第42話 進め、敵陣中
「ヒロヤさん、大丈夫かな」
森の中を進むことしばらく、祠までの道のりは後半分だ。
ヨウタ達は、相変わらずしたっぱ達を蹴散らしながら進んでいた。
「食らえ! ラッタ、ひっさつまえば!」
「ドンカラス、あくのはどう!」
後ろから飛びかかってきたラッタだが、ミツキのドンカラスから放たれた技でそのトレーナーの元へ吹き飛ばされた。
ヒロヤが居なくなったことで出来た背後の穴を埋めたのはミツキだ。
現在は前方をヨウタ、後方をミツキが守っている。
「それにしても……! クソッ、だいぶ減ってきたとはいえきりがねえな!」
したっぱ達は、何匹かポケモンを持っている為何度も向かってくる。
一度倒してその場はやり過ごせていても、またしばらくしたら追いついてくるのだ。
それでもしたっぱ達の数は、最初と比べると大幅に減ってきていた。
「けど、少なくなりすぎじゃないかな……?」
アカリが疑問を口にする。確かに、言われてみれば少しおかしい気がしてこなくもない。
これまでは一度に五、六人は迫ってきていたのが、今は二、三人に減っている。
それだけなら相手も消耗している、で済むのだが、したっぱ達が向かってくる頻度までもが明らかに減っているのだ。
自分達が倒した数よりも、遥かに。
「……そうかも。けど、チャンスだよ。僕達に止まっている余裕は無いんだから。急ごう!」
だが今は、したっぱの数などを気にしている時間は無いのだ。
むしろこれを好機と捉えたヨウタは、皆に発破をかける。
「うん、そうだよね! 早く行かないと!」
「ああ、GSボールを使われちまったらやべえからな!」
「あんなしごとがえりみたいなくたびれたおじさんにつかわれたくないもんね!」
と、皆も気合いを入れ直す。
張り切ってスピードを上げ始めた、瞬間。
ブースターの耳がピクピクと動き、何かを察したように突如炎を吐いた。
だがそれは威力が足りず、少しずつ押されてしまう。
「なっ、あれは……!?」
ヨウタ達が炎の軌跡を追った先では、それと激しい電気が火花を散らしていた。
「あれは……かみなりだな。野生ポケモンが恐怖や威嚇の為に発した電気の威力じゃあない。」
ポケモン博士の息子であるミツキが、父の手伝いや自身の経験からそう判断する。
それはつまり、自分達に明確な敵意を持った相手からの襲撃を意味していた。
しかも咄嗟の防御反応で放った為フルパワーでは無いとはいえ、ブースターの炎が押されているのだ。
相手はただのしたっぱなどでは無い。
そう、恐らくは……。
「アカリ!」
「うん! トゲキッス、エアスラッシュ!」
旗色の悪くなってきているヨウタに、彼女が加勢する。
トゲキッスからの援護のおかげで、強力な電気を防ぎ切れた。
「さすが、ここまで来るだけのことはあるようね」
その声とともに、いくつもの足音が同時に向かってくる。
「あなたは……!」
例の如くしたっぱを引き連れて現れたのは、紺色の長髪で、ポニーテールの女性。
以前カーマインとともにミツキ達を襲撃していたシビルドンのトレーナーだ。
「久しぶりね。あなた達、ここは通さないわよ」
「いいえ、力ずくでも通してもらいます!」
「そうだ、僕達は立ちはだかる悪に屈したりしないぞ!」
「ああ、その通りだ! 行くぜヨウタ! アカリ!」
「あんたたちなんて、お兄ちゃんたちのテキじゃないんだから!」
そしてやはりしたっぱ達に囲まれるが、ヨウタ達は強気な態度を崩さない。
「行くぞ、少しでも時間を稼ぐんだ! ゆけっ、ゴースト!」
「おう! ゆけっ、ゴルバット!」
「なんか少し物悲しいな……。けど手加減はしないぞ!
ブースター!」
「ツンベアー、つららおとし! レパルダス、つじぎり!」
ヨウタがブースターに指示を出そうとしたが、突然目の前に紫色の影と巨大な氷柱が落ちてくる。
ゴーストもゴルバットも、一撃で倒れてしまった。
「これは……?」
とりあえず敵では無いのだろうが……。恐る恐る振り返る。
「あ、あなたは……!」
背後には、腕を組んだ一人の少女が長い赤毛をなびかせて立っていた。
「久しぶりね、アカリ! とその他大勢!」
「す、スミカさん……!?」
「お兄ちゃん、さん付け……?」
ヨウタが同年代の少女を呼ぶ時は、基本的にちゃん付けだ。
だがスミカをさん付けで呼んでいる目ざとく気付いたルミがそれを指摘する。
「あっ……、つい……」
言われて、初めて気が付いた。無意識で、彼女にさんをつけて呼んでしまっていた。
この威風堂々とした立ち居振る舞いや強気で強引な性格に対する畏怖が、自然とそうさせているのかもしれない。
かといってスミカちゃん、などと呼ぶのもなんだか違う気がするので、呼び方を変えるつもりは無い。
「スミカちゃん、どうしてここに!?」
この場に居る誰もが抱いていた疑問を、アカリが代弁した。
「呼ばれたのよ」
「呼ばれた? 誰に?」
「決まってるでしょ、あんた達の保護者よ。……まあ、アタシはコウイチについて来ただけだけど」
「保護者? ……あっ」
一瞬戸惑うが、すぐに理解した。
ここへ向かう途中に誰かに連絡していたのも、おそらくこれなのだろう。
「ヒロヤさんか!」
この状況、それに僕達の保護者となるとヒロヤさんしか有り得ない。
ヒロヤさん……グッジョブ!
「というわけで、ここはアタシとアカリに任せてもらって構わないわよ。あなた達は先に行きなさい!」
「ええ、ちょっと!? そんな、勝手に」
「出来ないの? あら、だらしないわね。ふふ、そんなんじゃアタシのライバルは務まらないわよ」
「そうは言ってないよ!」
短い口論の後、彼女がこちらを振り向いた。
「ヨウタ君、ミツキ君、ルミちゃん! 私達に任せて!」
彼女は自身に満ちた表情をしている。その隣、スミカさんも。
「……分かった、任せたよアカリ、スミカさん! 行こうルミ、ミツキ!」
「ええ、任されたわヨウタ君」
「うん、任されたよヨウタ君!」
「うん、行こう!」
ヨウタ達三人は、幹部としたっぱの間を駆け抜け先に進む。
妨害しようとした敵の攻撃も、自分達のポケモンやアカリ達の援護で防ぐ。
「……うん。さあ、したっぱはアタシに任せなさい!」
「ありがとう! だったら幹部は私に任せて!」
二人は彼らを見送った後、背中合わせに構えた。
「まあいいわ、まだシアンが残っているから。自己紹介が遅れたわね、わたしはミモザ。察しの通り、エミット団幹部よ」
「私はアカリ、アサノハシティジムリーダーの娘です! 行きますよ、お父さんの名にかけて負けません!」
真正面から向かい合う、アカリとミモザ。
二人の戦いが、今始まろうとしていた。