第43話 祠直前、最後の妨害
少しずつ、木々の壁が横に広がってきた。
もうだいぶ森中を進んでいる、もうすぐ見えてくるはずだ。
祠と、エミット団ボスフォッグの姿が。
「居たぞ、あそこだ!」
「ゆけっ、アリアドス!」
だが、まだ行く手を遮る薄い壁は存在するようだ。
前方から、後方から、横からもしたっぱが迫ってくる。
「ああもう、めんどくせぇな!」
ミツキが鬱陶しさにイラつきながら、モンスターボールを構える。
彼の足元、既にボールから出ていて、これまで一緒に走ってきたデンチュラも、パリパリと機嫌悪げに放電している。
「お前も頼むぜ!」
彼が新しく ポケモンを出そうとした時、
「アブソル……?」
ヨウタの隣のアブソルが、何かに反応したように僅かに角を揺らした。
直後高く跳び、ミツキの頭上で何か硬いものを備えた黒い影と三日月状の角をぶつけ合った。
突然頭上に現れた何かは軽い身のこなしで宙を舞い、軽やかな着地を見せる。
「おしい、しくじったか」
と余裕そうな口振りで、木陰から一人の男性が現れた。
あまり長くは無い黒い髪、鼻筋の通った整った顔立ち。
薄い唇は弓なりに曲がっていて、穏やかな笑みを讃えている。
服はエミット団の団服の上に丈の一回り大きな白衣を纏った男性。
三人は、彼に見覚えがあった。
「お前は……!」
「シアン!」
特にミツキは忘れるはずが無い。
以前金の葉っぱと銀の葉っぱを奪い、自分を叩きのめして帰還していったエミット団幹部、シアン。
「久しぶりだね、ヤガスリの森以来かな?」
彼はひらひらと手を振り、軽い調子で笑っている。
「うるせえ、そこをどきやがれ!」
「嫌だよ、僕が怒られるからね。というか考えてもみろよ、退くわけないぜ普通」
以前辛酸を舐めさせられた経験があったからか、ミツキはいつもよりもイケイケだ。
まあ当たり前だけど、退く気は無いらしい。
「だろうな。だから、力尽くで退かしてやるよ。行け、デンチュラ!」
「ああ、望むところさ。戻れマニューラ、ゆけっドリュウズ!」
ついに、二人のバトルが始まった。
バトルの隙に先へ進もうと機会を窺っていたが、……ふと気配を感じて振り返ると、背後や先の方、横からもしたっぱが数人迫ってきていた。
「……僕も、ただ見てるわけにはいかないよ。アブソル!」
「待てヨウタ!」
「え?」
迎え撃とうと構えたが、幼なじみに止められてしまった。
「時間がねえんだ、お前は先に進んでくれ!」
「けど……!」
「うるさい、早く行け! オレはこいつに個人的な恨みがあるし、もしもの時はセレビィにも詳しいお前の方がいいだろ!」
先に行くのは、僕じゃなくてミツキのはずだ。
GSボールは、ミツキの父さん、モクラン博士のものなのだから。
ヨウタのそんな心は見透かされていたようだ。
「……ありがとう、分かった! けど、もしもなんて絶対ないさ! 行こうルミ!」
僕は伝説や幻のポケモンが好きで、ずっと憧れていた。
幻のポケモンの中の一匹、セレビィを悪用するなど、僕には許せるはずが無かった。
だから、僕がフォッグを止めたい。フォッグを止めて、セレビィを助けたい。
その気持ちをミツキは分かっているらしい。
ここに止まってしまえば、もっと恐ろしい事態になるに違いない。
僕達は、彼の言葉に甘えて先に進むことにした。
「ミツキさん、がんばってね!」
軽く手を降るルミの手を引いて、邪魔するポケモン達を倒しながら駆け抜けた。
「半分はあの子ども達を追いかけろ! もう半分でこの子どもを取り囲め!」
シアンの指示で、したっぱ達が動き出す。
半分はヨウタ達を追いかけ、もう半分がミツキを囲んだ。
「かっこつけたはいいけど、ちょっとやべえな……」
じりじりと、したっぱ達が詰め寄ってくる。
円陣に取り囲まれたミツキは、冷ややかな汗を流す。
「……けど、やるしかない! 行くぜ、みんな!」
彼が腰についたボール全てを解き放とうと手を伸ばした瞬間、
「メタグロス、コメットパンチ!」
突如ヨウタ達の進んだ方向から、衝撃音が聞こえてきた。
慌ててそちらを見ると、一人の青年とメタグロスが立っていた。
その前には、ヨウタ達を追いかけていたはずのしたっぱ達とポケモン達が倒れている。
「大丈夫か?」
片方は黒い短髪で詰め襟の黒いジャケットを羽織った、背の高い青年。もう片方は、青く、鈍く輝く鋼の体の持ち主。
彼らは、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「あなたは……!?」
彼らから漂う、歴戦の勇士の風格。
ミツキは、彼らを知っていた。
彼らは……!
「クロガネさん!?」
ここコウジン地方のチャンピオン、クロガネだ。
「雑魚共は俺が相手をする。君は、そこの白衣に集中してくれ」
「はい……!」
なんて頼もしさだろう、後ろに立たれるだけで安心出来る。
「ちっ、チャンピオンのお出ましか。全く、したっぱ達は何をやってるんだ、って……」
「待てクロガネ!」
「すみませんシアン様!」
クロガネを追って、何人ものしたっぱ達が増援に来た。
しかし今のミツキには、背中を守る存在のおかげで少しの不安も無かった。
「さあ、行くぜ! シアン!」
「数人はフォッグ様の元へ向かえ! ……ふん、いいだろう。来い!」
雪辱の対決。かつて自身に泥を塗った相手、シアン。
彼とミツキは、デンチュラとドリュウズは、しっかり互いの瞳を見つめて向かい合った。