02
「……もう、ダイスケってば変なとこで知りたがりなんだから」
「うーん、別にダイスケだってホントに知りたいとは思ってないだろ。……いや、ちょっとは思ってるだろうけど」
廊下を歩きながら話していたが、一旦中断して階段を降りる。
「っていうか、オレにはからかってるだけに聞こえたしな」
「ええ? それはそれで相変わらずだよ」
「はは、まあ確かに」
あいつは昔からオレ達をからかったりするからなあ。まあオレも人のことは言えないし、楽しいからいいけど。
「気をつけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
自動ドアが開いて、ジョーイさんから夜間の外出ということで声をかけられた。
日はすっかり沈んで、代わりに黄色い、レモンみたいな形の月が空に上り色とりどりの丸い宝石が散りばめられていた。
そこから歩いて公園(どこにするか話し合いながら歩いていたらたまたま近くにあった)に行き、2人でベンチに腰かけた。
「……なあ、なんでわざわざ外で、しかも2人だけで話すんだ?」
とりあえず最初に理由をたずねる。そういう理由だったらどうしよう、なんて内心ドキドキしてたけど、彼女の表情を見てたらまったく違うのが分かった。
……がっかりだ。
「うん、あのね。もうすぐポケモンリーグだよね」
「ああ、楽しみだよな! トウシン地方でも選りすぐりの強いトレーナーばかりが集まるんだ! みんな本気で来る、オレ達ももっと特訓しないと!」
「あ、えっと、ごめんね。そういうことじゃなくて」
「え?」
オレの熱い思いは、たった一言でねじ伏せられた。これからもっと続くつもりだったのに……。
「その……。アキトは、ポケモンリーグ終わったら、どうするの?」
「どうするって?」
「帰ってゆっくりするとか、なにかの勉強するとか、旅に出るとか」
「ああ、そういう意味か。そうだな……。やっぱり、また旅に出ると思うよ」
空を見上げて、まだ見ぬ世界に思いを馳せつつ答える。
「どこに?」
「次は隣の地方にでも行こうかなって思ってる」
「ポケモンリーグの結果が1回戦負けでも?」
彼女は次々と質問をする。その眼は真剣そのものだ。
「なんだよ、オレが1回戦で負けると思ってるのか?」
「え? あ、そうじゃないけど、もしもだよ、もしも! わたしはアキトが優勝するって信じてるからね!」
茶化しながら言うと、慌てて首を横に振りながら答えた。
「はは、ありがとう。……それでもオレは、やっぱり別の地方に行くよ。ずっと同じとこ見て回るより、そっちの方が楽しそうだしな」
「……アキトは、ちゃんと目標立ててるんだね」
そう言う彼女の顔は、少し寂しげに見える。
「ちゃんとっていうか……。カナエは、どうするんだ?」
自分だけ話すのもなんだかやなやつみたいだよな、と逆にたずねてみると、うつむいて黙ってしまった。
「か、カナエ!? あ、その、ごめん! 嫌ならいいんだ、なんとなく気になっただけだから!」
「ううん、いいの! それが、わたしの話したかったことだから!」
なにか、まずいことを言っちゃったのか!? と思ったけど、良かった、いいみたいだ。
「……わたしね、これからどうすればいいか、分からないの」
彼女は少しの沈黙を置いてから、小さな声で言った。
「うーん、カナエはなにかないのか? 旅に出た理由とかって」
「……ううん。わたしはポケモンマスターになりたいとは思ってないし、他になにかになりたいとかも無い。旅に出たのだって、2人ともいなくなっちゃうから。ただ、それだけ」
返事に困っていると、彼女は少しの沈黙の後口を開いた。
「今のままじゃあいけないって分かってる。けど、わたしは昔からなにも変わってない。いつも、あなたに頼ってばっかり。今だって……」
「そんなことないさ」
うつむいたままだった彼女の頭に手を置いて、隣からの視線を感じながら続ける。
「きっとお前は、ちゃんと変われてるよ。だって、バトルが好きじゃないのに特訓して、スミレのポケモンだって全員倒したじゃないか」
「……けど、それだけじゃあ」
「それだけ、でも大きな前進さ。急がないでいい。自分のペースで、少しづつ変わっていけばいいんだ」
また下を向いてなにか言おうとした彼女をさえぎって、ポフポフと軽く頭を撫でて言った。
「それに、オレだってお前に助けられてる」
「え?」
「お前はいつもオレ達の弁当をつくってくれる。いつもオレに頼ってくれる、いつも応援してくれる、いつだって、オレの味方でいてくれる。オレにはそれで十分さ」
「アキト……」
隣から感じる視線がなんだか恥ずかしくなって、横を向いてぐっと帽子のつばを下げて続ける。
「えっと……。とにかく、オレはお前からいっぱい助けてもらってるんだからさ、お前もなにかあったらもっと言っていいんだぜ」
「……うん、ありがとう、アキト」
横目で見ると、カナエはまだ少し複雑そうにしながらも笑っていた。
「……なあ」
2人とも黙ってしまって少しの間静寂が続いたが、アキトがそれを破った。
「えっと、その……」
以前話したことを再び話そうとして、しかしその時の彼女の発言を思いだしてややしどろもどろになる。
「……どうしたの?」
普段の彼にはあまり見られない様子に、カナエは小首を傾げる。
「あ、あの、ところでさ、カナエ!」
だがこれ以上それを続けてもしかたがない。
「う……、うん」
向き直り意を決して叫んだが、どうやら驚かせてしまったらしい。
目を見開いて、ポカンと口を開けている。
「お、覚えてるか? 前に、言ったこと」
「え?」
声量を落としてたずねると、彼女は普段の表情に戻り再び首を傾げた。
「その……ず、ずっと一緒にいたいと思ってるって!」
……以前の彼女が言っていたこと、それを思い出し顔に熱を感じた。きっと耳まで赤くなって、ひと息で言いきった。
一度深呼吸して続ける。
「い。今でもその気持ちは変わってないよ。もし、カナエがポケモンリーグが終わってもやりたいことが決まらなかったら……」
それで少しは気持ちも落ち着いてきた。
今度はしっかりと言葉を続ける。
「決まらなかったら……?」
「オレと……。オレと、また一緒に旅をしないか? そしたら、カナエのやりたいことが見つかるかもしれないしさ」
「……いいの?」
ようやく言えた。彼女は、少しの間驚いて目を見開いていたが、やがて小さな声で言った。
「あ、ああ」
頬をかきながら再び顔を逸らす。
「い、行きたい! わたし、あなたと一緒にまた旅に出たい!」
横目で表情をうかがっていると、一気に顔を近づけられて慌てて体を引く。
するとその距離の近さに気づいたのか、彼女もご、ごめんね! と言いながら慌てて戻った。
「き、決まりだな。ありがとう、カナエ」
「ううん、わたしの方こそありがとう。本当に、アキトにはいつも助けてもらってるね」
結局自分でこれからどうするのかを決められなかったことが情けないのか、眉毛を上下逆さのへの字にして苦笑いしている。
「いいって、お互い様だろ! じゃあ、帰ろうぜ!」
「あ、アキト!」
アキトは慌てて立ち上がり、逃げ出すように駆け出した。カナエは、急いでそれを追いかけた。