第49話 日常への帰還
「え〜っと、次の目的地は」
戦いは終わった。激闘の末にフォッグを下し、エミット団が解散することで旅に出てから度々巻き込まれていた騒動は幕を閉じたのだ。
だが、まだヨウタ達の旅は終わらない。むしろこれからが本番なのだ。そう、トレーナー達の旅の集大成、ポケモンリーグが……。
「ちょっと待ったー!」
ポケモンセンターの一室。ベッドに座って地図を広げたヨウタにヒロヤが待ったをかける。
「どうしたんですか?」
「一応聞いとくけど、忘れてないよな! これ!」
と、バッジケースを開いて突き出した。一番右下のみが、何も嵌らずに空いている。
「いや、もちろん覚えてますよ! アカリとヒロヤさんはまだバッジ七つだからね、アカリ」
彼女にも確認を取る。彼女はルミと話していた為、片手間で頷いた。
「というわけで……、せっかくいくなら僕達が行ったことないとこがいいし……」
「完全に私情だなお前」
「まあまあ。そんなニーズに応えるちょうどいい街は、っと」
……というわけで、行き先は決まった。ハナビシシティを西に進んだ先にある街、そこにもジムがある。
普通に行けば遠い距離だが、空を飛べば一発だ。
「ふわあ……。じゃあ、明日も早いんだ、寝よっかみんな」
ヨウタが大きな欠伸をしてから皆に確認を取ってから消灯した。
……余程疲れが溜まっていたのだろう。少ししたら、全員泥のように眠っていた。
「……きて」
……なんだろう、誰かが自分を呼んでいる。……けど、駄目だ、まぶたが、重、い……。
「……ふふっ。ヨ……君、すごく…………たもんね」
「……ない。もう………させ………か」
すぐ近くで、楽しそうな、声、が……。……ぐぅ……。
……まだ、目覚まし時計の電子音はなっていない筈だ。きっと、自然と目が覚めたのだろう。眠い目をこすって、右手側の窓に目を向ける。カーテンは閉まっていて、朝方ということしか分からない。
左側の棚の上の時計に目を遣る。
「じゅっ……!?」
……時計の針は、短い方が数字の十を、長い方は八を指していた。……十時四十分、……正確には四十二、いや、一……? と、そこは問題ではない。
「みんなは……!?」
左と正面、斜めの三つのベッド。どれを見ても、人の痕跡は無かった。白いシーツが綺麗に整えられている。
まさか、置いていかれたのでは……!? ……という冗談はさておいて、みんなどこに行ったのだろう。
「とりあえず、起きよう……」
まだ少し重い身体を無理やり起こして、ベッドから出る。部屋の入り口手前のクローゼットに掛けられているいつもの橙色のシャツを羽織って、ズボンを履き替え、脱いだ服を綺麗に畳む。
そしてそれを鞄にしまって、肩に掛けてモンスターボールの確認も済ませて部屋を出た。
宿泊用の部屋は基本二階だ。廊下は静かだったが、階段に差し掛かった辺りから人々の賑やかな声が聞こえてくる。降りていくと見えるのは、人々が楽しそうに自分のポケモン達と触れ合っている様子だ。
……それは、いつも通りの風景。いつもと何も変わらない、日常の景色だ。だが、自分がつい昨日、非日常に足を突っ込んだばかりだからだろうか。
「……いいなあ、やっぱり」
今のヨウタには、その当たり前の光景が、とても尊く、愛おしいものに思えてならなかった。
もしフォッグが、エミット団が、野望を達成していたらどうなっていただろうか。もしかすると歴史が変わって、自分の存在すら消えてしまっていたかもしれない。
自分達が守ったのはこの日常だ。何も変わらない、いつも通り流れる時間。そんな素晴らしいものを自分達が守れたのだと思うと、胸に誇らしい気持ちが湧き上がってきた。
だが、感慨に浸っている場合ではない。一階の人々の中に、尋ね人は居ない。ヨウタはポケモンセンターを出ることにした。
そして、目の前には三人の人物が居た。一人は水色の小鳥にお菓子を、ポフィンを上げている。もう一人も大きな鋏を持った蠍に餌をあげている。真ん中の少女だけは、仮面を付けた薔薇の頭を撫でていた。
「……しめしめ」
ぴん、と愉快な企みが頭に浮かんだ。それを実行する為に、気付かれないようそろり、そろりと歩み寄る。
よし、背後は頂いたぞ!
「だーれだ!」
少女、幼なじみのアカリ。彼女の目を後ろから両手で覆い視界を奪って、尋ねた。
「あはは、ヨウタ君でしょ?」
アカリが楽しげに笑う。
「ふふ、正解。おはよう、アカリ。ルミとヒロヤさんもおはよう」
「おはよう、ヨウタ君」
ヨウタもそれにつられて、自然と笑みを零していた。
「あーあ、またお兄ちゃんたちは……」
「本当、いきなりいちゃつくのはやめてほしいよな」
「い、いちゃっ……!?」
「え? え、へへ……。……って、ち、違いますよ!」
「はいはい分かった分かった、分かったから見せつけないでくれ」
「こっちがあつくなっちゃうよねー」
「だから、違うって……!」
……と、抗議をするが、やはり聞き入れられることはなかった。
……うん。やっぱり、こうしていつも通りが一番だ。みんなでこうやって話して、こうやって笑いあって、こうやって過ごす。普段と変わらないこのやり取りが、なんというか嬉しい。
……って、そうだ。普段とは違うことが一つあった。
「そういえば、なんで朝起こしてくれなかったのさ」
一応言っておくと、決して怒っているわけでは無い。ただ、目覚ましもならず、誰も起こしてくれなかったのが気になったのだ。それを告げると、皆一斉に笑いを漏らした。
「……え、な、なに?」
「目覚ましは鳴ったし、私達も起こしたよ。ただヨウタ君が起きなかったから、起こすのもかわいそうだと思って止めたの」
なにかおかしなことを言っただろうか……? 困惑していると、アカリが教えてくれた。
「……な、なんだって!?」
……そういえば、記憶に微かに会話が残っている。
「ご、ごめん……」
「ううん、気にしないで」
自分の非を認めざるを得ず、頭を下げた。幸い彼らは笑って許してくれた。
「それにしてもアカリちゃん、まさかお兄ちゃんがねてるからってあんなことするなんて」
悪戯っぽく、ルミが笑みを浮かべた。
「ひゃあああ!? やめてルミちゃん、言わないで!」
「え〜っ、どうしよっかな〜?」
……な、なんなんだ? アカリはいったい僕に何を……!?
「えへへ、お兄ちゃん、気になる?」
「えっ!? そ、それは……!」
「や、やめてぇ〜っ」
「ああ、是非詳しく頼む!」
「ヒロヤさんうるさい」
おお、すごいルミ、ヒロヤさんを一蹴だ。
「お願いルミちゃん!」
「じゃあアカリちゃん、きょうはからだあらいっこしよ! そしたらいわないであげる!」
「え、本当!? ありがとうルミちゃん! 私、髪でも背中でもちゃんと洗うから! 任せて!」
……結局、僕が介入する間も無く終わってしまった。……なんなんだ、すごく気になるじゃないか!?
「じゃあ、みんな戻るんだ」
ポケモン達へ食事を与え終わり、次々とボールに戻していく。ただ、一匹を除いて。
「アブソル」
戦いは終わった。だが、最後にまだやることが残っている。
呼びかけると、彼は自分だけが残されていることに不思議そうに首を傾げた。
「僕は、ううん、きっとみんなも。これからも、君と一緒に旅をしたいと思ってる」
まずは、自分の意思を伝える。
「けど、エミット団との戦いは終わった、もう危機もさったんだ。だから、もう君が戦う理由はどこにも無い」
そう、アブソルは元々、エミット団というコウジン地方を脅かす存在に立ち向かう為一時的に仲間になったに過ぎない。エミット団が解散した今、戦う必要は無くなったのだ。
「どうするかは、君が決めてくれ」
ヨウタはアブソルに無理を強いるつもりは無い、あくまで意思を尊重する為に問いかける。
彼は、アブソルのモンスターボールを地面に置いた。
「一緒に来てくれるなら、ボールに戻ってくれ。もし、嫌なら……。……その時は、モンスターボールを壊してくれて構わない」
アブソルは真っ直ぐに僕を見つめてきた。僕がそれに応えて見つめ返す、彼は少しの間の後、静かに頷いた。
そしてモンスターボールの開閉スイッチを押して、赤い光の中に静かに吸い込まれていった。
「……ありがとう、アブソル」
それを拾い上げ、中に居るアブソルに礼を言ってベルトに装着した。
……ぐるぐるぐる、と唸り声が上がった。
「ふふ、ヨウタ君、お腹鳴ったよ」
その唸り声の主は、僕の腹の虫だ。
「あ、あはは……。うん、じゃあ、そろそろご飯を食べようかな」
そういえば、朝食すらまだだった。気付いた途端に急にお腹が空いてきた。
ルミとヒロヤにからかわれながら、ヨウタ達はポケモンセンターに戻った。
大きな両翼が、豪快に広げられた。それは一つではない、三匹の鳥型ポケモンが並んでいる。
「よし、じゃあ、行こうか!」
目的地はハナビシシティ。ヨウタ達を乗せた鳥型ポケモン達は、一斉に飛び立った。