01
「来たわね、待ってたわよ!」
何度か階段を上り進んでいると、広めの部屋に出た。
部屋の右側には扉、左側にはエレベーター、背後には階段がある。
そして奥のほうで、1人の女性が腕を組んで立っていた。
「あなたは……!」
へそ出しで長い紫髪。……見覚えはある。
あの、カナエ達を襲った幹部だ。
「お前は!? えっと……?」
けど、名前が思い出せない……。
ダイスケ達もそもそも会っていないため、誰だか分からない、と首を傾げている。
「シッコク団幹部の、スミレ!」
「あーそうそう! そんな名前だった!」
そしてカナエが叫んだことでようやく思い出す。
そうそう、そんな名前だった!
カナエ、お前よく覚えてたな、と言うと、わたしの恐怖体験ザ・ベストのトップ5に食い込みましたから……、と返された。
……他のは、なんなんだ?
「……久しぶりね、元気にしてたかしら? って、待ちなさい!」
スミレはアキトの反応に怒りをこらえ話しかけ、直後無視して右側の扉に向かっていたリョウジを引き止める。
だが彼は聞く耳を持たず止まらない。
「そこは鍵が無いと開かないわよ!」
「それはどこにある」
リョウジは扉の前に行き、ドアノブに鍵穴があるのを確認し、たずねる。
「それはあたしが持ってるわ。もちろん、渡す気はないけどね!」
「へへ、だったら……」
「無理にでも渡してもらうよ!」
「え?」
アキトの言葉に、カナエが続ける。驚いて隣を見ると、彼女はモンスターボールを構えていた。
「いい度胸ね。1人出て来なさい、順番に相手をしてあげる。けどもし断ったら、鍵は壊すわよ」
「だったら扉を壊すだけだ」
リョウジは振り向かずにモンスターボールを構えた。
「残念。このアジトはミュウに逃げられないようエスパーポケモンのつくった膜で何重にも覆われてて、ポケモンの技じゃあ壊せないわ」
「出て来いスターミー、鍵穴にれいとうビームだ」
彼は説明を聞くとボールを替えて、スターミーを出した。
放たれた冷気の光線がぶつかるが、ドアノブにも鍵穴にも変化は無かった。どうやら彼女の言うことは本当らしい。
氷の鍵をつくろうとしたようだが、失敗したためスターミーをボールに戻し眉をひそめてアキト達のところに戻って来た。
「じゃあ、誰が」
「アキト、みんな! わたしが戦うよ!」行く? と続けようとしたが、彼女はそれを遮り立候補した。ボールを構えていただけありやる気らしい。
「カナエ、ダメだ! 相手は幹部だぞ!」
「大丈夫、わたし達だって特訓したんだから! 少しは役に立ちたいし、みんなのポケモンは温存しておいて」
止めようとしたが、聞く気は無いらしい。
「けど……。……分かった。じゃあ任せたぜ、カナエ! がんばれよ!」
だったらオレは信じるだけだ。カナエとポケモン達の力を。
……やられても、オレが助ければいいんだしな。
「うん! 任せて、アキト!」
彼の応援に、胸元で拳を握りしめて返す。
「骨は拾ってやる、盛大に砕けてこい!」
「ちょっ、ダイスケ君やめなよ、そういうことを言うのは」
笑いながら言う彼に彼女も笑顔でその時はよろしく、と返したが、シンヤはやはり真面目で縁起でもない発言に注意をする。リョウジは、退屈そうな顔で背後の壁にもたれている。
「分かった、あなたね。あの時の二の舞にしてあげるわ」
カナエが一歩前に踏み出した瞬間、スミレはポケットから赤いボタンが1つだけついたリモコンを取り出し、それを押した。
すると、アキト達とカナエを隔てるように光の壁が出現した。
「うわ、なんだこれ!」
手を伸ばすと、指先が触れた。どうやら技だけでなく、人も防ぐ防護壁らしい。
「あんた達に邪魔されたらたまらないから、事前に予防よ。
それと、思いきり技を当てない限り壊れたりはしないから、流れ弾に関しては安心していいわよ」
「あ、ありがとう……?」
「意外と、優しいんだね」
「……ち、違うわよ! ただ邪魔されたら面倒だから……!
……って、そんなことはどうでもいいわ! 早く始めるわよ!
行くのよ! ハブネーク!」
アキトが困りながらお礼を、カナエも驚きながら言う。
すると彼女は怒りからか赤くなりながら否定して、ポケモンを出した。
「意外と優しくても、ポケモンを奪おうとしたことは許さないよ! 行って! デンリュウ! 10まんボルト!」
「避けてどくづき!」
カナエもポケモンを出して早速指示を出すが、蛇型ポケモン特有の蛇行の動きで避け、接近してきた。
「なら、もう一度10まんボルトよ!」
だが距離の近い今は避けるのが間に合わなかった。電撃を食らって動きが止まったが、しかし止むと同時に再び動き出した。
そして近づいて、勢い良く尾剣を突き立てた。
それでもデンリュウはまだ余裕があるらしく、表情はそこまで変わっていない。
「もう一度どくづき!」
「10まんボルト!」
二度目のそれにはやや顔を歪めるも、まだ大丈夫なようだ。腹に食らいながらも、再度電撃を浴びせた。
ハブネークは、耐えきれず倒れた。
「やった!」
「いいぞカナエ、その調子だ!」
「……1匹倒したくらいで調子に乗らないで! 戻りなさいハブネーク! 行くのよスカタンク!」
カナエの先制にはしゃいでいると、スミレが不機嫌そうに怒鳴る。
「デンリュウ、また10まんボルト!」
「つじぎり!」
再び電気を放つが、スカタンクはそれをかわし切りつけ、倒されてしまった。
「デンリュウ!? ……ありがとう、戻ってデンリュウ。行って! サニーゴ!」
「カナエ、まだ1匹倒されただけだ! 十分巻き返せるぜ!」
「うん、がんばるね!」
「……うっせえなこいつ」
ダイスケは隣で応援する幼なじみをうっとおしげに横目で見て、ため息をもらして視線を戻した。
「そんなかわいいポケモンであたしのスカタンクを倒せると思ってるの?」
「もちろん! サニーゴ、じしん!」
「つじぎりよ!」
サニーゴが地面を叩いて衝撃波を起こすが、跳んで避けると爪をかざして接近した。
「ストーンエッジ!」
だがそれはスカタンクよりも大きく上へそれてしまった。
「あちゃあ、はりきりすぎたか……」
サニーゴの特性ははりきり。通常よりも高い攻撃力を得る代わりに、命中が下がってしまう特性だ。
そして爪の一撃を食らってしまう。
「じしん!」
しかしいわタイプ特有の防御を持つためか、そこまで効いてはいないらしい。
スカタンクが距離を取ろうとしたところを、逃さず技を食らわせる。
「よし、効果は抜群だ!」
「もう一度つじぎり!」
だが一撃では倒れないらしい。少しつらそうな様子を見せつつも、再び爪を食らわせた。
「サニーゴ!?」
2発目には、少し顔をしかめている。
「ストーンエッジ!」
それでもまだ戦える。しかし当たらない。
「やっちゃいなさい、つじぎり!」
スカタンクが跳んで、爪を振り下ろす。
「お願い、当たって! ストーンエッジ!」
爪が当たる直前に発射した石の束が、今度こそ命中した。
「……良かった、つじぎり!」
スカタンクは後ろに飛ばされたが、倒れない。すぐさまサニーゴに接近し、爪を直撃させた。
サニーゴは、さすがにこれ以上の戦闘は無理らしい。
目をうずまきにして、あお向けになった。
「ありがとうサニーゴ、ゆっくり休んでね。行って! ピクシー!」
「さあ、行って! つじぎり!」
「ピクシー、かえんほうしゃ!」
また飛び込んできたところに、激しい炎を食らわせた。もう体力は残り少なかったため、それを受け倒れた。
「戻りなさい、スカタンク! 行くのよ、マルノーム!」
「ありがとう、一回戻ってねピクシー。行って、サーナイト! サイコキネシス!」
「シャドーボール!」
互いに効果は抜群だ。だがサーナイトは特防が高く大したダメージにはならず、対してマルノームは一撃ですでにだいぶ体力を削られていた。
「10まんボルト!」
そして電撃で、その残り少ない体力を削りきった。
「……ああ、もう! 戻りなさい! この子はどう? 行くのよペンドラー!」
「お、大きい……」
「さすがメガムカデポケモン。気をつけろよカナエ、そいつは見た目以上に速い!」
「分かった、ありがとう! サーナイト!」
「ペンドラー、メガホーン!」
今まで見た中でも一番の大きさと言っても過言ではないその巨体に戸惑いつつも、アキトの助言を受け指示を出す、寸前に、ペンドラーが硬い角をサーナイトに食らわせた。
「ああ!?」
効果は抜群、サーナイトは倒れてしまった。
「……よくがんばったね、戻って休んで。じゃあ次は……、行って、ムウマージ!」
「ペンドラー、おいうち!」
「……速い。けど、それもここまでだよ! こごえるかぜ!」
効果抜群の技を、速さゆえに食らってしまった。しかし反撃で冷気を食らわせた。
「いいよムウマージ、サイコキネシス!」
「おいうち!」
ペンドラーは先ほどのような素早さを失っている。先手を取って効果抜群の技を浴びせたが、まだ戦えるようだ。反撃されてしまった。
「もう一度おいうち!」
「サイコキネシスで決めて!」続けて攻撃しようとしたところを、横にかわして念波を浴びせた。耐えきれなかったらしい。重たい音を立てて倒れた。
「……ウソでしょ!? あたしがこんな小娘にここまでやられるなんて!」
「やるなカナエ、その調子だ!」
「えへへ、負けないよ!」
「……キーッ! 調子に乗っちゃって! あたしの為に、がんばりなさい! 行くのよニドちゃん!」
彼女が5体目に出したのは、以前去り際に口にしたポケモン、ニドクインだ。
「ムウマージ、サイコキネシス!」
「ふいうち!」
念波を食らわせようとしたが、ニドクインは素早く動いて先に拳を叩きつけた。
効果抜群、先ほどのダメージもありムウマージは力無く地に落ちた。
「うん、次は! 行って、ピクシー!」
カナエは5匹目に、先ほど戦ったピクシーを出した。
「かえんほうしゃ!」
「きあいだま!」
激しい炎を撃つも、渾身の力で放たれたエネルギー球に押しきられてしまった。
「もう一度きあいだま!」
「ピクシー、避けてかえんほうしゃ!」
二度目の球を、半身を切ってかわして再び技を使う。
「え!?」
さらに、それを食らったニドクインの体がいきなり燃え上がった。
「いいぞ、やけどだ!」
かえんほうしゃの追加効果、やけどが発動したのだ。
「きあいだま!」
だが、反撃されてしまった。ピクシーは、後ろに飛ばされそのまま倒れた。
カナエはうん、ありがとねピクシー、とボールに戻した。
「……後は、あなただけ。ニドクインを倒そう! 行って、ラフレシア!」
彼女の最後の1匹は、当然最初にもらったラフレシアだ。
「ラフレシア、はなびらのまい!」
「れいとうビーム!」
ラフレシアは花びらを撒き散らして攻撃するが、ニドクインは冷気のビームで反撃し、直後やけどのダメージを受けた。
まだ、はなびらのまいは続いている。
「避けてれいとうビーム!」
「ラフレシア、かわして!」
だが暴れているため言うことを聞かない。構わずに花びらを撒き散らし続け、光線を食らってしまった。
「ラフレシア!?」
「しまった、まずい!」
まだ耐えてはいるが、もうギリギリの状態だ。
しかもはなびらのまいを使った反動で混乱状態になっている。
「あら、もう終わりね。ニドクイン、どくづきで決めちゃいなさい!」
隙だらけのところに、ニドクインは拳をかざして接近する。
「お願いラフレシア……! はなびらのまい!」
カナエは目を閉じ両手を組んで、祈るように指示した。
「……うそっ!?」
するとスミレの叫びが聞こえて、目を開ける。見えたのは、胸を抑えて苦しそうにしているニドクインだった。
「……けど、まだ倒れてない! カナエ、早く指示を出すんだ!」
「ニドクイン! れいとうビーム!」
だが、スミレが先を取った。ニドクインの放った三度の冷気の光線に、ラフレシアはとうとう倒れてしまった。
「ラフレシア!?」
「そんな……」
「……ふぅ。ニドクインちゃん、あたし達の勝ち……」
そして声をかけると同時に体が燃え上がり、崩れ落ちた。スミレは言葉を失っている。
「……ごめんね、ラフレシア。がんばってくれてありがとう、ゆっくり休んでね」
カナエはうつむきながらラフレシアを戻して、振り返る。
「……みんな、ごめんなさい。わたし、後1匹を倒せなかった……! ごめんなさい!」
そして頭を下げて謝罪をしてきた。彼女の足下に、1つ、2つ、水滴がこぼれた。
「……カナエ、いいんだ。お前はよくがんばったよ。後はオレに」
「ちょっと、あんた!」
アキトが首を横に振って言った言葉は、スミレに遮られた。
カナエはえ、と驚き振り返り、直後何か、形状から察するに右の部屋への鍵だろうか、が投げられた。
キャッチするのに失敗してしまい、慌てて落ちたそれを拾い上げる。
「あ」
さらに彼女達とアキト達を仕切っていた壁が消えた。
「それは次の部屋への鍵よ」
「え? けど、わたし5体しか……」
「うるさいわね! わたしは5匹しか持ってないのよ! あんた達と違ってね!」
彼女は腕を組んで後ろを向いたため表情は分からないが、声色から機嫌を損ねているのがうかがえる。
「……じゃあ」
「やったなカナエ!」
「やんじゃねえか!」
「すごいよ!」
「……うん、ありがとう!」
アキト達が駆け寄ってきて、目元を拭って笑顔で頷いた。
「早く行きなさい! あんた達なんて他の幹部にやられちゃえばいいのよ!」
「……アキト、はい!」
以前一方的に敗れたシッコク団幹部、スミレに、勝てなかったとはいえポケモンを全員倒せたのだ。
その喜びを特訓に付き合ってくれたアキトと分かち合うために、鍵を渡した。
「ああ、ありがとうカナエ」
彼はそれを受け取って、扉に差し込んだ。