第03話 旅立ち
「はい、回復が終わったよ」
「ありがとうございます」
バトルを終えて研究所に戻ったヨウタ達。先ほどのバトルで傷ついたポケモンを博士に預けていたが、もう回復が終わったようだ。
博士から差し出されたモンスターボールを受け取ってベルトに装着する。
「じゃあ博士、もう帰りますね。母さんとルミにも僕のコリンクを見せたいですし」
「分かった、ならまた会おうね」
「はい、ありがとうございました!」
彼は自分にポケモンをくれたことに感謝して大きく頭を下げて気持ちを伝えて、踵を返す。
「じゃあ私も帰ります。ヨウタ君、一緒に帰ろう」
「うん、いいよ」
「じゃあな、旅先でまた会おうぜ!」
「またねミツキ、次も負けないよ!」
「オレも負けねえぜ!」
そしてミツキに手を振り、隣りに来た彼女と一緒に研究所を出た。
「オレは旅に出る準備してくる。じゃ」
残されたミツキも、博士に軽く手を振りながら自分の部屋に戻った。
「ねえヨウタ君、これからどうするの?」
「僕は、準備を済ませて今日中には旅に出るつもりだよ。アカリは?」
「私もおんなじ」
研究所からの帰路。最初は自分の貰ったポケモンについて話していたが、話題はこれからの予定に移り変わった。
「あなたは、何か夢とかってある?」
「……幻のポケモンに会うこと、かなあ?」
「そうなんだ、意外。男の子ってみんなポケモンマスターを目指してるものだと思ってた」
まだ自分にはこれといった夢も目標も無い。空を見上げながら言ったら、予想外といった感じの声色が聞こえてきた。
「まあミツキがそうだし、他の男の子もポケモンマスターになるって言ってる人ばかりだもんね」
「ヨウタ君はポケモンマスターに興味無いの?」
「うーん。まあさっきのバトルは楽しかったし、それもいいよな、とは思ってるよ。あっ」
歩きながら話していると、危うく自宅の目の前を通り過ぎてしまうところだった。
「じゃあね、アカリ。これから準備して旅に出るから、またいつか会おうね」
「あっ、ヨウタ君!」
「ん?」
玄関に手を伸ばす直前声を掛けられ、振り返る。
「あの……。旅に出るなら、私と一緒に行かない? 一人だと少し不安だから……」
「うん、もちろんいいよ。じゃあ、準備が出来たら迎えに行くよ。待っててね」
「ありがとうヨウタ君! じゃあ、また後で会おうね!」
「うん、また後でね!」
そして共に旅立つ約束をして別れを告げ、今度こそ扉を開いた。
「なにそれ!? お兄ちゃんだけずるい! あたしも旅に出たい!」
「だからダメだって! ルミは自分のポケモンを持ってないんだからお留守番してなさい!」
これから旅に出るんだ。自室で準備を整えていると、母親にそれを伝えたのを聞いていたらしい妹のルミが部屋に抗議に来た。
ヨウタと同じ茶髪でツインテール、オレンジ色のキャミソールの彼女が彼のコリンクを抱きかかえながら激しく抗議をしてくるため、片手間で相手をしていたがようやく準備が終わってカバンを肩に掛けて立ち上がった。
「やだ! ……あっ、分かった! お兄ちゃんってばアカリちゃんと二人旅がしたいからそんな風に言ってるんでしょ! 大丈夫、空気は読むから安心して!」
「な、なに言ってるんだよ、違う! お前が心配だから言ってるんだ! いいか、ルミ? ルミみたいな歳でポケモンを持ってなかったら、怖いお兄ちゃんに襲われたりするかもしれないんだぞ!」
「お兄ちゃんが守ってくれるから大丈夫!」
ルミはお兄ちゃんの心配なんて気にも止めない。
「お前なあ……。……はあ、分かったよ。母さんがいいって言ったらな」
あまりにしつこいものだから、ついに音を上げてしまった。
ここはもう母に任せるしかない。いくら普段楽天家でも、こんな時くらいはきちんと断ってくれるはずだ。……きっと。
「母さん!」
「お母さん! あたしもお兄ちゃんについていっていい?」
少し不安を抱えながらも階段を下りると、居間でテレビを見ている母親にルミが真っ先に飛びかかって言った。
大丈夫。いくら母でも、自分の娘は心配なはずだ。
「良いわよ」
「……え?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
「か、母さん、いいの!? もし怖い人に襲われたら……」
「危ないところに行かなければ大丈夫よ。それにお兄ちゃんもついてるんだから。ね?」
「やったー!」
彼女はクスクスと笑い、ルミも両手を上げて喜んでいる。
「けど……」
「ヨウタ、きっとあなたなら大丈夫よ。あなたは昔からルミを守って来たんだから」
母さんは真っ直ぐ僕の眼を見つめてきている。その言葉の通りに、信頼しているのだということが伝わって来た。
「お母さん! あたしお兄ちゃんに守られた覚えなんてないよ!」
「まあまあルミ。こういう時は素直に頷いて媚びを売っておくものよ」
「はーい! じゃあ大好きなお兄ちゃん、これからもよろしくな!」
正直、自分なんかに守れるのか。不安だが、しかたがない。
「……分かったよ」
自分で母さんの許可を得たら良いと言ったのだ。
今更断るなんて出来ない。
「けど、ちゃんとお兄ちゃんの言うことを聞くんだぞ」
「はーい! お兄ちゃんありがと!」
「ううん、お礼は母さんに言うべきだよ」
だって、僕は母さんが言わなきゃ旅に連れて行く気は無かったんだから。
お礼を言ってくる妹に、彼はそう続けた。
「分かった。お母さん、ありがとう!」
「いいのよ。楽しんでいってらっしゃい」
「じゃあいってきます」
「お土産楽しみにしててね!」
そしてルミが準備するのを待とうと思ったがすでに済ませていたらしく、母の見送りを受けて二人は家を出た。
一家の大黒柱の使うポケモンのタイプと同じ緑色の屋根の家。
そこのインターホンを押すと少しして黒い長髪の少女、アカリが出て来た。
「ごめんヨウタ君、待った?」
「ううん、大丈夫」
「大丈夫だよ、アカリちゃん!」
「なら良かっ……ルミちゃん!?」
待たせてしまった幼なじみの背後から、いきなり彼の妹がぴょこんと顔を出してきた。
驚いて一瞬ヨウタの顔を見てからもう一度見直してみても、やはりルミちゃんだ。
「あたしも旅についてくんだ! よろしくね!」
「う、うん、よろしく……」
色々と聞きたいことがあったが、戸惑ってその言葉しか出なかった。
「ヨウタ君」
そしてこの街からアサノハシティへと続く29番道路へ駆け出したルミを尻目に彼に声を掛ける。
「ルミちゃん、自分のポケモン持ってるの?」
「ううん」
「……危なくないの?」
彼女は心配そうにしている。その気持ちは彼にも良く分かる。
「僕が頑張って守るよ」
「……私も手伝うね」
「おーい! 早くー!」
歩きながら話していると、一人で先に進んだ二人の心配の元、ルミが大きく手を振っていた。
ヨウタは行こう、と隣に目配せして小走りで駆け、追いついて一人で先に行くな、と注意をしても聞き入れられなかった。