第50話 ポケモンリーグに向けて
「じゃあ、乾杯!」
「かんぱーい!」
ハナビシシティの隣、海沿いの街のジム、挑んだのはアカリとヒロヤ。そこのジムリーダーも勿論強敵ではあったが、今の彼らの前では勝てない相手ではない、いや、勝てる相手だった。二人とも無事にジムバッジを手に入れた。
そしてその街のレストランで、三人のグラスと、一人の湯呑みをカン、と合わせて歓声を上げた。注がれていたそれぞれの好きな飲み物が、中で揺れる。
そして早速湯呑みを口元に持っていき、まだお茶が熱い為ほんの少しだけ口に運ぶ。
「……ふぅ」
……少し苦いが、その中に漂う甘味が味蕾を刺激する。そして喉には、萌える葉を思わせる緑色の、爽やかな清涼感が残った。
「おいしいなあ」
そして湯呑みをテーブルの上に置く。
「お兄ちゃんおじさんくさーい」
少年、ヨウタの隣で妹が口を尖らせた。
「い、いや、おいしいからしかたないじゃないか」
「はいはい、おじさんのことばはききあきましたよー」
慌てて弁解にもなっていない弁解をするが、聞き入れられることは無い。
「ふふ、けどヨウタ君らしいよ」
ヨウタの正面で、アカリが微笑む。
「もう、そうやってアカリちゃんはすぐお兄ちゃんを甘やかすんだから。かわいくないお兄ちゃんには旅をさせないと」
「してるじゃないか」
「そうじゃなくてさ」
わざとらしくとぼける兄に、妹はまたも口を尖らせる。
「……よし、じゃあそろそろ注文決めるか! 今日は俺の奢りだ、遠慮せず食えよ!」
とうとう三人全員バッジが全て揃った、これはその祝賀会のようなものだ。残るは大舞台、ポケモンリーグ。それに向けて英気を養う為、また、エミット団との戦いの苦労を労う為、という意味もあるらしい。
「よっ、ふとっぱら!」
「腹を触るな」
ルミは通路側の席だ。席を立って、わざわざヒロヤの腹を触りに行くと軽く手を叩かれた。
「うーん、さわりごこちよくなーい。お兄ちゃんはやわらかいのに」
「むぅっ」
ルミも、それを聞いたヨウタも頬を膨らませた。
「……で、注文ですよね」
「ああ」
「じゃあ、あたし牛フィレ肉のステーキ!」
「私は、うーん舌平目のムニエルかな」
「僕はさんまのしおやき」
……まだメニューは渡していない。なぜメニューを見ないで言えるのだろうか。開いて彼らの言ったものを探すが、どこにも載っていない。
何度ページを捲り返しても見つからない。
「ないじゃねえか! せめてメニュー見てから言えよ!」
「だって、ねえ」
「うん」
「……はっはーん、分かった。お前達……。そういうのはサントアンヌ号に行ってから言えよ!」
……そういえば、と思い出した。今ヨウタ達が言ったのは全て、カントー地方の豪華客船、サントアンヌ号のメニューだ。
「あ、バレちゃいました?」
と、彼らは悪びれる様子も無く、揃ってピースをして笑っている。
「あたしおこさまランチがいい! はたをくずさずに食べるんだ!」
「ルミ、あまり食べ物で遊んじゃ駄目だよ。僕はハンバーグで」
「あたしもヨウタ君と同じハンバーグでお願いします」
「ああ、分かった」
皆のオーダーもまとまった。ヒロヤはそれを伝える為、近くに居た店員をゲットした。
「いやー、よく食べたねー!」
「ありがとーヒロヤさん!」
「う〜ん、ちょっとお腹が重い……」
「俺の財布は軽くなったけどな……!」
帰り道、まだ人が行き交い活気を見せている。そこを二人の少女がお腹をさすり、一人の少年は中身の詰まったビニール袋片手に同じ仕草をして、一人の青年も中身の詰まったビニール袋を片手に、もう片方の手で財布を逆さにして嘆いていた。
「いいじゃない、ヒロヤさんのポケモンたちだってきっとよろこんでくれるよ」
「それはいいけどさ、まさか高いポケモンフーズとかポフレまで買わせるか、普通……?」
二人が持っているビニール袋に入っているのは、全部ポケモン達のお菓子や、高めのポケモンフーズなど、全てポケモン達の食べるものだ。
「す、すみません……。やっぱり僕も半分払いますよ!」
「ノンノン、結構だ少年!」
「でも……」
財布を取り出そうと伸ばした片手を、ヒロヤに掴んで止められる。それでも申し訳なくて、なおも食い下がる。
「いいんだよこういうのは年上に払わせとけば。俺は絶対受け取らないからな、覚えとけよ!」
と言って、バチコーン、とアイドルさながらのウィンクで星を飛ばされた。
「アカリちゃんがやったらかわいいのに……」
「うん、誰も得しないね……」
ヨウタとルミが顔を逸らして、残念なものを見た後のようにため息を漏らした。
「いやいや、俺かわいいだろ!? なあアカリ! ……って、なんでアカリまで顔逸らしてんだよ、おーい」
……俺、なに言ってんだろ。誰がどうみても全然かわいくねえよ。
冗談で言ったことだが、ヒロヤ自身も少し嫌な気持ちになった。
「じゃあ、みんな出てくるんだ!」
ポケモンセンターの裏バトルフィールドで、七個のモンスターボールを投げた。アカリもヒロヤもルミもそれに続いて、手持ちのポケモン達を全てボールから出す。
「明日は朝一番にアサノハシティに飛んで、ポケモンリーグの開催地、アキクサシティに向かうよ」
明日の予定を説明しながら、四人で買ってきたポケモンフーズをお皿に盛っていく。
「もう、ポケモンリーグは目の前だ! これからに備えていっぱい食べてくれ!」
「俺の奢りだぜ!」
皆が歓声を上げた。そしてすぐにガツガツと美味しそうに食べ始める。
「ふふ、良い食べっぷり」
「うん、すごくおいしそうにたべてるよね! おいしいのかな〜っ」
「ぺしっ。食べちゃ駄目だぞ、ルミ」
見てて気持ちの良くなる食いつきに、思わず伸ばした手は兄のはたきおとすに防がれた。分かってるよ、そっぽを向くその言葉には、少しも説得力が無かった。
「おいしいかい、レントラー。よしよし」
ヒロヤさんが奮発して買ってくれた高いポケモンフーズ、値段と味はきちんと比例していたようだ。
皆笑顔で、ペースを少しも衰えさせずに食べていく。
そして気付けば、もう中身が空になっている。
「はは、みんな良く食べたね、じゃあ戻ってくれ」
モンスターボールを構えて言うと、皆残念そうにうなだれる。
「なーんてね、お楽しみはここからさ! イッツ・ポフレターイム!」
それぞれの顔に光が戻る。ジャジャーン、と取り出したポフレを見て再び歓声が挙がる。
「まあまあ待ちたまえ諸君、ちゃんと上げるから順番にね」
まずは、アブソルからだ。オレンジのトッピングされたそれを口元に運ぶ。
「君とは一番過ごした期間が短いけど、僕を信じて一緒に戦ってくれてありがとう。ポケモンリーグ、頑張ろうね」
食べてるその頭を撫でながら、語りかける。三日月の角を携えた頭が上げられ、コクリと頷き、また食べ始めた。そして食べ終わるまで、頭を撫で続けて待つ。
「オノノクス、君もありがとう。君のパワーとスピードは、本当に頼りにしてるよ」
そして最後にポケモンリーグ、頑張ろうね、と先程と同じ言葉を付け加えて頭を撫でる。オノノクスも頷き、ポフレを食べ始めた。
「ムーランド、君もありがとう。まさかあんな形で仲間になるポケモンがいると思わなかったけど……、これからもよろしくね」
オノノクスが食べ終わると、例のごとく言葉を付け加えて頭を撫でる。ムーランドは少し恥ずかしそうに笑ってから、頷いた。
「ブースターも、ありがとう。フォッグ戦ではあまり活躍させてあげられなくてごめんよ。次こそ、大暴れしよう!」
手を近付けて、体温が上がって触ったら危険な状態になっていないのを確認して頭を撫でる。
そして最後に例の言葉を付け加えると、気合いたっぷりに炎の息を吐いた為慌てて撫でる手をどかして火傷を免れた。
「ニドキングもありがとう。どくのトゲがあるから、いつも撫でられなくてごめんね。けど、君のことも好きだよ、安心してくれ」
最後に例の言葉を付け加えて、ポフレをあげる。ニドキングは分かってる、といいたげに鳴いて食べ始めた。
「ムクホーク、ありがとう、お疲れ様。君の気合いは凄いよね、頼りにしてるよ」
例の言葉を掛けると、ムクホークは大きく翼を広げて高く鳴いた。驚いて尻餅を着いてしまったが、ポフレは落とさずに済んだ。
「最後は、レントラー。君はこれまで僕を信じて、僕の言葉に、信頼に、応え続けてくれたよね。僕も君の信頼に応えられるように、精進するよ。一緒に強くなって、一緒になろうね。ポケモンマスターに」
そしてレントラーにもポケモンリーグ、頑張ろうね、と言う。レントラーは頷き、空高く、天に届く程の雷を放った。
「あはは、パワービンビンに感じるよ。みんな……絶対、ポケモンリーグを優勝しよう!」
「うん、がんばって! お兄ちゃん、みんな!」
二人とチルットを含めた八匹で、声を揃えておー、と掛け声を挙げる。目指すは大舞台の頂点、夢は最強のトレーナー! 皆で、改めて戦いへの決意を固めた。