三頁目
そろそろ日が暮れようとしていた。
カノコタウンに、情報とぴったり合う女の子は見当たらなかった。
「はぁっ、はぁっ……ヒトカゲ、見かけた?」
ヒトカゲは首を横に振る。一体どこに行ってしまったんだろう。カノコタウンにはいないのだろうか。もしそうなら、1番道路を探すしかない。避けれられない草むらもあるし、カラクサタウンまでは行けないはずだ。
私は、1番道路に向かった。
1番道路の草むら手前には、女の子の姿すら見えなかった。
もしかすると、草むらをうまく通ってカラクサやその先にまで行ってしまったのかもしれない。そうなると探すのは大変になる。時間もかかるから、叔母さんが心配してしまう。
途方に暮れていると、
「カゲー!」
ヒトカゲが何かを見つけたみたいだ。
「どうしたの?」
私が尋ねると、ヒトカゲはある一方向を指した。
その先には、黒いタンクトップと七分丈のジーパンを身につけた7、8歳くらいの子供がいた。ミコトくんによく似た茶髪の髪は全く手入れされていないようで、ボサボサだった。あれが女の子だとは正直信じがたい。
だが、『黒いタンクトップに七分丈のジーパンを身につけた茶色の短髪』という条件には、ぴったり当てはまっていた。
「
Hello. 」
イチかバチか、私はその子に話しかけた。すると、
「……異国の人とに、こっちの言葉ば話せるとね」
その子はホウエン弁を使っていた。
「君、ホウエン弁なんだ」
「うん。よく行くとよ、トモダチがおるけん。……オレ、イッシュよりもホウエンのほうが好きったい」
「へぇ……そうなんだ」
私はホウエンに行ったことがない。どんなところなんだろう。
「ホウエンってどんなところ?」
疑問に思った私は尋ねる。
「自然がいっぱいあって、ポケモンものびのびとしとって、よかところったい。イッシュに比べたらちょっと不便やけど」
話を聞く限りでは、シンオウに似ていた。シンオウにも自然はたくさんあるし、シンオウのポケモンたちはのびのび生活している。その子がいうみたいに、やっぱりイッシュよりは不便だが。
「おねえちゃんはどっから来たと?」
「私? 私はシンオウから。ホウエンと同じように自然がいっぱいあるんだ。そして、雪が綺麗なんだよ」
「ふうん。機会があったらオレも行ってみたかったい」
私の話を聞いて、目を輝かせていた。
「あっ、そういえばまだ名前言ってなかったと」
言われて気付く。まだ名前を聞いてないし、私も名乗っていない。
「そうだったね。私、アヤカ。笹野アヤカ。あなたは?」
「オレはスバルって言うったい」
……………………………………………………………………………………………………………………………………へ?
「ご、ごめん。ちょっと聞き逃しちゃって。もういっかいお願いしていい?」
「えぇー? 名前くらい一回で聞きとらんと。オレは、ス・バ・ル!」
スバル。
……まさかとは思うが、
「苗字、『 Carvonado 』だったりする?」
「なんで知っとうと? まだ言っとらんとに」
やっぱりそうだった。この子は、私が探していたスバルちゃんだ。つまり女の子。
「もしかして超能力者!?」
スバルちゃんの思考はあさっての方向に向いていた。
しかし、正直今はそんなことよりも気になることがある。
「……スバルちゃん」
「性別までわかっとうと!? すごか〜!」
「なんで、一人称が『オレ』なの?」
「ほぇ?」
そう、一人称。女の子なら、この一人称はおかしい。
「なんて言ったらよかとやろ。えーっとね、クセ? 影響?」
「女の子でしょ。その一人称はよくないわ」
私がこう言うと、スバルちゃんは黙り込んでしまった。
「……………………」
言い方が強かっただろうか。いや、これくらい言わないと聞かない子だっている。私の予想があたっているなら彼女もそうだ。車から降りたあと、勝手にこんなところまできているんだから。
沈黙が続く。その沈黙を破ったのは、スバルちゃんだった。
「…………おねえちゃんも、おんなじこというとね」
「え?」
突然の言葉に少し驚いてしまう。『も』ということは、以前にも言われたことがあるということだ。
「タクミにも言われたったい。『なんでスバルは女の子なのに、自分のことを「オレ」っていうの?』って。女が『オレ』って使うのって、そんな変なことと?」
英語で自分のことを主語とする時は、『 I 』を使う(と本に書いてあった)。私たちが使う日本語のように『私』、『俺』、『僕』などの使い分けはない。だから、彼女はわからなかったのだろうか。
「……そうだね。普通とは言えない」
「なんで?」
「……………………」
今度は私が黙る番だった。そういえばなんでだろう、考えたこともなかった。
と、不意に私のカバンが引っ張られる。
「カゲー」
ヒトカゲだ。話に入れず、悲しい思いをしていたのだろう。それにヒトカゲの人見知りは結構酷いもので、話したことない人やポケモンの前だと竦んでしまっている。
「あ、ごめんねヒトカゲ」
「……そのヒトカゲ、おねえちゃんのトモダチ?」
「そうだよ」
私はヒトカゲを抱える。ヒトカゲは顔を隠して俯いた。
「ちょっと人見知りが激しいけどね」
ちょっとどころじゃないとは思うが、ここはそう言っておいたほうがいいだろう。
スバルちゃんはヒトカゲをじっとみていた。写真で見たことがあるくらいで、実際に見たのは初めてなのだろうか。
私がヒトカゲを撫でていると、
「……怖くなかよ。大丈夫」「へ?」
今、スバルちゃんがヒトカゲに話しかけているように見えた。気のせいだろうか?
「安心してよか。トモダチのトモダチは、トモダチったい」
いや、気のせいじゃなかった。スバルちゃんは、ヒトカゲに優しく語りかけていた。
ヒトカゲがそっと顔を上げる。
「……カゲ?」
「大丈夫、大丈夫。このへんに怖い奴は、もうおらんと。やけん大丈夫ったい」
「カゲ……」
にしても、出会って数分しか経っていないのに。スバルちゃんの中では、私はもうトモダチになっているようだ。
「あんたになんがあったかわからんけど、ここは怖くなかとよ」
怖い奴。スバルちゃんは、さっきからそう言っていた。『もう』と言っていたことから、以前はいたと考えられる。スバルちゃん自身が怖い思いをしたのだろうか。
「カゲっ」
気づけばヒトカゲは笑顔になっていた。
私が腕を広げると、ヒトカゲはスバルちゃんに飛びついた。
「ちょっ、くすぐったかよ〜〜っ!!」
そして、スバルちゃんとじゃれ始めた。
―― 一分。スバルちゃんがヒトカゲを見てからヒトカゲがこうなるまでにかかった時間だ。人見知りが激しいヒトカゲがこんなに早く人に懐くなんて、私が知っている中では初めてだった。
まあ、楽しそうだからいいか。しばらく私は、二人がじゃれあっているのを見ていることにした。
☆
いつの間にか日は沈んでいて、1番道路ではヒトカゲの炎だけが輝いていた。
「暗くなっちゃったね」
まだじゃれている二人に私は言う。まさかこんな時間まで遊んでいるとは思わなかった。
「そろそろ帰らなきゃ」
「おねえちゃん、帰ると?」
「うん。これ以上外にいるのは、危ないよ」
私がこう言うと、スバルちゃんは悲しい顔をした。
「怖い奴はおらんとに……」
ちなみに、ヒトカゲも悲しい顔をしている。本当に仲良くなったみたいだ。
「怖い人がいなくても、夜は危ないの。スバルちゃんも帰ろ?」
するとスバルちゃんの目つきが、ぐっと鋭くなった。
「やだ!」
予想外だった。ヒトカゲと遊んで疲れれば帰りたいと言い出すだろう……そう思っていたのだが、彼女は疲れたという素振りを一切見せなかった。だから私は、暗くなれば帰るはず、と考えを改めたのだが、そうでもなかったようだ。
「どうして?」
私は理由を尋ねた。ヒトカゲと別れるのが嫌なのだろうか。
「やなもんはや! 帰りたくなか!」
しかし理由を教えてくれないまま駄々をこねている。
「もしかして、ヒトカゲとバイバイしなきゃいけないから?」
「……それもあるけど」
やっぱりそうだった。ならば事情さえ説明すれば、きちんと帰ってくれるだろう。
私は彼女に、私がスバルちゃんの従姉であること、私がしばらく Carvonado 家でお世話になることになっていること、帰ってこないスバルちゃんが心配で探しに出たことを伝えた。
スバルちゃんは黙り込んだ。
「だから、家に帰ってもヒトカゲと遊べるよ」
うるさくしないならね、と付け加える。遊ぶのは構わないが、ドタバタされては叔母さんも困るだろう。
「叔母さん……お母さんも、心配してるよ」
そういえば連絡するのを忘れていた。こんな時間になっても帰ってこない娘を心配して、気が気でないかもしれない。連絡くらい入れておくべきだった……と後悔はしたが、そもそも連絡先もとい電話番号を知らない。連絡しようにもできなかった。
「カゲー」
ヒトカゲは私に『お腹がすいた』と訴えているようだった。
「ほら、ヒトカゲもお腹がすいたみたいだから。一緒に帰ろ?」
「……ヒトカゲがそうするとやったら、帰る」
ようやくスバルちゃんは、首を縦に振った。
私は彼女の手を引いて、彼女はヒトカゲと手をつないで、家路を歩いた。
家に帰ると、私は叔母さんにこっぴどく叱られた。電話番号を知らなかったとは言え、やっぱり伝えておくべきだったようだ。私が思ったとおり、叔母さんは心配で心配で二階の端から一階の端を行ったり来たりしていたらしい。
「
Ayaka is not bad! I-- 」
スバルちゃんはそう言って私を庇おうとしてくれたが、叔母さんに一括されてしまった。
悪いのは私なんだから、私を庇う必要なんかないのに。その思いは胸にしまっておくことにした。庇ってくれたのは、ちょっと嬉しかった。
☆
「なんでおねえちゃんがあんなに言われないけんかったと!?」
ここはスバルちゃんの部屋。夕食後、私はスバルちゃんに呼び出された。ヒトカゲと一緒にいたいからだと思う。ヒトカゲも喜んでいたし、相当仲良くなったようだ。
スバルちゃんは、私が叱られたことに対して納得していないようだ。
「おねえちゃんも言い返したらよかったとに!」
「カゲ!」
理解していないがとりあえずスバルちゃんに賛同している。ヒトカゲはそんな感じだった。
「でも、叔母さんの言うとおりだったから。心配させないために探しに出たのに、結局は心配させちゃったもん」
「違う! 心配させたのはオレで、勝手に心配したのはかあちゃんったい! だからおねえちゃんは何も悪くなか!」
「アハハ、ありがと」
心配させたと思うなら少しくらい反省したほうがいいと思うが、口には出さなかった。
『おねーちゃんうるさいー』
ミコトくんの声だった。向かいの部屋から言ったのだろう。確かに結構声を張り上げていたし、文句を言われてもおかしくない。
だが、スバルちゃんは全く反省していないようだった。
「ミコトだって充分うるさかっ」
そうは言うが、どこか安心したような声だった。何も起こっていないことに安心しているというか、なんというか。スバルちゃんとミコトくんのあいだに何があったのか知りたいものだ。