第40話 エミット団、襲来の時
「ちょっ、いたたたた! レントラー痛い痛いって! いや本当に痛いから離して!」
レントラーはヨウタの右腕にしがみつき、ちぎらないよう加減はしつつもじゃれついていた。
ヨウタの叫びを聞いたレントラーは、楽しんでいると勘違いして過激になる。
「あ、居た居た! ヨウタ君、ヒロヤさん!」
「あ、帰ってきた」
公園でポケモン達と戯れていたヨウタとヒロヤ。
そこにショッピングに出かけていた二人が帰ってくる。
「よ、ヨウタ君!?」
「お兄ちゃん!?」
「やあアカリ、ルミ!」
腕に刻まれた傷を押さえながら笑うヨウタ。顔を青くして駆け寄り、事情を聞いて安心する二人。
それからまたしばらくの間、買ったばかりのエネコのしっぽやピッピにんぎょうなどで遊ぶことにした。
ヨウタも懲りずに左腕を使って遊ぶが、先ほどと違って細心の注意を払っているのが引き気味な体勢から見て取れた。
「ようみんな!」
そうして遊んでいると、自分達の良く知る声が聞こえた。
振り返ると、相変わらずトゲトゲな頭の少年とどこか頼りなさげな笑顔の男性が手を振っていた。
「ミツキ! モクラン博士!」
どうやら、彼だけで無く博士も無事だったようだ。
ポケモン達を戻して彼らに駆け寄る。
「あ、そうだミツキ! そろそろ……」
「ああ、そうだな。いいか親父?」
顔を見合わせ、アイコンタクトを取って同時にモクランを見る。
「うん、そうだね。あれからだいぶ時間も経ってるし」
「分かりました」
モクランの言葉を聞いて、ヨウタがカバンから上半分が金色に輝き、GとSの字が刻まれたボールを取り出した。
それを手渡そうとした瞬間。
「なっ……!?」
いきなり目の前を黒い影が通り過ぎ、気付いた時には手元から無くなっていた。
「良くやった、オンバーン」
頭上から声が聞こえて、一斉に空を見上げた。
なんと頭上には、白いスーツ、灰色のオールバックの髪で痩せこけた頬のやや年老いた男性がギャラドスに跨がっていた。
オンバーンは羽ばたいて彼の元へ行き、GSボールを渡してモンスターボールに戻された。
彼はそのまま、南西の方角へと飛んでいってしまう。
「待て! ドンカラス、出てこい!」
「僕も行くよ! ムクホークも出てきてくれ!」
「出てきてトゲキッス!」
「カモン、シンボラー!」
それを追いかける為、ヨウタ達も飛行可能なポケモンを出す。
「行こう!」
彼らはそれぞれのポケモンに跨がり、早速飛び……。
「お兄ちゃん、あたしも行く!」
「ダメだルミ、危険だよ」
「イヤだ、行く!」
立とうとしたら、それまで傍観していたルミがヨウタにしがみついた。
「けど、危険だ!」
「おねがい、お兄ちゃん! あぶないのは分かる、けど……! おねがい、あたしも連れてって!」
彼女は、真剣な瞳を彼に注ぐ。その表情はとても必死で、事の重大さも危険さも理解しているようだった。
それでも、彼女は意思を曲げるつもりは無いらしい。
「……分かったよ、どうせ言っても聞かないんだろ。しっかり背中に捕まって、離すんじゃないぞ」
「……うん、ありがとう!」
「じゃあ今度こそ、行こう!」
妹の意思を汲み、今度こそヨウタ達は飛び立つ。ムクホークが大きく翼を広げたその瞬間。
「させるか! サンドパン、きりさく!」
「うわっ!?」
目の前をいきなり黒い影が通り過ぎた。
幸いにも、ムクホークがすぐに顔を反らしたおかげで攻撃はかする程度で済んだ。
「上だ、みんな! ドンカラス、あくのはどう!」
だがまだ安心は出来ないらしい。今度は頭上からオニドリルが迫って来ていた。
オニドリルはあくのはどうで飛ばされたが、すぐに体勢を立て直した。
「しまった……!」
周りから、どんどん人が集まってくる。皆一様に、見覚えのある白い上着、エミット団の団服を着ていた。
「なるほど、待ち伏せされてたわけか……!」
「姑息な手を……!」
「けど、お前達したっぱじゃあオレ達を止められないぜ!」
「したっぱでも、時間稼ぎにはなる」
威勢良く啖呵を切るミツキに、したっぱの一人が返す。
「我らエミット団の総司令、フォッグ様の念願はすぐそこだ。我々が時間稼ぎをしている間に、必ずセレビィを捕まえて我らの野望、世界支配を果たしてくれる!」
「なっ!?」
一番衝撃を受けたのはヨウタだった。幻のポケモン、時を越える力を持っているセレビィ。
その力を使えば、過去も未来も望むままに変えられる。
「やっぱり、お前達の狙いはそれか! セレビィの力を悪用するなんて、そんなの僕が許さない! レントラー!」
「ユキノオー、ふぶき!」
激昂したヨウタが指示を出そうとしたその時、突如霰が降り始めた。
視界が霰に覆われて不明瞭になった中、したっぱ達の悲鳴が聞こえる。
「ヒヒダルマ、にほんばれ!」
今度は一転して、真夏の炎天下のような灼熱のかんかん照りに変わってしまった。
「い、一体なにが……」
「行け、ヨウタ!」
晴れた視界の中では、したっぱ達のポケモンだけが皆倒れていた。
振り返ると、銀髪の青年とユキノオー、ヒヒダルマが立っていた。
「あなたは、ビャクグンさん!」
なんと、彼はこの街のジムリーダー、ビャクグンだった。
「早く行かないと間に合わなくなるぞ、急げ!」
「……はい、ありがとうございます!」
「なんかわかんねえけどサンキュー、行こうぜみんな!」
「うん、そうだね! 本当にありがとうございますビャクグンさん!」
「させるか、ゆけマタドガス!」
「ヒヒダルマ、ねっぷう!」
三度目の正直、今度こそムクホーク達は大きく翼を広げた。
したっぱ達が何人も妨害しようとポケモンを出したが、それらは皆ヒヒダルマのねっぷうで沈んだ。
その隙に、ヨウタ達を乗せたムクホーク達が飛び立った。
「ユキノオー、れいとうビーム!」
したっぱ達はそれでも妨害しようとしたが、ユキノオーのれいとうビームの前に全員凍りついた。
「ヒヒダルマ、もう一度ねっぷう! ……もしもし、クロガネだな!」
『いきなり何を焦っているんだ、ビャクグン』
ヨウタ達を見送って、ビャクグンは指示を出しながらライバル、チャンピオンのクロガネへポケギアで電話をかけた。
クロガネは、突然のことに驚きを隠せずにいる。
「エミット団の奴らが出た、おそらく行き先はヤガスリの森だ。ボスも居る、急げ!」
『あ、ああ……』
その返事を聞いて、ビャクグンは通話を切った。
「所詮は烏合の集だ。すぐに終わらせるぞ、ユキノオー! あられをしてからふぶきだ!」
ユキノオーが吠え、再び周囲は霰に包まれた。
「うわ、すげぇ……! ジム戦の時のユキノオーより明らかに強い」
シンボラーに乗って飛んでいたヒロヤが振り返ると、巨大な氷の柱が立っていた。おそらくれいとうビームによるものだろう。
どうやらジム戦のユキノオーとは別個体らしい。
「ところで方角はこっちだけど、どこに行けばいいんだ?」
ポケモンに乗って空を飛んでいたヨウタ達。
しかし色々あったせいで彼らはギャラドスとフォッグを見失ってしまっていた。
「大丈夫、行き先は分かってる」
「え?」
「きっと、ヤガスリの森へ向かったはずだよ」
そう。したっぱ達の話からも、その場所を特定出来る根拠がある。
「どうしてそう言えるんだ?」
ヒロヤの声からは疑いの色などが感じられない。単純な疑問のようだ。
「僕、分かるんです。エスパーですから。……じゃなくて、まず単純にギャラドス達の飛んでいった方角が南西、ヤガスリの森の方角と同じです。
次に、したっぱ達は時間稼ぎをしている間にセレビィを捕まえると言っていました。
GSボールを使ってセレビィを捕まえる為にはヤガスリの森の祠に行く必要がありますし、時間稼ぎの間ということは森に直行したはずです」
これが僕の推理だ。我ながら筋が通っていると思う。
「……なるほど、確かにそりゃあ間違いなさそうだ。よし」
推理に納得したらしいヒロヤは、ポケギアを取り出して電話をかけ始めた。
「もしもし、俺ヒロヤ。やばいからヤガスリの森に超急いでくれ。じゃな」
と、彼は一方的に話して通話を切った。
「どうしたんですか?」
「まあちょっとな。それより、急がないと間に合わない! スピードを上げて行くぜ!」
それから彼は、シンボラーの飛行を加速させて一人で先に言ってしまった。
「あ、待ってください! ルミ、本当に気をつけてくれよ」
「……うん」
慌てて追いかける前に、妹に確認を取る。彼女は小さな声で返事をしながら頷いた。
「(……あ、やっぱり高いところ怖いんだな)」
ルミは昔から高いところは苦手なんだけど、付いて来るくらいだからもう克服したと思っていた。けど、違ったみたいだ。
ルミは本当は怖いのに、それをこらえている。ルミはさっき言った言葉の通り、覚悟出来ているらしい。
……これである意味、安心出来た。
「よし、ムクホーク! スピードアップ!」
先を進んでいたヒロヤのシンボラー、ミツキのドンカラス、アカリのトゲキッス。
それに続いて、ヨウタとルミを乗せたムクホークもスピードを上げた。