第45話 アカリVSエミット団幹部ミモザ
「戻って」
ミモザの三匹目は、トゲキッスのエアスラッシュにより倒れた。
「やったあ! いいよトゲキッス!」
彼女の声援で、トゲキッスは軽快に宙を舞う。
「あまり調子に乗らないことね。まだイーブンよ」
喜ぶアカリとトゲキッスに、ミモザはやや頬を膨らませつつ厳しい言葉を返す。
「ええ、ですが負けませんよ!」
ヨウタ君達は今も頑張ってる。私が遅れを取るわけにはいかない。
対等な戦況に持ち込んだことで気を入れ直す。
「次、頼むわよ。ワルビアル!」
ワルビアルのタイプはじめん・あく。フェアリー・ひこうタイプのトゲキッスには一方的に弱点を突かれる。
それでも出してきたということは、恐らく何か弱点を突ける技を覚えているはずだ。
とはいっても目処はついている、恐らくはストーンエッジだろう。
威力は高いが命中は不安定ないわタイプの技だ、当てられないように注意しなければ。
「まずは手始め、はどうだん!」
トゲキッスは体の奥から波動の力を撃ち放つ。
青い光弾は、真っ直ぐワルビアルへ向かって飛んでいく。
「かみくだく!」
「え、うそ!?」
ワルビアルの大きな顎が、青い光弾を噛み砕く。
はどうだんは必中の技。しかし技自体が消えてしまっては当たるもなにも無い。
「う〜ん……、エアスラッシュ!」
予想外の対処方法に驚きつつも、次なる指示を出す。
トゲキッスが羽ばたき、空をも切り裂く空気の刃が発生する。
「シャドークローよ!」
十字の形を為したそれは、しかし相手の十字に振り下ろした爪撃に掻き消され霧散した。
更に相手はそのまま接近してくる。
「トゲキッス、下がって!」
アカリのトゲキッスは、近接戦闘においてまともな攻撃手段となる技を覚えていない。
至近距離での殴り合いは不利な為、下がらざるを得ないのだ。
「ストーンエッジ!」
「高度を上げて避けて!」
やはり覚えていた、ストーンエッジ。
一直線上に飛んでくる岩の刃を、線の上にずれることで回避する。
「もう一度シャドークロー!」
だが相手はそれを予期していたかのようにすぐに跳ねた。
眼前に飛びかかってきて、避ける間も無くその技を食らってしまう。
「今よ、ストーンエッジ!」
シャドークローで地面に叩きつけられたトゲキッスに、さらに岩の雨が降り注ぐ。
その岩の一つ一つが刃のように鋭く、深くトゲキッスに突き刺さった。
効果抜群、かなりのダメージだ。
「決めなさい、シャドークロー!」
地で呻くトゲキッスに、凶悪な爪が降りかかる。この攻撃に直撃してしまえば恐らく耐えられない。
「トゲキッス、避けて!」
そのかけ声で、なんとか持ち直した。
ゆっくりと体を持ち上げて、そして再び舞い上がる。
ワルビアルの爪は背中にほんの少し掠ったが、その程度ならばダメージにもならない。
「もう一度シャドークロー!」
「旋回して避けて!」
もうトゲキッスの体力はわずかだ。とどめを刺そうと飛びかかってきたが、横に半回転ほど旋回してそれを避ける
「今よ、マジカルシャイン!」
相手は今空中で背中を見せている、無防備な状態だ。。
トゲキッスが強力な光を放ち、その輝きにワルビアルの背中が焼かれていく。
出し惜しみをしていたわけでは無い。この技の発動の為に生ずる隙を考えると使えなかったのだ。
「続けてはどうだん!」
のけぞって苦しみ、よろめきながらもなんとか着地するワルビアル。
しかしそこに追い打ちをかける。
「跳んで!」
ミモザもその技を避けようと必死に指示を出すが、意味が無い。
青い光弾は宙に逃れようとしたワルビアルを追いかけ、見事背中を射抜いた。
ワルビアルは落下して、無様に地面にへばりついた。動く気配は無い、戦闘不能だ。
「ワルビアル!?」
「危なかったぁ〜……。ありがとうトゲキッス! あなたもダメージが大きいよね、少し休んでてね」
片方は歯ぎしりしながら、もう片方は安堵に深い息を吐きながらポケモンをボールに戻す。
「次はあなたよ、ビークイン!」
「お願い、ニドクイン!」
互いに対峙する五匹目は、ビークインとニドクイン。
「ニドクイン、かみなり!」
「ビークイン、避けてぼうぎょしれい!」
ニドクインが早速小さな角の先から電気を放つが、ビークインは横にずれて回避する。
そしてビークインが鳴き声をあげると、胴体の巣穴からたくさんの小さな僕達が出て来てその体を覆った。
「うわ、気色悪いわね……」
後ろで戦っていたスミカがちらとその光景を見て、心の底からの本音を漏らした。
「きっ……! 気色悪くなんてないわ……!」
ミモザは声色を抑えているものの、それでも漏れる怒りはスミカと戦うしたっぱ達にしっかりと伝わっていた。
「ぼうぎょしれいを使ってきたから、もしかしたら……」
一方アカリは、相手のビークインのバトルスタイルを考察していた。
ビークインの特性はプレッシャー。相手が自分に対して技を使う際、通常より多くパワーが必要になる特性だ。
もしはねやすめを覚えていて、こちらのパワーを削る戦法を取ってきたならば厄介極まりない。
となるとこちらが取る手段は一つだ。
「ビークイン、もう一度ぼうぎょしれい!」
これで相手の防御と特防は二倍だ。しかし、この技の前では防御力など意味を成さない。
「ニドクイン、どくどく!」
「しまった……! 避けて!」
ニドクインが、猛毒の液体を発射する。
ビークインは僕に覆われながら横に避けようとしたが、なんと毒液は追跡してきた。
「忘れてたわ、どくタイプの使うどくどくは……!」
「そう、必中の技になるのです!」
先ほどまで僕を纏って優雅な笑みを浮かべていたビークインの顔が、それを浴びたことで一瞬で青くなる。
「だったらすぐに倒せばいいだけよ、アクロバット!」
ビークインは猛毒を浴びているとは思えないほど、多くの僕にまとわりつかれているとは思えないほどの軽やかさで突撃してくる。
「受け止めて!」
ニドクインが両腕を構えて相手の攻撃に備えるが、ビークインは頭上を通り過ぎる。
「頭上……!?」
気付いた時にはもう遅い。背後に回られ、拳を叩きこまれていた。
「後ろよ、どくづき!」
すぐに振り返って拳を振り下ろすが、敵の姿はすでに消えてしまっていた。
見上げると、再び頭上を飛び回っていた。
「かみなり!」
「防いで!」
再び電気を放つが、体の底に空いた穴から飛び出す僕達が正に身を盾にして女王を守る。
電気を放っても、先ほどのように避けられるか、今のように僕達に防がれる。
「む〜っ……!」
ビークインとその僕達の織り成す耳障りな羽音のハーモニーが、余計に彼女のフラストレーションを高める。
「あっ!?」
だが、悪いことばかりでは無い。ビークインの体がわずかに傾いた。どうやら、猛毒のダメージが溜まってきているらしい。
「今よ、かみなり!」
そのチャンスを逃さず狙い撃つと、ビークインはふらふらと降下していった。
「……狙いは分かってるよ。地上に降りて、はねやすめで回復をしようとしてるって。
だけどそういうのはさせない、かみなり!」
はねやすめ。アカリが最初に危惧していた回復技。
普段飛んでいるポケモンが地上に降り立つことで、羽根を休めて回復する技だ。
ビークインは恐らく、ダメージが大きくて落ちたのではない。
その技を使う為地上に落ちてしまうふりをしていたのだろう。
やはりビークインは、その技を使おうとしていただけらしい。
電気が飛んでくるのを見ると慌てて横に回避した。
「あら、鋭い」
「いえいえ、あなたこそ油断出来ませんね」
ビークインははねやすめを諦めて、宙に戻る。そして再び体が傾く。
もう、相手はだいぶダメージが溜まっているはずだ。長期戦に持ち込まれても面倒だ、決めるなら今がチャンスだろう。
「今よ、かみなり!」
その瞬間、ミモザが妖しく口角を吊り上げた。
「今よ、みちづれ!」
直後指示を出し、ビークインの影が伸びてきて、ニドクインの影と繋がった。
「そんな……!?」
一度放った技を、もう止められない。
電撃を浴びたビークインは崩れ落ち、そして同時にニドクインも倒れた。
みちづれは相手の攻撃で倒れた時、相手も道連れで戦闘不能にしてしまう技だ。
少しの間しか持続しないが、その間に戦闘不能になれば効果は発動してしまう。
「……ありがとうビークイン、戻って休んでね」
まさかビークインがみちづれを覚えているなんて、予想外だった。
互いにポケモンを戻して、次に備える。
「……トゲキッス、もう一度お願い」
まだダメージは残っている。しかし、相手の最後の一匹はシビルドン。
アカリの最後の一匹、ロズレイドが効果抜群のかえんほうしゃを覚える。
様子見も兼ねてここはトゲキッスに任せることにする。
「さあ、行きなさい。シビルドン!」
ついに彼女は最後の一匹だ。だが、トゲキッスはすでに瀕死寸前。互いに油断は出来ない。
「シビルドン、かみなり!」
「避けて!」
空を切り裂き迫ってくる電気を、体を傾けて左に避ける。
「はどう……」
「かえんほうしゃ!」
トゲキッスがエネルギーを溜めている最中にも攻撃の手が休まることはない。結局技を中断して、またも左に傾き避けることになってしまった。
これはかなりまずい状況だ。トゲキッスは疲労が激しい、いつがたが来てもおかしくはない。 その隙を突いてやられてしまえば、確実に戦闘不能に追い込まれる。
この状況、少なくともアカリにはタフなセリフを吐くほどの精神的余裕は無かった。
「かえんほうしゃ!」
再び、右翼の付け根辺りに火炎が飛んでくる。トゲキッスは先ほど同様左に避ける。
……おかしい。何故か先ほどから同じ位置に攻撃してきている気がする。……まるで、誘導されているように。
「かみなり!」
やはり右翼の付け根にその技が飛んできて、左に避けようとする。
「あっ……!」
気付いてしまった。彼女達の狙いに。
辺りは木々が林立している。つまり、木々の枝に阻まれて地表よりも横に動ける幅が制限されているのだ。
左に動いたトゲキッスは、突き出した木の枝にぶつかり動きが止まってしまう。
そこをかみなりが捉えた。
「トゲキッス!?」
トゲキッスはふらふらと落下して、地に落ちた。
プスプスと煙を上げ、辺りに焦げ臭い臭いがただよう。
「ありがとう、トゲキッス。ゆっくり休んでね」
アカリは、身動きしないトゲキッスをボールに戻した。
これで、お互い後は無い。最後の一匹同士だ。
「……ロズレイド、お願い!」
最後を託すのは、やはり自分の相棒だ。このバトル、負けるわけにはいかない。
自分の夢はジムリーダー。その地方を守る砦でもある称号を目指す自分が悪に屈するなど、あってはならないのだから。
出て来たロズレイドも、それが分かっているのか普段よりも険しい顔つきをしている。
「シビルドン、かえんほうしゃ!」
やはりその技で攻めてきた。だがそんなの分析どーりだ。
「ヘドロばくだんで迎え撃って!」
直線の火炎は、ロズレイド目掛けて飛んでくる。だが、ロズレイドが放ったヘドロの塊が壁となり進めなくなった。
「飛んでヘドロばくだん、連発!」
ロズレイドが宙を舞う。仮面を付けたそのポケモンは、優雅に空に孤を描いた。
しかしただ自分の動きを魅せるわけでは無い。アーチをなぞる最中、両手のブーケをシビルドンに向けて幾度もヘドロの塊を投げつける。
「辺りにかみなりを放って!」
もはや目の前のヘドロに構ってはいられない。火炎は諦め、自分を覆うように無造作に電気を撒き散らす。
何発もあったヘドロは、それでほとんどが消滅してしまった。
だが、ヘドロはまだ一つだけ残っていた。それは自分に当たってしまうだろう、がそれでも構わない。
ロズレイドは着地寸前、今なら着地の為の動作に入る為攻撃を邪魔されることは無い。
「かえんほうしゃ!」
「ロズレイド!?」
ついに炎が、薔薇の仮面を飲み込んだ。苦しそうな声を上げているが、攻撃の手を休めるなどぬるいことはしない。このまま焼き続ければ戦闘不能に追い込めるだろう。
「ロズレイド……! くさむすびで体勢を崩して!」
「しまっ……!」
もう遅かった。シビルドンの足元から突如伸びてきた草が、その短い足を絡め取り引っ張った。
シビルドンは無様にお腹から転倒してしまう。
「今よ、跳んでヘドロばくだん!」
再びロズレイドが宙を舞う。そしてまたもアーチを描きながらヘドロの塊を放った。
その技は情けなく地べたに這いつくばるシビルドンの背中に直撃。
「ロズレイド、リーフストーム!」
ロズレイドは、ようやく起き上がってきたシビルドンの背後に軽やかに降り立った。
そして振り返る間も与えずに尖った葉っぱの嵐を巻き起こした。
シビルドンは背中を中心に全身を切り刻まれ、嵐から解放された時にはぐったりとうつ伏せになっていた。
「……シビルドン」
誰がどうみても、戦闘不能だ。ミモザは肩を落としながらシビルドンをボールに戻した。
「……」
だが、アカリはまだ気を抜かない。後ろでまだスミカが戦っているように、どこかにしたっぱが隠れているかもしれないのだから。
「もう居ないわよ、降参」
そんなアカリの警戒心を察したミモザは、両手を上げて道の脇に座り込んだ。
「本当に?」
「私だってそんなに往生際悪くないわよ」
辺りを見回すが、確かに他に敵の気配は無さそうだ。それに彼女がその場しのぎの嘘を吐いているようには見えない。
「アカリ、終わったわよ」
ちょうど、彼女、スミカの方もしたっぱの相手を終えたらしく隣に来た。
最後にもう一度見渡してみる。
「だからもう居ないって言ってるじゃない」
敵なので当たり前ではあるのだが、まだ完全には信じてもらえていないだろうことにミモザは頬を膨らませる。
「……うん、よし!」
やはり見直してみても、敵は他に居なそうだ。
「ちょっ、え?」
アカリは、隣にいるスミカの手を握りしめた。彼女はそれに、思わず素っ頓狂な声を漏らす。
「じゃあ、行こう!」
そして有無を言わせず走り出す。
「待ちなさいよ、まだコウイチが……」
……やっぱりいいか。
「ええ、行きましょうアカリ!」
アカリに手を引かれて走らされていたスミカも、そう呟いて自らの意志で走り出した。