04
「エレキブル。明日は、あいつとのバトルだ」
空には月が、湖にはまるで鏡のように夜空が映り込んでいる。
コテージのそばの湖畔で、1人の少年と1匹のポケモンが並んでいた。
少年の方は黒髪に黒い上着、灰色の長ズボン。彼、リョウジの両手は、普段と違いポケットから出されていた。
ポケモンは頭に2本の、先端にボールをくっつけたような角を持ち、巨体は黄色をベースに目の周りや大きな両腕、足に黒い縞が、胴には同じく黒い線が縦に1本引かれ、その両側にもギザギザの模様が見られる。
背中にはコンセント、あるいはプラグのような模様と、黒く細い2本のしっぽが生えている。
エレキブル。彼が旅立つ日に隣街からコキヒタウンまで来て受け取ったポケモン、エレキッドの最終進化系だ。
エレキブルは返事をせず自身のトレーナーに目を向けた。
「お前も前のフルバトルで分かっただろう。あいつは強い、全力で臨まなければ勝てない相手だ」
彼に似たのか、やはり何も言わずにただ頷いた。
「……強くなった、か」
もはや相棒からの視線は気にせず、脳裏に浮かぶ映像に意識を向ける。
前回のフルバトル。その言葉の通りだった。
俺は全力だった。だが、もしあの時ウインディが反動で倒れていなければ、負けていたのは俺達の方だ。
「全く、しつこいやつだ。あれだけ負けても、まだ挑んでくるんだ。
……正反対だ。親父とも、俺とも」
わずかに口角を上げ、口にしたのは自分達と彼を比べる言葉だ。
3年前にショウブに大敗し、その一度の負けが理由で行方をくらました俺の親父。
あの時は親父に失望したが、自分が同じ立場になって初めて気持ちが分かったよ。
特に親父は四天王にも目されていたほどの腕前だ。自信があった分、反動も大きかったんだろう。
だが、あいつは……。ショウブに負けた俺の屈辱と無念は、確かに相当なものだった。あいつも、俺との初めてのバトルで感じていたのかもしれない。いや、感じていたはずだ。
感じていたからこそ、何度も俺に勝負を挑んできたのだろう。俺があいつと同じ立場だったら、諦めていたかもしれない。トレーナーとしての才能が無いと卑屈になっていたかもしれない。
ショウブに負けた時、何度も挑んできてその度に俺との実力差を埋めてくるあいつが居なければ、今頃俺はどうしていただろう。
「エレキブル、お前はあいつらのことをどう思う」
1人で物思いにふけっていた彼だが、なんとなく自分の相棒にたずねてみたくなった。
エレキブルは拳を強く握りしめパリパリと放電し、軽く両拳を殴り合わせて落ち着いた声を出した。
「ああ、俺もだ。あいつには絶対に負けない。いや、負けられない」
あいつはどんどん強くなってきている。だが、俺はこんなところで負けるわけにはいかない。
明日のバトル、必ず勝つ。いや、明日からも勝ち続ける。逃げ出した親父に思い知らせる、そんなことはもはやどうでもいい。
俺は、あいつにだけは負けるわけにはいかない。
「……そろそろ戻るぞ」
明日は大事な決勝戦だ、そろそろ休んだ方がいいだろう。
リョウジは、エレキブルを戻して踵を返した。