01
「ありがとう、カイリュー」
穏やかそうな優しい顔、巨体に不釣り合いな小さな翼に丸太のような太いしっぽ。
これまでそのポケモン、ドラゴンポケモンのカイリューに運んでもらったことにお礼を言って軽く撫でてからモンスターボールに戻した。
「だいぶ変わったな、トキワシティ……」
そして久しぶりに降り立ったその街を見渡し、自分の記憶の中と合致しない景色に思わず感嘆の声を漏らしながら目的の場所を探す。
ここトキワシティのトキワジム。自分が昔このカントー地方を旅していた時に最後のジムとして挑戦したそこは悪の組織のボスがジムリーダーをしていたが、今は幼なじみ……、ライバルのグリーンに代わっているらしい。
「あ」
とりあえず以前ジムが建っていた場所を見てみたら、良かった、位置は変わっていないみたいだ。早速目的地を見つけて、急いで伝えたいことがあるためそこに向かって赤い帽子に黒いシャツ、その上に赤い上着の茶髪の少年は駆け出した。
ぼくはレッド。マサラタウンっていう街出身のポケモントレーナーで、これまで旅をしてた……んだけど、今日はどうしてもグリーンに教えたいことがあってカイリューにトキワシティまで運んでもらったんだ。
街はそんなに広くないからすぐに着いて、ジムの中へと足を踏み入れた。
「うわっ!?」
最初に出た言葉はそれだった。
なんと外観は昔のままなのに、中身はがらりと変わっていたのだ。
具体的に言うと目に優しい緑だったは黒にところどころ赤や青、水色など目に痛い色の移動パネルになっている。
「これは……」
なんだこれは……。思わず息を呑む。だがここで立ち止まっている時間は無い、進まなければ。移動パネルの配置は変わっているが、仕掛け自体は同じだろう。うっかりミスさえしなければいいだけだ。
彼は迷うことなく一歩を踏み出した。
……よし、着いた。さすがにジムリーダーの居る場所までパネルは無い為安心して歩ける。
「レッド、お前カントーに帰って来たなら言えよ!」
短い数段を昇って、とうとう対面した。ぼくのライバル、グリーン。
さっきまでぼくがこのジムの仕掛けと戦っている光景に高みの見物を決め込んでいたかと思えばこれだ。
「驚かせようと、思ってね」
既に勝負は始まっているのだ。どことなく嬉しそうな彼に、しかしレッドは持てる限りの凄みを込めて言い放った。
「へっ、そういうことか。まんまとやられたぜ……!」
グリーンも、今の言葉で気付いたらしい。
ここで気を抜いてはいけない、相手に弱みを見せたら負けなのだと。
「……ところでグリーン」
「ん、おう」
少しの間睨み合っていた2人だが、こんなことをしている場合では無いことに気付いてトーンを普段のそれに戻した。
彼は気を抜いて腰に手を当て、片足に体重を預けている。
「PWT、ポケモンワールドトーナメントのこと知ってる?」
そして彼は本題を切り出した。
「噂に聞いてはいたけど、イッシュ地方って大きいんだな。ヤマブキシティより広いよ!」
見渡す限りがビル、ビル、ビル。カントー地方からイッシュ地方まで来た彼とグリーンは、現在船から降りてヒウンシティという街を歩いている。
行き交う人々の数もビルの数も高さも、自分の故郷最大の街とは桁違いだ。
PWT、ポケモンワールドトーナメントという大会がこの地方のホドモエシティと名付けられているらしい街で開催するらしく、2人はそれに参加するためはるばるやってきたのだ。
「は、こんぐらい普通だろ、なに驚いてんだよ! やっぱお前って田舎者だな!」
隣から嫌みな声が聞こえてくる。
「グリーンだってさっきすげー、でっけえってぼくと一緒にはしゃいでたじゃないか!」
「そんなんお前のノリに付き合ってやっただけに決まってんだろ! そんなだからお前はオレに勝てないんだよ!」
「前はぼくが勝ったじゃないか!」
「通算はオレ様の圧勝だけどな! なんなら今からやるか?」
そう、彼とグリーンは何度もバトルをしたが、レッドが勝てたのはたったの一度、最後のバトルだけだ。
「いや、バトルならPWTでやろう。その方が3年前を思い出すしね」
その最後のバトルというのが、ポケモンリーグでの決戦だ。
彼は四天王を倒して終わりだと思ったが、違っていた。
いつも彼の一歩先を進み続けていたライバル、グリーンが先にポケモンリーグチャンピオンの座を獲得して立ちふさがったのだ。
そして真のチャンピオンの座を賭けて戦い、激しい攻防の末にレッドが勝利を掴みとった。
「いいぜ。そっちの方が面白そうだしな!」
それが3年前の出来事だ。あれから時間が経ったが、その間一度もバトルをしていない。軽口を叩いてはいるが、負けず嫌いな彼のことだから彼の相棒の炎のように闘志が燃え上がっているに違いない。
そしてもちろん、レッドの心も。
それをどちらも分かってはいるが、口には出さない。出す必要が無いし、出さなくても相手も分かっている、ということが分かっているからだ。
それからは互いに3年間何をしていたかでまだ伝えたことの無い内容などを話しながら、目的地へと向かった。