第52話 開幕、ポケモンリーグ
聖火が灯され、ルール発表なども済んだ。群雄割拠するドームで、一段上からクロガネのスピーチが始まる。それも終わり、プログラムもついに最後。これを見てから、皆自室で戦いに備える。
……最後のプログラム、対戦カードの発表だ。最終勝者は唯一人。ここから互いに蹴落とし合い、潰し合い、高みを目指す戦いが始まる。クロガネの顔を大きく映していた正面のモニターが一瞬暗転して、再び明るくなる。
現れたのは参加者総勢64名の顔写真だ。カードを模した四角の枠に縁取られている。それが裏返り、シャッフルされて対戦相手が隣合うように配置されていく。
「あった」
次々と組み合わせが発表され、ついに自分の顔が確認出来た。
「対戦相手は……」
自分の顔の隣に表示されている顔を見る。その顔は……。
「ヒロヤさん……!?」
目を擦って再度見てみるが、やはり結果は変わらない。
……何度見ても、真ん中分けで空色のシャツ。爽やかな笑顔で笑っている、彼、ヒロヤだ。
「……」
……今まで共に旅してきた、大事な仲間、ヒロヤさん。まさか、ヒロヤさんが相手なんて……。
「ヨウタ君……」
「ヨウタ……」
僕が戸惑っている間にも、人の波はどんどん動き、人々は数を減らしていく。後に残ったのは、僕と、アカリと、ミツキと、スミカさんと、……。
「……よう、ヨウタ」
ヒロヤさんだけだ。
「……ヒロヤさん、僕は」
「明日のバトル……。いくら相手がお前だろうと、手加減はしないぜ。俺は全力で行く、お前も全力で……俺の本気について来い!」
ヒロヤさんは僕の言葉を遮ってそう言って、「じゃあな、夜更かしはすんなよ」と去ってしまった。
「アカリ! 明日は絶対負けないわよ!」
僕の隣で、黒髪が揺れた。まさか、とアカリの対戦相手を見てみると、それはスミカだった。
「スミカちゃん……」
僕と同じで、アカリもショックを受けているみたいだ……。
「あなたはアタシのライバル、手を抜いたりなんかしたら恨むわよ!」
そしてスミカさんは、「明日はお互い本気で戦いましょう。私が勝つけれど」と言い残しドームを後にした。
「……ヨウタ、アカリ。オレも頑張る、……お前達も、頑張ってくれ」
そしてミツキも居なくなってしまった。
後には、僕とアカリだけが残された。
「……アカリ。僕の対戦相手は、ヒロヤさんだったよ」
……アカリを放って去るに去れずに、……いや、これは言い訳だ。僕もアカリと同じで、最初の対戦相手が誰であるかを認めたくなくて、でも認めるしかなくて、それが頭の中で整理しきれずに立ち尽くしていた。
「私は、スミカちゃん……」
……残されたのは僕達だけだ。この空気に耐えきれずに放った言葉も、重圧を強めるだけだった。だが、他になにを話せば良いのだろうか。こんな空気で、話せるような題は持ち合わせていない。
そのまま少しの時が経過する。
「もぅ、お兄ちゃん! アカリちゃん!」
重い空気のまま過ごしていると、ここには場違いな、明るく間の抜けた声が響いた。
「ルミ……」
アカリもルミちゃん、と、二人の呼ぶ声が重なった。
「なにやってるの、はやくもどろうよ!」
「……うん、そうだね」
まだ躊躇いを払えない二人も、ルミに手を掴まれて引っ張られ、ようやくドームを後にした。
「でねでね、お兄ちゃん!」
「うん……」
「それでねアカリちゃん!」
「え? あ、そうなんだ……」
ドームから、ホテルへと向かう帰り道。今だルミに手を引かれて歩く二人にルミが積極的に話しかけるが、返事は先ほどからずっと虚ろなままだ。
「……もう!」
そのつまらない二人の反応に痺れを切らしたルミが、手を振り上げて不満全開に叫んだ。
「お兄ちゃんもアカリちゃんも、さっきからげんきないよ! どうしたの?」
ルミが手を離して、ヨウタ達の一歩先で振り返り、心配そうに尋ねてくる。
「い、いや、大丈夫だよ、なにも無いから」
「そ、そうだよルミちゃん、心配しないで」
慌てて取り繕うが、彼女は訝しげに見つめてくる。やはりこの程度で、共に旅して自分達を見つめてきたその目は誤魔化せないらしい。
「……ふたりとも、なにかかくしてる」
そしてついに、ずっと抱いていたであろう疑問を口に出されてしまった。
アカリと顔を見合わせて、頷く。
「……分かったよ、ルミ。僕達の負けだ」
せっかく、遂にポケモンリーグが始まるというのに。空には雲が架かり、ベランダからの景色を風情の無いものに変えてしまっている。
「それで、お兄ちゃんもアカリちゃんもどうしたの?」
それは、あまり道端で話すような内容では無かった。素直に負けを認めて、部屋に戻るまで待ってもらった。そして今から、こうして話始めるところだ。
「……あのさ。僕の一回戦の対戦相手、誰か分かる?」
「うん、ヒロヤさんでしょ。で、アカリちゃんがスミカちゃん」
「……うん」
……分かってたのか。なら、なんで分かってくれないんだ、僕達がどんな気持ちかを!
「……お兄ちゃんもアカリちゃんも、二人とバトルしたくないの?」
「っ……! ……当たり前だろ、ヒロヤさんは僕に色んなことを教えてくれたんだ。そんなヒロヤさんと戦うなんて……!」
今すぐにでも叫びたかった。もちろん、勝ち上がっていけばいつかは当たるのは分かっている、それでもだ。どうして一回戦から親しい者同士で潰し合わなければならないのだろう、いくらなんでもあんまりではないだろうか。
……だがそれでルミに当たるのも理不尽というもの、高ぶりを必死に抑えても、言葉の棘は隠しきれなかった。
「アカリちゃんも?」
「……うん。だって、スミカちゃんとも仲良く遊んだばかりなのに……」
ルミは、それから俯いていた。無言の時間が続く。だが暫くすると、彼女はいきなり勢い良く頭を持ち上げた。
「もう、ダメだよお兄ちゃんもアカリちゃんも!」
そして痺れを切らしたように思いきり手を振って、叫んだ。
「そんなきもちのままたたかったって……、きっと、ヒロヤさんもスミカちゃんもよろこばないよ!」
……。……ヒロヤさんは。
「だ、だって、さっきお兄ちゃんたちをよびにいったとき、ヒロヤさんたちとすれちがったけど、すごくたのしみにしてたから……」
沈黙していると、彼女は自分達が怒ってしまったと勘違いしたらしい。
「ありがとう、ルミ」
「ありがとね、ルミちゃん」
お礼の代わりに、優しく彼女の頭を撫でる。
そうだ、さっきヒロヤさんはこう言っていた。「全力で、俺の本気についてこい」と。
「ルミの言う通りだ」
僕の夢はポケモンマスター。なのにこんなしょぼくれたまま明日のバトルに望んでは、ヒロヤさんに勝てる筈がない。それどころか、何故本気で来なかったのか、と問い詰められていたところだろう。
それに迷って全力を出せないなんて、これほど相手への礼儀に欠ける恥ずべき行いは無いだろう。
「ほ、ほんと……?」
「うん、もちろん。さっきは当たっちゃってごめんよ」
「私も、ごめんね、ルミちゃん」
「そ、そんな、いいよふたりとも!」
そんなに謝られては逆に申し訳ないし、恥ずかしい。二人の手を握って、ぶんぶんと振る。
「うん、明日もバトルがあるから、そろそろ明日の選出ポケモンを決めないと」
「そうだね。じゃあ、私も部屋に戻るね」
そうして僕達は解散した。その時、空がどんな模様だったかは分からない。けどきっと、空を覆ううざったい雲は流れ去って、尾を引く箒星が流れていたに違いない。何の根拠も無い、だけど、そんな気がしてならなかった。