第44話 ヒロヤVSエミット団幹部カーマイン
鋼の体に、地面を伝わる衝撃波が直撃する。
効果は抜群だ、耐えられず倒れた。
「ありがとう、戻って休んでくれジバコイル」
ヤガスリの森前半部、ヨウタ達を先に行かせる為残ったヒロヤは、幹部の一人、カーマインと戦っていた。
今カーマインのポケモン、ヒロヤのポケモンはともに三匹が倒れている。
今ジバコイルを倒したのは、カーマインのギガイアスのじしんだ。
ラスターカノンをストーンエッジで突破され、でんじほうで迎え撃っている最中に叩き込まれたのだ。
「だったら、次はお前だ! ヨノワール!」
続けて出したのはヨノワール。横に太いボディを持つ、ゴーストポケモン。
「こっちの方が素早い。先制するぞ、かわらわり!」
「迎え撃て!」
ヨノワールはその巨体の割りには速めのスピードで接近して、拳を振り下ろす。
対してギガイアスも、右前足を突き出して迎え撃つ。
二つの拳がぶつかり合うが、力は拮抗する。
「ヨノワール、左手でかわらわりだ!」
だがそんなことはヒロヤの想定内……。いや、むしろ望んだ形だった。
ギガイアスは四足で立っている為、もう片手の攻撃には対応出来ないのだ。
今自身の右手と競り合っている相手の右前足に、硬い手の側面を打ち当てる。
「ストーンエッジ!」
「受け止めろ!」
互いに少し距離を取り、態勢を変えた。
ギガイアスは尖った岩を飛ばし、ヨノワールが手のひらを突き出して受け止める。
「もう一度かわらわりだ!」
「戻れギガイアス!」
再び接近して拳を振り下ろしたが、命中する前にモンスターボールに戻されてしまった。
「ゆけっ、クリムガン!」
続けて出て来たのはクリムガン。真っ赤な顔に青い体のドラゴンポケモンだ。
「むっ……!」
ヒロヤは思わず顔をしかめる。
クリムガンはこちらを麻痺にしてくるいやらしい技、へびにらみや、接触攻撃をすると攻撃した側がダメージを食らってしまう特性、さめはだの持ち主の可能性がある。
下手をするとヨノワールが返り討ちにあいかねない、が……。
「行くぜヨノワール、れいとうパンチ!」
ちまちまと戦うのは彼の性分に合わない。弱点のタイプの技で一気に攻めたてる。
「迎え撃て、かみなりパンチ!」
相手も拳を突き出して、拳と拳がぶつかり合う。
パワーはほぼ互角、そう予想していたヒロヤだが見通しが甘かった。
ヨノワールの拳は容易く押されていく。
「くっ、避けろ!」
拳の打ち合いはすぐに終わりを告げる。
ヨノワールは腕を引きながら身を翻し、かみなりパンチを避ける。
「やっぱり地力の差か……? ……いや、違う」
クリムガンの特性はさめはだだけではない。あの威力……、恐らくはもう一つの特性、ちからずくだ。
「まずいな、これだと単純なパワー勝負じゃ勝ち目が無い……」
「クリムガン、かみくだく!」
ヒロヤが対策を考えている間にも、相手は攻めてくる。
ヨノワールはクリムガンに胴体を抑えられ、その強靭な顎に肩を捉えられる。
「ヨノワール、おにびだ!」
ヨノワールが痛みに悶えながらも右手から紫色の炎を浴びせる。
その効果で相手の体は炎上して、思わずヨノワールを抑える両手を離してしまう。
「今だ、れいとうパンチ!」
その隙を突いて、冷気を纏った拳を叩き込んだ。
「ちっ、かみくだく!」
「ちょろあまだな、受け止めるんだヨノワール!」
効果抜群の技を食らったことでムキになりつつ突っ込んでくるクリムガン。
しかしヨノワールがその顎を掴んで、勢いは完全に止まった。
「今クリムガンはやけど状態でパワーは下がっている、甘かったなカーマイン!」
「さあ、甘いのはどっちだろうな。そこまで近付けていいのか?」
「ああ、構わねえよ! ヨノワール、れいとうパンチ!」
ヨノワールは片腕で顎を押さえながら、もう片腕の拳に冷気を纏う。
そしてその拳を思いきり振りかぶった。
「クリムガン、へびにらみ!」
しかし、拳が届くことは無かった。
至近距離からその龍の眼光を浴びせられたヨノワールは、恐怖から来る痺れに縛り付けられて動きを止めてしまった。
「なにっ!?」
近付きすぎたことが仇となって、へびにらみが直撃した。完全にヒロヤの油断から来たミスだ。
相手のクリムガンの特性はちからずく、ならばへびにらみは覚えていないだろうという軽視。
これまで彼が戦った経験上、ちからずくのクリムガンは大抵補助技を入れていなかった。
そこから来る早計な判断が、勝負の展開を悪い方向へと変えてしまった。
「今だ、かみくだく!」
今ヨノワールは身動きが取れない。その隙を突くのは容易い。
再びその体を噛み砕かれ、ヨノワールは崩れ落ちてしまった。
「ヨノワール!?」
予想外の展開。おにびを当てたことにより流れを掴んでいたと思い込んでしまい、これまでの経験則で判断してしまい、足を掬われた。
いや、そもそも相手がかみくだくを覚えていると分かった時点で交替すべきだったのかもしれない。
「……悪い、戻ってくれヨノワール」
だが悔いていても仕方がない。それに相手も手負いの上にやけど状態、ほぼ機能停止と変わらないのだ。
ヨノワールをボールに戻し、次を構えた。
「次は任せたぞ、ベロベルト!」
出て来たベロベルトは、その太ましいお腹を揺らしてのほほんと笑っていた。
だが眼前の敵を見据えて目つきを鋭く変える。マイペースなベロベルトでも、しっかり敵だと認識出来るらしい。
「ベロベルト、れいとうビーム!」
ベロベルトの口から冷気の光線が放たれる。
「かみなりパンチで迎え撃て!」
相手も電気を纏った拳で対抗したが、威力で敵わなかった。
光線は拳を弾いて、そのまま相手の胸を貫く。
クリムガンは一瞬の間を置いて、ゆらりと揺れて横倒れになった。
「戻れ、クリムガン! また頼むぞ、ギガイアス!」
再び現れたのはギガイアスだ。
「パワーウィップ!」
ベロベルトの長い舌が、鞭のようにしなる。
一回転して思いきり遠心力をつけたそれは、鋭くギガイアスに襲いかかる。
「突っ込め、ギガイアス!」
「え」
これまた予想外だった。てっきり効果抜群の攻撃を嫌って防御なり回避なり、何かしらの危険回避行動を取るかと思ったが思惑は外れた。
「肉を切らせて骨を断つ、だ! ギガイアス、ばかぢから!」
ギガイアスは持ち前の防御を生かして、効果抜群の一撃にも怯まず接近してくる。
「跳んでパワーウィップ!」
「うちおとす!」
「しまった!?」
その攻撃を食らうわけにはいかない、と回避をしたのは悪手だった。
ギガイアスが発射した岩を食らったベロベルトは、パワーウィップを当てる前に文字通り撃ち落とされてしまった。
「ばかぢから!」
そこにかくとうタイプの大技ばかぢからが命中、効果は抜群だ。
ベロベルトの巨体が宙を舞う。
「そこだ、ストーンエッジ!」
さらに岩の雨が降り注ぎ、その追撃は無防備なベロベルトに突き刺さる。
鋭い雨に射抜かれた巨大な桃色の風船は、空気を失って力無く地に落ちた。
「ありがとう、戻ってくれベロベルト」
残った二匹のうちの一匹、ベロベルトも戦闘不能になりボールに戻された。
「……これで最後か。ま、俺が勝つけどな」
残ったのは彼の相棒だけだ。しかし彼の瞳が写している光景は、自分と相棒が勝利する姿だった。
「随分減らず口だな」
カーマインはどこか軽やかな口調で言う。
「そういうお前は、なんだか楽しそうじゃないか」
一方、もう後が無いはずのヒロヤも依然として普段の態度を崩さない。
「ふん、……認めるよ。久しぶりの全力のバトル、楽しいのは事実だ」
彼、カーマインも、ヒロヤも、どちらも全力を賭けて戦っている。
二人の間には、今は立場など関係ない。
互いに一人のポケモントレーナーとして全力を尽くして戦っている。
カーマインも、悪の組織に与してはいてもポケモントレーナーの端くれなのだろう。
純粋に、全力のぶつかり合いを楽しんでいた。
「だが、勝つのはおれだ。フォッグ様の野望達成の為、おれとポケモン達の為、お前に勝つ」
「悪の組織の幹部がポケモン達の為に、ねえ。ま、別いいけど。
さあ、フィナーレはお前だ! カモン、グライオン!」
ヒロヤの最後の一匹、彼の相棒が光に包まれ現れた。
「早速行くぜ、じしん!」
「じしんで相殺だ!」
二方向からの衝撃波。互いにぶつかり合い、打ち消しあった。
「ストーンエッジ!」
「避けろ!」
いわタイプで高い攻撃力を誇るギガイアスのストーンエッジ。
いわタイプを持たないグライオンでは敵わないと判断して迎え撃たずに回避する。
「うちおとす!」
「うちおとすを撃ち落とせ、ハサミギロチン!」
向かってくる岩の塊を、ハサミを突き出し真っ向から切り裂く。
「そのまま接近だ!」
ハサミをかざしたまま、真っ直ぐ標的目掛けて飛んでいく。
「ストーンエッジで近付かせるな!」
しかし、岩の雨のことごとくが切り裂かれついに目の前に躍り出る。
「グライオン、じしん!」
そのハサミがギガイアスの目の前で止まる。
一撃必殺のこの技は、特性がんじょうを持つギガイアスには効果が無い。
止まったハサミはそのまま地面を叩き、周囲に衝撃波が広がった。
ギガイアスにも当然それは命中。効果は抜群、ギガイアスは静かに崩れた。
「これでおれも残り一匹か……」
「さあ、出せよ。お前の最後の一匹、ヘルガーだろ?」
これまで倒した五匹の中に、その姿は無かった。恐らく、それが最後の一匹だろう。
「ああ、その通りさ。さあ、ゆけっ! ヘルガー!」
予想は的中だった。これで互いに最後、だがじめんタイプを持つグライオンが有利だ。
「早速行くぜ! じしんだ!」
無論、弱点の技で攻める。
「跳んでだいもんじ!」
「ストーンエッジで迎え撃て!」
衝撃波は跳んで避けられる、反撃に大の字の炎が飛んできた。
だが複数の岩の刃で切り裂かれたそれは、空中で散り散りに四散した。
「だったらあくのはどうでどうだ!」
「着地して受け止めろ!」
今ので宙に舞った火の粉を切り裂き、悪意に満ちた紫黒のエネルギーが飛んでくる。
しかしグライオンはしっかりと地に足を着け、二つのハサミで受け止める。
「ストーンエッジ!」
「避けてあくのはどうだ!」
再び宙に舞い戻り岩を飛ばす。
しかし横にステップを踏まれて避けられる。
そして再び黒いエネルギーが迫ってきた。
「切り裂け、ハサミギロチン!」
先ほどと同じ戦法だ。あくのはどうを切り裂きながら接近する。
「跳ぶんだ!」
ヘルガーの特性はもらいびか、はやおきか。どちらにしろ一撃必殺を防げない。
先ほどと異なりハサミを止めること無く突撃する。
しかし、高く跳躍して避けられる。
「だいもんじ!」
大の字の炎が、グライオンを包み込む。
ハサミギロチンを当てる為地面スレスレを滑空していたグライオンは、地面に叩きつけられた。
技を撃ち終えたヘルガーは、重力に従い落下していく。
「今だグライオン、じしん!」
この瞬間を待っていた。ハサミギロチンはその布石に過ぎない。
ヘルガーの着地する寸前、突っ伏したままのグライオンが地面を叩くと周囲に衝撃波が広がった。
着地と同時に襲い来るじしん、避ける術は無い。
直撃したヘルガーは吹き飛ばされて、辺りに無造作に林立する木にぶつかった。
木にもたれかかったヘルガーはピクリとも動かない。
やはりじしんを耐えきれなかったらしい。
「……よし、良くやったなグライオン、ゆっくり休んでくれ」
「……負けた。……ヘルガー、悪い」
勝敗は決した。ヒロヤの勝利だ。
これまで頑張ったグライオンを労い、ボールに戻す。
「さあ、行くぞコウイチ」
彼は後ろでしたっぱと戦うコウイチを振り返らず、そう声を掛けて足を進める。
そしてカーマインの隣で立ち止まる。
「悪いと思う心があるなら、早く回復をしてやれ。それがポケモントレーナーの義務だろ」
「……そうだな、その通りだ。ヘルガー、戻って……。戻って、休んでくれ」
こいつにはこう言ったんだから、俺も早くグライオン達を回復させないとな。
カーマインには目を向けず、ヒロヤはそんなことを考えながら再び歩き出す。
「あ、待ってください! フライゴン、りゅうのはどう! ありがとう、戻って休んでくれ」
最後に置き土産を残して、コウイチは慌てて彼を追いかけた。