第26話 アカリの瞳 僕の夢
アサノハジムのジムリーダー、センサイへのリベンジを果たしたヨウタ。
ポケモン達の回復も済んで、ポケモンセンターで明日に備えて寝るところなのだが……。
「……眠れない」
明日も歩くのだ、早く寝なければ。
頭では分かっていて目をつむっているのだが、脳裏に浮かんでくる二人の幼なじみの姿、それが何を意味するのかを考えてしまい眠れずにいた。
時計を見る。短い針は数字の十一を指していた。
「もう一時間経ってる……」
ベッドに入ったのが十時だから、一時間考え続けていたということか。
「……頭を冷やそう」
窓を開けてベランダに出る。
街はまだそこそこ明かりが付いていて、夜にしては明るい。
空を見上げると、やはり星はあまり見えない上に少し雲がかかっている。
それは残念ではあったが、夜特有の澄んだ空気と静かな冷たさが温まっていた体を冷やしていくのが心地よく、それだけでもベランダに出た甲斐があったように思える。
「あまり星空がきれいじゃないね」
見上げていた夜空が期待したものと違ったことに落胆していたヨウタの隣で、少女も同じ感想を口にする。
「あ、アカリ!?」
「しっ、二人が起きちゃうよ」
彼女の存在に驚き、思わず叫んだヨウタを、彼女は立てた人差し指を唇に当てながら諌めた。
「どうしたの、ヨウタ君?」
「僕は眠れなくて……。アカリこそ、どうしたんだい?」
「私もおんなじ。お揃いだ、あはは」
どうやら眠れないのは自分だけでは無いみたいだ。
彼女は照れくさそうに笑っている。
「ねえ、アカリ。少し聞きたいんだけど、いいかな?」
「なに?」
僕の聞きたいこと。それは……。
「アカリがジムリーダーになろうと思ったきっかけを、良ければ聞かせてほしいんだ」
アカリの夢、ジムリーダー。どうして理由を聞こうと思ったのか。
自分でもよくわからない。けれどなんとなく、アカリの笑顔が忘れられない理由はそこにあると感じたのだ。
「それはもちろん、お父さんがジムリーダーだから!」
「……」
「……だけど、そういうことじゃないよね」
元気な声でアカリは言う、けど、そういうことじゃないよ。
それを視線で訴えると、彼女は決まりが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「お父さんはすごいんだよ。ただ挑戦者と戦うだけじゃなくて、相手の実力を引き出して、勝っても負けてもお互いの為になるようなバトルをするの。
勝敗なんて関係なくて、お互いが成長出来る。
お父さんがそんな素敵で立派なジムリーダーだから、私もそんな風になりたいって思うようになったんだ」
「……そうなんだ」
それは父からの話を幾度となく聞き、父と挑戦者の戦いを何度も見てきた彼女らしい理由だ。
彼女はどこか遠く、夢を叶えた先にあるはずの景色だろうか、を見つめている。
それを語る彼女の瞳は希望の輝きに満ちていて、夜なのにとても眩しくて、ヨウタにはなんだか遠い存在に思えた。
そして少しだけ、分かった気がした。
アカリの夢はジムリーダー。ポケモンバトルで挑戦者を試す職業。
ミツキの夢はポケモンマスター。
あらゆるポケモンを使いこなす、最強のポケモントレーナー。
二人の夢は、どちらもあることが大きく関わっている。
あること。旅をして何度も体験している、それはポケモンバトル。
旅をしてたくさんのトレーナーとバトルを重ねる内に、気づいたら僕もポケモンバトルが好きになっていたみたいだ。
だからきっとそれを夢に出来る二人のことが思い浮かんで、頭から離れなかったんだ。
「ヨウタ君の夢は、幻のポケモンに会うこと、だよね」
「ううん」
「え? でもお父さんには……」
「あ、いや、えっと。もちろんそれも僕の夢なんだ、けど……。それだけじゃないんだ」
アカリは不思議そうな顔で僕を見つめている。
僕も同じ立場だったらきっとそうなるよ。
「ありがとうアカリ。アカリのおかげで、少し分かったよ」
「え、なにが?」
「僕の夢。ほんのちょっとだけど、自分の気持ちが分かったんだ。
僕は、アカリとミツキ、二人みたいになりたいんだ。
旅をして僕もポケモンバトルが好きになったみたいでさ。
僕も二人みたいに、ポケモンバトルに関わっていきたい……って、アカリを見てて気づけたんだ。
だから、ありがとうアカリ」
僕は真っすぐアカリの目を見て、お礼を言う。
「えへへ、どういたしまして。でもヨウタ君、やっぱり鈍感だよね」
「え、なにが?」
「私はヨウタ君がポケモンバトルを好きになってたこと、分かってたよ。
ヨウタ君、前のミツキ君とのバトルでもすごく熱くなってたもん。
あのヨウタ君を見てたら、ポケモンバトルが好きなのが伝わってきたよ」
「……確かに、そうかも」
「かもじゃなくて、そうなんだよ」
……言われてみれば、確かにあの時を思い返すと僕は自分でも信じられないくらい熱くなっていた。
あのバトルの後、僕はそれまで感じたことが無いという程に胸が高鳴っていた。
……もしかしたら、僕がバトルを好きになったのはミツキのせいかもしれない。
機会があったら、お礼を言わないといけないな。
「ありがとうアカリ、そろそろ戻ろうか」
「うん、そうだね」
最後に少しだけ見上げると、街は先ほどよりも暗くなり雲も晴れていて、星が爛々と輝いていた。
ジムリーダーを目指す理由を話す時の、星にも負けない輝きを放つアカリの瞳。
アカリに照らされて、ようやく少しだけ見えてきた僕の夢。
夢、それを大事にしていこうと心に刻んで、僕は清々しく晴れやかな気分で眠りについた。