03
「あ、熱いな……」
「ひゃっほーう!」
「うわっ、飛び込むなよ!」
「あっつ!」
アキトとダイスケの他に誰も居ない浴場、体を洗い終わって湯船に恐る恐る片足の先をつっこんで牽制するアキトの横で、ダイスケは迷うことなく跳ね、飛び込んだ。
そして予想外の温度に慌てて飛び出す。
「なにやってるんだよダイスケ」
それを呆れ気味に横目で見ながら、彼はゆっくりと肩まで浸かる。
「熱かった……」
今度はゆっくりと足、次に胴、肩と段階を踏んで入った。
「はあ、気持ちいいなあ……」
「だな、疲れが取れる……」
2人は心地よさに思わずため息をこぼし、しばらく静寂が続く。
「……なあ、アキト」
だが、ダイスケが口を開いた。
「ん?」
「……やっぱつええよな、お前は。かなわねえよ」
彼は目を閉じ、正面を向いたまましゃべっている。
「けど、ダイスケも強かったぜ」
返事は来ない。
「……ちげえんだ。おれ、さ」
何を話そうか考えている間に、再び彼が話しはじめた。
「最強のポケモントレーナーになるって夢、あきらめてたんだ」
「え? なに言ってるんだよ?」
驚いて、思わず声が大きくなって身を乗り出す。
「お前には絶対負けたくなかった。でも、どうしても勝てなかった。そんなおれじゃあ無理だって、あきらめてた。
けどよ、お前のせいだし、お前のおかげだよ。今は、また最強のポケモントレーナーになってやろうって思ってる」
「……ごめん、ダイスケ。けど、それは良かったよ。……ところでオレ、なにかしたかな?」
自分のせいで彼を悩ませていたことを初めて知り、それを謝りながらどうして自分のおかげなのか、疑問に思ってたずねた。
「……。……お前はすげえよ、いくら負けてもあきらめねえんだ。しかも夜中も特訓して、あんだけ強かったショウブさんにもウツブシにも勝って」
すると彼は一瞬の間を置いてから照れくさそうにはにかんで、さらに続ける。
「お前がこんだけがんばってんだ。やっぱ、おれももっとがんばらねえとって思ったんだ」
言い終わって、深い息をこぼした。
その横顔を眺めていると、なんだよ、と口を尖らせられてしまい、慌てて正面に向き直る。「……なあ、ダイスケ」
「ん?」
「……分かるよ。オレもさ、ときどき、オレはポケモンマスターになれるのかって、思うことがあるんだ」
「……まじかよ?」
自分の本音に共感を示されたことに、ダイスケは驚いた。前に一度落ち込んだように見えたことはあったが、それ以外見当がつかないからだ。
「ああ。リョウジに負けた後、お前ともバトルしただろ? あの時は強がっちゃったけどさ、……ホントは、ずっと不安だったんだ。オレはあいつに勝てるのか、って……」
あの時彼に言わなかった思いを、今伝える。
「……そうだったのか。やっぱお前も、不安になることはあったんだな」
ダイスケは驚いて、それから天井を見上げた。
「……ああ、もちろん。けど、すごく悔しかったからがんばろうって思えたし、お前に励ましてもらったのもすごく嬉しかったよ。
それからもくじけそうになったことが何度もあった。でも、2人とポケモン達がいてくれたから、今もがんばれるんだ。
……ありがとう、ダイスケ」
「……気にすんなよ。おれは、好きでお前と一緒にいるんだ」
彼を見つめてこれまでのお礼を言うと、彼は恥ずかしいのか顔を逸らして、小さな声で呟いたのが聞こえた。
「はーっ、のぼせてきた! そろそろ出ねえか?」
アキトも自分とそう変わらない。それが分かって安心して、一気にもやもやも吹き飛んだ。
違うことなんてそんなにない、おれとアキトで違うのは、ちょっとこいつの方が強いってだけで、気にすることなんてねえんだ。
気も晴れて大きく伸びをして、彼を見る。
「ああ。……そうだ、最後に1ついいか?」
「ん? おう」
「オレさ、リーグが終わっても、隣の地方ででも旅を続けようと思ってる。カナエとも一緒に。
それで、ダイスケはこれからどうするんだ? オレは、もしダイスケさえ良ければ」
「ったく、しかたねえな! どうせおれもまた旅に出る気だったんだ、寂しがりやのアキト君にまた付き合ってやるよ!」
言いかけて、遮られてしまう。ダイスケは、バシバシとアキトの背中を叩いて笑っている。
「いたっ、ちょっ、ホントに痛いから! ……けど、ありがとうダイスケ」
まったく、服着てないんだから少しは加減してくれよ。……って、ん? また付き合ってやるって、旅に出る時はダイスケ達が自分からついてくるって言わなかったか?
……まあ、いいか。
「気にすんな気にすんな! おし、暑いしもう出るぞ!」
「ああ、そうだな」
彼は勢い良く立ち上がり、アキトもそれに引っ張られるように立った。
そして2人は、浴場を出た。