第01話 最初のポケモン
「セレビィ。森の守り神として祀られている幻のポケモン」
窓際で、机に向かっている少年が本のあるページを見ながらつぶやいた。
そこには、額縁のような枠の中に描かれた写実的な森を自由に飛び回る一匹のポケモンの姿があった。
勾玉を連想させるような形の頭に妖精みたいな薄い羽根の生えた、黄緑色の神秘的なポケモン。セレビィ、と名付けられたポケモンだ。
「時間を越える力を持っており、平和な時代にだけ姿を見せると言われている」
「ヨウター! モクラン博士から研究所に急いで来て欲しいって電話があったわよー!」
それからも続く説明文を読み終えて、次のページへ進もうと手を動かした時下の階から母の呼ぶ声が聞こえてきた。
「はーい!」
返事をしてからその本をカバンに入れて肩に掛け、壁に掛けてあった赤い帽子を逆さにかぶり部屋を出た。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
「モクラン博士の研究所。行ってくるよ、ルミ」
そして階段を降りて靴箱の上のリングマの置物の腕に掛けられていた家の鍵を取り、靴先を床にコツコツとやりながら妹に別れを告げて玄関を開け放った。
「モクラン博士、どうしたのかな?」
彼の名前はヨウタ。白いTシャツの上にオレンジ色の上着を羽織り、黒の長ズボンをはいた茶髪の少年だ。
ここコウジン地方のヒガキタウンに住んでいる。
行き交う人達にぶつからないように気をつけながら石畳を小走りで駆け抜け、階段を上がって、到着した。博士の研究所だ。
……とは言っても研究所にしてはやや心許ない、ポケモン屋敷と言った感じのところだが。
彼はそこのドアノブを回して、中に足を踏み入れた。
「よお、遅いぜヨウタ!」
入って早速、変な機械やら大きなモニター、そしてモンスターボールが三つとポケモン図鑑、パソコンの置かれたテーブル。
普段博士達が使っているところだが、どうやら今日は違うようだ。
アカリは先に来ていたらしく、二人を待たせてしまっていたらしい。
その片方、黒いトゲトゲの髪で青い襟の立った服に白い長ズボン、腰にはベージュのポーチの男の子。
ヨウタの幼なじみで博士の一人息子のミツキが腕を組んで得意げに声を掛けてきた。
「ヨウタ君が遅刻するなんて珍しいね。なにかあったの?」
今度は彼の隣の、黒い長髪に白いチュニック、緑色のスカートで肩にカバンを掛けた同じく幼なじみのアカリが不思議そうに言った。
「ついさっきモクラン博士から急いで来てって電話が来たんだけど……」
言いながら理由が分からず博士を見ると、気まずそうに目を逸らされてしまった。
「おいおい親父、しっかりしろよ……」
「い、いやあ、昨日ヨウタ君に電話しようとした時にちょうどママが帰ってきたからさ、話してたら忘れちゃって……。ごめんねヨウタ君」
「いえ、大丈夫です。それより、どうしたんですか?」
彼はぺこりと頭を下げてきた博士に同様に下げ返して、ミツキとアカリの間に入った。
「うん。今日は君達に、ポケモンとポケモン図鑑をあげようと思うんだ」
「本当ですか!?」
思わず自分の耳を疑った。博士が自分達にポケモンをくれると言うのだ。
「もちろん。君達ももう旅が出来る年齢なんだ、それぞれの夢の為にもっと世界を見て回ってほしいと思っているんだよ」
「僕達の夢……」
確かミツキはポケモンマスター、アカリはジムリーダーだったはずだ。
そしてヨウタは、強いて言うならあの本に載っているような伝説や幻のポケモンに会うことか。
「受け取ってくれるかな?」
自分にはまだはっきりとした夢は無いが、旅をしていたらきっといつかは見つかるだろう。
それにポケモンを貰って旅に出ることには憧れていたのだ、断る理由は無い。
「はい、もちろん!」
快い返事をしてから、机の上に目を落とした。並んでいる、三つの球体に。
「博士、どれが僕のポケモンのモンスターボールですか?」
博士は以前、彼らそれぞれ一人ずつに、どんなポケモンが欲しいかと聞いたことがあった。恐らくその時答えたポケモンが渡されるのだろうが、どれがどれだか分からない。
「そうそう、ヨウタも来たんだし早くポケモンくれよ!」
「私も、早く欲しいです!」
彼が瞳を輝かせて博士を見ると、二人もそれに続いた。
「うん。都合の良いことに、みんなの目の前のモンスターボールだよ」
「本当ですか? じゃあ早速! 出て来いコリンク!」
「オレもだ! 出て来いブビィ!」
「私も! 出て来てスボミー!」
あまりの勢いにやや苦笑いする博士を尻目に三人が目の前のボールと図鑑を手に取り、振り返って上へ放り投げる。
するとそれぞれの球が空中で開き、中からポケモン達が現れた。
皆ポケモン図鑑を開いて自分のパートナーにそれをかざす。
「コリンク。せんこうポケモン。
体を動かすたびに筋肉が伸び縮みして電気が生まれる。ピンチになると体が輝く」
ヨウタの目の前に現れたのは大きな耳で前半身は水色、後ろは黒色で尻尾の先に黄色い十字がついた4足歩行のコリンク。
「ブビィ。ひだねポケモン。
生まれつき600度の火を吹ける。ブビィの姿が多くなるのは噴火の前触れとされている。」
ミツキの前には赤い体でお腹は黄色、尻尾の生えた二足歩行のブビィ。
「スボミー。つぼみポケモン。
温度の変化に敏感で、暖かい日差しを感じるときつぼみは必ず 開くという」
そしてアカリの前には、頭につぼみを持った緑色のスボミー。
微妙な表情が特徴だ。
それぞれのポケモンを図鑑が認識して、抑揚の無い無機質な、あえて言うなら男性のもののような電子音声が説明を読み上げる。
「よしよし、かわいいなあコリンク! よしよーし!」
「おし、じゃあ早速バトルだ! ヨウタ!」
「え?」
すぐにポケットにそれをしまって、気持ちよさそうに目を閉じながらお腹を出すコリンクをわしゃわしゃと撫でていると、彼は片手を腰に当てて指差しながら言ってきた。
「え? じゃねえだろ! ポケモントレーナーになってまずやることっつったらバトルだろ?」
彼はおいおいと言わんばかりに肩をすくめて、強くならねえと旅も危険だぜ、と続ける。
……だが、確かにバトルはしてみたかったし彼の言ってることももっともだ。
「……する、コリンク?」
コリンクを見ると、目つきを凛々しくさせてコクリと頷いた。
「うん、よし! 受けてたつよ、ミツキ!」
「よく言った!」
二人は顔を見合わせ頷いて、二匹と一緒に我先にと研究所を飛び出した。
「よ、ヨウタ君! ミツキ君!」
アカリもスボミーを抱きかかえ、博士にありがとうございましたと頭を下げてから彼らを追いかけた。