01
「さあ、トウシンリーグも残すところ決勝だけとなりました!
どんな時でも決して諦めない、青く輝くコキヒの暁星! アキト選手!」
「アキト! 頑張って!」
「負けんなよ!」
「絶対に勝ってください!」
アナウンスに紹介された彼を、カナエ達は精一杯応援している。
「対するは、ここまで圧倒的な実力で勝ち上がってきた沈着冷静なトレーナー! リョウジ選手!」
「アキト君、応援してるよ!」
そしてその対戦相手、アキトのライバル、リョウジが紹介され、ダイスケの隣でシンヤも声援を送る。
「果たして、勝つのはどちらだ!」
アナウンスの声が会場に響き、会場中が沸き立つ。
「リョウジ! オレは、決勝戦の相手がお前で良かったよ!」
「ああ、俺もだ」
アキトがモンスターボールを突き出してリョウジに話しかけ、彼もそれに答える。だが、2人はそれだけ言うと口を閉じ、ボールを構えた。
「全力で行くぜ! 行け! フローゼル!」
「望むところだ。出て来いゴローニャ!」
そしてそれがバトルフィールドに投じられたことにより2匹が姿を現し、決勝戦の火蓋が切って落とされた。
二股のしっぽと浮き袋を持つしなやかな体のフローゼルと、いくつもの岩が集まって球体を形づくり、そこに手と足が生えたゴローニャが向かい合う。
「きあいだまだ!」
アキトが指示したのはきあいだま。いわタイプの入ったゴローニャには効果が抜群の技だ。
気合いを高めて渾身の力で放出したエネルギーの球がまっすぐゴローニャに向かっていく。
「アームハンマー!」
だが、そんな攻撃を簡単に食らってくれるわけが無い。ゴローニャは重い拳を振り下ろしそれを右斜め前方へ弾き飛ばした。
「やっぱり防がれたか。けど予想してたぜ、アクアジェット!」
そこに、間髪入れずに畳み掛ける。フローゼルはすぐに水を纏って勢い良く突進した。
「ストーンエッジ!」
だが相手は鋭く尖った岩を何発も発射し、後少しで届く、というところで岩に勢いを殺されてしまい、技は決まらなかった。
「アームハンマー!」
それどころか、横腹に強く重い拳に食らってしまう。
「フローゼル!?」
「くっ……。フローゼル! ジャンプだ!」
カナエとダイスケが同時に叫び、アキトは悔しそうに指示を出す。
結構なダメージを受けたが、フローゼルはなんとか立ち上がり高く跳躍する。
「きあいだま!」
そして、先ほど同様にエネルギーの球を放つ。
「アームハンマー!」
しかし、やはり拳に弾かれてしまう。
「今だ、アクアテール!」
だがそれはアキトの狙い通り。拳を振り切ったゴローニャには大きな隙が出来ている。
水流を纏った2本の尻尾を振り下ろし、叩きつけた。
短くよし、と漏らす。
「尻尾を掴め!」
その攻撃は頭に直撃し、大ダメージとなり苦悶の表情を見せた。しかしなんとか持ちこたえ、フローゼルが離れる前に素早く尻尾を捕まえ、
「まずい、きあいだま!」
「地面に叩きつけろ!」
技を放つより先にそのまま勢い良く地面に打ちつけた。
「あのゴローニャ、特性はがんじょうだな」
タカオが、眉を潜めながら言った。
「がんじょうはどんなに強力な一撃を食らっても、必ず耐えられる特性だ。それに一撃必殺の技も効かなくなる」
「そうか、だからアクアテールを耐えたのか……!」
「フローゼル、一旦戻って休んでくれ!」
相性が有利とはいえ先ほどのダメージもあったため、一度戻して体勢を立て直すことにした。
「今だゴローニャ、ステルスロック!」
しかしその直後、リョウジの指示を受けゴローニャが吠える。
すると、その咆哮とともにアキト側のフィールドに尖った岩が浮かび上がった。
「な、なんだ!?」
空中には、尖った岩が漂っている。今まで見たことのない技に、彼は困惑を見せた。
「あれはいわタイプの技ステルスロック。戦闘中のポケモンには危害を加えないが、交替とかでポケモンをフィールドに出す度にダメージを受け、しかも相手のタイプによってその威力が変化するんだ」
それを見てタカオが深刻そうに、頭にクエスチョンマークを浮かべるカナエ達に解説する。
「ただでさえフルバトルは交替が多くなるのに、あいつのポケモンは……」
「タカオさん、あれはどうにかできないんですか!?」
「……こうそくスピンを使うか、リョウジがきりばらいをすれば取り除くことが出来る、けど……」
言いながら彼はフィールドからアキトに視線を移す。
「でも、アキトのポケモンにこうそくスピンを覚えてるポケモンなんて……!」
「それにリョウジさんが、わざわざ相手を有利にするはずがありません……」
「……よく分からないけど、行け! ヘラクロス!」
彼らが心配するが、そんなこととは露知らず彼は次の、大きな角を持つ青いカブトムシのようなポケモン、ヘラクロスを出す。
「ヘ、ヘラクロス!」
だが、出て来た直後にヘラクロスに宙に浮遊していた岩が襲いかかる。ダメージを受け、ここでようやくアキトもその効果に気付く。
「気をつけた方がいい。言っていなかったが、お前のポケモンは交替する度にダメージを受ける」
「なるほど、それがステルスロックの効果か……!」
「それだけじゃない。いわタイプの技が抜群の相手には威力が倍に、半減の相手に対しては威力も半分に変わる」
「……けど、そのくらいじゃあオレ達は止められないぜ! ヘラクロス、メガホーン!」
どっしりと構えるゴローニャに対し、ヘラクロスは硬く立派な角を前に突き出し突進する。
「だろうな、ストーンエッジだ!」
対してゴローニャは、再び尖った岩を何発も飛ばした。
だがヘラクロスの硬い角は飛んでくる岩を次々に砕き、とうとうゴローニャに迫る。
「受け止めろ!」
あともう少しでヘラクロスの技が決まる、というところで、ゴローニャは岩の霰を止め、両腕を前に突き出した。
「しまった!?」
岩のせいで、ヘラクロスの勢いは弱まっていたらしい。
ゴローニャの体力はすでに限界だったが、それでも技を止められてしまった。
「やれ、ゴローニャ。だいばくはつ!」
「くっ……! ヘラクロス、思いきり投げ飛ばせ!」
リョウジの指示で、ゴローニャの体である岩と岩のわずかな隙間から光が漏れだす。
ヘラクロスは急いでゴローニャの体の下に角を入れ、思いきり持ち上げる。
フィールドに、大きな爆発音が轟いた。
「おーっと! ヘラクロス、ゴローニャを投げ飛ばした! まさに間一髪、だいばくはつは命中せず! 戦闘不能! 先手を取ったのはアキト選手だーっ!」
観客のほとんどがリョウジが先手を取ると思っていたらしく、会場は一気に盛り上がる。
空中で爆発したゴローニャは、ぷすぷすと煙を上げながら落ちてきた。
「間一髪だったな、ヘラクロス……!」
アキトは、冷や汗をリストバンドで拭う。
「アキト、すごい! 先にリョウジ君のポケモンを倒した!」
「ははっ、なんだよあいつ! やってくれるじゃねえか!」
「やるね、アキト君!」
「アキトさん、さすがです!」
そしてカナエ達も喜び彼を讃えるが、ただ1人タカオのみは浮かない顔をしている。
「……いや、まだ浮かれるのは早い。勝負は序盤、まだまだ何が起こるか分からない」
「フン。戻れ、ゴローニャ」
「それに、リョウジも全く動揺を見せていないからな」
言われて見てみると、確かに彼は動じていない。まるで想定内と言わんばかりの表情だ。
「……そうか。確かにステルスロックがあるしフローゼルも体力が残り少ないから、アキト君が有利とは言えないのか」
それを聞いて理由が分かると、彼らの盛り上がりも少し静まる。
「ああ。アキト、がんばれよ……!」
「よし、まずは1匹だ。けどあいつは強い、気をつけようぜ」
リョウジはボールにゴローニャを戻し次のポケモンを準備し、アキトは振り向いて嬉しそうにしているヘラクロスと、自身にも注意を促しながらそれを眺める。
「出て来いクロバット!」
彼が次に出したのはクロバット。ヘラクロスには相性が最悪の、4つの翼を持った巨大な紫色のコウモリのポケモンだ。
「クロバットか、戻れヘラクロス。行け! サンダース!」
アキトはヘラクロスを戻し、セオリー通り、大きな耳、黄色い体で首もとには白くトゲトゲの毛を生やした四足歩行のサンダースを繰り出す。
尖った岩がサンダースに食い込み、少しダメージを受ける。
「行け! 10まんボルト!」
「クロバット、とんぼがえり!」
二人の声は同時に発せられ、先に動いたのはクロバットだった。
サンダースが電気を放つが素早く羽ばたき上昇して避け、続けて放たれる何発もの電気をそのたびに下に、斜めにとかわしながら背後に回り込む。
振り向いて電気を浴びせようとしたが遅かった。それよりも先に翼で叩き、かなりのスピードでボールに戻っていった。
「リョウジ選手、ポケモンの交替だ!」
「出て来いハッサム!」
そしてリョウジは、3匹目、目玉模様のついた大きなハサミを両腕の先に持ち背中には羽根のある赤い体のポケモン、ハッサムを繰り出した。
「ハッサムの攻撃力はかなり高い……。だったらここは! サンダース、ボルトチェンジだ!」
「でんこうせっか!」
「なっ!?」
2人が指示を出すのはほぼ同時だった。ハッサムは放たれた電気を横に避け、時には両手の大きなハサミで防ぎながら近づきサンダースの額に拳を叩きつける。
その痛みに顔をしかめるサンダースだが、それでも再度電気を放ちボールに戻った。
「おっと、アキト選手もポケモンを戻す!」
「くっ、ボルトチェンジを読まれてたか……! ……次はこいつだ! 行け! ピジョット!」
そしてアキトは、4匹目、頭に長く美しい羽根を生やした鳥ポケモン、ピジョットを繰り出す。
ピジョットに尖った岩が食い込んだ。
「ピジョットか。もしねっぷうを覚えていたら厄介だからな。ハッサム、戻れ。出て来いスターミー!」
「っ……! ピジョット、戻ってくれ!」
「アキト、ピジョットを出したばかりなのになんで戻しちゃうの!?」
アキトは彼の出したポケモン、体の中央に赤いコアのある、星を2つ重ねたようなスターミーをを見た瞬間に苦渋の表情に変わり、一瞬迷ったような素振りを見せたがすぐにモンスターボールに戻した。
カナエは驚き、これじゃあただダメージを受けただけだよ、と続けた。
「けどここで戻さなかったら、下手したらなにも出来ないでやられるかもしれない」
「そうなの?」
ダイスケを挟んで、シンヤが考えられる理由をあげた。
「確かにピジョットの飛行速度はかなり速いけど、スターミーも瞬発力がすごいんだ」
「そっか……。それに、色んなタイプの技を覚えるもんね」
「うん。だから、変えざるを得なかったんだ」
言いながら、彼は眉を潜めた。
「行け! カビゴン!」
重たい音とともに出て来た、太った体にのん気そうな顔のポケモン、カビゴンの体に、やはり尖った岩が食い込む。
「スターミー、サイコショック!」
「カビゴン! 腕で防ぎながら近づけ!」
言われた通り、両腕を体の前で交差させながら走る。
実体化した念波はいくらか腕をすり抜けお腹に当たるが、それでもある程度はダメージを抑えた。
「のしかかり!」
「下がれ!」
「だったらじしんだ!」
そして体を重力に委ねるが、後方に跳ばれその巨体は虚しく地を揺らす、と思ったダイスケ達だったが、アキトはすぐさま指示を変え、巨体は地響きを起こし周囲に衝撃を与える。
「今なら隙だらけだ! スターミー、サイコショック!」
「カビゴン!」
衝撃で後方に飛ばされながらも素早く体勢を立て直し、起き上がったばかりのカビゴンに再び念波を放つ。
実体化した念波がカビゴンを襲い、ややバランスを崩していたがまだ大丈夫なようだ。
「よし、のしかかり!」
「跳べ!」
今度はじしんを食らわないようにと高く跳躍するが、アキトはそれを見てニヤリと笑みを浮かべた。
「へへ、落下地点で待機だ!」
空中の影と、地面に映る影から位置を推測して待機する。
「サイコショック!」
念波を放ってどかそうとするが、カビゴンはそんなことでは動かない。腕で全て防御した。
「高速回転しろ!」
そして落ちてきたところを掴み、必死に抜け出そうともがくスターミーを力で無理やり押さえつける。
「サイコショック!」
「させるか、のしかかりだ!」
ならばと念波を放とうとコアを光らせたのを見て、地面に叩きつけ全体重をぶつける。
そして、ピクリとも動かなくなったのを確認して立ち上がった。
「スターミー、戦闘不能!」
「戻れ、スターミー」
「なんと、またもリョウジ選手のポケモンが倒された! 現在6対4! これがトウシン最強のジムリーダーに勝った実力か!?」
これまでのバトルで他を寄せ付けなかったリョウジが押されていることに、会場が騒がしくなる。
「アキト、すごい! もう2体も倒したよ!」
「その調子だ、やれやれ!」
見ていたカナエ達も大はしゃぎだ。
「……いや、違う」
だがアキト1人だけは、浮かない顔をしていた。
「リョウジがこんなにあっさり倒せるはずがない」
なにかを企んでいるのか……?
ちら、と彼の顔を見る。
「なっ……!?」
笑っている……!? 自分のポケモンがもう2匹も倒されているのに……!?
「カビゴン、油断するなよ……!」
なにを考えてるかは分からない。けど、なにか嫌な予感がする……!
「出て来いクロバット! 接近しろ!」
「構えるんだ!」
「どくどく!」
再び現れたクロバットが、素早く接近してきた。先ほどのダメージもある、下手には動けないと警戒したが、使ってきた技は相手を猛毒状態にするどくどくだった。
攻撃に備えて腕を交差させていたカビゴンに、じょじょにダメージが増える毒が浴びせられた。
「危なかった……」
だが、それは幸いだった。もし攻撃をされていたらやられていたかもしれない。それに……、
「よし! カビゴン、ねむるだ!」
カビゴンは眠って体力も状態異常も回復する技、ねむるを覚えているのだ。
「おっと、カビゴン眠って全回復だ!」
起きるまでは攻撃出来ないが、これでまだまだ戦える。
「これで目が覚めるまで持ちこたえれば……」
「だろうな。クロバット、とんぼがえり」
しかし彼はせっかく浴びせた毒を回復されたというのに、全く動揺を見せない。むしろ余裕の笑みを見せている。
クロバットは眠っているそのお腹を翼でバシッと叩いてボールに戻る。
「えっ……!?」
「フン、出て来いカイリキー!」
そして、にやりと笑いながら出したのは4本の腕を持った筋骨隆々なポケモン、カイリキーだ。
「ビルドアップ!」
「なにっ!?」
カビゴンは眠っていて、大きな隙が出来ている。
出て来たカイリキーは腕を曲げ筋肉に力を込めて、攻撃力と防御力を上昇させる。
「おい、あんな技使ったらカイリキーが強くなっちまうぞ!?」
応援しているダイスケが叫んだ。
「どうやら狙ってたみたいだな。カビゴンが眠るを使う時を」
「えっ!?」
全員の視線がタカオに集まる。
「……なるほど、分かったぜ。お前はカビゴンの体力を減らして猛毒状態にすることで、ねむるを使わせるように仕向けたんだな……!」
「フン、気付くのが少し遅かったな。そうだ、そして寝ている間にカイリキーの能力を上昇させる! もう一度ビルドアップ!」
ハッとして言うアキトにリョウジが続け、カイリキーは指示を受け再び能力を上げた。
「くっ……。カビゴン、起きてくれ!」
まんまとリョウジの作戦にはまった……!
アキトは、悔しさに唇を噛みしめた。
「そろそろ起きる頃だな。カイリキー、クロスチョップ!」
いまだのんきにいびきをかくカビゴンに対し、カイリキーは両腕をかかげながら駆け出す。
「起きろ! カビゴン!」
だがようやくカビゴンが目を覚まして、眠そうに目をこすりながら立ち上がった。
「よし! 行け、カビゴン! ほのおのパンチ!」
なんとか間に合った……! 早速指示を出し、カビゴンは拳に炎を纏わせ走り出す。
「受け止めろ」
だがカビゴンが思い切り突き出した拳は、カイリキーが攻撃の為に構えたのとは違う腕で掴んでいともたやすく受け止めてられてしまった。
「カビゴン! なら、のしかかりだ!」
「もう一度クロスチョップ!」
「カビゴン!?」
ならばこれなら、と身体全体を使ってのしかかろうとするが、強化されたカイリキーのパワーには及ばない。両手を叩きつけられカビゴンは倒されてしまった。
「カビゴン、戦闘不能!」
「……ありがとうカビゴン。ゆっくり休んでくれ」
アキトはカビゴンをボールに戻し、深呼吸をした。
「行け! フローゼル、きあいだま!」
「ストーンエッジ!」
再び出したフローゼルは、尖った岩に驚きながらもすぐにきあいだまを放つ。
しかし飛んできたいくつもの岩にたやすく潰されてしまい目の前まで迫ってきたが、間一髪で横に転がって避ける。
「だったら回り込め!」
「迎え撃て、ほのおのパンチ!」
「スライディングでかわすんだ!」
地面に手をついてすぐに体勢を整え、一気に距離を詰めた。
相手も炎を纏った拳を振り下ろすが、地面を滑って避けながら背後に回り込む。
「いいぞフローゼル!」
「よし、アクアテール!」
そしてすぐに立ち上がり、軽く跳んで水平にしっぽを叩きつけた。
「ほのおのパンチ!」
だが、距離を離すよりも先に炎を纏った振り返りながらの裏拳を食らってしまった。
「フローゼル!」
「ストーンエッジ!」
さらに、山なりに飛ばされたところに岩が襲いかかる。なすすべもなく直撃して、落下しても立ち上がらない。
それもそうだ。最初のダメージにステルスロックまで食らったのだから。
「フローゼル、戦闘不能!」
「ありがとうフローゼル、ゆっくり休んでくれ。行け! ヘラクロス!」
「またもヘラクロスに尖った岩が食い込む!」
だが予想はしていたらしく、歯を食いしばって痛みをこらえてはいるが動揺は見られない。
「そういえばヘラクロスもカイリキーとは何度も戦ってるもんね。負けないで!」
「カイリキー、ストーンエッジ!」
身体の周りに尖った岩をいくつも浮遊させ、それをヘラクロス目掛けて飛ばす。
「だったらインファイトだ!」
アキトはそれに対抗して指示を出し、ヘラクロスは飛んでくる岩の1つ1つを拳で砕きながら接近する。
「ほのおのパンチ!」
だが相手が、炎を纏わせた拳を構えた。
「まずい、下がるんだ!」
「もう一度ストーンエッジ!」
急いで回避の指示を出し食らわずに済むが、読んでいたのかリョウジはすぐさま指示を出す。カイリキーは拳を振り切らずに戻し、岩を飛ばした。
「ほのおのパンチだ!」
両腕で防御するも、今度は一気に接近してくる。
「飛ぶんだ!」
「ストーンエッジ!」
空中に逃れようとしたが、またも岩を飛ばしてくる。直撃して、落下しあお向けになり起き上がろうと必死にうごめく。
「ヘラクロス!」
「ほのおのパンチ!」
アキトが慌てて声を掛けると、間一髪ヘラクロスは横に転がって何とか立ち上がった。
「ヘラクロス!」
しかし、もう回避も防御も間に合わない。カナエ達は思わずその名前を呼ぶ。
「……ヘラクロス、こらえるんだ!」
そしてアキトは、うつむきながら叫んだ。
「アキト……?」
だが、不思議とカナエには彼の口元が笑っているように見えた。
「無駄だ、その体力では耐えられない!」
リョウジの言葉とともに、腹に拳が直撃した。ヘラクロスは弧を描いてからうつ伏せに倒れる。
「……普通なら、確かにそうかもな」
だがアキトは笑っている。そしてその言葉の通り、ヘラクロスは膝をつき、ゆっくりと立ち上がった。
「なっ、まだ立ち上がるだと……!?」
リョウジは一瞬驚いたが、先ほどの彼の叫びを思い出し、気付いた。
「……なるほど。さっきの『こらえるんだ』、あれは根性論ではなく技の指示か……!」
彼は驚きを隠せず表情に出し、歯ぎしりする。
「さすがだよアキト君! こらえるを使ったということは……」
「行って下さい、アキトさん!」
アキトの作戦に、シンヤやツボミ、カナエ達だけでなく会場全体が沸き立つ。
「ああ、そうだ。そう考えてくれると思ったよ! オレと何度も戦った、お前なら!」
「ちぃっ……!」
「だから、この技を入れたんだ! 今だヘラクロス、きしかいせい!」
歓声の中、アキトは指示を出す。
ヘラクロスは一気に近付くと、思い切り角を突き刺した。
「決まった! まさに起死回生の一撃!」
カイリキーは後方へ飛ばされて地面に叩きつけられ、その衝撃で土煙が舞う。これでカイリキーを倒したと思った。
「……カイリキー。ストーンエッジ!」
だが会場の歓声の中で、リョウジの指示がはっきりとアキトの耳に届いた。
そして、微かだが晴れてきた土煙の中で技の発動準備をするカイリキーの姿が彼には見えた。
「なっ……! まだ戦闘不能になってなかったのか……!?」
「そんな!?」
「まじかよ……!?」
「と……飛ぶんだ!」
そのことにかなりショックを受けたアキト達。
内心もう間に合わないと分かってはいたが、言わずにはいられなかった。
しかし案の定避けられず、再びあお向けになってしまう。今度はピクリとも動かない。正真正銘の戦闘不能だ。
「ヘラクロス……。よく頑張ったな、ゆっくり休んでくれ」
「なんとカイリキー、3体立て続けに倒した! この暴走する力、果たして止める手立てはあるのか!?」
きしかいせい、これで逆転と思ったものが、さらに覆された。観客が先ほど以上に沸き上がり、声援はリョウジ側が優勢になっていく。
「ま、負けないでアキト! きっとアキトなら大丈夫!」
「まだ止められるはずです!」
「なんとかしろアキト!」
カナエ達がそれに負けないようにと、さらに応援に熱を込める。
「どうやって止めるかだって? そんなの……、攻め続けるだけだぜ! ここで止めてやる。行け! サンダース!」
そして次に出したのは身軽なサンダース。尖った岩が再度その身体に食い込み、顔を歪める。
「カイリキー、ストーンエッジ!」
カイリキーが、再びいくつもの尖った岩を飛ばす。
「サンダース、でんこうせっか!」
だがサンダースは、岩と岩の隙間を縫って、時には飛んでくる岩を踏み台にしたりしながらどんどん距離を縮め一気に目の前まで来た。
「やるな……!」
これには、リョウジも再び歯を噛みしめる。
「ならばほのおのパンチだ!」
「股を潜り抜けて10まんボルト!」
指示を変え炎を纏った拳を思い切り振り下ろすが、その腕は虚しく地面に衝撃を与えるだけだった。サンダースが股下を一瞬で潜り抜けて強烈な電気を浴びせる。
だが、まだ倒れない。振り返って、先ほど同様裏拳のように拳を振るってきた。
「下がってかわせ!」
「逃がすな!」
「逃げないさ! でんこうせっか!」
後ろにピョンと跳んで避け、走って接近してくるカイリキーの顔面に目にも留まらぬ速さで突進を決めると、ダメージの蓄積がよほど大きかったのかのけぞった。
「今だ、10まんボルト!」
すぐに持ち直したが、そのわずかな隙さえあれば十分だった。
強烈な電撃を浴びせると、カイリキーはプスプスと煙を出しながら揺れ、そしてとうとうあお向けになって倒れた。
「よし、いいぜサンダース!」
「カイリキー、戦闘不能!」
「なんと、ついにカイリキー倒されました! これで残りは互いに3匹、勝負は分からなくなりました!」
「やるな、戻れカイリキー。出て来いハッサム!」
次に現れたのは、先ほども出て来たハッサムだ。
「でんこうせっか!」
「ひきつけてかわせ!」
目にも留まらぬ速さで迫ってくるハッサム。
しかし目の前まで来たところで素早く横に転がり、後ろに回った敵を振り返る。
「10まんボルト!」
「受け止めてむしくいだ!」
そして電気を放ったが、すぐに振り返ってハサミで防ぎ飛びかかってきた。
「もう一度10まんボルト!」
しかしサンダース素早い。相手の頭を踏んで背後に着地、すぐに電気を放った。
「でんこうせっか!」
だが相手も負けてはいない。電撃を浴びながらもこちらを向いて、一瞬で目の前まで来てすくい上げるようにお腹に拳を叩き込んだ。
「サンダース!」
「バレットパンチ!」
勢いで宙に投げ出されるサンダース。しかもハッサムは、落下するだろう位置目掛けて素早く動いて追撃しようとしている。
「10まんボルト!」
「受け止めろ!」
空中に弧を描いて落ちかけているところから放った電気もハサミで受け止められてしまう。
「もう一度だ!」
「無駄だ」
再度放っても、勢いは変わらず両拳で防がれる。
そして、とうとう目の前まで迫ってきた。
「やれ!」
「今だ! 10まんボルト!」
だがサンダースの方が速い。腕を曲げて、突き出す。その間の一瞬で強烈な電気を浴びせると、ハッサムは力尽きて倒れた。
「ハッサム、戦闘不能!」
「よし!」
危なかった……。10まんボルトをわざと防がせて、攻撃に移る時間をちょっとでも遅らせる。
成功するかは分からなかったけど、出来て良かった。
「戻れ。出て来いクロバット!」
さらに次に出て来たのはクロバット、相性は有利だ。だが……。
「サンダースのダメージが大きい……」
ハッサムのでんこうせっかと2度のステルスロックが効いているようだ。
戻して休ませたいが、次出した時のダメージに耐えられるか分からない。
「がんばってくれ、サンダース……!」
サンダースも戻さない理由が分かっているのか、振り返ってコクリと頷いた。
「サンダース、相性は有利ですがこれまでのダメージが大きい! 勝てるのでしょうか!?」
「……10まんボルト!」
「避けて接近しろ」
牽制するかのように放った電気はたやすく避けられる。
「だったらでんこうせっか!」
このままでは先ほどの二の舞になる。そう思って指示を変えたが、これもかわされた。
「距離を取るんだ!」
「追え!」
着地して走り出すサンダースに負けない速さで、クロバットは追いかける。
時には曲がり、切り返したりしても相手もすぐに対応して一向に距離は広がらない。
「ヘドロばくだん!」
「横にかわせ!」
その上相手は追いかけながら技を使ってくる。
だが横にステップを踏んで避ける。
「このままじゃあ拉致があかない、いや、こっちが不利だ。やるしかない……」
「もう一度だ!」
「かわしてめざめるパワー!」
再び向かってくるヘドロの塊をかわして、急ブレーキして振り返りエネルギー球を放つ。
「お前の考えは読めている。突撃しろ! ブレイブバード!」
「なにっ!?」
めざめるパワーを避けたところに10まんボルトを食らわせる。そう考えていたアキトにとって、これは完全に予想外だった。
光球に怯まず突撃してくるのを避けられない、直撃してしまった。
「サンダース、戦闘不能!」
「くっ……、ごめんサンダース、ゆっくり休んでくれ。行け! ピジョット!」
アキトは自分の指示のせいでやられてしまったことを謝りながらサンダースをモンスターボールに戻し、残り2匹のうちの1匹、初めて捕まえたポケモン、ピジョットを再度繰り出した。
ピジョットに、再び尖った岩が食い込む。
「クロバット、ヘドロばくだん!」
「ピジョット、はがねのつばさ!」
クロバットはヘドロを吐き出し、ピジョットはそれを体を斜めにして避けてそのまま相手に接近する。
「ブレイブバード!」
「かわしてこっちもブレイブバードだ!」
すると今度は4つの翼を折りたたみ、突撃してきた。
だが上昇してかわし、逆に自分の下を通過したクロバットに突進する。
「上昇しろ!」
「追え!」
しかし相手も攻撃を受ける前に素早く高く上がり、こちらも追いかけて昇っていく。
そして2匹はどんどん高く高くへと舞い上がっていった。
「ピジョット、速い!」
ピジョットの飛行速度はかなり速く、2匹の距離はどんどん縮まっていく。それでもリョウジはまるで動じず、冷静に眺めていた。
「よし、どんどん距離を縮めてる」
対してアキトは、もうすぐで届く、とやや注意力が欠けている。
「今だクロバット、切り返してヘドロばくだん!」
クロバットは持ち前の瞬発力を生かし一瞬で切り返し、ピジョットの背後に回りヘドロを浴びせた。
「なっ、しまった!? ピジョット!」
攻撃を受け落下したピジョットに心配して声を掛けると、すぐに羽ばたいて体勢を立て直した。
「よし、まだ行けるな。ブレイブバード!」
そして再び翼を折りたたみ突撃する。
「避けてヘドロばくだんだ!」
「かわすんだ!」
だがそれは再び避けられ、真上から降ってきたヘドロを旋回して回避する。
「ブレイブバード!」
しかし続けてクロバットは翼を折りたたみ突撃してきた。
「くっ……かわせ!」
間一髪でギリギリで回避をするが、依然状況は変わらない。
「かわせたはいいけど、攻撃が当たらない……。どうすれば……」
アキトが、クロバットの動きに注意をしながら考え込むが、なにも浮かばない。
「……待てよ」
……ふと、フィールドに漂う岩が目に留まった。
「そうだ……!」
彼が思わず口角を吊り上げる。
「……ヘドロばくだん!」
リョウジがそれに気づき指示を飛ばす。
「ピジョット、かわしてこっちに来い!」
ピジョットは少し戸惑いながらもヘドロをかわし、言われた通り彼の方へと飛び、フィールドの端まで来た。
「よおし、ピジョット! そこでクロバットに向かって思いっきり羽ばたけ!」
ピジョットが力強く羽ばたき、大木もしなるほどの強風を巻き起こす。
「クロバット、飛ばされないようこらえるのに精一杯で身動きがとれないーっ!」
「へへ、それだけじゃないぜ!」
アキトが言うと、漂っていた岩がじょじょにガタガタと揺れ始めた。
「なにっ!? まさか……!」
揺れはどんどん大きくなり、そしてとうとう風に吹き飛ばされてしまう。
「よし!」
「なんと、ステルスロックの岩がクロバットに襲いかかるー!?」
「ちっ……! 避けろ!」
尖った岩が真っすぐ飛んでいき、彼は回避の指示を出すが、クロバットは風に抵抗していて動けず直撃してしまう。
「すごい、アキト! 岩を飛ばして攻撃するなんて!」
「それに、これでステルスロックも無くなったな!」
「行け! ピジョット、ブレイブバード!」
そこにピジョットが翼を折りたたみ突撃し、クロバットは直撃し後方に飛ばされてしまった。
「……クロバット、ブレイブバード!」
だが、クロバットは痛みをこらえなんとか立て直し、攻撃の反動を受けているピジョットに翼を折りたたみ突撃する。
ピジョットはかわせず直撃してしまい、クロバットもその反動で、2匹は力無く地に落ちた。
「おーっと、両者戦闘不能だぁーっ!」
アナウンスの声がフィールドに響く。
「よくがんばったな。ゆっくり休んでくれ、ピジョット」
「戻れ、クロバット」
お互い倒れたポケモンをモンスターボールに戻し、アキトが対戦相手、ライバルのリョウジに話し掛ける。
「リョウジ! やっぱり強いよ、お前は。今までに戦った、誰よりも」
彼は帽子をかぶり直してリストバンドで汗を拭い、深呼吸してからベルトについた最後の一匹、最初に貰ったポケモン、ウインディのモンスターボールを前に突き出した。
「けど、オレ達は強くなったんだ! お前に、お前達に勝つために! だから……。行くぜリョウジ! 絶対に勝つ!」
そしてそれを一度軽く上に放り、キャッチして、
「行け! ウインディ!」
という掛け声とともに、勢い良く投じる。
「悪いが、勝つのは俺だ! 全力で行く、そしてお前達に勝つ! 出て来い、エレキブル!」
リョウジも、最後の一匹、最初に貰ったポケモン、エレキブルのモンスターボールを構え、掛け声と共にそれを投じた。
バトルフィールドに2匹が姿を現した。
片方は立派なたてがみを携え、凛々しい目つきで体は炎を思わせる橙色、その所々に黒いラインが引かれていて、柔らかそうな毛に覆われたしっぽを持つ4足歩行のアキトの相棒、ウインディ。
もう片方は先に球体がついたような2本の角、黄色い体で目の周辺や大きな両腕、足に黒い縞が、胴にも同じく黒い線が縦に1本引かれ、その両側にはギザギザの模様が見られる。
そして背中にもプラグの先のような黒い模様があり、黒く細い2本のしっぽが生えている。リョウジの相棒、エレキブルだ。
ポケモンリーグの最後を飾るに相応しい巨体の2匹は大きく雄叫びを上げ、これまで何度も相対し、時には肩を並べて戦ったことなどを思いながら互いに身構え、睨み合う。
「さあ、とうとう長かった決勝戦も大詰めとなりました! 最後に残ったのは2人のエース!
今雌雄を決する時です、最後に立っているのはどちらだ!?」
「ウインディ! かえんほうしゃ!」
「エレキブル、かみなり!」
ウインディは口から激しい炎を、エレキブルは2本のしっぽの間から激しい電気を放つ。
2つは真っすぐ進んでフィールドの中央でぶつかり合い、弾けた。
「しんそく!」
「受け止めろ!」
煙の中をものすごい速さで突き抜け攻撃を仕掛けるウインディだが、エレキブルは両手を前に突き出しそれを止めてしまう。
「かみなり!」
「かわしてかえんほうしゃ!」
そして2本のしっぽの先を押し当てて強烈な電気を流し込もうとしたのを後ろに大きくステップを踏んで回避して、激しい炎を放つが両腕に防がれる。
「アイアンテールだ!」
「クロスチョップ!」
火炎を受け後退した相手にすぐに跳んで硬いしっぽを振り下ろしたが、両手を交差させ叩きつけられた。これも威力は互角で互いに弾かれてしまう。
「逃がすなよ、しっぽで掴め!」
だがエレキブルは距離が離れる前に2本のしっぽを伸ばし、ウインディの両前足に巻きつけ捕捉した。
「かえんほうしゃ!」
「受け止めろ!」
捕まりながらも炎を撃ち抵抗を見せるが、エレキブルはそれを両手で防いでものともせずに、
「かみなり!」
今度こそしっぽの先を押し当てて電撃を浴びせた。
「だったらしっぽにかえんほうしゃだ!」
電撃で体力が削られる中必死に炎を放つと、エレキブルは痛みに思わず放してしまう。
「よし、かえんほうしゃ!」
「受け止めろ!」
続けて今度はしっぽではなく本体に炎を撃つ。
しかしエレキブルは腕を交差させ防御の姿勢を取り、炎の勢いで後退するも大したダメージは受けていない。
「エレキブル、でんこうせっか!」
「しんそく!」
そして炎が止むと同時に急接近する。迎え撃つように駆け出したウインディに、しかしエレキブルは真横をすり抜けてしっぽで後ろ足を掴んで引き止め、裏拳を食らわせた。
「かえんほうしゃだ!」
だがこちらも負けてはいられない。その攻撃に怯まず炎を放ち直撃させた。
「クロスチョップ!」
しかし相手は炎に押されて開いた距離を、両手を交差させ防ぎながら一気に詰めてくる。
「だったらジャンプしてアイアンテールだ!」
ならばと今度は急接近してくる相手の頭上に跳んでしっぽを振るったが、すぐに振り返って右腕で防がれてしまった。
「エレキブル!」
「かえんほうしゃ!」
「受け止めろ!」
さらにしっぽで捕まえようとしたが、アキトの指示を聞いて彼もそれを切り替える。
「でんこうせっか!」
そしてウインディが着地すると同時に突進して、
「ウインディ!」
「クロスチョップだ!」
アキトの心配する声にかぶせるように出された指示で、続けて両手を叩きつけられ後方に飛ばされてしまった。
「かみなり!」
さらにその後を追うように電気が迫り、直撃してしまう。
「ウインディ!?」
ウインディは地面を転がり、勢いが止まっても伏したまま立ち上がらない。
エレキブルからの幾度もの強烈な攻撃で、体力はついに限界まで達してしまったらしい。
「ウインディ、ついに戦闘不能か!?」
「ウインディ、お願い! 立って!」
「おい、なにやってんだ! 立てよ!」
カナエ達が叫ぶが、一向に起き上がる気配を見せない。
それでもリョウジとエレキブルは、以前のバトルの経験から気を抜かずにアキトとウインディを見つめていた。
「……ウインディ。お前はオレに似てるよ。負けず嫌いなところが特に。
まだ、勝負は終わってないんだ! お前ならまだ戦える! オレは信じてる! だから頼む、ウインディ……! 立ってくれ!!」
ピクリとも動かない自分の相棒を見ても、彼はまだ諦めていない。会場に響く程の声で叫んだその時、僅かにウインディの前足が動いた。
そして徐々に身体を持ち上げ、ゆっくりと、だがしっかりと立ち上がった。
「ウインディ!」
その瞳に宿る炎はまだ消えていない。しっかりとエレキブルを見据えていた。
一度アキトに振り向き、肩で呼吸をしながらもまだ行ける、と言うかのように吠え、再度向き直った。
「やはり立ち上がったか」
「よし、ここからは本気の本気だ! 一気に行くぜ!」
「エレキブル! やつらは最後まで油断出来ない、気を抜くなよ!」
アキトは気を取り直し、リョウジ達は更に用心する。
息を切らし歯を食いしばりながらも立っているウインディの姿には、燃える闘志が感じられる。
「ウインディ、しんそく!」
「受け止めろ!」
やはり相手は両手を前に突き出し、受け止める姿勢を取る。
「アイアンテールで打ち上げるんだ!」
だがウインディは身体を回転させ下からしっぽを叩きつけ、エレキブルは宙に投げ出された。
「かみなり!」
「させるか、しんそく!」
空中で体勢を立て直し電気を溜めるが、それを放つより先に目にも留まらぬ速さの突進が決まる。
「続けてかえんほうしゃ!」
さらに間髪入れずに炎を撃ち、相手は勢いで後方に飛ばされた。
「これで決めるぞ! 行け! ウインディ! フレアドライブ!!」
そしてアキトが思いきり力を込め叫ぶような声で指示を出し、ウインディは激しく燃え盛る青い炎の鎧を身に纏い猛進する。
「終わらせるぞ! エレキブル! ワイルドボルト!!」
リョウジも、普段の様子からは想像も出来ないほどの剣幕で指示を出した。
エレキブルも片腕と両足で勢いを殺してすぐさま体勢を立て直し、瞬時に前方へと駆け、激しく弾ける紫電を身に纏い迎え撃つ。
フィールドの中央で、2つの巨大なエネルギーがぶつかり合った。
「ウインディ、がんばって!」
「やれ、ウインディ!」
「負けるな!」
「リョウジさんに勝って下さい!」
「お前らならいけるぜ!」
観客席のカナエ、ダイスケ、シンヤ、ツボミ、タカオ。
その全員も、ウインディとアキトに声援を送る。
「行けぇっ!!」
「押し切れぇ!!」
そして2人の声と同時に、2匹は最後の力を振り絞る。
炎はより激しく燃え盛り、電気はより激しく弾ける。
しかしそれでも互いに譲らず拮抗していたが、やがて2匹の力強い咆哮と共にぶつかり合うエネルギーによって爆発が起こり、舞い上がった砂煙がフィールドを包む。
「くっ……!」
アキトとリョウジ、2人は顔を両腕で守りながらも決してフィールドから目を離さなかった。
砂煙がじょじょに晴れていき、2つの影が見えた。
会場が静寂に包まれる。
完全に視界を遮るものが無くなったフィールドに、2匹のポケモンが肩で息をしながら立っている。
2人が、いや、会場の人間全てが固唾を呑んで見守る中、黄色い巨体が、静かに両膝を地面につけ、そして崩れ落ちた。
「……エレキブル、戦闘不能!
勝者……コキヒタウンのアキトォーッ!!」
審判の声が会場に響き渡り、会場を歓声が包む。
「やった……! アキトが、リョウジ君に勝ったーっ!?」
「やったなアキト! ポケモンリーグ優勝だ!」
「おめでとうアキト君!」
「アキトさん、勝ったんですね!?」
「ふぅ、これでおれも優勝者相手だからこの結果はしかたないって言い訳出来る。
にしてもよく勝てたな、アキト」
「……やった。オレ達が……、勝ったんだ! やった! やったぜ! ウインディ!」
そしてカナエ達が、アキトが歓喜の声をあげる。
「エレキブル、……よくやったな。戻って休め」
リョウジは、申し訳なさそうに見上げてくるエレキブルに歩み寄りそれだけ言うと、モンスターボールに戻した。
「ありがとな、ウインディ。やっぱり、オレはお前と一緒で良かったよ!」
対してアキトは、嬉しそうにしているウインディに抱きつき、お礼を言ってからなでまわす。
ウインディも、自分もアキトと一緒で良かった、とでもいうかのように笑顔で返事をした。
「……じゃあ、ゆっくり休んでくれ」
そしてひとしきりなで終えた彼も、相棒をモンスターボールに戻す。
2人とも大切な相棒のボールをベルトに戻し、リョウジはアキトに近付いた。
「俺の負けだ。だが、全力を出し切ったんだ、悔いはない。
……以前お前の言ったことが分かった気がするよ、楽しいバトルだった。
お前の優勝を心から祝う」
リョウジも優勝を讃え、彼はアキトの利き手に合わせて左手を差し出した。
「リョウジ……! ありがとな、オレも今までで一番楽しかったぜ!」
アキトがその事に感動を覚えながら、差し出された手をしっかりと掴んで握りしめた。
2人が固い握手を交わして、会場から歓声が上がった。
「今回は負けたが、次は俺が勝つ」
彼はリベンジを宣言し、掴んでいた手を放してポケットに突っ込み、アキトに背を向け歩き出した。
「へへっ、オレも負けないぜ! じゃあなリョウジ! またバトルしようぜ!」
「ああ。……じゃあな、アキト」
その背に大きく手を振ると、彼も肩越しにこちらを見て足を止め、振り返した。
そして向き直ると上げた手をポケットに入れて、再び歩き始めた。
「……。ウインディ、ピジョット、サンダース、カビゴン、ヘラクロス、フローゼル。みんな、本当にありがとな」
アキトも、一緒に戦った皆に感謝して、歓声の中バトルフィールドを後にした。