角を上げて不気味に笑った。
「分かってるぜ。高い突破力と優秀なタイプに加えて、りゅうのまいで上手くいけば一気に流れを掴める。最初のバトルだ、まずは調子を上げたかったんだろう」
……そう、その通りだ。僕がオノノクスを先発に配した理由を全て言い当てている。さすがはヒロヤさんだ。けど……。
「確かに、そうです。けど、バトルはまだまだ始まったばかり! 絶対負けませんよ!」
こんなところで負けられない。コウイチも、アカリも、ミツキも。ライバル達がまだまだ待っているのだ、彼らと戦う為にも必ず勝たなければならない。
「ああ、そうだ、本気で来い! もっと俺を楽しませてくれよ! ラスターカノン!」
「避けてくれ!」
ジバコイルがその体の中心となるユニットの眼球に光を集め、金属光沢にも似た輝きが直線となり放たれる。
だが、遠距離から放たれたそんな単純な攻撃を食らう筈も無い。横にステップを踏み、光線が徒に地面に風穴を開ける。
「戻るんだ、オノノクス!」
『おっと、ヨウタ選手ポケモンを交替だ』
オノノクスでは今のジバコイルに有効打は無い、ここは大人しく戻した方が賢明だ。
「頼んだよ、ムーランド!」
このムーランドなら、ジバコイルが浮いても関係なく弱点の技を食らわせられる。
「なるほど、確かにそいつならほのおのキバでジバコイルの弱点を突けるな」
だが、それも見透かされているようだ。思わず奥歯を強く噛み締めるが、ここで冷静さを失っては相手の思うつぼ、深呼吸をして心を落ち着ける。
「戻れ、ジバコイル」
……ここでジバコイルを戻す、ということは、相手にとって今倒されたら困るということだ。恐らく、ジバコイルが居なければオノノクスの猛攻を止められないのだろう。
「次はお前だ、カイロス!」
『ヒロヤ選手、ここで交替をします』
頭上のモニターが光る。ヨウタ達の顔の下の三つの空欄は、オノノクスとムーランド、ジバコイルとカイロスの本物を色彩まで写し出した写真で二枠ずつ埋まった。
「まずはがんせきふうじ!」
異空間から喚び出された大岩か、次々に降り注ぐ。
「あなをほるだ!」
空襲から逃れる為に、急しつらえの防空壕をつくり逃れる。
「……っ、まずい、飛び出すんだ!」
だが、すぐにそこから飛び出した。その避難すらも罠であることに気付いたのだ。
「気付いたか、ヨウタ。けど、まだまだちょろあまだぜ! インファイト!」
しかしそれすらも彼の策略の内。飛び出し、着地しようとしたムーランドに猛然と迫り、懐に潜り込んで、まず腹に拳を叩き込む。連続的に時には拳が、時には脚が雨のように降り注ぐ。
防御を捨て、懐に潜り強烈な連撃を叩き込むかくとうタイプの技、インファイト。ノーマルタイプのムーランドに効果抜群のその技は、一気に体力を削っていく。
『インファイト炸裂ーっ!』
そして猛烈なラッシュの果てに強力な跳び回し蹴りが炸裂し、ムーランドはヨウタの眼前まで蹴り飛ばされた。
「がんせきふうじ!」
「くっ、一度休んでくれムーランド!」
うつ伏せになって倒れている背中に再び岩が落下した。ムーランドがボールに戻されるのと、岩が激突するのはタッチの差であった。
「頼むよオノノクス!」
現れたのは、またも黄土の竜だ。
「りゅうのまい!」
『オノノクス、能力を上昇させます!』
ドスンドスンと地響きを慣らしながら、神秘的な舞を踊って攻撃と素早さを上昇させる。
「シザークロスだ!」
まだダンスも終わらぬうちに、接近して腹を切り裂いた。だがオノノクスは倒れない、それでも構わず舞い続ける。そして、自身を高める舞も終わりを告げた。
「行くんだ、暴れまわれ! げきりん!」
げきりんは、普段眠れる竜の暴虐性を意図的に呼び覚まし、本能のままに暴れ狂うドラゴンタイプの大技。
ここでカイロスを倒すと、恐らくジバコイルが出て来るだろう。だが、例えじしんをしてもでんじふゆうで防がれる。ならば全力で、最初から怒りを解放した方が良いだろう。
『げきりん、発動ーっ!?』
「来たなっ!? 防げ!」
振り下ろされた爪撃がカイロスの防御を容易く打ち砕く。それでも一撃では崩れなかったが、直後薙がれた尻尾に弾き飛ばされドームの壁に激突した。
「カイロス、戦闘不能!」
「ありがとなカイロス、ゆっくり休めよ」
旗が振られる。ヒロヤに労われたカイロスは、申し訳無さそうな瞳を彼に向けながら赤い粒子となり消え去った。
見上げると、モニターに表示されたカイロスの顔は灰色に変わっていた。
「まあ当然、次はこいつだよな。ジバコイル!」
やはり姿を現したのは未確認飛行物体に酷似しているジバコイル。
「やっぱり、来るよね……!」
このげきりん状態では指示を出しても聞き入れない、ヨウタはただ見ているだけしか出来ない。
『オノノクス、依然猛威を奮い続けます!』
オノノクスの爪が、ジバコイルを捉える。だが、流石鋼のボディ、少し揺らぐもすぐに持ち直す。
「まずは素早さを貰うぜ」
不吉な笑みが浮かび上がる。
「この距離なら回避は出来ないな! でんじほう!」
ユニットの先の磁石がフル回転し、火花を散らしながら二つの間に電気が集中し、紫色の光球をつくっていく。
そして一点に集中されたその弾が、オノノクスに向かって零距離で発射された。
「しまっ……!」
『でんじほう、命中ーっ!! オノノクス、麻痺状態になってしまいます!』
でんじほうの追加効果。命中精度は他の技に大きく劣るが、その代償として当たれば相手を必ず麻痺状態へと変える、強力な効果を持っている。
未だ、オノノクスの暴走は止まらない。もう一度爪を振り下ろすが、
「ラスターカノン!」
身体が痺れて、またこれまでのダメージも大きく、平常に比べて動きが極端に鈍ってしまっている。爪が届く前に金属光沢を持つ光線に貫かれ、ふらりと倒れてしまった。
「オノノクス!」
「オノノクス、戦闘不能!」
「……ありがとう、よく頑張ったね。ゆっくり、身体を休めてくれ」
モニターに映る顔がまたも色を失う。無理やりの暴走を命じたのだ、負担も大きかっただろう。それでも応えて戦ってくれたことに感謝して、モンスターボールに戻した。
「君に頼むよ、ムーランド!」
先ほどの攻防で大きなダメージを負ったムーランドを、最後の戦いへと駆り出す。現れたムーランドは、肩で息をしていたがすぐに態勢を整えた。
「ラスターカノン!」
「ほのおのキバ!」
放たれる光線、しかしヒロヤの予想に反して真正面から受けて立たれた。金属光沢は、燃える牙の中に溶けて消えていく。
「まずい、ジバコイル!」
それでも押しきろうとしていたヒロヤ。だがそれは敵わず、ついに眼前に攻め込まれてしまった。
「行くんだ!」
ついに炎の牙を向き、鋼の身体に突き立てた。
『あーっと、効果は抜群だーっ!』
鋼の身体を持つジバコイルは高い防御力を誇るが、それ故に熱に弱いという欠点を持つ。熱に飲まれ、正に身を焦がす苦痛に目を強く引き結ぶ。
「やったか……?」
「まだまだ、だろ? ジバコイル」
その瞬間、ジバコイルの目が見開かれた。
「よし、10まんボルト!」
電撃がムーランドに襲いかかる。これも零距離の攻撃、避けられる筈が無い。電撃に焼かれ、敵を捕らえる牙は離れうつ伏せに倒れた。
「ムーランド、戦闘不能!」
「ありがとうムーランド、後は任せてくれ。君の頑張りは無駄にしない、僕はきっと勝つから」
もう後は無い、相手の最後の一匹も分からない。だが、負ける気はしなかった。ここから先の勝負、後はこのポケモンに懸かっている。
「さあ、行くよ」
最後のモンスターボールに手を掛け、それを掴んで突き出す。
「アブソル!」
赤い光とともに現れたのは、三日月の角。
「なっ……!?」
それに衝撃を受けたのは、他でもないヒロヤだ。ここまではほぼ計算通り。だが、最後の最後であてが外れた。
『これでヨウタ選手は残り一匹、もう後が無い!』
「驚いてますね、良かったです」
どうやら、それは彼が狙って外したもののようだ。
「ヒロヤさんはきっと、僕は最後にレントラーを出すと思ったんでしょう。僕もそうしたかった」
「なるほど、それでわざと……」
「そう、外したんです。ヒロヤさんは僕の戦い方を知っている、それじゃ勝てない。だから、変えました」
きっと、ヨウタはただ読みをずらしただけでは無い、俺の戦い方を知っているのだから技構成も変えていることだろう。
「行きますよ」
ヨウタが高く天を指し、息を吸い込む。
「だいもんじ!」
アブソルから熱線が放たれた。それは途中で五方向に分裂し、それぞれ異なる角度から襲いかかってくる。
「やっぱりな……!」
攻撃の死角が無い、炎と炎の間もジバコイルの身体の大きさでは抜けられない。
……駄目だ、避けられない。炎の中、ジバコイルは自分の名を叫ぶ声が聞こえた。
「ジバコイル、戦闘不能!」
『強烈な一撃! ジバコイル、たまらずダウン!』
「サンキュージバコイル、ナイスファイト。後は任せろよ」
ヒロヤもジバコイルを労い、ボールに戻した。
……さあ、ここからが正念場だ。予測が外れたことで勝負は分からなくなった、気を引き締めなければ。
「最後だ、行くぜ相棒!」
赤い光は空中で弾けた。大空を、大きな鋏を持った青みがかった紫がグライドする。
やはり、彼の最後の一匹はグライオン。当然だ、相手はレントラーを想定していたのだから。だからこの技も覚えさせていた。
「アブソル、れいとうビーム!」
冷気を纏った光線が直線となり伸びる。
「幸いこのフィールドは吹き抜けだ、俺達に分がある。さあ、ここからは俺達のステージだ! 飛べ!」
だが、それは難なく避けられた。相手はひこうタイプ、自分に与えられたアドバンテージを存分に活かして空を滑っている。
「ストーンエッジ!」
「避けるんだ!」
上空から、岩が局地的な雨となり降り注ぐ。横に、後ろに、とステップを踏みながら回避する。
「跳ぶんだ!」
攻撃が止んだ、その瞬間を狙い撃つ。
「れいとうビーム!」
だがそれも、宙を滑って避けられる。なんの成果も得られず、虚しく地を踏んだ。
「もう一度れいとうビームだ!」
それでも、攻め続けていればいつかは当たる筈だ。
「ハサミギロチンだ!」
冷気の光線を放つが、ついに敵も攻めてきた。直線はその紙のようにハサミに容易く引き裂かれる。
「跳んで避けるんだ!」
その攻撃に当たるわけにはいかない。高く跳躍し、グライオンを真下に回避した。
「甘いぜ、じしん!」
下を通り過ぎ、そのまま地表すれすれを飛行する。そしてアブソルの着地のタイミングに合わせて、地面に鋏を叩きつける。衝撃波が広がり、今にも地に着けられんとしていた脚が掬われる。
『一撃必殺、当たらない! しかしグライオン、見事な切り返しだ!』
「……っ、だいもんじ!」
流石、よく鍛えられている。だが、アブソルもその一撃でやられる程やわでは無い。すぐに立ち上がって火炎を放つ。
「ストーンエッジ、散らせ!」
五方向からの炎に対して、相手は岩を局所に集め、一気に解き放つ。岩の刃に切り裂かれ、炎も届かない。
そしてみすみす上空へ逃れるチャンスを与えてしまった。
「サイコカッター!」
「叩き落とせ!」
二匹の距離は離れている、遠ざかれば遠ざかる程技の威力も落ちる。空中高くにいるグライオンは、弱まった思念を鋏で容易く振り払った。
「……やっぱり」
やっぱり、頭上をずっと飛ばれてちゃ厄介だ。なんとかして翼をもいで引きずり落とすか、接近しないと……!
……待て、そうだ。要は上手く飛べなくさせればいいんだ。障害物さえあれば、きっとあの空中機動性を奪える。
「アブソル、れいとうビーム!」
「無駄だヨウタ、当たらねえよ!」
「地面にだ! 氷柱をつくってくれ!」
地面に向けて放たれた光線がどんどん空に上がっていく。少しすると、フィールドには一本の高い氷柱が聳え立っていた。
「ビャクグンさんのユキノオー程のパワーは無いけど、僕達だってこのくらいは。もっとだ!」
『なんということだ、次々にフィールドに氷柱が立っていきます!』
以前ビャクグンとのバトルで、また自分達を助けてくれた時に見せた氷柱。見様見真似のそれはこおりタイプを得意としないアブソルは彼らには劣るが、それでもつくりあげられた。
フィールドに、どんどん柱が出来上がっていく。
「っ、懐かしいことをしてくれるな……!」
グライオンはキョロキョロと戸惑いながら辺りを見回す。あちらには氷柱、こちらにも氷柱。飛ぶ際の障害になるのは明白だった。
「れいとうビーム!」
「避け……っ、ストーンエッジ!」
下手すれば氷柱にぶつかり、れいとうビームも食らってしまう。迎え撃ち、その技を弾き返した。
「だったら氷柱を使って接近するんだ!」
それでは攻撃を当てられないと悟り、アプローチを変える。一つの氷柱を蹴って跳び、また別の氷柱を蹴って跳ぶ。そうしてどんどん天空の化け蠍に手を伸ばす。
「接近させるな、ハサミギロチン!」
それをさせるまいと氷柱を切り倒してアブソルに向かって落とすが、それを蹴ってまた別の氷柱に飛ばれてしまう。そしてついに天まで届き、グライオンの頭上へ躍り出る。
「れいとうビーム!」
「ストーンエッジ!」
二つの技は激突すること無くすれ違う。グライオンは冷気に包まれ、アブソルは岩の雨に貫かれ、どちらも地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。
「グライオン!?」
「アブソル!?」
二匹の衝突の衝撃で、フィールドに砂煙が舞い上がる。
『二匹の姿が見えない、果たして最後に立っているのはどちらか!?』
徐々に砂煙が晴れていく。その中で立っていたのは……。
『なんと、両者健在だ!?』
二匹だった。互いに息を荒げ、睨み合っている。
「……次で最後だ」
「絶対負けないぜ」
一呼吸の後、大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「行くんだアブソル!」
「行け、グライオン!」
同時に地を蹴り、アブソルは駆け、グライオンは低空を滑り、二匹の距離は一気に縮まっていく。
「トドメだ、ハサミギロチン!」
鋏が銀色のエネルギーを纏い、敵を一瞬で断ち切る巨大な刃へと変貌を遂げる。
「アブソル……!」
罪人を処刑する巨大な鋏が、鈍く光って天高く掲げられた。
「ふいうち!」
しかしそれが振り下ろされる瞬間が訪れることは永遠に無かった。
アブソルは一瞬でグライオンの背後に回り込み、無防備な背中を切り裂いた。
グライオンは鋏を掲げたまま白眼を剥き、静かに崩れ落ちた。
「ぐ、グライオン!?」
その呼び掛けに応えられるものは、今この場に存在しない。
「グライオン、戦闘不能! よって勝者、ヒガキタウンのヨウタ!」
『決着! 第一回戦第一試合、これにて終了です!』
審判が下された。どうやら勝利の女神は、処刑人には微笑まなかったらしい。
「……よく頑張ったなグライオン、お疲れ様。ジバコイル、カイロス、ごめんな、勝てなくて」
師弟の戦いは今決した。ヒロヤは相棒をモンスターボールに戻し、
「ヨウタ、……本当に、強くなったな」
と呟いて、バトルフィールドを後にした。
「ヒロヤさん……。……ヒロヤさんのおかげです、ありがとうございました!」
その背に向かって叫ぶと、彼は一度立ち止まり、軽く手を振ってまた歩き出した。
「アブソル、ありがとう、お疲れ様。君もゆっくり休んでくれ」
ヨウタもアブソルを労いボールに戻し、オノノクスとムーランドのそれを取り出した。
「オノノクス、ムーランド、二匹もありがとう。君達も、お疲れ様」
そしてボールに戻し、ヨウタも振り返る。
割れんばかりの歓声を背に、彼もバトルフィールドを立ち去った。