第47話 決戦、ヨウタVSエミット団ボスフォッグ 前編
森の中の開けた場所に、一人の男性が立っていた。
くすんだ色が年月の長さ感じさせる祠。それを眼前に見据え、彼は思わず見とれてしまう。
端から見たらただの古臭い祠でしかないが、今の彼には自身を覇者へと導く大いなる力への扉と同義のものだ。
「フフフ、ハハハハハ!!」
ついに、ついにセレビィの力が我が手の中に収まる時が来たのだ!
こみ上げてきたものが止まらなかった。おかしな笑いが溢れて、次々に零れ落ちていく。
渇いた笑いが木霊して、辺りの木々に不吉なざわめきを呼び起こす。
「フハハハハハ……! ……ふん」
途端に、彼の嬉々に満ちた哄笑は止んだ。
そして懐から、手のひら大の一つのボールを取り出した。
下半分は白、上半分は黄金に輝いている。
その黄金の半球には、自身の名を表す二文字が刻まれていた。
アルファベットのGとS。
セレビィを呼び出す力を持つ特殊なモンスターボール、GSボール。
元はモクランのものであったそれは、今彼の手にある。
「さあ、来い……! セレビィ!」
彼が、ついに動き出す。
これまで様々な手を使って求め続けた、時を自由に行き来する力。
彼の野望、世界支配。それを可能にするセレビィを手中に収める為、その手に握られたボールが高く掲げられた。
彼の目前に、光が集まり始める。大いなる時の流れを感じさせる、深い紺碧の光。幾条もの光の束が大きな塊を作り出し、ついに邂逅への扉が姿を現した。
「ついに……! ついに、セレビィが我が手に……!」
「そんなことはさせないぞ! レントラー、かみなり!」
その扉がついに開かれ、フォッグが野望を叶える力を掴み取ろうとした瞬間。鋭い雷電が光を切り裂いた。
彼は思わず飛び退さり、何も起こらないまま光は収束していく。
「なっ……!?」
「フォッグ! お前達の野望は、僕達が食い止める!」
雷を発した主、レントラーは身を低くして唸っている。その後ろでは、トレーナーと思われる一人の少年が構えていた。
「あの少年か……!」
どうやら部下共は、足止めをしきれなかったらしい。しかし一人程度なら問題は無い。
「少年にはそこで大人しくしていてもらおうか。ゆけ、オンバーン」
彼が出したのは、GSボールを奪ったオンバーンだ。
「りゅうのはどう!」
「かみなり!」
電撃と衝撃波、二つのエネルギーがぶつかり合う。その間に、再びボールを掲げる。
彼は、再び祠を見据えた。最早彼の視界には他の何も写らない。
これで邪魔者は居なくなった。
彼の瞳には、理想の世界を築き上げ、その上に君臨する自身の姿が映っていた。それ故に、気が付かなかった。背後から忍び寄る小さな影に。
「お願い、チルット!」
彼の手から、GSボールが離れた。その頭上では空色の小鳥が黄金のボールを掴んで羽ばたいている。
チルットは懸命に、チルットなりの全速力で主の元へ帰還を果たす。
「何……!?」
バカな……! あの少年は今もオンバーンと戦っている。ポケモンを出す隙など無かった筈だ。もし出そうとしたら、オンバーンが全力で妨害をしただろう。
何故……!?
頭の中には、一つの可能性が浮かんでいた。
「ありがと、チルット!」
「よくやったぞルミ、チルット!」
ヨウタが自分の妹に、作戦を成功させたことへの褒め言葉をかけた。
「えへへ、あたし達だいかつやくだね!」
「うん、グレートだよ」
ヨウタの後ろの木の影から、ぴょこっと無邪気な笑顔で少女が現れた。二つ結びの、まだポケモントレーナーにすらなっていない、年齢が二桁にすら満たない少女。
まさか、あの取るに足らない少女に一杯食わされるとはな。
……絶対に。
「貴様等……! 絶対に許さんぞ!!」
「っ……!」
「僕達こそ、セレビィの力を悪用するお前達を許さない!」
彼は振り返り、眉間にしわを寄せ目を見開き、歯を剥き出しにして全ての怒りを込めて怒鳴った。しかしヨウタは、それに怯むこと無く返す。
「大丈夫、ルミとチルットは絶対に僕が守るよ」
「お兄……ちゃん」
後ろで怯えるルミの頭を優しく撫で、微笑みを落とす。
「……ありがとう」
彼女はそれで安心したらしく、ヨウタ同様フォッグを睨みつけた。
「ふん、大した度胸だ。いいだろう……! 貴様等を始末して、それから捕まえればいい話だ!」
「いいや、僕達はお前なんかに負けない! 僕達がセレビィも、世界も守るんだ! 絶対にお前達を倒す!」
「口だけは一人前だな。来い、貴様等を時の狭間に沈めてやろう!」
「勿論行くさ! お前の野望はこれまでだ、ここで終わらせてやる! レントラー、かみなり!」
その指示で、遂に二人のバトルが始まる。ヨウタとフォッグ、互いに譲れない意志が今ぶつかり合うのだ。
「お兄ちゃん……。……しんじてるよ、ぜったいかってね!」
返事は来なかった。聞こえなかったか、あるいは返す余裕が無いか。しかし別に構わなかった。例え返事が来なくても、例え聞こえていなくても。想いは必ず伝わっているはずなのだから。
「迎え撃てオンバーン、りゅうせいぐん!」
オンバーンが首を天を仰ぎ見、大きく口を開けた。そこに光が集まり、橙色の球を形成していく。そして頭上高くに打ち上げられ、頂点で弾けた。
「なっ……!?」
それはいくつもの小さな光弾に分かれて無差別に辺りに落下する。遠くから見ていれば、美しく煌めき、降り注ぐ幻想的な流星群。しかしその思わず見惚れてしまう美麗の裏には、ドラゴンタイプ最強の技という恐怖が潜んでいた。
その光弾の一つが盾となり、オンバーンへ迫る電気を防いだ。
「右だ! 次は左! ……下がるんだ!」
りゅうせいぐんは、名前の通り群れを成して襲いかかる。一つ一つが槍のように鋭い光弾、一発でも当たれば大ダメージだ。
ヨウタの指示で、不規則に落ちてくるそれを次々に避ける。
「真上から来る! かみなり!」
大量に降り注ぐ光の雨粒、数が多すぎて避けきれない。真上に落ちてきたそれを渾身の電撃で受け止める。
……なんとかやり過ごすことが出来た。だがここで一息吐いている余裕は無い。
「レントラー、かみなり!」
「とんぼがえりだ!」
今度はこちらから仕掛ける。鋭い稲妻が空を裂きオンバーンに迫るが、相手は羽ばたいて容易く回避する。更に、それだけでなく猛然と目の前に迫って来た。
「避けてくれ!」
レントラーが脚に力を入れて飛び退さろうとしたが、間に合わない。オンバーンは細い脚でレントラーを蹴りつけ、モンスターボールに帰還していった。
「さあゆけっ、ドサイドン!」
続けて現れたのはいわ・じめんタイプのドサイドン。土色の鎧と橙のプロテクターを身につけた重戦士だ。
「レントラーはアイアンテールを覚えてる、けどここは突っ張っても得は無さそうだ。一度戻ってくれ!」
レントラーも相性の悪さを承知しているらしく、大人しく光に吸い込まれていく。
「次は君だ、オノノクス!」
対してヨウタが出したのはオノノクス。黄土色の装甲を身に纏い、顎に巨大な斧を備えたドラゴンタイプ。
「ドサイドン、ロックカット!」
「オノノクス、りゅうのまい!」
二匹が動いたのはほぼ同時だった。ドサイドンは身体を磨いて空気の抵抗を減らすことで素早さをぐーんと上昇させる。対してオノノクスは、神秘的で力強い舞いを踊ることで攻撃と素早さを上げた。
「れいとうパンチ!」
「ドラゴンクローで迎え撃つんだ!」
本来のスピードからは想像もつかない速さで互いに接近する。
ぶつかり合う二つの拳。一方は拳に冷気を纏い、もう一方は炎にも似た橙色のエネルギーが巨大な爪を形成していた。
オノノクスは先ほどのりゅうのまいで攻撃も上昇している、差は歴然だった。ドサイドンの右腕など容易く押し切りその鎧を切り裂く。
だが相手も流石の防御、それに怯むこと無く冷気を纏った左腕を突き出し、オノノクスの胸を貫く。
「下がってくれ!」
「逃がさん、ストーンエッジ!」
「尻尾で砕け!」
オノノクスは飛んで後ろに下がる。ドサイドンが掌を突き出し、その中心の穴から何発も何発も、途切れること無く尖った岩を発射した。
だが宙にいる間は身体を回転させ尻尾で砕き、着地した後はドラゴンクローで次々に切り裂ていく。
数発の漏らしはあったものの、ほぼ無傷でやり過ごすことが出来た。
「もう一度接近しろ、ドラゴンクロー!」
「受け流せ!」
再び爪をかざして飛びかかる。しかし相手は冷静にその爪を、腕の側面に合わせて受け流す。
「れいとうパンチ!」
更に、隙を突かれ凍える拳で胸を打たれる。
「くっ……、ドラゴンクロー、左手だ!」
「下がれ!」
だがオノノクスも負けてはいない、効果抜群の一撃にも怯まず再び爪を振りかざした。しかしドサイドン、いや、フォッグはそれが分かっていたかのように合わせて指示を出し、爪が捉えるよりも先に後退した。
「だったらじしんだ!」
必死の反撃を容易く避けられた、だが彼らは転んでもただでは起きない。爪を振り下ろした勢いのまま地面を殴り、周囲に広がる衝撃波を起こす。
「跳んでストーンエッジ!」
相手、ドサイドンは良く鍛えられているのだろう、その巨体からは想像出来ない程の高い跳躍を見せる。ドサイドン三匹分の高さはあるだろう。
「今だ、切り裂け! ドラゴンクロー!」
が、今度はヨウタの狙い通りだ。相手は宙から尖った岩を飛ばしてくるが、それをエネルギーにより巨大化した爪を突き出して次々砕いていく。
「叩きつけろ!」
目の前まで到達した。慌てて防御の姿勢に移るドサイドンに顎の斧を思いきりぶつけて、地面に叩き落とす。
「行くんだ、じしん!」
背中から地面に衝突するドサイドン。オノノクスは縦回転しながら落下して、その手前の地面に勢い良く叩きつけた。
再び衝撃波が広がった。ドサイドンは、起き上がる間も無く飲み込まれた。
……じしんを食らった瞬間の悲鳴を最後に、ドサイドンは動かなくなった。
「フン、戻れドサイドン。ならば貴様だ、ギャラドス」
三匹目が現れる。東洋の龍のような長い体、長いヒゲ。体色は自身のタイプを映し出すような、水を思わせる鮮やかな青色の背中に、クリーム色の腹。
そしてきょうぼうポケモン、と分類される程の凶悪さを現すような、三叉に分かれた銛の先のような体色よりも青い角と、鋭い犬歯の生えた巨大な顎、捉えた標的を逃さない無慈悲な眼光。
ここまでフォッグを連れてきた、ギャラドスだ。
ギャラドスは、大気を震わせ心臓をも響かせる程の咆哮を上げて、威圧の眼光をヨウタ達に向けた。
「きゃあっ!?」
「っ……!」
高くから見下ろす龍の眼光、思わず怯んでしまったのはヨウタとルミだけでは無いようだ。オノノクスの背中が僅かに震えたのが分かった。
……恐らく、今のはただの威嚇ではない。相手ポケモンの攻撃を下げる効果を持つ、いかくという特性だ。
「……オノノクス、まだ行けるかい?」
いつまでも怯んでなんていられない。声を掛けると、当然だ、といった風に頷いた。
先ほどのいかくで攻撃が下がってしまった。とはいえ元々りゅうのまいで攻撃は上がっていた、攻撃のプラスに攻撃のマイナスを足され攻撃が元に戻ってしまっただけだ。まだ、素早さの上昇は残っている。
オノノクスを続投するのは、出来ればこの勢いを崩したくない、というのもある。
「いわなだれ!」
オノノクスが虚空から岩を呼び寄せ、ギャラドスの頭上に落としていく。
「たきのぼりだ!」
フォッグが指示を出した。すると林中の平坦な場所にも関わらず滝が現れ、宙を逆上っていく……否、それは決して滝ではない。
それは滝のような激しさで、天へと上っていく。その勢いは岩の雨を浴び続けても、まるで変わらない。むしろ岩が砕けて、地面に大粒のシャワーを降らせているような状態だ。
だがこれは攻撃技、豪快に空へ舞い上がってはい終わり、とはならない。その眼光が眼下の大斧を装備した戦士を捉え、今度は正真正銘滝の如く落ちていく。
「受け止めるんだ!」
対してオノノクス、両腕を盾にして攻撃に備える。そして衝突した、やはり衝撃は激しくオノノクスですらも地に二本の跡を残して後退ってしまうが、やがてそれも止まり勢いを完璧に押さえ込んだ。
だが、相手は全く動揺を見せない。むしろ予想通り、と言いたげに口角を釣り上げていた。
「これで十分近付いた、まずはその素早さを奪ってやろう。でんじは!」
「……なっ」
しまった、たきのぼりは単なる手段でしかなかったのか。
ギャラドスの角の先から放たれた微弱な電気がオノノクスを包み、マヒ状態へと変えてしまう。
せっかくのアドバンテージであった素早さが完全に殺され、更に行動に大幅な制限がかかる。いわば機能停止、その寸前の状態に一瞬で変えられてしまった。
「くっ、ドラゴンクローだ!」
「遅いな」
目の前の凶悪な面を、しかしその爪が捉えることは無かった。身体を縛り付け動きを制限する痺れに抗い必死に振り下ろした爪は、ギャラドスの尻尾が盾のように間に割り込み、止められてしまったのだ。
「こおりのキバ」
「跳んで避けるんだ!」
オノノクスが脚に力を込める、と同時に全身が痺れに襲われ、硬直してしまった。隙だらけの標的、仕留めるのは容易い。
冷気を秘めた牙が首筋に突き刺さる。芯から凍り付くような痛み、ドサイドン戦のダメージの溜まっていたオノノクスには耐えられなかった。
巨体が揺れ、横倒れになった。
「……ありがとうオノノクス、ゆっくり休んでくれ。……次は君だ!」
相手はでんじはを覚えている。だが、このポケモンで対策が出来る。
「アブソル!」
現れたのは三日月状の角を右のこめかみ辺りから生やし、さらさらと流れるきめ細やかな白い体毛に覆われたポケモン。
その赤い瞳が鋭く細められ、ギャラドスを見据える。
わざわいポケモンアブソル。このコウジン地方の危機を察知して自ら仲間になったポケモンだ。
「アブソルか、つるぎのまいを使われたら厄介だな」
「アブソル!」
互いに互いの一手を警戒する。この勝負、一手見誤ったものが敗北する。だからこそ、一瞬の判断が全てを決めるのだ。
「ちょうはつ!」
「マジックコート!」
ギャラドスが尻尾を立て、来い、と言わんばかりに引き寄せ、倒し、引き寄せて倒す。
だがアブソルにその挑発は届かない。アブソルが身を低くすると目の前に薄い膜が現れる。長方形の、鏡のように姿を映す膜だ。
ギャラドスは激怒した。目の前の膜に移る、自身の怒りを煽る相手。必ず焼き尽くさなければならないと、その相手を破壊のターゲットに定める。今のギャラドスは、ちょうはつやでんじはなど、小手先の技を指示したところで聞き入れないだろう。
「でんじはじゃなかったか……」
「……まあいい、力でねじ伏せれば済む話だ」
読み違えたのはどちらともだ。だが、でんじはを封じられた今の一瞬でヨウタがアドバンテージを得たのは事実だ。むしろちょうはつで助かったかもしれない。
「サイコカッター!」
まずは牽制、三日月状の刃を飛ばす。
「弾け」
しかし、尻尾の一閃で容易くかき消される。
「攻撃力が足りないか……。だったらつるぎのまいだ!」
「たきのぼり!」
アブソルが戦いの舞を踊り、自身の攻撃力をぐーんと高める。それは強力な効果、故に生じる隙が敵の接近を許してしまった。
怒濤の奔流に飲み込まれた。宙に投げ出されたところを、更に太い尻尾が打ち上げる。
「もう一度たきのぼりだ!」
「つじぎり!」
だが、その身に負った痛みの代償として得た力は強大だった。向かってきた激流を容易くあしらい、地面に叩き落とす。
「サイコカッター!」
「受け止めろ!」
地で伸びる相手に、刃を飛ばす。
相手はすぐさま尻尾を盾にしたが、刃はそれを容易く弾き飛ばしてその身を裂く。
巨体から、怒りの雄叫びが漏れた。
「行け、つじぎり!」
「戻れ、ギャラドス」
自由落下に任せてギャラドスに迫る。そのまま行けば確実にその刃で葬れただろう。
しかしそうはさせまいと球体に吸い込み、場での存在と引き換えに一命を取り留める。
アブソルは軽やかに着地して、口惜しそうに首を振った。
「次は貴様だ、ローブシン!」
コンクリート柱をそれぞれの腕で杖のように持っている老兵。下半身はおよそ逞しいとは言い難いが、上半身、特に腕はコンクリート柱を持つ為か肥大化しており攻撃力の高さを窺わせる。
「マッハパンチ!」
瞬間、コンクリートを残して掻き消えた。気付いた時には目の前に迫っていた。
振り下ろされた拳を咄嗟に角を出して受け止める。だが、相手の左手はまだ空いていた。
「下がるんだ!」
アブソルが指示を受け、慌てて飛ぶ。直後アブソルの元居た場所を拳が貫いた。
後一瞬でも遅れていたら、あれの餌食になっていただろう。それは、アブソルの右頬には残る掠り傷が証明していた。
「サイコカッターだ!」
「柱を使って受け止めろ!」
ローブシンが下がり、柱を掴んで壁にする。三日月の刃は、それを突き破れなかった。
「アブソル、一度戻ってくれ」
相手は苦手なかくとうタイプ。おまけに先制技のマッハパンチを持っている。これ以上戦いを続けても状況は好転しないだろう。
つるぎのまいで攻撃を上げていたため口惜しいが、一度戻すことにした。
「頼むよ、ニドキング!」
出したのはニドキング。紫色のがっしりした身体、ウサギのように大きな耳、天をも貫く鋭い角。
どくタイプを持つこのポケモンなら、かくとうタイプの技は効き目が薄い。有利に立ち回れる筈だ。
「かみなり!」
早速攻める。だが、やはりコンクリート柱が盾となりその身を守る。
「だったら接近戦だ、どくづき!」
ならばと接近戦を持ちかけるが、流石普段コンクリート柱を持ち上げているだけある、毒の拳を軽々と止められてしまう。
「ならもう一度!」
右の拳は相手の掌に包み込まれてしまった。しかし、まだ左手が使える。再び拳を突き出したが、やはり受けられてしまう。
「まだだ、かみなり!」
両腕が、これで使えない。それでも、攻撃手段が完全に封じられたわけでは無い。角の先から、目の前の相手へと電流が迸る。
「れいとう……パンチ!」
ローブシンが電撃に包まれながら右手を引いた。ニドキングの左手が自由になる。
「どくづきで迎え撃つんだ!」
電気を止めて、拳を突き出す。しかし向かってくる重く巨大な氷拳に弾かれた。せっかくのどくづきも、その拳の威力を衰えさせることすら出来なかった。
根本的な筋力の差。為す術も無く、頬に拳が突き刺さる。ニドキングの身体は気付いたら浮いていた。
「ニドキング!?」
その貫禄のある紫色の身体が、背を地面に付けて目の前に滑り込んできた。効果抜群、ダメージは大きいだろう。焦って声を掛けると、どうやらまだしっかりと戦えるらしい、すぐに立ち上がった。
「柱を投げつけろ!」
「尻尾を使って跳ぶんだ!」
二匹の間には数メートルの距離が開いている。しかしフォッグは攻撃の手を緩めるつもりは無さそうだ。離れていても有効な攻撃法、その手に握られていた柱を飛ばしてくる。
しかしそんなものを食らうわけにはいかない。尻尾をバネにして、勢い良く飛び上がる。
「ならもう一度だ!」
「尻尾で弾き飛ばせ!」
上昇中のニドキングに、二つ目の柱が投げられる。だがニドキングの太い尻尾の破壊力は凄まじい、鉄塔をも容易くへし折る程だ。空中で横回転して柱にぶつけると、柱は方向転換してあらぬ場所へと飛んでいってしまった。
「よし、かみなりだ!」
空中からかみなりを放つ、遮るものは何も無い。真っ直ぐにローブシンへと向かっていく。
「構わん、跳べ!」
「なにっ!?」
なんとローブシンは、自らかみなりに突入した。そしてどんどんニドキングとの距離を縮め……。
「れいとうパンチ!」
その氷の鉄槌を振り下ろし、ニドキングを地面へと叩きつけた。
「ニドキング!?」
砂塵が舞い、視界を遮る。しかしそれも晴れ、現れたのは目を渦巻きにして倒れるニドキングの姿だった。
「……ありがとうニドキング、ゆっくり休んでくれ」
礼を言ってボールに戻し、相手を見るといつの間にかコンクリート柱を二つとも回収されてしまっていた。
「(……あのコンクリート柱、それに高すぎる攻撃力。どっちもかなり厄介だ)」
ローブシンを倒す際の、大きな障壁。それをどうするか思索を巡らす。
「(とりあえずブースターのおにびで、ローブシンの攻撃を……。
……待てよ、ローブシンの特性はこんじょうとちからずくのどちらかだ。もしこんじょうだったら、どうする……?)」
ここで二分の一に掛けるのは、あまりにもリスキー過ぎる。
「(……いや、一度だけあった。相手の特性を見極めるタイミングが)」
だが、先ほどのニドキングの戦いを思い出す。
「(さっきれいとうパンチを受けたニドキング、効果抜群だけど結構戦えそうだった)」
ローブシンの特性の一つ、ちからずくは、相手を状態異常・状態変化にする、相手の能力を下げる、自分の能力を上げる、といった自分に有利な追加効果を持つ攻撃技を、その技の追加効果が出ない代わりに、その威力を上げる特性だ。
相手を凍らせることもあるれいとうパンチも例外ではない。
「(もし特性がちからづくだったら、もちろん当たりが悪かった可能性もあるにはあるけど、そうじゃない限りもっとダメージは大きかったはず。きっとあのローブシン、特性はこんじょうだ。
……もし僕が、特性こんじょうのローブシンのトレーナーだったら、おにびをされたらどうする?)」
考えれば、アンサーはすぐに導き出された。ならば、それを利用しない手は無い。
「頼んだよ、ブースター!」
これでヨウタも三匹目、ローブシンを倒すキーマンのブースターだ。
ふさふさの首毛をなびかせながら、構える。やる気十分だ。
「ブースター、おにび!」
怪しく揺らめく、不気味な紫黒の炎。それは真っ直ぐローブシンへと飛んでいく。
「間抜けが……」
フォッグは、失望したように溜め息を吐いた。
「ローブシンの特性はこんじょうとちからずくのどちらかだ、知らなかったのか、一か八かの博打か……。ともかく、軽率な行動だったな」
「(……知ってるさ、そんなこと)」
相手の罵倒、腹は立つが、不用意な発言で作戦が破綻してはいけない。相手に聞こえないよう、心の中で毒づいた。
「ローブシン、受けろ」
ローブシンが、二つのコンクリート柱の距離を広げておにびを迎え入れる。……今だ。
「ブースター、だいもんじ!」
おにびに続けて、今度は橙色に燃え盛る大の字の炎を放つ。
「くっ……、おにびは防御を払う為か……! 防げ、ローブシン!」
どうやら彼も狙いに気付いたようだ。相手のローブシンの特性はこんじょう、なら自分が有利になるおにびはわざと受ける、つまり柱による防御を崩す筈だ。
だいもんじはおにびよりも速い速度で進む、やがてはおにびに追いつくだろう。相手をパワーアップさせることなく攻撃を通らせることが出来る。
フォッグは、慌てて防御の指示を出す。コンクリート柱がだいもんじを防ぐ盾となり、炎が消えるまで持ちこたえ続ける。
「ブースター、フレアドライブ!」
だが、それまでこちらが悠長に待ってやる義理は無い。コンクリート柱では防げない頭上から、橙色に揺れる不定形の鎧を纏って、相手の頭目指して落下する。
コンクリート柱で迎え撃てばだいもんじに焼かれ、このままだいもんじを防ぎ続ければフレアドライブが直撃する。
フォッグが不快そうに眉間に溝をつくる。結局為す術が無く、ローブシンは炎の突撃を受けた。
コンクリート柱もろとも倒れ、光に吸い込まれていく。
「……ゆけっ、ドータクン!」
ローブシンに続けて彼が出したのは、青緑の、銅鐸によく似たポケモンだ。
「ドータクン……!」
ドータクンは、別世界への穴を開けてそこから雨を降らしていた為、豊作の神とされた。2000年以上眠っていたドータクンが工事現場から発掘され大ニュースになったこともある。
そんなポケモンを見て、ヨウタが喜ばない筈が無い。悪の組織のボスが連れているのが、心底悔しかった。
「……いや、今は集中だ!」
だがそんな理由でバトルを乱すわけにはいかない。今はただ真剣にバトルに取り組むことにした。
「だいもんじ!」
大の字の炎が、ドータクンへと向かっていく。
しかし相手は、避ける様子を見せない。
「どうして……?」
そのまま、だいもんじが直撃する。
「なっ……」
だいもんじは確かに直撃した。はがねタイプのドータクンには効果抜群だ。しかし、あまりダメージを食らっているようには見えない。
「……特性はたいねつか」
ドータクンの特性は二つある。じめんタイプの技を無効にするふゆうか、ほのおタイプの技のダメージを半減するたいねつだ。
だいもんじの効き目が薄かったことを考えると、特性はたいねつの筈だ。
「ひかりのかべ」
その指示で、ドータクンを光る長方体が包み込む。
相手から受ける特殊攻撃のダメージを弱める、不思議な光の壁だ。
これではだいもんじの威力が弱まってしまう。
「けど、それなら! フレアドライブ!」
しかし、ならば物理攻撃で攻めれば良いだけの話だ。
炎を纏ったブースターが、ドータクンに突撃を決める。
「だいばくはつだ」
直後ドータクンの身体から光が漏れ、鼓膜が破ける程の轟音と辺り一面を覆う程の爆風が周囲を包み込んだ。