ポケットモンスタータイド


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ポケットモンスタータイド
第48話 決戦、ヨウタVSエミット団ボスフォッグ 後編
 ドータクンが繰り出したのは、捨て身の大技、だいばくはつ。辺り一面に硝煙が舞い、視界が灰色に包まれる。まともに目の利かないこの状況、気がかりなのはブースターの安否の行方だ。
 少しして、煙が晴れてくる。そして……。
「ブースター!?」
 現れたのは、目を渦巻きにして倒れる二匹の姿だった。
「戻れ、ドータクン」
「ブースター……! ……ゆっくり、休んでくれ」
 共倒れだ。ローブシンを倒して勢いづいたところを、すぐに崩されてしまった。
 ブースターを労って戻すが、もっと活躍させてあげたかった、というのが本音だ。
 だが、それはもう叶わない。ならば倒れていったポケモン達の分まで、僕達が存分に戦わなければ。
「次だ、オンバーン!」
 再び現れた翼竜。厄介なことにスピードが速く、接近戦に持ち込むのは至難の業だ。
 ……だが。
「(ひかりのかべ、まだ残ってる……!)」
 ドータクンが残した置き土産。厄介なことに、その壁は、例え使ったポケモンが倒れても一定時間仲間を守り続ける。
「なら、ムクホーク! 君に任せるよ!」
 今のオンバーンは特殊攻撃の効き目が薄い。アブソルはまだもう少し休ませておきたいし、何より飛行可能でオンバーンに肉薄しうるのはこのムクホークだけだった。例え困難でも、このポケモンで接近戦に持ち込まざるを得ない。
漸く回って来た出番、よほど心待ちにしていたらしい、ボールから出た瞬間翼を大きく広げて甲高い声で鳴いた。
 その姿に恐れを抱いたオンバーンは一瞬震えたが、すぐに持ち直した。
 ムクホークの特性も相手の攻撃を下降させるいかくだが、特殊攻撃を主体に戦うオンバーンが相手ではとんぼがえりの威力か弱くなる程度で、あまり旨みが無いのが残念だ。
「オンバーン、りゅうせいぐん!」
 再び破壊の花火が打ち上がる。そして空中で弾け、いくつもの光の槍となって降り注ぐ。
「ムクホーク!?」
 その技を避けきれなかった。背中に槍が突き刺さり、衝突点で小爆発が起こった。ドラゴンタイプ最強の技、りゅうせいぐん。その絶大な威力に、ムクホークは体勢を保てずにきりもみに落下、地に叩きつけられた。
「りゅうのはどう」
 身体が動かない。起き上がることすらままならない痛み、少しでも身体を持ち上げると、背中に激痛が走る。
 向かい合う敵は、自分を仕留めんと大口を開けている。
 ……もう駄目だ、勝てるわけがない。自分は触れることすら叶わずに終わるのだろう。
「……ホーク! ムク……ク!」
 ……ふと耳に、少年らしい高い声が、僅かに飛び込んできた。その声の主は、すぐに分かる、自分の主人、ヨウタだ。
 自分を励ます彼の言葉に耳を澄ませる。
「お願いだムクホーク、立ってくれ!」
 彼はまだ諦めていない。この痛みが分からないから吐ける言葉だろう。
「ムクホーク、君はまだ戦える! お願いだ!」
 もう動けない。彼はがむしゃらに自分を信じ続けている。……そうやって信じ続け、ポケモンを奮い立たせ、彼が勝利を掴む場面を何度も見てきた。
「ムクホーク!」
 彼は諦めていない。恐らく、彼の相棒、レントラーなら既に彼の呼び掛けに応えて立ち上がっているだろう。
 だのにどうして自分が諦められる道理があろうか。
双眸が、力強く見開かれた。
「消えろ」
 ついにオンバーンの口から、衝撃波が球体を形作った塊が放たれる。
 衝撃波が弾け、視界が砂煙に、聴覚が静寂に包まれた。
 ……。……無限という一瞬の後、無音の世界は破られた。
 煙の中から、その鳥は弾丸と化して高速で飛び出した。
「……っ、避けろ!」
 オンバーンが慌てて上昇する。影は真下を通り抜け、一瞬で消えてしまった。
「なにっ!?」
「まだまだ、行くんだ!」
 煙は少しずつ晴れてきた。そこから、高速の塊が機関銃さながら次々と絶え間なく発射される。
 そして気付けば、ムクホークの大群に取り囲まれてしまっていた。
 次々と突撃してきて、その度に縦横無尽に回避する
「かげぶんしんか、鬱陶しいな……!」
 苛立たしげに舌を鳴らす。
「お前のりゅうのはどうで起こった煙を利用させてもらったよ」
 煙の中では、場所が分からず攻撃をされない。その中でかげぶんしんを大量につくり出すのは容易だった。
「いいだろう、ならば、全て消してやる! りゅうせいぐん!」
「……来た」
 ヨウタはムクホークの本体の位置を確認して、小さくよし、と呟いた。
 三度の花火が打ち上がり、辺り一面に光の雨が降り注ぐ。その雨粒に射抜かれたムクホークの残像は、一つ、二つ、三つ、……と、次々に掻き消えていく。
「……これで」
「終わってないよ、まだムクホーク“本体”は戦えるんだ! 今だ、ブレイブバード!」
 真下から、消した筈のムクホークが翼を畳んで突き上げるように飛び出してきた。
「バカな、どうやってりゅうせいぐんを……!」
 オンバーンがその突撃を食らうまいと、翼を空気に強く打ちつけて前進する。ムクホークはそれを、折り畳んでいた翼を広げて追いかける。
「確かにりゅうせいぐんは高威力で広範囲の恐ろしい技だよ。けど、一カ所だけ安全地帯がある、そう思ったんだ」
 そこまで言われて、フォッグも気付いたようだ。
「なるほど、それで真下か……! かげぶんしんの本当の狙いは……!」
「そう、僕らの狙いは相手を撹乱することじゃなくて、注意を分身に引き付けてりゅうせいぐんの当たらない安全地帯を確保することさ!」
 それもそうだ、もし真下に来たらオンバーンに当たってしまうのだから。
 ムクホークとオンバーンはチェイスを続けている。上に横に、と撹乱しようとしてもその度にムクホークも食らいつく。
 オンバーンは二度もりゅうせいぐんという大技を使ったことで大分疲労しているようだ、平常程の高い瞬発力を出せていない。限界から起き上がったムクホークの根性の前では、追い付かれるのも時間の問題だろう。
「もういい、ならば……ばくおんぱだ!」
 彼はもう、回避を諦めたらしい。最悪もう“捨ててもいい”、そんな思いで指示を出したのだろうか。
 鼓膜が破けたでは、と感じる程の轟音が、耳が痛くなる程の甲高い音とともに、オンバーンの円い両耳から放たれる。翼竜を中心に、周囲に音波が壁となり広がっていく。
「今なら行ける、突撃だ!」
 ばくおんぱはりゅうせいぐんにも勝る威力の大技だ。しかしばくおんぱのタイプはノーマル、りゅうせいぐんのように完全に技の力を引き出すことは出来ない。
 その上りゅうせいぐんの絶大な威力と引き換えにオンバーンの特攻はガクッと下がってしまっている、そんな脆い壁を突き抜けるのは容易かった。
「……っ!」
 弾丸が、翼竜の背に鋭く突き刺さった。
 ヨウタは小さくガッツポーズをした。
「……やはり、未熟だな。わざわざ自ら飛び込んでくるとは」
 その言葉で気付く、背筋が一瞬で凍りついた。
 ……駄目だ、間に合わない!
「ばくおんぱ」
 周囲全域に、爆音が轟いた。音波に吹き飛ばされて、ヨウタの目の前にムクホークが転がってきた。
 ……なるほど、先ほど回避をやめたのは、虫の息のムクホークに確実にとどめを刺す為だったようだ。
 とはいえひかりのかべを使われた瞬間から、攻撃方法は限定されていた。あの時点から既に、不可避の罠に嵌っていたのだろう。
「……ムクホーク、本当にありがとう。ゆっくり休むんだよ」
 ボールに戻されたムクホークは、カプセル越しに掛けられた言葉に頷いた。
 ……おそらく、もうすぐひかりのかべは解除される。だが、万全には万全を期す必要がある。ムクホークやみんなの頑張りを無駄には出来ないのだから。
「アブソル、君に任せたよ!」
 アブソルならば遠距離まで届く物理技が使える。かみなり程の威力は無いが、どうせ特殊技はダメージが軽減、ならばアブソルに任せた方がいいだろう。
「……りゅうのはどうだ」
 相手はオンバーンを続投する。分かっている、もしギャラドスと交替しようものならアブソルにつるぎのまいを積まれるからだ。
 例えどれだけ疲弊が激しかろうと、この状況、続投せざるを得ないのだ。
「つじぎり!」
 衝撃波を切り裂きながら、駆ける。
「飛べ!」
「追うんだ!」
 高く舞い上がったオンバーンを追いかける為に、アブソルも高く跳躍する。
「サイコカッター!」
 届かない、そう思われたのも束の間、一閃は飛ぶ斬撃となり翼竜を翼竜たらしめる要因、蝙蝠を思わせる薄く膜の張った翼を切り裂いた。
 相手は空中制御が利かなくなり、落下する。
「もう一度サイコカッターだ!」
 その背にもう一度斬撃を浴びせると、落下した翼竜は動かなくなった。
「戻れ。ゆけっ、ギャラドス!」
 フォッグは何の感慨も無くオンバーンを戻し、龍を出す。
 龍が吠え、その激しい雄叫びに空気が震える。
 ギャラドスの特性いかく、相手の攻撃を下げる効果だ。
 ……アブソルはマジックミラーを持っている。恐らく、もう補助技は来ないだろう。
「ギャラドス、たきのぼり!」
 ギャラドスが水を纏って突撃する。
「跳ぶんだ!」
 コンディションが抜群なら角で受け止められただろう。だが今は攻撃が下がっている、恐らく衝撃に耐えきれない。
 怒涛の滝音を隣に、アブソルは斜めに跳ぶ。
「逃がすな!」
「角で防ぐんだ!」
 だが相手は攻撃の手を緩めない。尻尾を薙いで、アブソルに叩きつける。
 角で受け止めつつも、勢いまでは止められず宙に投げ出された。
「たきのぼり!」
 続けて相手は高く舞い上がり、再び滝とへと姿を変えて落ちてくる。
「受け止めるんだ!」
 相手の突撃、これも角で受け止め、地面に叩きつけるが受け身を取ってダメージを和らげる。
「どうした、防戦一方だな」
 再びギャラドスの尻尾が薙ぎ払われるが、下がって避ける。
「……分かってる、このままじゃいずれやられてしまう、攻めないと。アブソル!」
 もしこれで倒せなかったら、恐らく返しの一撃でアブソルは戦闘不能になるだろう。……もう、アブソルの特性に賭けるしかない。
 いくよ、と声を掛ける。アブソルは、振り返らずに頷いた。
 幸い今は攻撃の手も緩んでいる。
「接近してくれ!」
 当然相手もただ見ている筈が無い、尻尾を薙いで迎え撃つ。
「飛んでサイコカッター!」
「たきのぼり!」
 空中から放った思念の刃は、突撃により真正面から砕かれる。
「突っ込むんだ!」
「なにっ……?」
 たきのぼりを当然避けるだろう、そう思っていたフォッグは眉を潜めた。
「つじぎり!」
 激流の真下を、角に紫黒のエネルギーを纏わせて駆け抜ける。
 その刃は怒涛を切り裂き、水の装甲を突き破って龍へと届く。
「行くんだ!」
 角の先端を相手の身体に押し当て一気に駆け抜け、一閃、その長い身体の正中線が切り裂かれた。
「どうだ……!」
 龍が縦に伸び、吠えた。
「……残念だったな。ギャラドス」
 フォッグが腕を伸ばし、指示を出そうとした瞬間。
 ……ギャラドスは、白眼を剥いた。その長い身体が徐々に下がっていき、地を打ち砂煙を上げた。
「っ、急所に当たったか、運のいい少年だ……!」
 彼は舌を鳴らしながらギャラドスを戻す。
「やったぞアブソル!」
 それは決して偶然急所に当たったのではない。
 アブソルの特性はきょううん、つじぎりの追加効果は急所に当たりやすい、というもの。その相乗効果により技は急所に当たりやすくなる、それを彼は狙い、そして見事当たった。
 全てヨウタがアブソルを信頼し、またアブソルもそれに応えたから起こった必然なのだ。
「まあいい、まだこいつが残っているからな」
 彼がモンスターボールを突き出して言った。やはり最後は彼のエース、発言や余裕の態度からもその実力が余程高いであろうことが窺える。そのポケモンの能力には全幅の信頼を寄せているようだ。
「こいつで貴様等を灰燼に変えてやろう。さあ……! 現れろ、ウルガモス!」
 ボールが投じられ、赤い光が空を裂く。そのポケモンの姿が形作られると、光が弾け、美しく煌めく炎の鱗粉が舞った。
「このポケモン……!?」
 胸部は白く触り心地の良さそうなきめ細やかな体毛に包まれていて、小さな黒い脚が四つついている。頭部と腹部も脚と同じで黒く、赤い角が生えている。
 しかし何より目を引くのはその翅だ。熾天使の如く三対六枚を背中に携え、その翅の一つ一つに、燃え盛る太陽の黒点のように、橙色の中に黒い斑紋が差している。
「ウルガモス……!?」
 ウルガモス。たいようポケモンと分類されるそのポケモンは、火山灰で地上が闇に包まれた際にウルガモスの炎が太陽の代わりになった、太陽の化身とされ、寒さが厳しい冬に現われ震えるポケモン達を救った、などとある地方では伝えられている。
 伝承にも残る程のポケモン、その力は並大抵のものではなく、戦いになると六枚の翅から火の粉の鱗粉を撒き散らして辺り一面を火の海にすると言われる。
 そんな神々しく強大なポケモンが、悪のベールを纏い、ヨウタ達の前に光臨した。
「……アブソル、行くよ!」
 地を蹴り、跳躍する。
「つじぎり!」
 紫黒の刃は、しかし当たらない。ふわりと半身を切って避けられる。アブソルは、ウルガモスの横を通り過ぎた。
「サイコカッターだ!」
「燃え尽きろ、ほのおのまい」
 振り返って思念の刃を飛ばすと、翅に防がれた。相手は気にも留めずに、炎を纏い羽ばたいた。
「アブソル、つるぎのまいだ!」
 無謀にも、敵の眼前で戦いの舞いを激しく踊らせる。
 ほのおのまい、技の名の表す通り、羽ばたきに乗せられた炎が、踊るように揺らめきアブソルを包み込んだ。
「ふん、血迷ったか?」
「……間に合った。いや、僕はマトモさ。行くんだアブソル、つじぎり!」
 舞い踊る炎が大きく揺らめき、一筋の切れ目が入った。そしてそれが広がり、炎に飲み込まれ消えた影が再び現れる。炎を切り裂き現れた紫黒の刃が、その黒い腹部を切り裂いた。
 これは堪えたらしく、ウルガモスの身体が揺れる。
「いいぞ、もう一度だ!」
 その時、フォッグの口角が嫌味に吊り上がった。
 アブソルが二太刀目を入れようと振りかぶった瞬間、全身が炎上した。
「なっ、アブソル!?」
 炎に包まれた白い身体は、流れる体毛が黒く焦げ、生気を失いよろけ、倒れた。
「そうか、ほのおのからだ……!」
 ウルガモスの特性、ほのおのからだ。接触攻撃を受けた際、相手をやけど状態にすることのある特性だ。先ほどのつじぎりでそれが発動したらしい。
「……ありがとう、アブソル。ゆっくり休んでくれ」
 応えの無い背中に声を掛け、モンスターボールに戻す。すると意識が戻ったのか、悔しそうに歯噛みして強い意志のこもった瞳を向けてきた。
「大丈夫、絶対に勝つから」
 その言葉を聞いて安心したのか、アブソルは再び混濁に意識を落とした。
「……これで、最後だ」
 残った一つのボール、それを取り出し、見つめる。半透明のカプセルの向こうで、相棒も静かに頷いた。
「うん、勝とう。世界支配なんて……、セレビィの力を悪用なんて、絶対にさせちゃいけないんだ。……フォッグ!」
 その紅白球を突き出し、構える。
「お前達の野望は、これで終わりだ! 僕とレントラーが……打ち砕いてやる! 行こう、レントラー!」
 そしてそれを勢い良く投じた。球は空中で紅と白の二つに割れ、中から赤い閃光が溢れ出した。
 光の中から、黒いたてがみを携えた獅子が雷を纏い現れる。
「かみなり!」
「迎え撃て、ほのおのまい!」
 舞い踊る火炎を切り裂き、稲妻が迸る。
「避けろ!」
 眼前に迫る雷電を、高度を上げて回避した。
「ほのおのまい!」
 そして頭上に輝く太陽から、紅い炎がさながらプロミネンスのごとく立ち上る。
「でんこうせっかで避けるんだ!」
 だが、食らうわけにはいかない。後ろに軽く下がってから、横に駆ける。
 上空から降り注ぐいくつもの火柱が上から横から、後ろからと追いかけてくるが、その度に横に、縦に、時には緩急を付けて避けながら回り込む。
「今だ!」
 スピードを緩め目の前の炎をやり過ごした後、直角に曲がりウルガモスの真下を通り抜けた。
 そして高く跳躍し、その背中へ爪を伸ばす。
「後ろだ!」
 しかし主の指示で、攻撃は間一髪かわされてしまった。ウルガモスが翻り、レントラーは真横を通り過ぎる。
「まだだ、かみなり!」
 それでもまだまだ食らいつく。すぐに振り返って、背後の太陽に雷電を放った。
「ほのおのまい!」
 だが相手も全く引けを取らない。電撃を浴びながらも炎を纏い、羽ばたいて舞い踊る火炎を飛ばしてくる。
 その火炎に貫かれ焦げ臭い臭いが辺りに漂うが、レントラーは歯を食いしばりながら着地する。
「かみなり!」
「防いで飛び回れ!」
 雷電は、三対の翅の真ん中、間の二枚が身を覆う盾となり防がれた。
 そして残りの四枚で、頭上を旋回するように飛び回る。
 ヨウタは少しの間攻撃の機会を窺って眺めていたが、突如電流が走ったように気が付いた。
 そう、ウルガモスの鱗粉は……!
「まずい、今すぐそこから離れるんだ! でんこうせっか!」
 突如目の前の地面が炎上した。円を描くようなウルガモスの軌跡を辿って、炎の道が現れていく。
 レントラーが左に弾け飛ぶ。直後レントラーの居た地面が燃え上がり、たてがみも先が少し焦げていた。
 気付けば、炎の円陣が出来上がっていた。後少しでも動くのが遅れていたら、レントラーはあの中に閉じ込められていただろう。
「サイコキネシス!」
 だが、まだ終わらない。ウルガモスの瞳が青く輝き、炎が意思を持って動き出した。炎を操る念力、それはもはやパイロキネシスと化している。
「上から来るよ、左に避けるんだ!」
 アーチを描いて、炎が迫ってくる。円からなるべく離れようと左へ動くが、火柱が迸り行く手を遮られる。
「前進だ!」
 何度も何度も避け続け、気付けば円陣は範囲を広げレントラーを中に迎え入れていた。
「さあ、そろそろ終わりにしよう。やれ!」
 ウルガモスの瞳が輝きを増す。直後周囲全体の炎が舞い上がり、レントラーへと迫っていた。
「くっ……! 跳ぶんだ!」
「燃え尽きろ、ほのおのまい」
 高く跳躍し、一時凌ぎの回避をした、かに思えた。だが目の前では太陽が翅を広げていて、その六枚を一斉に羽ばたかせた。
「しまった……!? レントラー!?」
 その獅子の身体は炎に包まれ、宙を舞い、そして無抵抗に地面に衝突した。
「………ラー! ……ト…ー!」
 ……相棒の声が、……遠ざかって行く……。
 ……。
「……………!」
 …………。
「…………ー!」
 ………………。
「………ラー!」
 ……熱い。
 ……身体が、熱い。焼け付くように熱い、燃えるように熱い。いや、それも当然だろう。三対六枚の翅を持った太陽から放たれた紅炎に全身を燃やされたのだから。
「……トラー!」
 ……自分の意思で身体を動かすことが出来ない。
「…ントラー!」
 主人が、相棒が、ヨウタが叫ぶ……。
「最後だ、灰燼となるがいい! ほのおのまい!」
 フォッグが高らかと指示を出し、ウルガモスが構えた。
「レントラー!」
 ……何度も何度も、自分を励まし続ける。
「僕は信じてる、君なら立てるって。立つんだ、お願いだ、レントラー!」
 ……これまで幾度と無く、自分を立ち上がらせてきた言葉。
 彼が紡ぐ言葉、発せられる全てが自分を突き動かすエネルギーへと変換され、……これまで何度も、勝利の道を照らし出してきた。
「レントラー!」
 自分の意思で身体を動かすことが出来ない。しかし、気付けば身体は自然と持ち上がっていた。
「ヨウタ、レントラー!」
 いくつもの足音と共に、自分達を呼ぶ慣れ親しんだ声が遠くから聞こえてきた。どんどん自分達へと近付いてくる。
「約束、忘れてねえよな? 信じてるぜ!」
「頑張って! ヨウタ君、レントラー!」
「お前らは勝つ、俺が保証する!」
「お兄ちゃん、もうひとふんばり!」
「ボクに勝ったんだから、こんな所で負けちゃ駄目だよ!」
「……えっと、は、早く倒しなさい!」
「お前達なら、きっと勝てる」
 ミツキが、アカリが、ヒロヤが、ルミが、コウイチが、スミカが、そして、クロガネが。
 皆が彼らの背に向け、思い思いに応援の言葉を掛けていく。
「……みんな、ありがとう」
 振り返らずに、呟いた。彼らの言葉は、確かにヨウタへと届いている。
「……レントラー、行くよ! これで……決めよう!」
 ヨウタとレントラー、二人が呼吸を合わせる。
「ワイルドボルトォッ!!」
 舞い踊る炎など、最早障害にすらならない。獅子が吠え、助走を付けて跳躍した。狙いは、あの太陽。
 空を裂く、紫電一閃。蒼い雷電の鎧を纏いし流星が、闇に輝く太陽を貫いた。



「……終わった。私の、世界が……」
 大の字に倒れた、頬のこけた男性が静かに呟いた。その言葉に先程までの覇気は無く、瞳は霧に覆われている。
「違うな。お前の世界は始まってすらいない」
 彼の呟きに、クロガネが応える。
「……その通りだ、そこの少年達のせいでな」
 自嘲気味に笑いながら彼は首を持ち上げ、ヨウタとルミへと順に視線を向けた。
「落ち着け。もう、何もする気は無い」
 思わず睨み付けると、独り言のような小ささで宥められた。
 その表情は疲れ切っていて、もう敵意も何も感じられなかった。
「……少年、名前は?」
「……ヨウタ。ヒガキタウンのヨウタ」
 一瞬、答えるのを躊躇った。もしかしたら実は僕らを恨んでいて、いつか報復されるのではないかと。
 しかしその瞳が湛える虚無が、それが杞憂であると教えてくれた。だから名乗った。
「……そうか、覚えておこう」
 彼は大きく息を吐いた。
「私の負けだ、ヨウタ。後は好きにするといい」
 そして目を閉じ、生気が抜けたように動かなくなった。
「……だそうだ、どうする」
 クロガネがこちらを見る。
 ……確かに、彼は悪人だ。これまで重ねてきたであろう罪は決して許される筈が無い。
 だが、もうGSボールは奪い返したのだ。これ以上関わる必要も、関わりたくも無い。
「じゃあ、エミット団を解散してくれ。僕はそれ以上、どうするつもりもない。後は、クロガネさんに任せていいですか?」
「……分かった。フォッグ、お前達のやったことは許されることじゃない。まずは詳しく話を聞かせてもらう」
 死んだように倒れる彼にそう声を掛けて、今度はこちらを見る。
「よく頑張ってくれたな。礼を言う、ありがとう」
「いえ、礼を言うのは僕達です! クロガネさんがいなかったら、僕達は……」
「それでも、フォッグ達を止められたのはヨウタ達が居たおかげだ。ありがとう」
 ……そこまで言われて、もう何も言えなくなった。
「さあ、早くポケモンセンターに行ってポケモン達を回復させてあげるんだ」
「はい、そうですね! 分かりました!」
 それを最後にクロガネとの会話を終えて、みんなを見る。
「みんなはこれからどうする?」
「あなた、馬鹿? 決まってるじゃない、ポケモン達を回復させるのよ」
「うう、手厳しい……」
「それがスミカだから。じゃあ行こう、スミカ」
 コウイチはポンポンとヨウタの肩を叩き、スミカを連れて先に行ってしまった。
「あ、サンキュー二人とも!」
 ヒロヤがその背に礼を送る。
「にしてもやるなヨウタ!」
 と頭をガシガシと荒っぽく撫で、ヒロヤも進む。
「ヨウタ君、凄いね! ……えへへ、かっこよかったよ! お疲れ様!」
 アカリも少し頬を染めながら笑顔で言って、彼らの後を追う。
「ヨウタ、本当にありがとな!」
「あたしもがんばったよ!」
「ああ、そうだな、悪い! ルミもありがとな!」
 と、ミツキも行こうとする。
「待って、ミツキ!」
 まだ、一つ忘れていることがある為それを呼び止める。
「これ、忘れ物!」
 彼が振り返った為、黄金と白の二色の球、GSボールを投げ渡した。彼はサンキュー、と礼を言って、今度こそ行ってしまった。
 ……そろそろ僕も行こうかな。足を踏み出した瞬間、妹に腕を掴んで止められた。
「……ルミ?」
「……お兄ちゃん、生意気だよ! お兄ちゃんのクセに、凄くかっこよかったんだもん!」
 どうやら、それが伝えたかったらしい。言い終わると彼女は、ミツキを追いかけてしまった。
「……全く、ルミは」
 気付いたら笑みが浮かんでいた。
「……みんな、本当にありがとう。本当に、お疲れ様」
 先を行く背と、ベルトに付いたモンスターボール。頑張ってくれたみんなへと礼を言う。
「おーいヨウタ君、早く!」
 少し遠くで、アカリとルミが手を振っている。その隣ではヒロヤが遅いぞ、と茶化し、ミツキは腰に手を当て早く来いよ、と笑っている。
「うん、今行くよ!」
 セレビィを巡る、長い戦いは終わった。ヨウタは、皆の待つ日常へと駆け出した。


■筆者メッセージ
質問などはその他で答えていますので、質問してくださった方はそちらをご覧下さい!
ジョウト地方はキキョウやヒワダ、エンジュなどの街の雰囲気が好きです!後ホウオウ!
人間キャラなら、レッドとグリーンが大好きです!
せろん ( 2014/07/22(火) 19:41 )