01
「えっと、タカオさんの1回戦で使ったポケモンは……」
「アキトさんに何度も勝つほど強い、リョウジさん……」
「きゃあ!」
「うわ! ご、ごめんなさい!」
風呂から出てさっぱりしたアキトは、まだ開けてないココアの缶を片手に明日のバトルについてを考えながらちょうど廊下を曲がったところで、1人の少女とぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい! ……あ、アキトさん!」
「ツボミちゃん!」
アキトの落とした缶を慌てて拾い上げて顔をあげたのは、昼に一緒にバトルを観戦したツボミだ。
「ツボミちゃん、明日のバトル、どんなポケモンを出すか決まった?」
「いえ、まだです……。先ほど調べたのですが、リョウジさんは色々なタイプのポケモンを鍛えているみたいで、誰を出してくるのか見当がつかなくて……。
アキトさんはどうですか?」
「オレもだよ。去年と今年のリーグの1回戦で全く違うポケモンを出してて、どっちの対策をメインにしたらいいか……」
「それは難しいですね……」
「そうなんだよな……」
「リョウジさんは1回戦では……」
「タカオさんは、去年は……」
2人して廊下で立ち止まり、何かぶつぶつ言いながらうんうんうなっている。端から見たら奇妙な光景に思えるが、本人達は全く気にしていないだろう。
「……そういえば、ツボミちゃんはどうしてここにいるんだ?」
ふと頭に疑問が浮かんだ。アキトは風呂を出て一度部屋に戻ってから財布を取って、風呂の手前にある自動販売機でココアを買った帰りだ。
彼女がこっちに向かって歩いてきていたということは、もしかしたらこれから入浴か、ジュースを買うとこだったのかもしれない。
邪魔していたら申し訳ないと理由をたずねる。
「あ、そうでした! アキトさんに会いたくて……。カナエさんに聞いたら、ジュースを買いに行ったよって教えてくれたので」
「え、オレ?」
「はい。あの……。アキトさん、あなたは何度もリョウジさんに負けたんですよね?」
「うっ……! そ、そうだけど、あまり言わないでほしいかな……」
それに対する彼女の返しが予想外のもので、思わず苦笑いしてしまった。
「す、すみません! 悪気はなかったんです! ……ですがアキトさん、安心してください!」
「え?」
一体なにを、と言う前に言葉が続けられる。
「あなたの代わりに、わたしがリョウジさんに勝ちます!」
「うーん、それは安心できないかなあ」
「え? あ、もしかして、前に捕まってたからって弱そうとか思ってないですか?」
アキトの言葉に、ツボミはいぶかしげな目をしながらぐいっと顔を近づけてくる。
「ち、違うよ。オレはこのリーグでリョウジとバトルしたいけど、ツボミちゃんが勝ったらできなくなっちゃうなって」
「あ、そういえばカナエさんが言ってましたね。アキトさん、負けず嫌いだって」
慌ててのけぞって否定すると、彼女は納得したように頷いて顔を引いた。
「うーん、まあそうかな。けど、もちろんツボミちゃんも応援してるよ」
「私も?」
「うっ……。い、いや、やっぱりリョウジとも戦いたいからさ……」
彼女は、自分も、という言葉に反応を示した。そして、も、を強調されてしまいアキトは情けない声で言い訳する。
「まあいいですけど。でも、私が勝ちますからね! それで、きっとアキトさんと戦います! だからアキトさんも勝ってください、約束ですよ!」
「ああ、分かったよ」
微笑みながら差し出された右手を、アキトはまだ少し決まりが悪そうに掴んだ。
「ところでアキトさん。ふふ、ココア、お好きなんですか?」
自分の眼を見つめていた彼女の目線が、いきなり下げられた。
なにかと思ったら、自分が左手に持っている缶を見つめていた。
「うん、まあね」
「カナエさん、言ってましたよ。多分ココアを買うと思うよって」
「……さすがカナエ」
その通りだ。やっぱり昔からずっと一緒だったし、そのくらいお見通しなんだな。
「なら、私もココアを買います! アキトさん、行きましょう!」
「オレ、もう買った帰りなんだけどな。まあいいか」
ツボミはまだ握っていたアキトの手を離して、隣に立って笑顔で顔を覗き込んできた。
彼はそのナイススマイルを断れず、再び来た道を引き返した。