01
「行け、エンブオー! フレアドライブ!」
「ウルガモス!」
一匹は顎には燃える炎のヒゲ、腕と胴体は太く逞しい、おおひぶたポケモンのエンブオー。
もう一匹は橙色の6枚の羽。体の上半分は白い毛に覆われている、巨大な蛾のようなポケモン。
たいようポケモンのウルガモス。
エンブオーが炎を纏って突撃すると、ウルガモスは倒れた。
「ウルガモス、戦闘不能! 勝ったのはキョウヘイだ!」
キョウヘイVSアデク、僅差で彼が勝利した。
そしてダイゴVSミクリ、ホウエンの新旧チャンピオン対決は、相性の差を覆してダイゴが勝ったらしい。
それから2回戦の組み合わせが発表された。
レッドVSグリーンと、キョウヘイVSダイゴだ。
「出来れば決勝で戦いたかったが、しかたねえ。オレが勝つからな、レッド! 伝説のポケモントレーナーの力、見せてもらおうじゃねえか!」
レッドの対戦相手、ライバルのグリーンは、そう言って会場を飛び出してしまった。
次のバトルが始まるまで、特訓でもするのだろうか。
ダイゴはエントランスに立っている、対を成すエメラルドを携えた像の前で目を輝かせていて、その横でミクリが呆れている。
彼以外の1回戦で負けた人達はその近くの黒いソファに座っていた。
そしてレッドは……。
「行くぞみんな! それ!」
彼は勢い良くフリスビーを投げた。
フシギバナがつるでそれを捕まえようとしたが、エーフィがそれを念力で阻止して宙を滑る円盤に飛びかかる。
しかし後少しで届く、というところでカビゴンの巨体に阻まれた。
だがカビゴンを押しのけてカイリューがそれに手を伸ばし、しかしタッチの差でピカチュウがくわえてレッドに持って行った。
今彼らは、人気の少ないところに移動して遊んでいた。
もちろんグリーンとのバトルを忘れたわけでは無いが、あまりバトルや特訓だけをしていても疲れるだろう、と息抜きをしている最中なのだ。
レッドが屈んでピカチュウを迎えたが、その口からいきなりフリスビーが消えた。
「……はは、フシギバナか。油断禁物だな、ピカチュウ」
後ろから、フシギバナがつるで横取りしたようだ。
どすどす重たい音を立てながら、笑顔で走ってきた。
「おめでとう、フシギバナ」
フリスビーを受け取って頭を撫でると目を細めながら首を突き出したきたため、フリスビーを地面に置いて首も撫でる。
「次はお前だ」
しかしフシギバナだけを構っていては不公平だ。ある程度撫でるとポフィンというポケモン専用のお菓子を渡してピカチュウを撫でる。
「よし、次」
そしてそれを全員、6匹分終えると、
「じゃあ、みんな戻ってくれ」
ポフィンを食べ終わったのを確認してボールに戻した。
「……グリーンとバトル、か」
3年ぶりか、懐かしいな……。
グリーンとの再会は、まあもちろん嬉しかったしやっぱり一緒に居ると楽しい。けど、たまに連絡を取ることもあって実はあまり懐かしい、とかそんな感じはしなかった。
けど……。
「この感じ、久しぶりだ……」
バトルの前の、この緊張感。
相手が最初にどのポケモンを出してくるか、もしこちらが有利なポケモンを出したら相手はどんな行動を取るか、その逆はどうか。
不安ではあるが、同時に楽しみで激しく胸が高鳴っているのが感じられる。
何かしていないと、バトルのことが自然と頭に浮かんで来る。
無論他のトレーナーでそれが無いというわけでは無い。
しかし次の対戦相手は彼の幼なじみ。お互いを良く見知り、常に自分の一歩先を進み続けていた宿命のライバル、グリーン。
彼とのバトルの前は、それが特に激しく感じられるのだ。
お互い良く知っているだけに、いかにして相手を出し抜くか、どうやって相手の裏をかくかが重要になってくる。
三年振りのライバルとのバトル。この勝負には、彼にだけは、絶対に負けたくない、負けられない。
「あの、レッド君……」
「……え?」
あいつの対策を切って、無理にでもこいつを出すべきか……。けど、もしそれで……。
そうして思考を巡らせていたレッドは、突然の一言で意識が一気に現実へと引き戻された。
「あ、ごめん。邪魔しちゃった?」
「キョウヘイ君。いや、大丈夫だよ」
声をかけてきたのは、先ほど一緒に挨拶にまわったキョウヘイだ。どうしたのだろうか。
「だったら特訓に付き合って欲しいんだけど、いいかな?」
特訓か。まあ、あまり考えて空回りしてしまっても悲しい。
「うん、もちろん」
それにグリーンとのバトルに備えて体を温めておくのも悪くはない。
「ありがとうレッド君! じゃあ、出て来いルカリオ!」
「こっちこそ。出て来いピカチュウ!」
「ギャラドス、たきのぼり! リザードン、避けてエアスラッシュ!」
龍のような手足の無い長い胴体を持ち、顔には細長いひげをたくわえたポケモン、きょうぼうポケモンのギャラドス。
そしてギャラドスが東洋の龍なら、こちらは西洋の竜だろう。
二足歩行で背中に翼を持ち、長い首に一対の角と鋭い牙の生えた頭部、なにより特徴的なのが尻尾の先に燃える炎だ。
オレンジ色の体のそのポケモンは、かえんポケモンのリザードン。
グリーンの初めてもらったポケモン、ヒトカゲの最終進化系だ。
ギャラドスの滝をさかのぼるような勢いの突進から宙に逃がれ、空気を切り裂く刃で切りつけた。
「よし、そろそろ休憩するか。ギャラドス、戻れ」
彼はギャラドスをボールに戻し、リザードンに歩み寄る。
「……なあリザードン、覚えてるか? 三年前の、最後のレッドとのバトルを」
その言葉に、リザードンは穏やかに頷いた。
「ッハハ、笑えるよな。世界一にまでなったこのオレ様の、しかもレッドなんかに負けた理由が『ポケモンへの信頼と愛情を忘れとったから』だぜ?」
彼は自嘲気味に笑い、あの敗北の後、駆けつけた彼の祖父、オーキドから言われた言葉を反復した。
「そんな当たり前のこと、……なんで、オレは忘れてたんだろうな……」
もちろん、理由は自分でも分かっている。祖父に認めてもらう為、それもあるが、一番はライバル、レッドの存在だ。
自分と歳も身長も成績も、何もかも変わらない幼なじみ。昔はよく一緒に遊んでいたが、そんな彼にグリーンは、いや、お互いに、いつからかライバル心を抱くようになっていた。
だがそんなレッドに、旅に出てようやく差をつけられるようになった。バトルもポケモン図鑑の完成度も手に入れたジムバッジの数も、常にグリーンは彼の一歩先を進んできていた。
しかし最後のバトルだけは、勝てなかった。ついに、彼に追い抜かれてしまった。
その敗因が、先ほど彼が口にした言葉だ。レッドにだけは負けまいと必死になっていたグリーンは、いつの間にか強さばかりを求めてそれを忘れてしまっていたらしい。
「……って、なにナーバスになってんだオレは! リザードン、次はレッドとのバトルだ! 今度こそあいつに勝つぜ! もうあの時とは違う、負けるわけがねえ!」
少しナーバスになっていた自分の頬をパン、と両手で叩いて気を取り直す。
この三年間、いつ彼とバトルしてもいいように鍛えてきたのだ。 ポケモンへの愛情と信頼だって、もうとっくに分かっている。
「このオレ様が世界で一番強いってことを、あいつに分からせてやらねえとな! 出て来いフーディン!」
そんな自分が負けるはずが無い。いや、ポケモン達の為にも負けられないのだ。
なのにナーバスになっていてもしかたがない。
彼は特訓を再開するために、今度は尖った耳で長いヒゲ、キツネのような顔立ちで両手にはスプーンを持っているエスパータイプのポケモン、フーディンを出した。