01
エレベーターが少しの間上り、軽い音とともにその扉が開いた。
ここも広めの部屋だが、今までと違うのは正面奥に机が、その後ろには窓があることだ。
「よく来たな、アキト。そしてその仲間達」
コートの男性が、窓から外を眺めながら言った。
「ウツブシ、ミュウはどこだ!」
アキトの問いかけに、その男性、ウツブシは振り返ってそこだ、と机の上に目をやった。
見ると、黒いハットと、その横に1つのボールが置いてあった。
半分は黄色と黒、もう半分は白のみの球だ。
「ハイパーボール!」
間違いない。ミュウを捕まえた、あのボールだ!
「ここまで来たご褒美だ、受け取りたまえ。と、言いたいがそれは出来ない。
私もこいつを捕まえるのには苦労したんだ」
言いながら、彼はハットをかぶって机の前に出て来た。
「お前、ミュウをどうするつもりなんだ!」
「ふふ、なら今度こそ褒美だ、教えてやろう。私の目的、それは世界征服だ」
「世界征服……!?」
「大の大人が何を言うかと思えば、バカバカしい」
その言葉にアキト達は驚くが、リョウジは1人嘲笑を浮かべている。
「バカバカしい? 確かにそうだ、普通はそんなこと出来るはずが無い。だから私は戦力にするためポケモンを奪いながら、ミュウを探し続けた」
彼は机に手を伸ばし、ハイパーボールを掴んだ。そしてアキト達に向かって掲げる。
「私には夢がある! 世界征服、それはあまりに大きな夢だ! しかし私は、その為ならどんな手段も選ばない! どんな犠牲もいとわない!」
そしてそれを元の位置に戻して続ける。
「君達は、ミュウツーというポケモンを知っているか? 1人の科学者が恐ろしい研究の末に生み出した、最強のポケモンだ」
「まさか……」
ミュウを捕まえて、ミュウツーの話をする。ここまでくると、考えられることは1つしかない。
「そうだ。このミュウを使ってミュウツーを生み出す。タマゴを生ませて量産出来れば一番だが、最悪こいつを直接改造してもいい。そして私は、最強のポケモンを手に入れる」
淡々と言う彼の言葉には、しかしそれが本気だと分かるほどの意志が込められていた。
「あなた、本気なの!? そんな、ポケモンを道具みたいに……!」
「先ほど言ったな、手段は選ばないと」
「ふざけんな! んなことさせるか!」
「ぼくも、こんな危険な人を放っては置けない!」
「やめろ!」
カナエはもう戦えるポケモンが残っていないため何も出来ないが、ダイスケとシンヤはまだ相棒が残っている。ボールを構えたところで、アキトに引き止められた。
「なんだよアキト!」
「2人とももう後1匹しか残ってないだろ、無茶だ!」
「けどぼく達も」
「だから、オレが戦う!」
なおも食い下がってきた彼らの言葉を遮り、アキトが1歩前に出た。
「元々そのために、オレはここまで来たんだ!」
彼は左手を腰に伸ばし、ベルトについたピンポン玉ほどの紅白の球、その真ん中のスイッチを押してソフトボールほどの大きさに膨らませ、構えた。
「ウツブシ、オレは絶対にミュウを守る! ミュウを世界征服の道具になんてさせてたまるか!」
「ふふ、いいだろう。ならば私が負けたらミュウを解放しよう。ただし……」
彼もモンスターボールを構えて、続ける。
「お前はミュウに選ばれた素晴らしいポケモントレーナーだ、是非部下に欲しい。お前が負けたら、私の右腕になってもらおう」
「そんな!? アキト、絶対ダメだよ!」
「ホントにオレが勝ったら、ミュウを自由にするんだな」
「私はシッコク団のボスだ、二言は無い」
カナエの制止を、彼は聞き入れない。
「はぁ!? おい、待てよアキト!」
「アキト君!?」
「……分かった。オレも男だ、負けたらなんでもする」
2人の声にも反応を示さず、一瞬の沈黙の後にそう返した。
「ごめん、みんな。それでもオレは、やらなきゃいけないんだ」
「……アキト」
振り返りながら言うと、幼なじみの少女、カナエが口を開いた。
「……ごめん、カナエ」
「……ううん。アキト、わたしはあなたを信じてる。だってあなたは、昔からいつだってわたしのヒーローだもん。だから、絶対勝ってね」
先ほどは真っ先に止めようとしたが、無駄なのは分かっている。今自分に出来るのは、信じることだけだ。
「……ああ。もちろんさ、見てろよカナエ!」
彼女も不安なはずだ。しかし、それでも彼女は笑顔で言った。アキトはその応援に、握り拳をつくって返した。
「ったく、許せねえけどよ……。どうせ止めたところで聞かねえんだろ、しかたねえな。お前に勝つのはおれなんだ、負けんじゃねえぞ」
「……今のぼくには、君を止められるだけの力は残っていない。こうなったらぼくも信じてみるよ。トウシン地方最強のジムリーダーに勝った、君の実力を」
2人もアキトの意思を尊重して、止める気は無いらしい。
「ダイスケ、シンヤ。……ありがとう」
彼らにも礼を言い、リョウジを見る。
「なんだ?」
「あ、いや、その……」
他の人が応援してくれたんだからリョウジからもあるかな、と期待をしたが、眉一つ動かない返答についどもってしまう。
「……俺から言えることは1つだけだ。あんなやつ、さっさと倒してしまえ」
だが、彼は見かねてため息混じりに口を開いた。
「分かった、まかせろ!」
アキトはライバルからも応援の言葉?をもらって、勢いよく振り返った。
「ウツブシ、オレはお前に勝つ! ミュウの為にもオレ自身の為にも、こいつの為にも! 行け! サンダース!」
そして構えていた球を勢い良く投じる。
中から、怒りを露わに激しくスパークしながら黄色い体が現れた。体毛も鋭く尖っている。
「大した度胸だ。前にあれだけの実力の差を見せられながら、立ち向かってくるとは。勇気があるのか、無謀なだけか。ますます部下に欲しくなってきた」
それでもウツブシは態度を崩さない。サンダースの様子を見てもなお笑っている。
「へへ、悪いな。オレはバカだから、前のことなんて1、2のポカンで忘れちゃったんだよ!」
「面白い、ならば思い出させてやろう。そいつにもな! ゆけっ! サザンドラ!」
彼、ウツブシが出したのは、きょうぼうポケモンのサザンドラ。こちらもバンギラスなどと同等の高い能力を持ったポケモンだ。
黒い毛が花のように開き、その先から凶悪な面構えの青い顔を覗かせている。
両手の先も同じようになっており背中には3対の黒く細い翼が生え、飛べるようになりいらなくなったのか足は小さく退化しているように見える。
「バンギラスだけじゃなかったのか……!」
アキトは、思わず気圧されてしまった。
高い能力を持った強力なポケモンはバンギラスだけだと思っていた。しかし、それが少なくとも2匹は居たのだ。
「……いや、だけどオレは勝つ! どんな相手が来たって、負けるもんか! 勝つ、絶対に勝たなきゃダメなんだ! サンダース、めざめるパワー!」
彼が改めて意思を固めて指示を出すが、サンダースは以前と同じように立ちすくんでいた。体毛も少ししなっている。
「サンダース!」
まだ恐怖を克服出来てはいなかったのか、と思ったが、再び呼びかけるとハッとしたように光球を放った。
「ほう、こいつが怖くないのか? 無駄に自信をつけたようだな。サザンドラ、あくのはどう!」
怒り、恐怖、不安、信頼。それらとともに放った光球は、しかしサザンドラの悪意に満ちた黒い直線状のエネルギーにいともたやすくかき消された。
「なら接近しろ! めざめるパワー!」
追いかけてくる黒いエネルギーを振り切って、後ろに回りこみ今度こそ光球を当てる。
「捕まえろ!」
それに一瞬怯みこそしたが、すぐに振り向き捕まえられてしまった。
「サンダース!」
サンダースは、一瞬目を見開き、直後にまぶたを固く結んで震えだした。
「サンダース……!?」
「どうした、思い出したか? 以前こいつにやられたことを。確かあの時もこうして捕まえ、同じように震えていたな」
「サザンドラ、こいつがサンダースを……!」
恐怖を思い出させるようにサザンドラは握る力を強めた。
だがサンダースも、完全に恐怖に飲まれたわけではないらしい。目を閉じたまま全力で電気を放った。
「あくのはどう!」
思わぬ反撃に力が緩んだらしく無理やりの脱出に成功、しかし着地と同時に食らってしまう。
「もう一度だ!」
そして、再びその大きな口が開く。
「サンダース、ボルトチェンジ!」
だがエネルギーを溜め、放つまでの一瞬の間に素早く電気を浴びせ、ボールに戻った。
「ごめんな、サンダース……! 行け! カビゴン!」
アキトはそのボールに向かって、自身のプライドまでも傷つけた相手からの逃亡を命じたことに謝罪し、次のポケモンを出した。
「あくのはどう!」
目の前の獲物に逃げられ機嫌を悪くしたサザンドラは、その怒りを技に込めて放つ。
「受け止めろ!」
しかしカビゴンは両腕を体の前で交差させ、にやりと得意げに笑った。
「へへ、そんなの全然効かないぜ! のしかかりだ!」
そして接近し、思いきり跳ねのしかかる。
「避けろ。ばかぢから!」
「腕を掴め!」
横に軽々避けられてしまったが、着地してすぐに振り向き相手を見る。
サザンドラは顔のようにも見える両拳を思いきり振り下ろすも、それが届く寸前に腕を掴み、後退しながらも勢いを殺した。
「あくのはどう!」
「させるか、叩きつけろ!」
大きな口にエネルギーを溜め、しかし放つ前に振り回して地面にぶつけた。
「カビゴン、やるー!」
「いいぞカビゴン!」
「へへ、のしかかり!」
カナエとダイスケ、2人の声援を受けながらあお向けに倒れたところに全体重を込めてのしかかる。
「もう一度ばかぢからだ!」
だが、カビゴンを挟むように両側から拳を叩きつけられてしまう。
カビゴンは痛みで、思わず体をどかした。
「くっ、戻れカビゴン」
さすがにあれを2回も食らうのは厳しい。
「行け! ピジョット!」
「戻れ、サザンドラ。ゆけっ! ミカルゲ!」
次に出したのはミカルゲ。小さな石の割れ目から紫色の円い体が飛び出しているポケモンだ。
「替えられたか……!」
出来れば早めに倒しておきたかったが、しかたない。
「ピジョット、ブレイブバード!」
「いたみわけ」
気を取り直して指示を出す。
「やっぱりか……」
突撃するが、まあ予想はしていたが、体力を半々にされてしまった。
「もう一度ブレイブバード!」
「いたみわけ」
そしてやはり体力の分かち合いをさせられる。だが、もう十分だ。これ以上技の反動を受けたくもない。
「戻れ、ピジョット。行け! ヘラクロス!」
「いたみわけ!」
「メガホーンだ!」
痛みを分かち合わされながら突撃する。
「もう一度いたみわけ!」
「ああもう! メガホーン!」
思いきり角を突き刺したが、まだ倒れず、またやられてしまう。アキトがいらつきを晴らすように思いきり叫び、ヘラクロスは先ほどよりも力を込めて、技を決める。
ミカルゲはウツブシのすれすれを通り、後ろの窓にぶつかった。
「あ、まず……!」
「安心したまえ。窓は強化ガラスで出来ている上に、エスパーポケモンが壁を貼っている。そう簡単には割れないさ」
アキトが口元に手を当てながらつぶやいたのを察して、彼は言いながらポケモンを戻した。
「ゆけっ! ヘルガー!」
出て来たのは、後頭部に2本の角が生えた黒い四足歩行のポケモンだ。
首と背中には、くすんだ白の半円がついている。
「ヘラクロス、一旦休んでくれ! 行け! カビゴン!」
「オーバーヒート!」
「じしん!」
放たれた火炎を、しかしカビゴンは涼しい顔で受け止め、地面を叩いた。
辺りに衝撃波が広がる。
「突っ込め!」
「え!?」
しかしウツブシの指示でヘルガーは避けずに向かっていった。
「カウンター、もしくはきしかいせいだな」
困惑するアキト達をよそに、リョウジは顔色を変えずに言った。
「そうか……! オーバーヒートは油断させる為の罠だったのか……!」
「だろうな」
「きしかいせい!」
彼が指示をしたのは、リョウジが言った通りの技だった。
「まじかよ!」
ダイスケが叫ぶ中、もう体力が無いのだろう、ヘルガーが飛びかかり力を振り絞って攻撃した。
先ほどのサザンドラ戦のダメージが残っていたことも、きしかいせいが体力が減れば減るほど威力が上がる技だということもあり、カビゴンは倒れてしまった。
「……ありがとうカビゴン、ゆっくり休んでくれ。行け! フローゼル!」
「戻れ、ヘルガー。ゆけっ! キリキザン!」
今度は頭、両腕、腰に刃を取り付けたポケモンだ。赤を基調としたボディが、ただでさえ怖い見た目をさらに危険に見せている。
「フローゼル、きあいだまだ!」
「つじぎり!」
フローゼルは渾身の力でエネルギー球を発射するが、キリキザンは身を低くして横を走り抜ける。そして接近して、右腕の刃で切りつけた。
「アクアテール!」
だがただではやられない。頭上に跳んで、勢い良く後頭部に水流を纏った2本のしっぽを叩きつける。
「きあいだま!」
さらに振り返り、エネルギー球をぶつけた。
効果抜群、キリキザンは飛ばされ、立ち上がらなかった。
「戻れ。ゆけっ! ドンカラス!」
5匹目は、この街の名と同じ黒い翼を持ち、ハットをかぶったような頭、胸元には対照的に真っ白な毛の生えたポケモンだ。
「れいとうビーム!」
「ブレイブバード!」
ドンカラスは冷気の光線を高度を低くしてさらに横に避け、斜め前方から迫ってきた。
「かわしてアクアテール!」
跳んでちょうど真下を通ったところに振り下ろしたが、旋回してかわされてしまう。
「あくのはどう!」
「きあいだま!」
さらに少し距離を取って黒いエネルギーを放ってきた。フローゼルも迎え撃つように球をぶつけ、拮抗している間に高く跳ぶ。
「行け! フローゼル、れいとうビーム!」
そしてそこから光線を発射した。
ドンカラスは避けれず食らったが、きあいだまは狙いからそれて壁にぶつかった。
「あくのはどう!」
「かわせ!」
しかし、空中では身動きが取れない。放たれた技は、直撃してしまった。
「ありがとうフローゼル、ゆっくり休んでくれ。行け!ヘラクロス! ストーンエッジ!」
フローゼルは倒れ、かわりにヘラクロスを出した。
「ブレイブバード!」
やはり先ほどのようにかわして接近してくる。
「メガホーンでむかえうて!」
だが予想通りだ。思いきり角を突き出してくちばしにぶつけた。ドンカラスは力負けして後退する。
「今だ、ストーンエッジ!」
「飛べ! ブレイブバード!」
今度は頭上から迫ってきた。ヘラクロスは飛んで逃げるが、あちらの方が速いらしくたやすく追いつかれてしまう。
「着地してメガホーンだ!」
振り向き、角を突き出した。しかしぶつかって来ないで、上を通り過ぎた。
「だったらお前も飛ぶんだ! メガホーン!」
追いかけるが振り切られてしまう。そして空中でUターンして勢い良く突進してくる。
どんどん迫って来て、体1つの距離まで近づいた。
「今だ、振り上げろ!」
後少しで当たる。しかし直前に、ドンカラスは天井に叩きつけられた。
くちばしよりも角のリーチが長く、喉元に食らって投げられたのだ。床に無抵抗にぶつかり、ヘラクロスも続いて着地する。
「戻れ。ゆけっ! ヘルガー!」
「ヘラクロス、一度戻ってくれ。行け! サンダース!」
「オーバーヒート!」
「でんこうせっか!」
放たれた熱線を斜めにかわし思いきり突進したが、跳んで避けられてしまった。
そして頭上で大きく口を開け、予備動作に入る。
「もう一度でんこうせっか!」
上を向き、首を下ろす。その間の隙は一瞬だが、サンダースにはそれで十分だった。
空いた腹に、勢い良くぶつかる。
先ほどのカビゴンの技がよほど効いていたらしい。着地もせず床にぶつかり、起き上がらない。
「戻れヘルガー。ゆけっ! サザンドラ!」
再び現れた、サンダースの仇。自身を傷つけたポケモンの再登場に、しかし恐怖はもう無いようだ。
先ほどのバトルで、自信を取り戻したらしい。敵意をむき出しにして、最初のようにピリピリと電気を纏い体毛も鋭く尖っている。
「でんこうせっか!」
「ばかぢから!」
「後ろに跳んでかわせ! めざめるパワー!」
向かって行ったところに両拳が勢い良く振り下ろされたが、素早くブレーキをかけ後ろに下がり光球を発射する。しかし体を横にして翼を盾に使うことで防がれてしまった。
「あくのはどう!」
そしてすぐに向き直り技を放った。だがたやすく食らうほどのんきではない。横にかわすがサザンドラも首を横に振り、黒い線も同様の軌跡を描く。
「だったらかわしながら近づけ!」
2、3度後ろに、横にステップを踏んでから斜めに走り出した。
渦巻きのように、どんどん回りながら接近する。
「こざかしい。ならば……。りゅうせいぐん!」
黒い悪意のエネルギーは止み、サザンドラは上を向き、橙色のエネルギー球を頭上に発射した。
「え……!?」
「なにする気だ……!」
カナエとダイスケが声を漏らした。
直後天井付近でそれが弾け、小さな光弾が雨のように降り注ぐ。
その1つがサンダースにも迫る。
「かわすな、10まんボルト!」
後ろに跳ぼうとしたのを、アキトが制止する。背後にも、それは落ちてきていたのだ。
電撃はなんとか直前で技を相殺したが、エネルギーのぶつかり合いで小さな爆発が起こりそれを食らってしまった。
「サンダース!」
後方に飛ばされ、声をかける。足を震わせ歯を食いしばりながら、なんとか立ち上がった。
サンダースもアキトに似たのか元来の性格か、負けん気が強いらしい。
「よし、サンダース! サザンドラは技の反動で特攻が下がってる、今がチャンスだ! 近づけ!」
「そんなくたばり損ないを倒すには十分だ、あくのはどう!」
「10まんボルト!」
その技を電撃で押し返しながら接近し、十分に近づいたため立ち止まり全力で放った。
あっさりと押し切り、サザンドラは電気を食らう。
「食らえ! サンダース、10まんボルト!」そして再び、全力の電撃を浴びせた。サザンドラは苦しそうな声を出しながらゆっくりと落下し、あお向けに倒れた。
「……よし!」
アキトがガッツポーズをした足元にサンダースが駆け寄って、嬉しそうな声で鳴いた。
「ああ、やったなサンダース!」
「……戻れ、サザンドラ。……まだ終わりではない」
「……そうだ。後1匹、最後のポケモンが残っているんだ……!」
そう。以前大敗を喫したポケモンだ。
「ゆけっ! バンギラス!」
その声とともに、室内だというのに砂嵐が吹き始めた。
「出やがったな……!」
「ウツブシは、こんなポケモンまで持ってたのか……!」
「フン、ただ夢見がちなだけじゃないということか」
「アキト! あなたなら勝てる、信じてるからね!」
ダイスケ、シンヤ、リョウジが思い思いの言葉を口にして、カナエが声援を送る。
「……ああ。それでも、オレが勝つ! サンダース、10まんボルト!」
「ストーンエッジ」
飛んでくる細かい砂に多少の痛みを感じながらも、電気を放つ。しかしバンギラスはびくともせずに反撃した。
「サンダース!」
先ほどのバトルですでに力を使い果たしたのだろう。
それを食らって、起き上がらなかった。
「……後は任せろ。絶対勝つからな、お前はゆっくり休むんだ。行け! ヘラクロス!」
「かえんほうしゃ!」
「かわしてメガホーン!」
「受け止めろ」
激しい炎を避けて接近するが、両手を突き出し止められてしまった。
「さすが、片腕で山を崩すって言われるだけあるな……!」
「かえんほうしゃ!」
近距離で火炎を食らってしまう。最初のダメージもあって、とうとうヘラクロスは倒れてしまった。
「ありがとう、良くがんばったな。戻れ、ヘラクロス。行け! ピジョット!」
「ストーンエッジ!」
「回りこめ! はがねのつばさ!」
バンギラスはそこまで素早くない。後ろを取るのは比較的容易だった。
背後から翼をぶつけるが、振り返って掴まれてしまう。
「まずい!?」
「あくのはどう!」
そして、抵抗の間も無くやられてしまった。
「くっ……! ピジョット、戻って休むんだ。……最後はお前だ! 行け! ウインディ!」
ついにアキトも最後の1匹だ。汗を拭って帽子をかぶりなおして、ボールを軽く上に放り、キャッチして勢い良く投げた。
「お願い、ウインディ……!」
「お前にかかってるんだ、頼むぞ……!」
「ウインディ、頑張ってくれ!」
カナエ達から全てを託された大きな橙色の体が、威勢良く吠えて現れ、少し身を低くして戦闘体勢を取った。
「ウインディ、しんそく!」
「防御だ」
目にも留まらぬ速さで突進するが、防がれてしまう。
「アイアンテール!」
軽く跳んで水平に叩きつけるが、しっぽを掴まれ地面に叩きつけられた。
そこにさらに踏みつけようとしたが、転がって距離を取って避けた。
「あくのはどう」
「かえんほうしゃ!」
2つのエネルギーがぶつかり合い、フィールドの中央で小爆発が起こる。
「今だ、フレアドライブ!」
「受け止めろ!」
ならばと次は炎の鎧を纏って突撃するが、やはり止められてしまう。
「下がれ!」
今度は掴まれる前に素早く後方に飛ぶ。
「やっぱり強いな……! 特に正面からじゃあ歯が立たない! だから……次は後ろだ! しんそくで回りこめ!」
そして目にも留まらぬ速さでくの字を描いて背後を取る。
「アイアンテール!」
その攻撃に、一瞬揺らいだ。バランスを崩したかに見えたが持ちこたえ、振り向きしっぽを掴んだ。
「しまった!?」
「投げてストーンエッジだ!」
バンギラスはアキト達に向き直り、軽く放り投げ石を飛ばした。当然避けられない、効果は抜群だ。
「ウインディ!」
やはりかなりの攻撃力だ。弱点を突かれたとはウインディが大ダメージを受けている。恐らく後一撃も耐えられない。
「……けど、どうする」
バンギラスもだいぶダメージを受けてはいるみたいだけど、多分一撃は耐えられる。
「ストーンエッジ!」
「かわせ!」
考えている間にも迫って来た。
……どうする? 正面もダメ、後ろもダメだった。なら、どこから……!
相手の体を見ると、あることに気づいた。見た目から重そうな体、太くたくましいしっぽ、短い手と足。
手が短い。多分、いや絶対、頭まで届かない。前から攻めても後ろから攻めても掴まれて、投げられた。じゃあ、上は……?
「あくのはどう!」
歩きながら黒いエネルギーを放ってきた。どんどん近づいて来てる、もう考えてる暇は無い! こうなったら一か八かだ!
「かわして突っ込め!」
「はぁ!? なにやってんだ!」
「跳べ!」
その技の真横を走り抜け、頭上高く跳んだ。
「アイアンテール!」
そして頭に勢い良くしっぽを叩きつける。
それに再び揺らいだが、床を踏みしめ持ち直した。
……やっぱり、耐えられたか。
「何を考えている……? まあいい、終わりだ! ストーンエッジ!」
「反動で、もっと高く跳ぶんだ!」
しかしバンギラスの頭、それを台にして、しっぽの力で天井に届く程に高く跳んだ。
「よし、決めるぜ! 行け、ウインディ! フレアドライブ!」
天井を蹴って勢いをつけ、炎の鎧を纏い岩の雨の中に突っ込む。
小さな尖った岩はその突進でことごとく砕け、本体、バンギラスに達した。いくらタフなポケモンでも、連戦で体力を使い果たしたのだろう、とうとう大きく揺らぎ、うつ伏せになって倒れた。
「……やったぜ! ウインディ、勝ったんだ!」
アキトがガッツポーズをして駆け寄り、同時に砂嵐が止んだ。
「……戻れ、バンギラス」
ウツブシは、驚愕の表情を浮かべながらバンギラスをボールに戻す。
「……この私が、シッコク団のボスウツブシが、敗れるとはな。それも、たった1人の少年に」
彼は天を仰いでしばらく高笑いを上げていたが、いきなり正気に戻ったかのように真剣な表情でアキトを見た。
「アキト、私の負けだ。素直に認めよう」
そしてポケットから取り出したリモコンで光の壁を解除して、机の裏に回って大きく窓を開きその縁に立った。
「待て、ウツブシ!」
アキトの制止も聞かずそこから飛び、下からバルジーナに乗って彼が現れた。
どうやら、もしもの時の為に待機させていたらしい。
「ここは一度退かせてもらう。だが覚えておけ! いずれ私達がこの地方を、そして世界を支配するということを! コキヒタウンのアキト、その名は忘れないぞ。いずれまた会おう!」
そして高笑いを残し、飛び去って行ってしまった。
直後、背後のエレベーターが軽い音を立てて開いた。
「ごめんみんな、捕らわれているポケモン達を解放してたら遅くなった! アキト君、まだ無事かい!? ……あれ?」
現れたのはリンドウだ。不思議そうに部屋を見回し、首を傾げる。
……居ない?
「ウツブシは……?」
まさか隠れているのか……?
「……すみません、逃げられました。そこの、窓から」
「アキトが勝ったんです」
「そうか、分かった。アキト君が勝っ……え? 今なんて?」
言ったことの意味が分からず、いや分かるけど、思わず聞き返した。
「だから、アキトが勝って逃げたんだよ」
「……ええ!?」
驚きのあまり叫んでしまう。まさか、ウツブシに勝つなんて……!
「信じられない、どうやって……!?」
「どうやってって言われても、普通にバトルでですよ」
その疑問にシンヤが答えた。
「ウツブシに勝つなんて……! ……はは、君は大したトレーナーだよ、本当に」
彼はようやくアキトの勝利を認めたらしい。苦笑いしながら言った。
「……そうだ、ミュウ!」
アキトが思い出したように机に駆け寄り、ハイパーボールを掴む。
そしてそれをかざすと、青い光とともに神秘的な姿のポケモンが姿を現した。
「このポケモン……!?」
リンドウはまたも驚く。リョウジもシンヤも最初の話でミュウのことは聞いていたが、やはり本物の登場には驚きを隠せなかった。
「ミュウ、あの時はありがとな。さあ、もうお前は自由だ。好きにしてくれ」アキトの言葉を聞いてミュウは微笑み、嬉しそうな声を残して窓から出て、姿を消した。
「……アキト、良かったの?」
ミュウは幻のポケモンだ。その貴重さはカナエでも分かる。
「……ああ。いいんだ、これで」
彼は左手で帽子のつばを掴んで、右手を腰に当てる。
「じゃあみんな、帰ろうぜ! リンドウさんも!」
しばらく懐かしむような遠い目で窓の外を眺めていたが、やがて振り返って言った。
「うん、お疲れアキト!」
「おう!」
「そうだね、みんな無事で良かったよ」
「ごめん、みんな……。ありがとう、ウツブシのことは俺に任せてくれ」
カナエ達が返事をして、……リンドウは謝罪、リョウジは何も言わなかったが、皆でエレベーターに乗り込んだ。